174.夜陰に蓮を狙い、映像から真意を探る
「そろそろ頃合いだ。もう待てない」
とうに夜の帳が下りていた。
暗い部屋の中で、ラインは目を開けた。
精霊使いの服はすでに脱ぎ、足元まで隠れる黒い長衣に着替えていた。
伸ばした黒髪と相まって、夜闇を歩けば、伝説の幽霊さながらに見えるだろう。
長い髪は、外見を変えるのに便利だった。
必要なら、短く切ればよい。
逆に、短い髪をすぐに伸ばすには、精霊の力を借りるしかなかった。
先日、コアと取り決めを交わした。
その後、鉄華と四万個の霊石は、何度かに分けて手元へ届いた。
だが、あの治療用の草の精霊だけは、まだ受け取れていなかった。
「治療精霊が手に入らなくとも、仕方がない。世の中、すべてが思いどおりに運ぶはずもない。現実には、どうにもならないことがある……」
ラインはため息をつきながら立ち上がり、静かに戸を開けた。
隠鱗虫を働かせ、夜の中へ消えた。
情勢に追い立てられ、動かざるを得なかったのだ。
シュタール父娘は、一歩一歩迫っていた。
ロア一族への使者となる計画も、阻まれた。
ロア一族が戦力の大部分を温存していたため、ベル一族とローデン一族も、過度に追い詰めることはできなかった。
賠償交渉はまとまらず、三族は代わりに、三族大武闘会を開くことにした。
コア派閥は彼を引き入れようとしていたが、同時に政治闘争へ引きずり込み、ほかの長老たちの敵意を招いてしまった。
そのうえ、死に近づくほど強くなるシオンがいる。
ラインを取り巻く情勢は悪化する一方で、ほとんど逃げ場のないところまで、彼を追い込んでいた。
いかに策を巡らせるのが巧みでも、実行には力が要る。
すでに全力を尽くし、前世の同じ時期より、はるかに先へ進んでいた。
それでも、三環初位という環位では足りず、局面を打開するには至らなかった。
「ここまで来た以上、危険を冒してでも、荒療治に踏み切るしかない!」
何度も考えた末、ラインが目をつけたのは、泉母蓮だった。
泉母蓮を摘み取れば、地下の鍾乳洞にある霊泉は、その力を失ってしまう。
一族は、狂ったように調べ回るだろう。
だが、追及するほかに、何をすべきか?
一度力を失った霊泉は、泉母蓮を取り戻して泉へ戻そうと、あるいはそれを壊そうと、元には戻らない。
一族が生き残るためには、ほかにどんな道がある?
新たな霊泉を奪うしかない。
だが、ヴェルデン山の霊泉は三つだけで、それぞれ三族が押さえている。
その一つをラインが壊せば、ローデン一族には、一つの選択肢と、二つの標的しか残らなくなる。
選択肢は、戦争。
標的は、ベル一族かロア一族。
どちらかの霊泉を奪って初めて、ローデン一族は存続を支える基盤を保てる。
霊泉の支えがなければ、精霊使いの修行など成り立たない。
危険に満ちた一手だった。
だが、ラインには、もうほかに手がなかった。
逆矢の回復はますます速まり、空界はすでに負担に耐えきれなくなっていた。
時間は残り少ない。
追い詰められた中で危険を冒し、死地から一筋の活路を切り開くしかなかった。
……
広間には、すでに灯がともっていた。
精霊使いが運んできた記録の精霊は、まだハクの手に握られていた。
「鉄血探偵殿、先ほどのお願いはいかがでしょうか?」
ハクが笑顔で尋ねた。
アキラは小さく鼻を鳴らした。
レオンはしばし考え、うなずいた。
「よかろう。たとえラインが犯人だと分かっても、三族大武闘会に出られるだけの猶予は与えよう」
「父上……」
アキラの目に、意外そうな色が浮かんだ。
父の普段のやり方とは違っていた。
「ははは、鉄血探偵殿は、必ず約束を守る方です。そのお言葉なら、もちろん信じられます。ご配慮にも、感謝いたします」
ハクの笑みはいっそう柔らかくなった。
だが、心の中では、冷ややかに鼻を鳴らしていた。
メディシンが勝手にシュタール父娘を地下の鍾乳洞へ連れ込み、一族の正史を調べさせた。
族長である彼が、知らないはずもなかった。
ただ、大武闘会が目前に迫り、一族内部の政治闘争も複雑だったため、ひとまず追及を控えていたのだ。
レオンが五環の強者だからといって、ハクの不満が消えるわけではなかった。
(幸い、本当のことはすべて一族の秘史に記され、歴代族長だけが把握してきた。あの正史など、部外者に見せるためのものにすぎぬ)
ハクは、胸の内で得意になっていた。
ローデン一族の史書には、正史と秘史がある。
正史は、地下の鍾乳洞の密室に収められている。
後世の者による美化や隠蔽が加えられ、真偽が混じり合った、目を欺くための歴史だった。
秘史には事実が記され、一切の偽りがない。
決して公にはできない秘密も、数多く含まれていた。
たとえば、血饗を呼び出す方法など、正史には決して記されない。
詳しい記録があるのは、秘史だけだった。
「ハク殿、父上はもうお願いを聞き入れました。これで、映像を見せていただけますね?」
アキラの口調は、よいものではなかった。
「たとえ鉄血探偵殿が応じてくださらなくとも、お二方の捜査には、全力で協力いたします」
ハクは笑ってそう説明すると、記録の精霊を指で軽くつまみ潰した。
砕けた精霊は、七色の煙へと変わった。
