173.花の文字から資質を探り、席上で猶予を求める
ここ最近の探偵編では、読みづらい展開が続いてしまい、すみません。
もともとは、アキラの向こう見ずなところと、それでいて第六感が怖いほど鋭いところを描きたいと思っていました。精霊が当たり前にいる世界なら、どんな突拍子もない捜査があり得るのか。それも描いてみたくて、あえて本格ミステリの定石から外れた書き方をしました。ただ、振り返ってみると、少しやりすぎました。
伏線を詰め込みすぎたうえに、必要な説明を後回しにしすぎました。そのせいで、推理が飛躍して見えるところや、筋が通っていないと感じる展開もあったと思います。手がかりや説明を出すタイミングを見誤りました。
この先の大筋はすでに決まっており、連載も一日二話のペースで進めています。今の段階で探偵編を一から書き直すのは難しいのですが、今夜は通常の更新に加えて、もう二話公開します。ここまで残っている疑問に、少しでも早く作中で答えていければと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。率直な感想を寄せてくださった皆さんにも、感謝しています。
『第四代族長紀
族長、酒飲のカイを討つ。カイ窮し、地に伏して降を請ふ。族長これを憐れみ、降を容る。カイ、その隙に乗じて族長を襲ひ、重傷を負はしむ。族長、ただちにこれを誅す。ほどなく、傷癒えずして卒す。族人、皆これを悼む。
史臣曰く、
「族長の仁、外道にまで及ぶ。カイ、その恩に背き、つひに族長を死に至らしむ。外道の徒、口に降を請ふとも、その心を信ずべからず。後の者、これを鑑とすべし」
』
アキラはその記述を読み、目の輝きを次第に失った。
(残念だな。酒飲のカイはその場で討ち取られているから、遺産を残すことはできない。もし残していたなら、時期もちょうど合うのに)
少女は心の中でため息をついた。
だが、諦めはしなかった。
時間が切れ、メディシンに急かされるまで、丁寧に正史を読み続けた。
シュタール父娘が族長の屋敷を出ると、ライルが迎えに来た。
「何か分かった?」
レオンは何も言わず、アキラは苦笑して首を横に振った。
ライルは続けた。
「今、思い出したことがあるんだ。役に立つかもしれない。兄さんは以前、カル派閥と親しくしていて、カル長老も人前で兄さんをかばったことがある。シュタールさん、酒虫はカルがひそかに兄さんへ贈ったものじゃないかな?」
「カル派閥?」
アキラは眉をひそめた。
「そうだよ。ウルフウェーブの前は、カル派閥とコア派閥が、ローデン一族で最も大きな二つの勢力だった。どちらも、族長派に対抗できるほどの力があったんだ」
ライルは説明した。
(どうして、今度はカル派閥も関わってくるんだろう?)
アキラは黙って考え込み、頭が痛くなる思いだった。
初めて一人で事件を調べている。
最初は自信に満ちていたが、実際に取りかかってみると、困難ばかりだった。
以前、父の捜査を見ていたときは、手がかりが一つずつ整理され、筋道を立てて推理が進み、自然に真相へたどり着くように見えた。
自分でやってみて初めて、その難しさが分かった。
何の手がかりもないときもあれば、さまざまな手がかりが一度に押し寄せ、何を選び、何を捨てるべきか分からなくなるときもある。
真相は、いつまでも霧に包まれていた。
近づいているのか、それとも遠ざかっているのかさえ、分からなかった。
カル派閥という手がかりは、本当に役に立つのだろうか?
少女は途方に暮れ、無意識に父へ目を向けた。
(父上は、もう手がかりをつかんでいるんだろうな)
父への敬意は、ますます深まった。
(父上なら、この事件はとっくに解いているはずだ。やっぱり、僕はまだまだ父上には及ばない。でも、たとえ僕が失敗しても、父上がいれば、いずれ真相を明らかにして、犯人を法の裁きにかけられる)
アキラには、恥ずかしさとともに、父を誇る思いもあった。
レオンがいれば、犯人が野放しになることなど心配していなかった。
だが、すぐに首を横に振り、腹を立てた。
その怒りは、すべて自分へ向けられていた。
(アキラ、本当に情けないな。父上を超えたいんじゃなかったの?頼ることばかり考えていたら、いつまで経っても超えられない。アキラ、頑張れ。できるはずだ!)
