64.炭に眠る獣皮図、春風を断つ月刃
二人の若い狩人は、手渡された竹紙を抱えていた。
緊張と興奮で両手が小さく震え、目には隠しきれない光が宿っている。
「これは全部、オールド・ジャックが一生をかけて積み上げた経験だ」
「俺たちも普段から情報は交換している。だが、教えるのは罠を仕掛けた場所くらいだ。
獣の群れがどこを動くかまで、誰が他人に教えるものか」
「ここには野生の鹿の群れがいる……何頭か仕留めれば、数か月は食い物に困らないぞ。
この川のそばには、熊の巣まであるのか!危なかった。俺は前に、この近くで狩りをしたことがある」
二人は読み進めるほど驚き、ますます竹紙から目を離せなくなった。
山で生きる狩人にとって、こうした情報は飯の種であると同時に命綱でもある。
一人の力だけで調べられるものではなかった。
祖父から父へ、父から子へ。
山へ分け入るたびに傷を負い、時には命さえ失いながら、何代にもわたって積み上げてきたものだった。
オールド・ジャックの家は、代々狩りを生業としてきた。
彼の代までに蓄積された情報は、周辺のどの村のものよりも遥かに豊富だった。
近隣随一の狩人と認められていたのも、当然と言えた。
二人は何度も竹紙をめくっては、読み返していた。
十五分ほど経ってラインが苛立たしげに急かすと、ようやく名残惜しそうに竹紙を返した。
その間も、オールド・ジャックは地面に跪き、一度も顔を上げようとしなかった。
リリーはジャックの亡骸のそばに座り込み、突然の悲報から立ち直れずにいる。
ジョンが低い声で告げた。
「問題ありません、精霊使い様。
ここに記された罠は、俺たちが知っている場所とすべて一致しています」
もう一人の若い狩人も、慌てて同意した。
「精霊使い様!」
オールド・ジャックが急いで声を上げた。
額を地面へ擦りつけ、怯えに満ちた声で訴える。
「私と娘の命、すでに精霊使い様の手の内にございます。
決して、精霊使い様欺くような真似いたしません!」
「悪くない」
ラインは竹紙の束を軽く振り、乱れた端を揃えた。
だが、続いて口にした言葉は、老人の期待を無残に断ち切った。
「だが、私はお前を信じない」
オールド・ジャックはびくりと全身を震わせ、勢いよく顔を上げた。
その視界を、青い月刃が埋め尽くした。
月刃が首を真横から断ち切った。
オールド・ジャックの頭部が地面を転がり、首を失った胴体は一瞬だけ硬直する。
そのまま前へ倒れ、噴き出した血が土を赤く染めた。
「うわあっ!」
突然の出来事に、二人の若い狩人が悲鳴を上げた。
「とっちゃん――!」
リリーは凄まじい叫び声を上げ、よろめきながら父親の亡骸へ駆け寄った。
そこへ、二つ目の月刃が正面から飛来する。
青い刃は眉間から顎へ向かって真っすぐに走り、少女の体から一瞬で力を奪った。
リリーは地面へ倒れ、二度と動くことはなかった。
しばらくして、額から顎へ延びる細い血の筋に沿って、傷口がゆっくりと開いた。
顔の片側はなお白さを保っていたが、もう片側は流れ出した血で赤く染まっている。
「悪くない威力だ」
ラインは淡々と亡骸を見下ろし、月刃の威力を確かめた。
酒虫で精錬していない一環中位の精神力で放っても、月刃は肉を断ち、骨まで傷つけられる。
今の一撃に注いだのは、一環上位相当まで精錬された精神力だった。
太い骨さえ一撃で断ち切り、普通の薄い鉄板でも防ぎきれない。
「リリー……」
少女が倒れる瞬間を目の当たりにしたジョンは、全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。
もう一人の若い狩人は、すぐさま地面へ伏した。
「精霊使い様、どうかお助けください!お願いです。私たちだけはお見逃しください!」
ラインは冷たい声で命じた。
「二人とも立て。家の中を捜せ。狩人の家には、たいてい獣皮の地図が隠されている。
地形や罠、獣の群れの動きを記したものだ。
それを見つければ、お前たちの命は助けてやる」
「はい!すぐに探します!」
二人は四つん這いの姿勢から立ち上がり、転びそうになりながら丸太小屋へ駆け込んだ。
ほどなくして、中から激しい物音が響き始める。
卓と椅子が倒され、陶器の椀や木皿が次々と砕けた。
衣服や雑用品も、片端から床へ投げ捨てられていく。
しかし、いくら捜しても、ラインの言う獣皮の地図は見つからなかった。
「精霊使い様、もう少しだけ時間をください!」
「必ずこの中にあります!すぐに見つけますから!」
二人の動きは、時間が経つほど慌ただしくなった。
顔には冷や汗が浮かび、充血した目には赤い筋が走っている。
それでも、捜せる場所はほとんど捜し尽くした。
肝心の地図だけが、初めから存在しないかのように見つからない。
「役立たずめ」
ラインが丸太小屋へ足を踏み入れた。
二人は全身を震わせ、その場に崩れ落ちて泣きながら命乞いを始めた。
ラインは彼らを無視し、荒らされた室内をゆっくりと見回す。
小屋には四つの寝室と、一つの広間、一つの台所があった。
家具も雑用品も乱雑に床へ積み上がり、まるで略奪を受けた直後のようだった。
ラインは散らばった破片を踏み越えながら、頭の中で手掛かりを整理する。
代々受け継がれてきた獣皮の地図は、狩人一家の食い扶持を支えるものであり、命を守るための財産でもある。
