54.足跡が示す潔白、沈黙が通す虚言
オスカーの胸中には、すでに一つの答えが浮かんでいた。
ルイスの死には、エミルが関わっている可能性が高い。
動機も、犯人が現場を処理した手際も、それを示していた。
十四歳の少年による衝動的な犯行より、ベルナー家の内紛と考えるほうが自然だった。
だが、どれほど筋の通った推測でも、証拠にはならない。
父の前で、証拠もなくエミルを告発することはできなかった。
弟を暗殺したと訴えても、競争相手を陥れようとしていると思われるだけだ。
何より、ルイスは自分が率いる商隊から姿を消した。
弟を守れなかった責任だけは、どうあっても逃れられない。
オスカーには、父へ示せる答えが必要だった。
その視線が、再びラインへ向けられた。
ルイスと争ったラインを犯人に仕立てれば、目先の窮地は切り抜けられる。
真犯人については、そのあとも調べ続ければいい。
そう考えたオスカーは、不意に声を張り上げた。
「ライン、お前がルイスを殺していないことを、どう証明する?」
評議室の長老たちは、わずかに目を見開いた。
手掛かりはすでに、ベルナー家の内紛を示していた。
それでもラインに食い下がる態度は、たちまち一同の警戒を招いた。
ハクの目も冷たくなった。
オスカーは、さらに問い詰めた。
「一つだけ答えろ。ルイスが姿を消した時間帯、お前が集落にいたと証明できる者はいるか?
いなければ、お前にも犯行は可能だったことになる」
ラインは何か弁解しようと、口を開いた。
しかし、まとまった言葉はなかなか出てこない。
「いるのか、いないのか?」
「……いません」
オスカーの目に、一瞬だけ喜びの色が浮かんだ。
さらに追及しようとしたとき、学堂長老が一歩前へ出た。
ラインをかばうように、その前へ立った。
「証人ならいる」
「あなたが証人だと?」
オスカーが眉をひそめた。
「そうだ」
四環の強者の威圧を受け、学堂長老の声はわずかに強張っていた。
「ラインは、予想外にも誰より先に一環中位へ進んだ…そのため、私は彼の秘密を調べさせた。
学堂は、直近の行動の大半を確認している。
ルイスと再び接触した形跡はない。集落を離れた形跡も、見つかっていない」
この証言には、厳密さを欠く部分もあった。
それでも、ローデン一族の態度を示すには十分だった。
ハクは否定せず、むしろ学堂長老へ小さくうなずいた。
オスカーは、ラインを身代わりにしようとしたのは失策だったと悟った。
ラインが殺した証拠さえあれば、話は別だった。
ローデン一族も、下等資質の少年までは守らなかっただろう。
だが、疑いが大きく薄れた今、無理に引き渡すことはできない。
ここでラインを差し出せば、ローデン一族全体が商人殺しの罪を背負うことになる。
一族の評判は傷つき、商隊からの信用も揺らぐ。
ハクも、ほかの長老たちも、受け入れるはずがなかった。
しかし、オスカーも簡単には引き下がれない。
「それなら、足跡の精霊を使わせていただきたい」
オスカーは、持ち歩いていた容器から掌ほどの精霊を取り出した。
半透明の人間の足に似た姿をしている。
表面は黄緑色の淡い光に覆われていた。
その体は、固まった樹脂のような質感だった。
「この精霊は、対象が直近三万歩で辿った道筋を映し出します。
ラインが集落を出ていなければ、結果が潔白を証明するでしょう」
学堂長老は、証言を信用されなかったことに不快感を覚えた。
それでも、拒む理由まではない。
ハクもラインへ目を向け、その返答を待った。
「どうぞ」
ラインは平然と、オスカーの前へ進み出た。
追跡能力を持つ精霊が使われる可能性は、初めから考えていた。
ルイスを殺したあと、ラインは山壁の裂け目へ一度も近づいていない。
行動範囲も、意図的に学堂と集落の中へ絞っていた。
普段の授業や宿屋への往復に加え、訓練や遠回りで歩数を稼いだ。
すでに三万歩を超えている。
足跡の精霊が記録できるのは、直近の道筋だけである。
秘洞へ続く道筋は、新しい足跡に押し出されていた。
すでに、精霊の記録には残っていない。
オスカーが、黄金の精神力を精霊へ注ぎ込む。
黄緑色の光は急激に強まり、足跡の精霊はかすかな音を立てた。
そのまま、無数の蛍光粉末へ分解されていく。
粉末はラインの周囲を一周すると、評議室の外へ飛び去った。
一同も、すぐにその後を追う。
粉末が通った場所には、ラインの両足と寸分違わない、光る足跡が現れた。
足跡は評議室から学堂へ延びている。
教室、訓練場、宿舎の間を何度も行き来し、時折、集落の宿屋へ続いていた。
しかし、ローデン領の外へ出た跡は一つもない。
三万個目の足跡が現れると、蛍光粉末も完全に消え去った。
この結果では、それより前に何が起きたかまでは証明できない。
