33.育てるべき才能、抑えきれない危険
「聞いたか? ラインが人を殺したらしいぞ!」
一人の生徒が声を潜め、隣の席に座る少年へ話しかけた。
「俺も聞いた。本当らしいな」
隣の少年は胸元を押さえ、青ざめた顔で答える。
「その場には十人以上の護衛がいたらしい。」
「使用人が逃げながら助けを求めても、ラインは追うのをやめず、最後には月刃で首を斬り落としたんだってさ」
「それだけじゃないぞ。」
「殺したあと、頭のない死体を宿舎まで引きずっていき、ばらばらに切り刻んだらしい」
「本当なのか?」
「本当だって。俺は今朝早く来たから、石畳の隙間に残っていた血まで見たんだ。」
「さっき学堂長老がラインを呼び出したのも、絶対にこの件だろ」
学堂の中は、生徒たちの囁き声で満たされていた。
誰も授業に集中できず、話題はラインが人を殺したという噂ばかりだった。
十四歳の少年たちにとって、人の死はまだ遠く、恐ろしいものだ。
幼いころから一族に守られ、経験したことがあるのは同年代との喧嘩や格闘訓練くらいで、
死といえば家畜が解体されるところを見た程度だった。
「ラインが殺した相手って、誰なんだ?」
「コア派の使用人らしいぞ」
「俺は昨夜、リリア先輩が何人もの使用人を連れてラインを捜しているところを見た。」
「そのあと、一人だけ学堂に残していったんだ」
「コア派の人間だったのか……それなら、ノアも面倒なことになるんじゃないか?」
何人もの生徒が、同時にノア・ローデンへ目を向けた。
ノアは顔を青ざめさせ、黙ったまま自分の席に座っていた。
ラインが人を殺したことも、死んだのが自分もよく知るアノだったことも、
今朝になって初めて聞かされたのだ。
アノはコア派の使用人の中でも、よく知られた存在だった。
上の者に取り入るのがうまく、長年にわたって格闘訓練を積んでおり、任された仕事も確実にこなす。
少し前には、ノアもアノをトレーニング相手にしていた。
それほど身近だった男が、たった一晩でラインに殺されたのである。
そのため、ノアが受けた衝撃は他の生徒たちよりもはるかに大きかった。
やがて驚きが薄れると、その下から抑えきれない恐怖が湧き上がってくる。
人を殺したばかりの同年代を前にして、十四歳のノアが何も恐れずにいられるはずがない。
しかも、ラインに恐怖を感じているのは彼だけではなかった。
ここにいる生徒の大半は、ラインに霊石を奪われ、直接戦った経験を持っている。
今になってそのときのことを思い返すと、背筋が冷たくなる者も少なくなかった。
さらに恐ろしいのは、ラインがアノを殺しただけでなく、
その死体を切り刻んで木箱に詰めたという噂だった。
急速に広まったその話によって、生徒たちがラインを見る目は完全に変わっていた。
…
部屋の中にいるのは、学堂長老とラインの二人だけだった。
学堂長老は机の向こう側に座り、ラインはその正面に立っている。
どちらも口を開かないまま、重い沈黙だけが長く続いた。
学堂長老は、複雑な感情を隠しきれない目でラインを見つめていた。
今朝早く、護衛から昨夜の出来事を報告されたばかりである。
三環の精霊使いであり、長年にわたって学堂を管理してきた彼は、
一環初位の精霊使いにどれほどの力があるかをよく理解していた。
今のラインの身体で、何年も訓練を積んだアノを正面から殺した。
それは明らかに、自分より強い相手を倒したということだった。
昨日の夕方にも、リリアが複数の使用人を連れて学堂へ入り、
ラインを捜していると報告を受けていた。
しかし、そのとき学堂長老は止めようとしなかった。
彼の役目は、将来一族のために戦う精霊使いを育てることであり、
生徒をいつまでも安全な場所へ閉じ込めておくことではない。
生徒に死者や重傷者が出ないかぎり、
若者が実戦に近い経験から成長することを否定するつもりもなかった。
それに、ラインは二度も学堂の門を塞ぎ、他の生徒たちから霊石を奪っている。
その振る舞いは、さすがに目に余るものだった。
学堂長老自身、リリアから少し圧力をかけられれば、
ラインも多少は自重するようになるだろうと考えていた。
しかし、リリアは結局何もできないまま帰り、使用人のアノだけを見張りとして残した。
さらにアノもラインを捕らえるどころか、逆にその場で殺されてしまった。
この世界では、人が殺されること自体は珍しくない。
精霊使いにとっては、なおさらだった。
学堂長老が本当に気にしているのは、
初めて人を殺したはずのラインが、あまりにも冷静だったことだ。
彼は今でも、自分が初めて人を殺したときのことを覚えている、
当時すでに十九歳で、二環の精霊使いだった。
ベル一族との争いで相手側の精霊使いを一人殺し、戦いが終わった直後、その場で吐いた。
