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目指すは永生 ~二度目の人生を歩む外道精霊使い~  作者: 朱色の豚
外道の本性

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18/37

18.五百年を経て、再び君と

弟の問いかけに、ラインは答えなかった。

顔を上げることすらなく、黙々と朝食を口へ運び続ける。


ライルがどんな性格なのか、ラインはよく知っていた。

昔から、感情を胸の内に溜め込めるタイプではない。


案の定、兄が自分を見ようともしないのを見て、

ライルの表情が次第に険しくなった。


「兄さん、ミラに何をしたの?」

不満を隠そうともせず、声を強める。


「昨日、兄さんの部屋から出てきてから、ずっと泣いてたんだ。僕が慰めても、余計に泣くばかりで……」


ラインはようやく顔を上げ、弟を見た。

表情は変わらない。


ライルは眉を寄せたまま、兄の答えを待っていた。


しばらく重い沈黙が続いたが、ラインは何も言わず、再び視線を朝食へ戻した。

それを見た瞬間、ライルの顔が赤くなる。


自分など相手にする価値もない。

そう言われたように感じたのだろう。


バンッ!

ライルが卓を叩いた。


「ライン・ローデン! なんでそんな態度なんだよ!」

食堂に声が響く。


「ミラはずっと兄さんの世話をしてきたじゃないか。」

「今までどれだけ気を配ってきたか、僕だって見てる!」


「兄さんが落ち込んでるのは分かるよ。」

「下等資質だったことが辛いのも分かる。」

「でも、自分が辛いからって、ほかの人に当たるのは違うだろ!」

「ミラには関係ないじゃないか!」


言い終えるより早く。

ラインが立ち上がった。

腕が走る。


()()()


乾いた音が食堂に響いた。


ライルの顔が横を向く。

右頬を押さえながら、よろめくように二歩後ろへ下がった。

目を見開いている。


「その口の利き方は何だ?」

ラインの声は低かった。


怒鳴ってはいない。

それでも、ライルの身体がわずかに強張る。

「私はお前の兄だ。それを、一族の人間ですらない使用人のことで忘れたのか?」


「兄さん……」

右頬の痛みが遅れて広がってきた。


ライルは荒く息をしながら、信じられないという顔で兄を見る。

「僕を叩いたの……?」

「今まで一度だって、こんなことしなかったのに……」


唇を震わせ、それでも言葉を続ける。

「確かに僕は上等資質で、兄さんは下等だった。」

「でも、それは僕のせいじゃないだろ? 」

「資質なんて、生まれつき決まってることで……」


パァン!