少女は唇を引き結び、ひそかに自分を励ました。
再び闘志が湧いてきた。
先ほどまでの仮説をいったん捨て、一から考え直すことにした。
(もし酒虫が遺産から得たものではなく、誰かに贈られたものなら、最も疑わしいのはカル派閥だ。でも、なぜ下等資質の平凡な学員を特別扱いし、ひそかに酒虫を与えたんだろう?ラインの何に、投資するだけの価値がある?ライルの兄だから?違う、それだけでは足りない。待って、カル派閥が自分から投資したとは限らない。ラインに脅されていた可能性もある!もしそうなら、ラインはどんな弱みを握っていたんだろう?カル派閥が、不本意ながら、まだ精霊使いですらない学員に譲歩するほどの弱みとは?)
アキラは懸命に考えた。
一つの答えが、少しずつ頭に浮かんできた。
だが、あまりにぼんやりしていた。
紙を張った窓越しの灯りのように、そこにあるのは分かるのに、触れられず、はっきり見ることもできなかった。
「父上」
少女は不意に顔を上げ、レオンを見た。
「賢者一筆を、お借りしたいんです」
レオンは静かな声で答えた。
「賢者一筆が示す手がかりは、すべて植えた者がすでに知っておる情報に基づくものだ。代わりに考えるだけで、正しいとは限らぬ。本当に使うのか?」
少女はうなずいた。
賢者一筆は、一粒の種だった。
レオンが、その種を手渡した。
アキラは足元の土に埋め、掌を地面につけ、白銀精神力を注いだ。
数呼吸ののち、手を引いた。
ほどなく土が動き、小さな芽が地表を破って現れた。
生まれたばかりの芽は、半透明の淡い緑で、みずみずしく、か弱かった。
それでも急速に上へ伸び、黄緑色は次第に濃くなり、最後には鮮やかな緑となった。
やがて、サボテンに似た姿へ育っていった。
表面には鋭い黒い棘が並び、肉厚で、青々としていた。
ほどなく、頂部の中央に白い花芽が現れた。
花芽は大きく膨らみ、つぼみになった。
その一方で、サボテン本体は縮み続けた。
水分を失うかのように、急速にしぼんでいった。
アキラは指を伸ばし、そっとつぼみを摘み取った。
サボテンは、たちまち灰色に枯れ、わずか数秒で完全に死んだ。
賢者一筆は、三環という高位の消耗型精霊だった。
少女は慎重につぼみを広げた。
花びらを幾重にも重ねたものではなく、むしろ丸められた紙の塊のようだった。
すっかり広げると、花びらは一枚の正方形の白い紙となった。
そこに記されていたのは、たった二文字だった。
「資質」
ほかの者なら、ありふれた言葉だと思うか、意味が分からず戸惑うだけだろう。
だが、アキラにとっては、何より重要な示唆だった。
賢者一筆のような智道の精霊は、考えあぐねる精霊使いに、ひらめきを与えるためのものだ。
どうしても思い至らなかった要点を示し、一気に理解へ導くことが多かった。
「そう、資質です!」
アキラは歓声を上げ、すぐに懐から手紙を取り出した。
オスカー・ベルナーが集めた、すべての情報が記されている。
その中の一行に、カルが浄水の精霊を購入した時期と価格が記されていた。
「ここです!前にも読んだのに、もっと深い意味までは考えつきませんでした。何かを見落としている気はしていたんです。賢者一筆が代わりに考えて、答えを示してくれました。そう……浄水の精霊の働きは一つだけ。空界に残る異種精神力の気配を消すことです」
少女は低くつぶやき、仮説を語り始めた。
「カルは、なぜこれを必要としたのでしょう?ふふ、こういうことは珍しくありません。多くの集落で起きています。カル派閥の後継者のために用意したのでしょう。後継者の資質が十分によくないから、カルが自分の精神力を注ぎ、その環位を引き上げた。その後遺症を取り除くには、浄水の精霊が必要になります」
「ラインは、何らかの方法でこの秘密を知り、カル派閥を脅した。相手は折れるしかなく、酒虫を渡したんです」
「シュタールさん、すごいね。これだけのことから、そんなにいろいろ推理できるなんて!」