それから数日間は食事も喉を通らず、眠れば死者が最後に見せた目を何度も夢に見た。
だが、目の前のラインには、動揺も不調も見られない、
まるで昨夜は何事もなく眠っており、アノを殺したのは自分ではないと言わんばかりの落ち着きだった。
さらに不気味なのは、アノを殺したあと、
その死体を宿舎へ引きずっていき、細かく切り刻んだことだ。
夜が明ける前には、木箱に詰めてコア邸へ送りつけている。
護衛から話を聞いただけでも、そこに込められた露骨な警告は十分に伝わってきた。
学堂長老は、ラインの命に対する冷淡さに驚く一方で、
彼が珍しい戦闘の才能を持っていることも認めざるを得なかった。
月印を使えるようになってから、まだそれほど時間は経っていない。
それにもかかわらず、経験豊富な成人男性を一人で殺してみせた。
たとえ上等資質の生徒でも、同じことができるとは限らない。
このまま成長すれば、ラインはいずれ一族でも指折りの危険な戦力になるだろう。
一方で、これ以上ラインが手に負えない存在になることへの不安もあった。
二度にわたる霊石の強奪だけでも、学堂の秩序にはすでに影響が出ている。
今度は学堂の規則を公然と破り、宿舎区で月印を使って使用人を殺した。
ここで何の罰も与えなければ、今後ほかの生徒たちを規則に従わせることも難しくなる。
そして、最も厄介なのがコア派だった。
アノは彼らの使用人であり、その男が学堂内で殺された以上、
ここを管理する学堂長老は何らかの説明をしなければならない。
「ライン。私がお前を呼んだ理由は分かっているな?」
長い沈黙の末、学堂長老が低い声で問いかけた。
「分かっています」
ラインは小さくうなずいた。
「私は学堂内で月印を使い、規則に違反しました。」
「初めて違反した場合、罰金として霊石三十個を納めることになっています」
ラインが口にしたのは、月印を使ったことだけだった、
アノを殺した件には、一言も触れようとしない。
学堂長老は一瞬言葉を失い、すぐに顔を険しくした。
「私の前でとぼけるな。聞いているのは、なぜアノが死んだのかということだ」
ラインはわずかに目を細めたが、その声には少しの動揺もなかった。
「アノは使用人にすぎないにもかかわらず、私の宿舎の外で一晩中見張っていました。」
「夜が明けると、今度は私を襲い、無理やり連れ去ろうとしました」
「私は身を守るために月印を使い、結果として彼を死なせてしまっただけです」
ラインはそこで少し間を置き、さらに続ける。
「そもそも、普通の使用人が学堂内で精霊使いを襲うこと自体、不自然です。」
「アノは他の一族から送り込まれたスパイで、コア派の使用人という立場を利用して学堂へ近づいた可能性があります」
「長老には、彼の身元を詳しく調べていただきたいと思います」
学堂長老は眉を寄せたが、すぐに反論する言葉が見つからなかった。
アノはすでに死んでおり、自分の行動について説明することもできない。
そもそもローデンの姓すら持たない使用人であり、
学堂長老にとって、その生死自体はどうでもよかった。
本当に問題なのは、コア派がどのような反応を見せるかである。
しばらく黙ったあと、学堂長老はラインを見据えて尋ねた。
「アノの死体はどうした。お前は、いったい何をした?」
ラインの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「細かく切り刻み、木箱に詰めました。夜が明けたころには、すでにコア邸の裏口へ置いてあります」
「何だと?」
学堂長老は、危うく椅子から立ち上がりそうになった。
コア派の使用人を殺しただけでも十分に厄介だ。
それなのに、ラインは切り刻んだ死体を木箱へ詰め、相手の屋敷へ送り返している。
もはや単なる自衛ではない。
コア派に対する、隠す気さえない挑発だった。
学堂長老は、この争いをできるだけ早く収めようと考えていた。
しかし、事態はすでに彼の手を離れている。
ラインはまだ一環初位の精霊使いにすぎない。
それでも、強大なコア派へ自分から警告を突きつけた。
コア派が何の反応も見せずに済ませるはずがない。
学堂長老は、強い頭痛を覚えた。
目の前の少年は、想像していたよりもはるかに危険で、はるかに扱いにくい。
「すでに起きたことを、今さら変えることはできん」
長い沈黙のあと、学堂長老は疲れたように手を振った。
「今日はもう戻れ。正式な処分は数日以内に決める。それまでに覚悟しておけ」
ラインはそれ以上何も言わず、背を向けて部屋を出ていった。
扉が閉じると、学堂長老は一人で机の前に残された。
コア派へ何と説明するべきか、
そして、何度も自分の予想を超えていくこの生徒を、今後どのように扱うべきか。
彼は重い表情のまま、長いあいだ考え続けた。