今度は反対の頬に平手が飛んだ。

ライルは両頬を押さえ、その場で固まった。


「何も覚えていないんだな」

ラインは冷たく言った。


「両親が死んだあと、私たちがどう暮らしてきた?」

「叔父夫婦が誕生日に新しい服を一着しか用意しなかったとき、私が自分で着たか?」

「誰に譲った?」


ライルの顔が引きつる。


「お前が子供の頃、甘い粥が好きだった。」

「毎日、お前の分を一杯多く作るよう厨房に頼んでいたのは誰だ?」

「誰かにいじめられたと泣いて帰ってきたとき、一緒に相手のところへ行ったのは?」

ラインはそこで言葉を切った。


「ほかにもあるが、いちいち数える気はない」


静かな声が、かえって重かった。


「それで今は、ただの使用人のために私を問い詰めるのか?」


ライルの顔は真っ赤になっていた。

怒り、

恥ずかしさ、

動揺、

いくつもの感情が混ざり合い、唇が震えている。


しかし反論は出てこなかった。

ラインが言ったことは、すべて事実だったからだ。


「まあ、いい」

ラインは冷たく笑った。

「実の両親を捨てて、もう別の人間を父と母と呼んでいるんだ。兄一人くらい、どうでもよくなるのも当然か」


「兄さん、そんな言い方しないでよ!」

ライルが慌てて口を挟む。


「兄さんだって知ってるだろ。僕は昔から、ちゃんとした家族が欲しかったんだ。僕はただ……」


ラインは片手を上げ、言葉を止めた。

「今日から、お前は私の弟ではない」

「私も、お前の兄ではない」


「兄さん!」

ライルの顔色が変わった。


何か言おうとしたところで、ラインが先に続ける。

「ミラのことなら安心しろ。私は彼女に何もしていない」


ライルの動きが止まった。


「お前はミラが欲しいんだろう?」

ラインは淡々と言う。


「霊石六個。それでミラはお前に譲る。今日から、お前の専属メイドにすればいい」


「兄さん、何を……」

突然、自分の気持ちを言い当てられ、ライルは明らかに動揺した。


一方で、胸の奥にあった不安が消えていく。


以前から、ライルはミラに特別な好意を抱いていた。

優しく世話をしてもらった記憶が、何度も頭に浮かぶ。

そのたびに胸が落ち着かなくなる自分を、

ライル自身もすでに自覚していた。


だから昨日の夕方、ミラが泣いていると知ったとき、

月印の錬化まで中断してラインを探し回った。


何があったのか。

どうして泣いているのか。

兄に直接聞かなければ、気が済まなかったのだ。


返事をしないライルを見て、ラインは眉を寄せた。


「年頃になれば、誰かに好意を持つことくらい珍しくもない」

「好きなら好きと言えばいい。そこで何を恥ずかしがっている?」

「欲しくないなら、それでも構わない」



「ほ、欲しいよ!」

ライルが反射的に答えた。

直後、自分の声の大きさに気づき、顔を赤くする。


「でも……今は霊石が六個も残ってない」

そう言って、小さな袋を取り出した。


ラインは受け取る。

中には六つの霊石が入っていた。

ただし、そのうち一つだけは、完全な霊石の半分ほどの大きさしかない。


(なるほど)

ラインにはすぐ分かった。


ライルはすでに、その霊石から精神力を吸収している。


霊石は内部の天然の精神力を使えば使うほど小さくなり、

それに伴って重さも減っていく。

実際には五個半。


とはいえ、これが今のライルの全財産なのだろう。


もともと蓄えなどない。

少し前に叔父夫婦から渡された六個が、ほぼすべてだった。


「分かった。受け取っておく」

ラインは袋を懐へ入れた。

「もう行け」


「兄さん……」

ライルはまだ何か言いたそうだった。


ラインがゆっくり眉を上げる。

「私の気が変わる前に、目の前から消えたほうがいい」


ライルの胸が詰まる。

しばらく歯を食いしばっていたが、最後には踵を返した。


宿屋の外へ出たところで。

無意識に胸へ手を当てる。


なぜか。

胸の中が空っぽになったような、

不思議な感覚があった。


何か大切なものを、

今この瞬間に、自分の手で失った。

そんな気がした。


もっとも、その感覚はすぐに別の思いに押し流された。


ミラ、

彼女のことを考えた途端、胸が熱くなる。


(これで……ミラは僕のそばに来てくれる)

ライルは振り返らなかった。

そのまま歩き去り、ラインの視界から消えていった。


ラインは無表情のまま、しばらく立っていた。

やがて、ゆっくりと席へ戻る。


明るい朝日が窓から差し込み、冷たい表情の半分を照らしていた。

食堂には、まだそれほど客がいない。


外では人通りが増え始め、

朝のざわめきが聞こえてくる。

その音があるせいで、

かえってラインの周囲だけが静かに感じられた。


朝食はすっかり冷めていた。


店員が気を利かせて近づいてくる。

「ライン様、お料理、温め直しましょうか?」


ラインは答えなかった。

視線はどこにも向いていない、

遠い昔を見ているようだった。


店員は少し待った。


返事がない。


困ったように鼻の頭を掻き、そのまま静かに離れていった。


しばらくして。

ラインの瞳に、再び焦点が戻る。


浮かんでいた記憶は、煙のように消えていた。

現実へ戻る。


朝日が卓の半分以上を照らし、

料理から立っていた湯気はもう残っていない。


外からは、通りを行き交う人々の声が聞こえていた。


ラインは服の上から、懐へ手を当てる。

そこには、今手に入れた五個半の霊石。


口元に。

わずかに苦い笑みが浮かんだ。


自嘲にも似た笑いだった。

しかし、それもすぐに消える。


「店員」


ラインは冷めた料理を見る。

「これ、温め直してくれ」


その目は、もう澄み切っていた。


....


