34.怒りに囚われる孫娘、木箱の意味を読む祖父
同じころ、コア家の書斎には激しい怒声が響いていた。
「私は何と念を押した? 自分が何をしたのか、よく考えてみろ!」
コア・ローデンが机を強く叩き、正面に立つ孫娘を怒鳴りつける。
リリアは祖父の前でうつむき、その目には驚きと怒りが残っていた。
アノがラインに殺されたことを、彼女もつい先ほど知ったばかりだった。
わずか十四歳の少年が、コア家の使用人をためらいなく殺し、死体まで持ち去った。
リリアには、ラインがコア家をまるで恐れていないようにしか思えなかった。
「お祖父様、アノはただの使用人です。」
「死んだところで大した問題ではありません。ローデンの姓を持っているわけでもないのですから」
リリアは悔しそうに唇を噛み、さらに続ける。
「本当に許せないのはラインです。」
「アノがコア家の使用人だと知りながら、ためらうことなく殺しました。」
「明らかに私たちを侮っています!」
「よくもそんなことが言えたものだ!」
コアは鋭い声で遮った。
「もう私の言葉など聞く必要はないと思っているのか? 私が警告したことを、すべて忘れたのか!」
「そのようなつもりはありません」
祖父が本気で怒っていると悟り、リリアは慌てて片膝をついた。
コアは指を突きつけ、厳しい口調で叱りつける。
「アノが死んだことなど問題ではない。」
「お前が私の警告を無視し、若い生徒同士の争いへ勝手に介入したことが問題なのだ」
「若者同士の争いは、自分たちの力で解決させる。それがローデン一族で長く守られてきた決まりだ。」「少し傷つけられた程度で大人が報復に出れば、コア家は負けを認められないのだと笑われる。」
「今ごろ、どれほどの者が我々の失敗を面白がっていると思う!」
「お祖父様、私が間違っていました。どう処理すればよいか、命じてください。必ず従います」
リリアは頭を下げたが、その声にはまだ強い不満が残っていた。
「ですが、ラインのやり方は卑怯です。」
「私を騙して学堂へ連れ込み、宿舎へ逃げ込んだあとは、どれだけ挑発しても外へ出ようとしませんでした。」
「私が立ち去った直後にアノを殺したことまで含め、すべて最初から計算していたように思えます」
「なるほど……」
コアはわずかに眉を寄せた。そこまで詳しい経緯を聞くのは、これが初めてだった。
大きく息を吸って怒りを抑え、机を指先でゆっくりと叩き始める。
「ラインという名は、以前にも聞いたことがある。」
「幼いころから詩を書き、同年代を大きく上回る知性を見せていたそうだな」
「だが、資質は下等だった。育てても大きな成果は望めないと考え、私は取り込むのを諦めた。」
「今にして思えば、判断を下すのが少し早すぎたのかもしれん」
しばらく考えたあと、コアは顔を上げて扉の外へ命じた。
「今朝見つかった木箱を、ここへ持ってこい」
扉の外で待っていた使用人が、すぐに木箱を抱えて書斎へ入ってきた。
箱自体はそれほど大きくないが、かなりの重さがあるらしく、使用人は両手で底を支えている。
その顔は不自然なほど青ざめていた。
「お祖父様、それは何ですか?」
リリアが不思議そうに尋ねる。
「自分で開けてみろ」
コアは目を細めた。その声からは、怒りも動揺も読み取れない。
リリアは立ち上がり、木箱の蓋を開けた。
中を一目見た瞬間、顔から血の気が引いた。
瞳が大きく見開かれ、身体が勝手に一歩後ろへ下がる。
手から落ちた蓋が床にぶつかり、乾いた音を立てた。
箱の中に詰められていたのは、薄く削がれた肉片と、細かく切り分けられた人体の一部だった。
底には赤黒い血が溜まり、その中に青白い皮膚と肉、長く伸びた腸が沈んでいる。
脚か肋骨のものと思われる骨も一、二本混じっていた。