オールド・ジャックがこれほど詳しい山林の情報を知っていた以上、地図を持っていないはずがなかった。
何より、先ほどラインがわざとジョンたちに紙と筆を捜させたとき、オールド・ジャックはすぐに置き場所を教えた。
二人に小屋の中を捜し回らせたくなかったのだ。
老人は、別の何かを発見されることを恐れていた。
獣皮の地図は、必ずこの丸太小屋の中に隠されている。
ラインはもう一度、室内全体へ目を走らせた。
やがて、その視線が広間の片隅にある暖炉で止まる。
季節は初夏。
暖炉の火はとっくに消され、炉の中には黒く焼けた炭だけが積まれていた。
ラインは暖炉の前へ歩み寄って腰を落とし、そばに立てかけてあった鉄の火ばさみを手に取った。
それを使い、炭を一本ずつかき分けていく。
ほとんどの炭は薪の形を残していたが、すでに軽く、脆くなっている。
少し強く挟むだけで、簡単に折れてしまいそうだった。
奥まで探ったところで、ラインの手が不意に止まった。
炭のように見える細長い塊を挟んだ瞬間、その重さに違和感を覚えたのだ。
ほかの炭とは違い、質感も異様に硬かった。
ラインはそれを取り出し、床へ強く叩きつけた。
外側を覆っていた黒い殻が音を立てて砕け、中から一本の竹筒が現れた。
後ろで跪いていた二人の狩人が、同時に息を呑んだ。
ラインは竹筒を拾い上げ、片端の栓を引き抜いた。
わずかに傾けると、中から丸められた地図が滑り落ちてくる。
地図は白い獣皮で作られていた。
広げれば縦は約一メートル、横は約五十センチもある。
先ほどの竹紙の束より、遥かに重かった。
黒、緑、赤、黄、青。
色の異なる線が獣皮の上を縦横に走り、山脈、川、谷、罠、さらには獣の行動範囲まで描き出している。
ラインは数度目を走らせただけで、わずかに目を見開いた。
地図に描かれた範囲は、想像以上に広い。
端の一部には、ローデン一族の集落から遠く離れた地域まで描き込まれていた。
オールド・ジャックには修練の資質がない。
それでも自らそこまで調べ上げたのなら、確かに並の狩人ではなかった。
ほどなくして、ラインは地図上で五つのイノシシの群れの所在を見つけた。
二つは小規模な群れ。
二つは中規模な群れ。
そして最後の一つは、大規模な群れだった。
大規模な群れの行動範囲は、地図の端に描かれている。
さらに、その縄張りの中央には、目立つ赤い×印が記されていた。
ラインの眼差しが冷たくなった。
先ほど老人が描いた竹紙には、この印がどこにもなかった。
ジョンたちが気づかなかったのは、オールド・ジャックが何一つ隠さなかったからではない。
彼らの知識が乏しく、村の近くにある山林しか知らなかったからだ。
赤い×印のある場所は、あまりにも遠い。
二人は一度も訪れたことがなく、竹紙から何が抜けているのか判断できなかった。
「やはり、まだ隠していたか」
ラインは小さく呟いた。
この本物の獣皮の地図こそ、ラインがジャック一家を手にかけた本当の理由だった。
ラインは五百年を生き、数え切れないほどの罵声を浴びてきた。
ジャックにたった一度「失せろ」と言われた程度で殺すほど、短気ではない。
罠のそばで四人の狩人の会話を聞いた時点で、ラインはすでに重要な情報を得ていた。
ジャックの一家は、代々狩りを生業としている。
さらにオールド・ジャックは、近隣で最も優れた狩人と呼ばれていた。
ならば彼の手元には、ラインが必要とする山林の情報が必ずある。
そう判断した瞬間、ラインはすでに彼らを殺すと決めていた。
最初に、最も強く、反抗する可能性も高いジャックを排除する。
そのあと家族まで罪に問われると脅し、オールド・ジャックの心を折る。
そうすれば、ほとんど抵抗を受けずに必要な地図を手に入れられる。
殺すことが最も直接的な解決につながるなら、わざわざ遠回りを選ぶ理由はなかった。
ラインは殺戮そのものを楽しんでいるわけではない。
彼にとって殺しは単なる手段であり、脅迫や欺き、取引と本質的な違いはなかった。
どの手段が最も効果的か。
彼が考えるのは、それだけだった。
オールド・ジャックとリリーについても、生かしておく必要はない。
息子を殺された恨みをオールド・ジャックが今日だけは耐えたとしても、いつか復讐の機会を窺うかもしれない。
リリーに至っては、憎しみを隠そうともしなかった。
すでに手を下した以上、ラインはその憎しみが根を張ることを許さない。
「草を刈れども、根を断たずんば、春風にまた芽吹かん」
草を刈っただけでは、根までは死なない。
春風が吹けば、いつか再び芽を出す。
二人が無実だったかどうかなど、ラインは初めから考えてもいなかった。
少なくとも彼にとっては、この世に生きているだけで、すでに無数の因果の中へ身を置いている。
人が豚を殺すとき、その豚に罪があるかと尋ねるだろうか。
大きな魚は小魚を呑み、小魚は小エビを食らう。
山林に存在するのは、絶えることのない食物連鎖だけだ。
弱者が潔白かどうかを、誰かが代わりに裁いてくれることなどない。
誰もが生きることができる。
同時に、誰もが死ぬ可能性を抱えている。
いわゆる「無実」とは、死を前にした人間が、自らを慰めるために作り出した言葉にすぎなかった。




