23.精霊を養う代償、月刃試験の始まり
日が沈み、学堂の授業も終わった。
食事へ向かう者がいる一方、月刃の練習に使う草人形を買うため、精霊庫の隣にある売店へ急ぐ者もいる。
ラインも、その売店へ足を運んだ。
店の前には七人の生徒が集まっていた。
店番をしているのは、以前宿屋で見かけた青年精霊使い、キバだった。
「ラインじゃないか。君も草人形を買いに来たのか?」
キバは笑顔でラインを迎えた。
「一体につき霊石三個だ。残りは七体しかない。遅れたら売り切れるぞ」
「俺たちが先に来たんだぞ。そいつのために残しておく必要はないだろ!」
「分かった、三個でいい。俺に一体くれ!」
在庫が少ないと聞き、それまで値切っていた生徒たちは慌てて霊石を取り出した。
七体すべてが売れると、キバはカウンターの下から同じ草人形をもう一体取り出す。
「実は、これが本当の最後の一体だ。ラインは要らないか?」
草人形の原価が霊石一個半にすぎないことも、在庫が少ないと思わせて客を焦らせる手口であることも、ラインには分かっていた。
しかし、それを指摘することなく、霊石を一個だけカウンターへ置く。
「草人形は要らない。月蘭の花びらを十枚くれ」
キバは少し意外そうな顔をしたが、すぐに霊石を受け取り、花びらを包んだ紙袋を渡した。
同じ精霊使いである生徒に対しては、宿屋で普通の狩人を相手にしていたときとは別人のように丁寧だった。
だが、ラインは驚かない。この山では、道理よりも身分のほうが役に立つことが多い。
精霊は一度錬化すれば終わりではなく、そのあとも定期的に餌を与えなければならない。
しかも、精霊ごとに食べるものが違い、別の餌では代わりにならないことも多かった。
月印は毎日、月蘭の花びらを四枚食べる。
酒虫は四日に一度、青竹酒を徳利一本飲む。
唯一、逆矢だけは餌を用意する必要がない。
世界に絶えず流れる時間そのものから、直接力を吸収できるからだ。
花びらを買ったあと、ラインは宿屋で青竹酒を徳利一本買い、そのまま夕食も済ませた。
霊石一個で買える花びらは十枚。
月印に与えれば二日半しかもたない。
青竹酒は徳利一本で霊石二個だが、酒虫が飲めば四日でなくなる。
二体の精霊を養うだけで、一日に霊石一個近くが消えていく。普通の三人家族が一か月暮らせるほどの金額だった。
ラインは酒飲みの遺産、ライルから奪った財布、そして試験の褒賞を合わせ、四十四個半の霊石を手にしていた。
しかし、精霊の錬化に六個半を使い、その後も餌代と生活費を払い続けている。
わずか十六日で、残った霊石は二十個。
新しい収入がなければ、あと半月ほどしかもたない。
他の生徒には家族の援助があり、ノアやメルほど裕福な家なら、修練に必要な霊石で困ることもない。
一方、ラインは叔父夫婦から生活費を止められており、自分で精霊の餌代を稼ぐしかなかった。
食事を終えて宿屋を出ようとしたところで、店員が後ろから追いかけてきた。
「ライン様、一か月もしないうちに、外からキャラバンがやって来ます」
「いつもどおりなら、店にある青竹酒もまとめて買われるでしょう」
店員は少し声を落とした。
「主人からお伝えするよう言われました。キャラバンが来たあとは、ほとんど残らないかもしれません」
ラインは足を止めた。
先ほどキバが使ったものと似た売り文句にも聞こえるが、五百年を生きたラインには、ただ客を焦らせる言葉と本当の忠告の違いが分かる。
酒虫は安いエールやワインでも養える。
しかし、一日に何本も必要となるため、青竹酒より安く済むとは限らない。
大量の酒を買い続ければ、周囲から怪しまれる可能性もあった。
ラインはさらに霊石十個を払い、青竹酒を徳利五本買った。
酒は学堂の宿舎まで届けてもらうことにする。
先ほどまで二十個あった財布は、あっという間に半分まで軽くなった。
精霊使いは、理屈の上では何体でも精霊を錬化できる。
だが、実際に持ち続けるのは、四体か五体ほどが普通だった。
数が増えれば、それだけ餌代も増える。
環階の高い精霊ほど餌も高価になり、市場では手に入らないものを求めることさえあった。
どうにか養えたとしても、すべての精霊を動かせるだけの精神力があるとは限らない。
そのため、精霊使いの間では、下品だが的を射た言葉が伝わっていた。
精霊を養うのは、愛人を囲うようなものだ。
一人増えれば、それだけ金がかかる。
金が足りていても、人の体と心には限界がある。
増やしすぎれば、精霊を養うだけで手いっぱいになり、最後には自分のほうが先に潰れてしまう。
(逆矢が時間を餌にしてくれて助かった。六環精霊の餌まで私が用意するとなれば、今ごろ破産していただろうな)
ラインは、霊石が十個しか残っていない財布をしまった。
学堂から毎週三個支給されるとはいえ、それだけでは到底足りない。
三日後の月刃試験では、一位になった生徒へ霊石十個が与えられる。
その褒賞は、必ず手に入れなければならなかった。
...