その中には、さまざまな雑音が混じっていた。
ハクが軽く息を吹きかけると、煙は壁へ流れ、その中へ入り込んでいった。
墨が水面に落ちたときのように、真っ白な壁に、すぐ色とりどりの染みが浮かんだ。
模様は広がり続け、やがて映像となって、あの年の覚醒の儀を映し出した。
ライルは、すぐに自分を見つけた。
見覚えのある顔も、いくつもあった。
少年たちは興奮して、辺りの洞窟を見回していた。
顔にはまだ幼さが残り、羽ばたいて巣を出たばかりの雛鳥のようだった。
「あれが、ライン……」
アキラも、すぐに彼を見つけた。
映像の中のラインは、列の中を歩いていた。
周囲を見てはいたが、その眼差しは淡々として冷ややかで、周りの同い年の者たちとは、まったく違っていた。
ただ、意識して注目しなければ、普通は気にも留めない違いだった。
だが今、広間の者は皆、彼を見ている。
わずかな違和感も、隠れようがなかった。
「む?ラインは、やはりどこか妙だな」
ハクまで、わずかに驚いた表情を浮かべた。
壁の映像が移り変わり、少年たちは花の海の前に来た。
一人、また一人と地下河を渡り、対岸の花の海へ入っていく。
希望の精霊の光が、次々と輝いた。
少年や長老たちの声も、はっきりと聞こえた。
まるで、当時の光景が目の前で繰り広げられているかのようだった。
まずノア・ローデンが中等資質と判定され、場が沸いた。
続いて、メルも中等と判定された。
(やっぱり、おかしい。メルは緊張しすぎている。体も硬く、肌の色も普通じゃない。地下の鍾乳洞は薄暗いけれど、よく見れば、希望の精霊を引き寄せるために、何かを体に塗っているのが分かる。ふふ、不正をしているのは、まず間違いない)
アキラは、心の中で確信した。
だが、続いて眉をひそめた。
ラインの番になった。
川を渡って対岸に上がったが、希望の精霊の輝きは、さほど強くなかった。
期待が大きいほど、失望も深い。
少年や長老たちのため息が、広間へ響いてきた。
すべて、ごく普通のことに思えた。
ただ、ラインの表情だけは、終始平静なままだった。
当時、彼は長老や少年たちに背を向けており、ほかの者には顔が見えなかった。
だが今、映像を見るアキラには、はっきり分かった。
その顔は冷めたまま、少しも変わらない。
まるで……初めから結果を知っていたかのように。
(あり得ない!もし僕が、十四歳で一族中から天才と呼ばれていたのに、最後には下等資質だと判定されたら、何も感じずにいられるはずがない。落胆も、失望も、気落ちも、少しもないなんて。どうして、こんなことに?)
大きな疑問がアキラの胸にのしかかり、呼吸まで重くなった。
心臓がどくどくと鳴り、いくつもの考えが、稲妻のように頭を駆け抜けた。
いったい、なぜなのか。
どうして、こうなるのか。
「待って、資質……まさか?!」
アキラは勢いよく顔を上げた。
第六感が、胸の中で爆発したかのようだった。
大胆で途方もない推測が、突如として浮かび上がった。
……
映像の鮮やかな光が、ライルの顔を照らしていた。
覚醒の儀は、人生で最も大きな転機だった。
それまでは、取るに足らず、ちっぽけで、誰にも知られていない存在だった。
だが、その後はまばゆい輝きを放ち、自信に満ちるようになった。
記憶にある覚醒の儀は、実のところ、いくらか曖昧だった。
当時は、何が何だか分からないうちに、過ぎてしまったのだ。
今、傍観者としてあの式典を見直すと、言葉にしがたい思いが湧いてきた。
映像の中で、自分が進み出た。
当時の自分は、これほど自信がなく、弱々しかったのか。
続いて、川に落ち、もがきながら手足をばたつかせ、兄のラインに引き上げられる姿が映った。
全身ずぶ濡れで、ひどくみじめだった。
ライルの口元に、笑みが浮かんだ。
あれが、かつての自分だった。
どれほど多くの人に笑われてきたことか。
やがて、対岸に足を踏み入れ、うつむいて歩いていく自分が映った。
その身を包む希望の光に、無数の驚嘆の声が上がった。
栄光の瞬間であり、奇跡の瞬間だった!
上等資質によって、そこから先の世界は、まったく違うものになった。
「ライル、一つ聞きたいことがあります」
アキラの声が、不意に思考を遮った。
「何?聞いて。知っていることは、全部話すよ」
ライルは振り返り、笑顔を向けた。
「また、お兄さんのことです。あなたを引き上げたとき、唇が動いたのが見えました。でも、周りが騒がしくて、よく聞き取れないんです。あのとき何と言ったのか、ありのままに教えてもらえますか?」
アキラが問いを重ねた。
「あのときの言葉……」
ライルは記憶をたどった。
「確か……道、とか?」
ほどなく、その目に確信の光が浮かんだ。
「そう、道だ。思い出したよ。兄さんは、こう言ったんだ。『これからの道は、きっと面白くなるぞ。』あれ?不思議だな。あのときは何も思わなかったのに、今思い返すと、すごく深い意味があるように感じる。まるで……僕が上等資質だと、初めから知っていたみたいだ!」
「いいえ。あなたが上等資質だと知っていたのではありません。別のことを指していたんです」
アキラは身を震わせ、複雑な表情で息を吐いた。