箱の隅にできた血だまりには、二本の指と、半分に切断された足の指が浮かんでいる。
濃い血の臭いが一気に広がり、書斎全体を満たした。
リリアはさらに後ろへ下がった。胃の中が激しく持ち上がり、その場で吐きそうになる。
彼女は二環の精霊使いであり、自分の手で人を殺した経験もある。
それでも、ここまで細かく解体された死体を見るのは初めてだった。
木箱を抱えている使用人の両手も震えていた、
彼はすでに中身を見て、一度吐いている。
それでも、もう一度箱の中へ目を向ける勇気はなかった。
書斎の中で表情を変えなかったのは、コアだけだった。
彼は箱の中の血肉を淡々と眺め、リリアへ告げる。
「この木箱は、今朝コア家の裏口で見つかった」
「本当に、ラインが持ってきたのですか?」
リリアは信じられない思いで問い返した。
頭の中には、宿屋で初めてラインを見たときの光景が浮かんでいる。
あのとき、ラインは窓際の席に一人で座り、静かに食事をしていた。
目立たない顔立ちに細い身体、青白い顔にはほとんど表情がなく、
ただ無口で存在感の薄い少年にしか見えなかった。
そんな少年が一人で死体を切り刻み、木箱に詰めてコア家へ届けたなど、簡単には信じられない。
しかし、リリアの中に生まれた恐怖は、すぐに怒りへ塗り潰された。
「このライン、あまりにも思い上がっています! 」
「こんなものをコア家の裏口へ置くなど、明らかな挑発です。今すぐ学堂へ行き、連れてきます!」
「止まれ!」
コアは机の上にあった真鍮製のペーパーウェイトをつかみ、そのままリリアへ投げつけた。
重い塊が肩へぶつかり、床へ落ちて鈍い音を立てる。
「お祖父様!」
リリアは肩を押さえ、驚いて振り返った。
コアはすでに椅子から立ち上がっていた。その顔に浮かんでいるのは、怒りよりも深い失望だった。
「これまでの経験で、お前は何を学んできた? 」
「一環初位の精霊使いを相手に、何人もの使用人を連れて宿屋へ押しかけ、その後も一歩ずつ相手の思惑どおりに動かされた」
「今も怒りに目を曇らせ、この木箱が何を意味しているのかさえ理解できていない」
「挑発以外に、どんな意味があるというのですか?」
リリアは困惑した表情で尋ねる。
「ラインがコア家を辱め、騒ぎを大きくしたいだけなら、なぜ人通りの多い正門へ置かなかった? 」「ほとんど人の来ない裏口を選んだのはなぜだ?」
リリアはしばらく考え、ためらいながら答えた。
「和解したいということでしょうか? 」
「ですが、本当に和解を望んでいるなら、自分で説明に来ればよいはずです。」
「なぜ、こんなものを送りつける必要があるのですか?」
「歩み寄りを示すと同時に、我々を牽制しているからだ」
コアは木箱を指した。
「この箱には、アノの死体すべてが入っているわけではない。」
「ラインは一部だけを入れ、人目につかない裏口へ置いた」
「これは、この争いを他人に知られたくない、これ以上大きくするつもりもないという意思表示だ」
コアはそこで言葉を切り、リリアの反応を確かめてから続ける。
「だが同時に、残りの死体はまだ自分の手元にあると知らせている。」
「コア家が追及を続ければ、残った肉片を正門へばらまき、ローデン一族全体の目に触れさせることもできる」
「そうなれば、若者同士の争いへ最初に大人を介入させたのが我々であると知られる。」
「コア家が選んだ後継者は、年長者に報復してもらわなければならないほど弱いとも思われるだろう」
リリアは、その場に立ち尽くした。
吐き気を催す木箱の裏に、そのような意味が隠されているとは考えもしなかった。
「実に賢いやり方だ」
コアはゆっくりと言った。
「たった一つの木箱で、妥協と脅しを同時に伝えている。」