「何だと?」

家の居間で、

ラジェットが眉を寄せた。

声には冷たさが混じっている。


叔母はその隣に座り、

ライルの両頬に残った赤い手形を見て、

呆れたような顔をしていた。


「はい。兄さんを見つけたときは宿屋で朝食を食べていました。」

「それで……話したのは、今言ったとおりです」

ライルは行儀よく答える。


ラジェットの眉間の皺が、さらに深くなった。


数秒の沈黙のあと。

深く息を吐く。


「ライル、よく覚えておきなさい」

声は厳しかった。


「ミラはライン個人の持ち物ではない。」

「私たちが彼の世話係として付けていただけだ」

「勝手に売ったり譲ったりできるものではない」


「お前がミラを自分の担当にしてほしいのなら、最初から私たちに言えばよかった。」

「こちらで配置を変えれば済む話だ」


「え……?」

ライルは目を丸くした。


ラジェットは片手を振る。

「もう下がりなさい」


「霊石もラインに渡してしまったのだろう? 」

「なら、改めて六個渡す」

「今度こそ錬化のために使いなさい。」

「今回の競争で一番になれば、私たちも誇らしい」


「父さん……」

ライルの目に涙が浮かんだ。

「僕……」


「もういい。部屋へ戻って錬化を続けなさい。すでにかなり時間を無駄にしている」


「はい」

ライルは頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。

扉が閉まる。


次の瞬間。

ラジェットの顔から、父親らしい穏やかさが消えた。


バンッ!