ライルが言った。
「でも、メルは確かに中等資質だよ」
「中等資質という判定も、偽装できるのではありませんか?」
アキラは目を輝かせ、口の端をわずかに上げた。
「確かめるのは難しくありません。メルの空界を調べれば、すべて明らかになります」
「それはいかん」
レオンは首を横に振り、止めた。
この事実を明るみに出せば、カル派閥を大きく傷つけ、ローデンの集落の上層部を揺るがし、政治的な争いを引き起こす。
「私たちは事件を調べに来たのであって、混乱を起こしに来たのではない。あくまでよそ者なのだ。やむを得ぬ場合を除き、他族の政治には手を出すべきではない」
アキラはうなずいた。
「父上のおっしゃるとおりです。でも、それ以外にも、確かめる方法はあります。確か、大きな祭祀の儀式は、記録の精霊で残すのが慣例だったはずです。ローデン一族も例外ではありませんよね?あの年の覚醒の儀の映像を見せてもらいます!」
……
「鉄血探偵殿、お二方とも、何日も捜査に奔走され、さぞお疲れでしょう。どうぞ、お茶を!」
ハクは席で微笑みながら言った。
「お求めの映像は、一族の禁地である地下の鍾乳洞、その密室に保管されています。お二方をお通しするわけにはまいりませんが、すでに人を取りにやっております。今しばらく、お待ちください」
「ローデンの族長殿、お手数をおかけする」
レオンは礼を述べた。
アキラとライルは、傍らに立っていた。
「鉄血探偵殿、もう一つお願いがございます」
ハクが不意に言った。
「ほう。ローデンの族長殿、どうぞお話しくだされ」
「ヴェルデン山の内情に関わることです。我が一族とベル一族、ロア一族は、長年にわたって拮抗してきました。今回のウルフウェーブで三族の力関係は変わりましたが、ロア一族は悪意をもって戦いを避け、狼の群れを利用して、ほかの二族を弱らせようとしたのです。先の交渉では賠償を求めましたが、満足できる結果は得られませんでした」
ハクは続けた。
「そのため、三族大武闘会を開き、三十歳未満の若い精霊使いだけを参加させることになりました。各族の未来を担う力で、勝敗を決めようというわけです」
そこで、ため息をついた。
「ラインに不審な点があることは、以前から気づいていました。ただ、ウルフウェーブのため、詳しく調べる余裕がなかったのです。本当に犯人なら、一族として決して庇いません。ですが、鉄血探偵殿には、もう数日の猶予をいただきたい。三族大武闘会は、明後日なのです」
ラインが殺したジャック一家は、皆、凡人だった。
追及するほどのことではない。
殺したところで、大した問題でもなかった。
だが、本当にルイス・ベルナーを殺していたなら、話はまったく違う。
それでもローデン一族が庇えば、ベルナー家と敵対することになる。
今後、ベルナー商隊が交易に来なくなるばかりか、報復を招く恐れもあった。
組織は、内部の成員を守る。
だが、一部の成員が大きな利益を損なうなら、その者を切り捨てることは、どんな成熟した組織にとっても、たやすく、慣れきった選択だった。
太古の人類は、生存の圧力に迫られ、組織を作るようになった。
互いの力を合わせてより多くの食料を集め、分業によって狩りの成功率を高めるためだった。
どのような組織であれ、その本質は、より多くの利益を得ることにある。
一人や二人の成員がそれを妨げるなら、犠牲にするのは、ごく自然な選択となる。
だから、たとえローデン一族で長老が不足していても、ラインを切り捨てる必要があれば、ハクはためらわない。
だが、明後日には三族大武闘会がある。
その結果は、今後数年間のヴェルデン山の利益配分を決める。
三環精霊使いであるラインの戦力は、ローデンの集落にとって無視できなかった。
ベル一族の族長がシオンに対してそうしたように、ハクもまた、ラインの価値をできる限り搾り取ろうとしていた。