「我々が手を引けば、争いはここで終わる。」
「拒めば、コア家の名誉に傷をつける手段が残っていると示したのだ」
「しかも、正確にこちらの弱点を突いている。」
「この件でコア派の評判が落ちれば、カル派と族長派は必ずそれを利用し、我々を攻撃してくる」
「お祖父様は、ラインを高く評価しすぎているのではありませんか? 彼はまだ十四歳です」
リリアは、今も信じきれない様子だった。
「高く評価しすぎているだと?」
コアは不快そうに孫娘を見る。
「お前はこれまで、本当の挫折をほとんど経験してこなかった。」
「そのせいで、目の前の現実さえ正しく見られなくなっている」
「お前に捜されても、ラインは慌てなかった。」
「それどころか、お前を学堂まで誘導した。」
「宿舎へ着けば、すぐに学堂の規則を使って自分を守り、どれだけ罵られ、挑発されても怒りに任せて外へ出ようとはしなかった」
「お前が去ったあと、ためらいなくアノを殺し、決断と行動の速さを見せた。」
「そして今度は、死体の一部を木箱に詰めて送り、争いの広がりを抑えながら、我々へ手を引くよう求めている」
「ここまで見ても、まだ私がラインを高く評価しすぎていると思うのか?」
リリアは返す言葉を失った。
祖父がラインをここまで評価するとは、想像もしていなかった。
しばらく黙り込んだあと、それでも納得しきれない様子で呟く。
「ですが、ラインは結局、下等資質にすぎません」
「そうだ。下等にすぎない」
コアは小さくため息をついた。
「これほどの判断力と意志を持ちながら、資質だけが下等とは惜しいものだ。」
「あと一段上の中等であれば、将来はローデン一族の次代を支える重要人物になっていただろう」
その声には惜しむ気持ちと同時に、わずかな安堵も混じっていた。
リリアは黙り込み、再びラインの顔を思い浮かべる。
以前はただ無表情で目立たないと思っていた静けさが、今では奥深くに危険を隠しているように感じられた。
「この件を引き起こしたのはお前だ」
コアが、リリアの思考を遮った。
「ならば、お前が答えてみろ。これから、どう処理するべきだ?」
リリアはしばらく考え、冷たい声で答える。
「アノはただの使用人です。死んだこと自体は重要ではありません。」
「ラインも下等資質にすぎず、本当に守るべきものはコア家の名誉です」
「アノが命令もなく勝手に動き、一族の決まりを破ったことにすればよいと思います。」
「そのうえで家族も処刑し、コア家が使用人をかばうことはないと、一族全体へ示します」
「個人的な怒りよりも、コア家の利益を優先して考えられた。その点は評価しよう」
コアはうなずいたあと、すぐに首を振った。
「だが、やり方がまだ乱暴すぎる」
「どこが間違っているのか、教えてください」
リリアは再び頭を下げた。
コアは少し考え、処分を決める。
「この件を起こした責任として、お前は今後七日間、屋敷から出ることを禁じる。」
「ラインに会いに行くことも許さない」
「アノについては、許可を得ずに一族の生徒を襲い、その結果として命を落としたと発表する。」
「コア家にも使用人を管理できなかった責任があるため、ラインには霊石三十個を賠償として支払う」
コアはそこで一度言葉を切った。
「アノの家族まで殺す必要はない、霊石五十個を与え、今日中にコア家の屋敷から出ていかせろ。」
「これなら我々の立場を外へ示しながら、この件を完全に終わらせることもできる」
最後に、コアはリリアをまっすぐ見つめた。
「この七日間、屋敷でよく考えろ。」
「なぜ十四歳の少年が最初から最後まで事態を動かし続け、お前はそのたびに相手の狙いどおり行動してしまったのかを」
「はい、お祖父様」
リリアは低い声で答えた。