それでも、精霊が辿れる範囲では、ラインは一度も不審な場所へ近づいていなかった。
オスカーも、その能力に限界があることは分かっていた。
足跡だけを最終的な結論にするつもりはなかった。
あらかじめ用意していた最後の手段へ移ることにした。
評議室では、一同の表情がさらに和らいでいた。
その中で、オスカーはしばらく黙ったあと、懐から小さな水晶の箱を取り出した。
箱の中には、半透明の翠緑色の石殻が収められている。
その内側に、爪ほどの小さな精霊が封じられていた。
ナナフシのように細長い体は、碧玉のような色艶を帯びていた。
ほのかな白い光が、その表面を覆っている。
「愚直竹!」
一人の長老が正体に気づき、思わず驚きの声を上げた。
ハクさえも、座ったまま姿勢を正した。
「それは四環精霊だ。一環精霊使いを調べるために、本当に使い潰すつもりか?」
オスカーは答えた。
「若い頃、封印化石から偶然見つけたものです。当時は石殻を半分だけ剥がし、完全には目覚めさせませんでした」
愚直竹は、誠実さを糧とする。
生涯一度も嘘をついたことのない者しか、錬化して養い続けることはできない。
錬化を試みる者が過去に一度でも嘘をついていれば、その時点で失敗する。
たとえ成功しても、後から誠実さを失えば、愚直竹はたちまち死んでしまう。
当然、オスカーにはその条件を満たせなかった。
そのため、これまでずっと半封印の状態で保管していたのである。
今ここで完全に目覚めさせれば、価値の高い四環精霊を捨てるに等しかった。
「ライン、目覚めたばかりの愚直竹を、一時的にお前の空界へ入れる。錬化する必要はない。
これから話す内容の真偽だけを読み取らせる。一度でも嘘をつけば、その体はすぐに色を変える」
オスカーは、ラインをまっすぐ見据えた。
「受ける覚悟はあるか?」
「もちろんです」
ラインは少しもためらわず、残りの石殻をその場で削り落とした。
弱り切った愚直竹は緑色の光へ変わり、ラインの空界へ入っていく。
青銅色の霊海の上に、小さな体が浮かび上がった。
愚直竹が淡い光を放ち、外界を感じ取ろうとした瞬間だった。
ラインは、心の中で逆矢を呼び起こした。
六環精霊の気配が一筋、深い眠りの奥から漏れ出す。
外にいる者には、到底感じ取れないほど微弱だった。
だが、同じ空界にいる愚直竹にとっては違った。
抗いようのない巨大な存在が、頭上に現れたに等しい。
愚直竹は光を瞬時に体内へ引っ込め、全身を丸めた。
逆矢の威圧に押さえつけられ、小刻みに震え続ける。
嘘を見抜くどころか、自らの力を保つことさえできなかった。
オスカーが、質問を始めた。
「ライン、お前はルイスを殺したか?あるいは、誰かがルイスを殺すのに手を貸したか?」
「いいえ」
ラインは、ためらうことなく答えた。
「ルイスの失踪について、まだ話していない情報を何か知っているか?」
「知りません」
「先ほど評議室で話した内容に、嘘はあったか?」
「ありません」
三つの質問が終わると、ラインは愚直竹を空界から取り出した。
全員が、同時に目を向ける。
愚直竹は、元の翠緑色を保っていた。
嘘を示す変化は、何一つ現れていない。
今度こそ、最後の疑いまで消え去った。
数名の長老が、目に見えて安堵した。
学堂長老がラインへ向ける目には、わずかな詫びの色さえ浮かんでいた。
オスカーの表情も、次第に落ち着きを取り戻した。
極度に衰弱した愚直竹を水晶の箱へ戻すと、ハクへ深く頭を下げた。
「今夜は数々の無礼を働きました。どうか、お許しください」
ハクは答えた。
「真相を明らかにすることは、ローデン一族も望んでいる。ただ、この愚直竹だけは惜しいな」
封印の保護を失った愚直竹には、誠実さという糧を与える者がいない。
その体は、すでに弱り始めていた。
今の状態から再び封印するのは、ほとんど不可能だった。
死ぬのは、もはや時間の問題である。
それでも、オスカーは惜しむ様子を見せなかった。
「無実の相手を候補から外せたのなら、無駄な犠牲ではありません。
家へ戻り次第、大金を積んで『鉄血探偵』レオン・シュタールを雇います。
犯人が誰であろうと、必ず追い続けます」
そう言い残し、オスカーはもう一度ハクへ頭を下げた。
商隊の者たちを連れ、評議室を出ていった。
彼らの足音が完全に遠ざかってから、ハクは長く息を吐いた。
「ほかの者は、もう戻ってよい。学堂長老だけは残れ」
長老たちは、次々と評議室をあとにした。
ラインも外へ出ていった。
最初から最後まで、傷一つ負うことはなかった。
夜風が、正面から吹きつける。
それでも、ラインの表情は変わらない。
少なくとも今夜は、自分を狙った調査も、これで終わりだった。




