51.肩書きは三つ、残る霊石は二つ
夕日がゆっくりと山並みの向こうへ沈んでいく。
柔らかな赤い光が、ヴェルデン山へ降り注いでいた。
集落の屋根も、学堂を囲む木々も暖かな色に染まっていた。
授業を終えた生徒たちは、支給されたばかりの霊石を手に教室を出た。
道すがら、ラインがリーダーを辞退した件を話し続けていた。
「あいつが何を考えているのか、さっぱり分からない。
リーダーの座まで要らないなんてな。修練と人殺しにしか、興味がないんじゃないか?」
「侍衛を引きずってきた日の夜は、ずっと悪夢を見たよ」
「声を落とせ。近くにいないとは限らないぞ」
何人かが反射的に振り返った。
話し声も、たちまち小さくなる。
人波の先頭では、ノア・ローデンが大勢の生徒に囲まれていた。
「リーダー、お疲れさまです」
「ああ」
「リーダー、明日の訓練でもよろしくお願いします」
「任せておけ」
ノアは落ち着いた顔を作ろうとしていた。
それでも、口元の笑みだけは隠しきれない。
昨日まで対等だった同級生が、今日は足を止めて頭を下げる。
高い地位ではないが、十四歳の少年に権力の味を覚えさせるには十分だった。
学堂長老が最後に自分を選んだ。
それは、自分がラインを超えた証なのかもしれない。
ノアは、そう考え始めていた。
ラインが自ら辞退した事実には、意識して目を向けなかった。
後ろを歩くメル・ローデンは、わざとノアから距離を取っていた。
自分まで頭を下げる羽目になるのを避けるためだ。
(リーダーになったくらいで、何をあんなに得意げになっているんだ)
内心では反発していた。
それでも、普通の生徒から声をかけられると、すぐに笑顔を見せた。
「サブリーダー、お疲れさまです」
「ああ。お疲れ」
その生徒が立ち去ると、メルは再び前を歩くノアを見た。
サブリーダーでさえ、これほど敬意を向けられる。
リーダーなら、どれほど気分がいいのだろう。
思いがけず役職を得たことに満足していたメルの胸に、新たな目標が生まれた。
このまま修練を続け、一刻も早く環階を上げる。
いずれノアから、リーダーの座を奪えばいい。
同じサブリーダーとなったライル・ローデンには、そんな余裕がなかった。
学堂の門へ近づいたところで、その足が急に止まった。
ラインが腕を組み、一人で門を塞いでいた。
ラインは平然と片手を差し出した。
「いつもの決まりだ。一人につき、霊石一個」
ライルは信じられない思いで兄を見た。
「兄さん、僕はもうサブリーダーだよ」
ラインはうなずいた。
「知っている。サブリーダーは毎週五個もらえる。だから、お前は三個だ」
ライルは口を開いたものの、反論の言葉が出てこなかった。
ほどなく、ノアも生徒たちを連れてやってきた。
ラインが再び門を塞いでいると知り、得意げだった顔に怒りが浮かんだ。
「ライン、まだ同級生の霊石を奪うつもりか!
俺はリーダーとして、学堂の規律を守る責任がある。今すぐそこを退け!」
ラインは一歩、前へ出た。
「そうか。なら、リーダーから始めよう」
次の瞬間、ラインの拳が不意にノアの顔へ叩き込まれた。
ノアは反応できず、よろめきながら数歩下がる。
ようやく踏みとどまったときには、ラインが目の前まで迫っていた。
短い攻防が数度続いた。
直後、ノアは地面に倒れ、その場で意識を失った。
辺りは一瞬で静まり返った。
リーダーという地位があれば、ラインも少しは遠慮する。
誰もが、そう思っていた。
結果は正反対だった。
新たな肩書きは、ノアを一瞬たりとも守らなかった。
門の両脇に立つ二人の侍衛も、その光景を見ていた。
二人は同時に背筋を伸ばし、まっすぐ前だけを見つめた。
「止めなくていいのか?」
一人が、小声で尋ねた。
「お前も、前の二人と同じ目に遭いたいのか?」
もう一人の問いに、最初の侍衛は顔をこわばらせた。
そのまま口を閉ざす。
以前ラインを捕らえに行った侍衛は、一人が腕を失った。
もう一人も、生涯残る障害を負っている。
しかも最後は、二人の側に非があるとされた。
目の前では、まだ誰も死んでいない。
学堂が公正に裁くかどうかを、自分の体で試す気にはなれなかった。
学堂の命令が、命まで守ってくれるとは限らない。
一方、ラインの拳はすぐ目の前にある。
二人は、何も見ていないふりを選んだ。
ラインは続いて、抵抗したライルとメルも倒した。
新たな役職に就いた三人が全員倒れ、ほかの生徒たちも理解した。
肩書きが変わっても、何一つ変わっていない。
ラインは一同を見回した。
「普通の生徒は一個、サブリーダーは三個、リーダーは八個。これが新しい決まりだ」
異議を唱える者は、もう一人もいなかった。
生徒たちは順番に霊石を差し出し、ラインの横を通って門を出た。
普通の生徒には三個が支給され、そのうち一個を奪われる。
サブリーダーは五個のうち三個、リーダーは十個のうち八個だった。
地位が違っても、手元に残るのは全員同じ二個である。
門から離れたところで、ようやく一人が気づいた。
「分かったぞ!ラインがリーダーを断ったのは、これからも俺たちの霊石を奪うためだ!