卓を強く叩く。

「くそっ、あのガキ……!」


低い声に怒りが滲む。

「こちらが付けた人間を勝手に売ったことにして、霊石まで巻き上げやがった」


「まあまあ、あなた」

叔母がなだめる。

「霊石六個くらいでしょう?」


「お前は何も分かっていない!」

ラジェットが苛立たしげに言った。


「ラインは下等資質だ。」

「月印を錬化するだけでも、かなりの霊石が必要になる」


「初めての錬化なら、なおさらだ。」

「六個程度では足りない可能性が高かった」


目を細める。

「ところが今、奴の手元には私たちが把握しているだけでも、十二個前後あることになる。」

「月印を錬化するには十分だ」


ラジェットは歯を食いしばった。

「精霊使いの成長は、資源さえ揃い、大きな壁にぶつからなければ速い」

「二、三年もあれば、一族は二環精霊使いを何人も育てられる」


「だからこそ、ラインには今のうちに遅れてもらわなければ困るんだ」

「奴の境界が低ければ低いほど、一年後に両親の遺産を取り戻すのは難しくなる」


修練を始めたばかりの今、

ここで同年代から遅れさせる。


学堂の資源は、成績のいい生徒から優先して与えられる。


一度遅れれば、得られる資源も減る、

資源が減れば、さらに成長が遅くなる。


そうやって差を広げ続ければいい。


「一年後には、自分の財産を受け取るための条件すら満たせなくなる」

叔母は首を傾げた。


「でも、一年後でもせいぜい一環中位でしょう?」

「あなたは二環なのに、そこまで警戒する必要があるの?」


ラジェットが苛立たしげに床を踏んだ。

「私が大人の立場で、十五歳の子供と殴り合うつもりか?」


「奴が両親の遺産を要求すること自体は、何も間違っていない。」

「正面から止めることはできないんだ」

「だから一族の規則を使う」

声を落とす。


「一族の規則では、十五歳で家を継ぎ、独立するには」

「最低でも一環中位に達していなければならない」


「そこに届かなければ、まだ一人前ではないということになる。」

「そうなれば、ラインに遺産を任せるべきではないと主張できる」


「これで分かったか?」


叔母の顔に理解の色が浮かんだ。


ラジェットは目を細める。

「それにしても……ラインは厄介だ」

「十四歳とは思えないほど、頭が回る」

ゆっくり首を振った。


「ミラを使ってこちらの都合のいいように動かそうとしたのも見抜かれた」

「何か起こさせる前に宿屋へ移り、監視役だったミラまで切り離した。」


「そのうえ霊石まで六個手に入れた」


小さく舌打ちする。

「ライルくらい単純なら、どれほど楽だったか」


そこで。

ラジェットの表情が少し変わった。

「そうだ。これからはライルをもっと大事にしろ」


「上等資質というだけでも価値がある。」

「それに、あいつはラインへの対抗心が強い」

「今の感情は悪くない。うまく育てればいい」


口元に、冷たい笑みが浮かぶ。

「いずれ、ラインを抑える一番使いやすい駒になるかもしれん」


...


それから二日が過ぎた。


宿屋の部屋には、灯りがついていない。

窓から差し込む月光だけが、床を白く照らしていた。


ベッドの上。

ラインは目を閉じ、あぐらをかいている。

青銅色の精神力を操り、酒虫の錬化へ全神経を集中させていた。


酒虫の身体の一部は、すでに青緑色へ染まっている。

それでも意志は衰えず、

霧のような精神力に包まれながら、絶えず抵抗を続けていた。


(丸二日)

ラインは静かに状況を確認する。


(毎日二時間しか休まず、霊石を十二個使った)

(それでも進んだのは、十五分の一程度か)

予想以上に遅い。


(そろそろ、誰かが最初の精霊を錬化し終える頃だろうな)

学堂の状況も、だいたい想像できる。


もともとラインは下等資質。

そのうえ、錬化している酒虫の意志は普通の月印とは比較にならないほど強い。


今の時点で周囲に遅れているのは、当然の結果だった。

(一時的に遅れる程度なら問題ない)


ラインの心は静かだった。

焦りも落胆もない。



(酒虫さえ手に入れば……)


その瞬間だった。


目の前の酒虫が、突然身体を縮めた。

丸くて固く、球になった


(……まずい)

ラインが目を開いた。

酒虫から強烈な白い光が弾けた。


「精霊の反発か!」


酒虫が、残っている力を一気に放った。

同時に、ラインは強烈な意志の圧力を感じた。


それは精神力の包囲を突き抜け、直接にラインの空界へ侵入する。

霊海の上へ鋭い圧力となって押し寄せた。


精霊がここまで激しく反発することは、滅多にない。


よほど意志の強い精霊だけが追い詰められたとき。

最後の力を振り絞って、

精霊使いへ逆に意志を叩きつけてくる。


普通の十四歳の少年なら。

突然の出来事に、取り乱していたかもしれない。


しかしラインは驚きこそしたものの、慌てなかった。

むしろ、わずかに喜んでいた。


(悪くない)

(ここで一気に来るなら、受け切ればいい)

(この反発を押さえ込めば、酒虫の意志も大きく弱る)


問題は、これからライン自身も、

精神をすべて空界へ集中させなければならないことだった。


酒虫の意志と真正面からぶつかる以上。

外から邪魔されれば非常に危険だ。


(しばらく誰も来ないでくれればいいが……)


ラインは精神力を集め始めた。


霊海を満たす力を、一点へ

押し寄せてくる酒虫の意志へぶつけるために。


ところが、次の瞬間異変が起きた。


空界の中央、

霊海の上空に、

何かが現れた。


ラインの思考が止まる。


ホンッ!


そのことから

圧倒的な気配が放たれた。


まるで空から巨大な川が落ちてくるような。

山を飲み込む濁流が、一気に押し寄せるような。


酒虫から流れ込んできた意志がその瞬間、

あまりにも小さなものに感じられた。


ラインは空界の上空に現れた精霊を見つめる。


目を見開いた、呼吸さえ止まる。


「……これは」

見間違えるはずがない。


逆矢(さかや)……?」

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