三日後、学堂の訓練場では、接近戦の授業が行われていた。
「相手が横から拳を振ってきたら、身を低くしてかわし、一気に距離を詰めろ」
「そこから腹を打つ。目だけを見るな。肩と腰の動きを見ろ」
教官は説明しながら、訓練人形が横から振るった拳を避けた。
そのまま相手との距離を詰め、腹へ数発の拳を叩き込んで倒す。
しかし、授業を見ている生徒の多くは上の空だった。
「次は月刃試験だろ。お前、どこまでできるようになった?」
「三発続けて放つところまでは問題ない。全部当たるかは分からないけどな。練習用の草人形まで買ったんだぞ」
手のひらから飛び出し、離れた敵を切り裂く月刃と比べれば、基本的な拳や蹴りは地味だった。
少年たちの関心は、すでに次の試験へ向いている。
「黙れ!」
教官が振り返り、怒鳴り声で生徒たちの話を止めた。
彼は二環の精霊使いで、裸の上半身には無数の傷跡が残っている。
日に焼けたような銅色の肌は、ブロンズスキンの精霊によって強化されたものだった。
「環階の低い精霊使いにとって、基本的な拳や蹴りは月刃よりも重要だ」
「精神力を使い果たしたあと、お前たちの命を守れるのは自分の体しかない!」
教官は、先ほどよりも大きな訓練人形を呼び寄せた。
正面から突進してきた訓練人形は、両腕を前へ突き出す。
教官は横へ動いてかわし、すぐに体を密着させた。
腰を押さえてバランスを崩すと、そのまま力強く地面へ投げ倒す。
「大きな相手には、まずバランスを崩させろ」
「接近戦で大切なのは、拳の速さよりもフットワークだ。立っていられなければ、どれだけ拳が速くても意味はない」
教官は三角を描くようなフットワークを見せ、常に相手との距離を管理するよう教えた。
離れすぎれば攻撃は届かず、近づきすぎれば、相手よりも先にバランスを崩さなければならない。
どれも実戦の中で身につけた知識だった。
しかし、教官の話にはまとまりがなく、思いついたことから説明していたため、生徒たちはすぐに興味を失っていく。
ラインだけは、最後まで教官の動きを見ていた。
他の生徒にとっては新しい勉強でも、ラインにとっては復習にすぎない。
教官の技術はそれほど高くなかったが、一つだけ正しいことを言っていた。
環階の低い精霊使いにとって、基本的な格闘術は月刃よりも頼りになる。
月刃が届くのは十メートルほどで、一発放つたびに一割近い精神力を使う。
普通の一環精霊使いでは何度も撃てず、初心者なら命中させることさえ難しい。
実戦では何度も使う攻撃ではなく、勝敗を決めるための切り札に近かった。
接近戦の授業が終わると、学堂長老が訓練場へやって来た。
木製の防護壁の前に並ぶ草人形を指し、すぐに試験の内容を告げる。
「五人一組だ。一人三回、月刃で草人形を攻撃する」
「最も優れた結果を出した者には、霊石十個を与える」
生徒たちは一斉に静かになった。
最初の組が放った十五発のうち、命中したのは九発だった。
二人は精神力をうまく扱えず、三発目を放つことさえできなかった。
外れた月刃は草人形の横を通り過ぎ、後ろの防護壁へ飛んでいく。
月印を動かせるようになっても、使いこなすにはほど遠い者が多かった。
学堂長老は眉をひそめた。
「帰ったら、もっと練習しろ。特にそこの二人だ。次の組!」
叱られた生徒たちは、うつむきながら下がった。
その中にいた少女は下等資質で、精神力の回復も遅い。
霊石を使う余裕もなく、この三日間でほとんど練習できなかった。
資質の低い者にとって、練習回数を増やすことは、そのまま余計な霊石を使うことを意味する。
家族から援助を受けられなければ、自分の精霊に慣れるための練習さえ、財布と相談しなければならなかった。
同じように考えている者は少なくない。
どうせ一位になれないのなら、練習を減らし、霊石を残したほうがよいと考えていた。
ラインは、そうは思わなかった。
霊石は財布の中に入れておくだけでは、何も生み出さない。
力へ換えて初めて、本当の意味で自分のものになる。
目先の金を惜しみ、強くなる機会を捨ててしまっては意味がなかった。
その後の組も、結果は平凡だった。
学堂長老の顔は次第に険しくなっていく。
だが、ノア・ローデンが前へ出ると、訓練場の空気が変わった。
ノアはがっしりした体で草人形の前に立ち、右手を上げた。
そこから三発の月刃を続けて放つ。
青い光が空中を走り、二発は草人形の胸へ命中した。
残る一発も左腕をかすめ、草の破片を飛び散らせる。
「三発とも当たった!」
周囲から感嘆の声が上がり、学堂長老の眉間からもしわが消えた。
続くメル・ローデンも三発すべてを命中させ、しかも狙った場所はすべて胸だった。
長老に褒められたメルは、得意そうに顔を上げ、人混みへ戻っていく。
ノアの横を通るときには、わざと挑むような視線を向けた。
ノアは鼻を鳴らしただけで答えず、まだ試験を受けていないライルへ目を向ける。
メルは自分と同じ中等資質で、家から十分な霊石を与えられている。
この程度の結果は、ノアにとって意外ではなかった。
彼が本当に警戒しているのは、上等資質を持つライルだけだった。
試験が最後の数組まで進んだところで、学堂長老が再び声を上げる。
「次の組!」
ライルがゆっくりと人混みから歩み出た。
ノアの笑みが消え、周囲の生徒たちも静かになる。
今年ただ一人の上等資質が、どれほどの結果を出すのか。
すべての視線がライルへ集まった。
ラインだけは、変わらず平静だった。
ライルがどのような結果を出そうと、自分には関係ない。
霊石十個。
その褒賞は、必ずラインが手に入れる。