前は一度に五十六個だった。今度はリーダーとサブリーダーの分まで合わせて、一度に六十七個だ。リーダーになっても、七日ごとに十個しかもらえない。
つまり、役職の利点を知らなかったわけじゃない。誰より正確に、損得を計算していたんだ……」
最後の言葉が落ちると、全員が黙り込んだ。
リーダーとサブリーダーに抱き始めていた敬意も、いくらか薄れていった。
三人ともラインの前では、ほかの生徒と何も変わらなかった。
学堂は追加の補助によって、生徒の間に地位の差を作った。
ラインは、それを最も直接的な方法で再び消し去った。
もちろん、公平にしたわけではない。
全員が等しく、ラインの獲物になっただけである。
その知らせは、すぐに学堂長老のもとへ届いた。
学堂長老が机を強く叩いた。
並べてあった三つの調査報告が、同時に跳ね上がった。
「リーダーから八個、サブリーダーから三個……最初からこれが狙いだったのか!」
ラインが任命を拒んだことで、役職を使って縛る道はすでに閉ざされた。
それだけではない。
再び門を塞ぎ、三人の役職者に加算された補助まで正確に奪い取った。
最後に全員の手元へ残るのは、同じ二個である。
これでは、リーダーとサブリーダーの特別待遇も笑い話にしかならない。
この状態が続けば、生徒たちは役職への敬意を失っていく。
役職と霊石で生徒を競わせる仕組みも、やがて機能しなくなるだろう。
それでも、学堂長老は簡単に手を出せなかった。
族長ハクは、上等資質を持つライルに期待を寄せている。
コア派閥とカル派閥も、ノアとメルの成長を望んでいた。
三者とも、後継候補を挫折に耐えられない者に育てるつもりはない。
学堂長老が自らラインを罰した場合、周囲にはどう映るか。
三人の後継候補は、同じ年の少年一人に勝てなかった。
そのため、年長者に助けを求めたと思われる。
三人の名声を傷つけるだけではない。
族長ハク、コア派閥、カル派閥のすべてから不興を買うことになる。
「結局、あいつが先に一環中位へ進んだ秘密を突き止めるしかない」
学堂長老は怒りを抑え、机に置かれた報告へ目を戻した。
一つ目には、ラインの家庭環境が記されていた。
両親は早くに亡くなり、その後は叔父夫婦に引き取られた。
だが、彼らの関係は常に疎遠だった。
学堂に入ってからは宿舎へ移り、一人で暮らしている。
二つ目は、ラインの過去をまとめたものだった。
幼い頃から、同年代を上回る早熟さを見せていた。
詩の才によって、上等資質を持つ天才ではないかと期待されたこともある。
しかし、覚醒の儀で明らかになったのは下等資質だった。
一族の期待は、わずか一夜で消え去った。
三つ目には、最近の行動が記録されていた。
ラインの生活は、単調なほど簡素だった。
昼は学堂で授業を受け、夜は宿舎で修練する。
時折、集落で唯一の宿屋へ食事に出かけていた。
唯一はっきりした嗜好は、青竹酒である。
ベッドの下には、数十もの酒壺が蓄えられていた。
商隊が滞在した三日間には、臨時市場にも足を運んでいた。
しかし、人の出入りがあまりに多かった。
調査で確認できたのは、化石カジノと酒屋を訪れたことだけである。
それ以外の行動には、いまだ空白が残っていた。
三つの報告を読み終えた学堂長老は、自分なりの答えを組み立て始めた。
幼くして両親を失い、引き取られた先でも家族となじめなかった。
かつては一族中から、天才として期待された。
それが下等資質と分かった途端、その期待は消え去った。
それだけの経験があれば、少年が周囲と距離を置くようになるのも無理はない。
自分の価値を証明しようと焦る理由も分かる。
一族や目上の者を敬わない理由にもなるだろう。
「私が抑えつけようとすれば、すぐに反撃するわけだ」
学堂長老は、小さくため息をついた。
この性格が生まれた経緯は、理解できる。
それでも、学堂の秩序を乱し続けることは許せなかった。
さらに苛立たしいことに、三つの報告はどれも詳しかった。
それなのに、ラインが急速に中位へ進めた理由だけが見つからない。
「これほど日が経っているのに、まだ何も分からんのか」
学堂長老は、報告を机の上へ放り戻した。
そのとき、扉の向こうから慌ただしいノックが響いた。
「入れ」
扉が開き、族長ハクの親衛が足早に入ってきた。
「長老様、族長がお呼びです。すぐに評議室へお越しください」
学堂長老は椅子から立ち上がった。
親衛の表情は厳しく、ただの呼び出しではないと分かる。
「何があった?」
「四環の精霊使い、オスカー・ベルナーがローデン集落へ戻りました」
親衛は一度、言葉を切った。
「弟のルイスが、行方不明になったそうです」
学堂長老の顔色が、一瞬で変わった。




