169.議場で使者を押しつけ合い、捜査で旧怨を暴く
「あの外道精霊使いが、どうして僕を殺そうとしたのかって?僕だって分からないよ!」
アキラの問いに、ライルは目をしばたたかせた。
その顔には、何の心当たりもないといった表情が浮かんでいた。
「何か思い当たることがあるなら、隠さず話してください。何気ない一言が、事件を解く大きな助けになることもあるんです」
少女は誠実に語りかけた。
ライルは首を横に振った。
「僕も不思議なんだ。あの頃は、ずっと修行に打ち込んでいたのに、どうして暗殺されかけたんだろうって。ただ、あとで周りの人たちが考えてくれたんだけど、あの外道精霊使いは、ほかの二族に雇われた可能性が高いって。僕みたいな新星の芽を摘むためにね。知ってのとおり、ベル一族とロア一族は、昔からローデン一族を敵視している。とくに疑わしいのはロア一族だ。以前にも、外道精霊使いを勧誘して、受け入れたことがあるから」
「ロア一族ですか……」
アキラはいくらか気落ちした。
ロア一族は、すでにウルフウェーブに呑まれている。
これで、また手がかりが途絶えてしまったようだった。
ところが、そのとき、外から騒ぎが聞こえてきた。
「見ろ、あれはロア一族の者じゃないか?」
「ロアは滅びたんじゃなかったのか?なぜ使者が来るんだ?!」
使者の出現は、たちまち集落中を騒がせた。
人々は口々に噂し合った。
ほどなく、族長の屋敷から知らせが伝わってきた。
「ロア一族には、まだ大勢の生存者がいるぞ」
「自分たちから撤退したんだ!先祖が残した一体の精霊で、大勢の姿を一度に消し、狼の群れを欺いたんだ!」
「あのろくでなしども、まともに戦わず逃げたせいで、頭狼がこっちへ来たんじゃないか!」
「ふん、ロア一族の連中は、たくましい見た目に似合わず陰険だ。ウルフウェーブでこちらを弱らせようとは、卑劣な奴らめ!」
ローデンの族人たちは、誰もが義憤に駆られていた。
ロア一族の使者の出現によって、ヴェルデン山の情勢は大きく変わった。
これからはベル一族とローデン一族の争いになると思われていた。
ところが、依然として三族が並び立つ情勢だったのだ。
だが、よく考えれば、理解できないことではない。
ロア一族も数百年にわたって存続し、深い蓄積を持っている。
どの一族にも先祖がおり、最後まで温存しておく切り札があるものだ。
使者が去ると、ハクは直ちに長老会議を開いた。
「ロア一族のろくでなしどもめ。さっさと撤退するとは、ふざけた連中だ!」
「やはり、誰であろうと侮ってはならん。ロア一族は、ずっとこちらとベル一族に劣る、ヴェルデン山で最も弱い一族だった。それでいて、こんな企みを隠していたとは。今後は、いっそう警戒せねばならんな」
「ウルフウェーブを使ってこちらを滅ぼそうとして、本当に思いどおりにしおった!あの借威狐さえいなければ、これほど多くの長老を失わずに済んだかもしれん。忌々しい連中だ。あいつらこそ、本物の借威狐だ!」
「鉄血探偵が来ていなければ、両族長とも命を落としていたかもしれん。連中を、このままにはしておけん!」
「賠償は必ず求める。こちらとベル一族が力を尽くし、代わりに借威狐の脅威を退けたのだからな。ただ、どう要求するかは、よく話し合わねばならん」
長老たちは口々に意見を述べ、やがて方針をまとめた。
ローデン一族はロア一族へ使者を送り、その実情を必ず探り出す。
ロア一族が強大なら、ベル一族と手を組まねばならない。
逆に、あまりに弱いようなら、そのまま人を送り込んで滅ぼし、霊泉を奪うこともできるかもしれなかった。
「では、ロア一族への使者には、誰が適任だろうか?」
ハクは一同を見渡した。
「この重責を引き受ける長老はおらぬか!」
議場はたちまち静まり返った。
長老たちは顔を見合わせたが、誰も名乗り出なかった。
今は、内部での争いが激しくなり、利益を再分配する重要な時期だ。
使者としてロア一族まで赴けば、自分の派閥はまとめ役を失い、ほかの者につけ入る隙を与えてしまう。
帰った頃にはすべてが決まっていたとしても、いったい誰に文句を言えばよいのか?
「わたくしは、ロア一族への使者には、落ち着きと経験があり、信頼できる方を選ぶべきだと存じます。独力で大事を担える方でなくてはなりません。この場の皆様の中で、その任に堪えるのは、コア派の頭領だけですわ!」
メディシンが、不意に口を開いた。
コアは鼻を鳴らし、即座に言い返した。
「年功を申すのであれば、メディシン殿こそ、わしなどよりはるかに上でございましょう。まして人望にかけては、足元にも及びませぬ。いやはや、恐れ入るばかりでございます。されば、ロア一族への使者は、ぜひともメディシン殿にお務めいただくのがよろしいかと存じます。それほどのご人望をお持ちなら、さぞやお見事にお役目を果たしてくださることでございましょうな」
「コア長老のおっしゃるとおりです。同じく、メディシン殿を推薦します」
一人の長老が立ち上がった。
「いや、コア殿のほうが適任でしょう」
別の長老が、すぐに反論した。
議場での言い争いは、たちまち激しさを増した。
ハクは上座に座り、冷ややかに眺めるばかりで、何も言わなかった。
薬堂はすでに彼から離れようとしており、もはや思いどおりにはならない。
だから、どちらにも肩入れせず、成り行きを見守っていた。
これは、薬堂とコア派閥の最初の対決だった。
双方に政治上の味方がいることからも、裏で少なからぬ妥協と利益の交換があったことが分かる。
ただ、全体としては、薬堂が優勢だった。
メディシンは、すでに薬堂長老に返り咲いていた。
その人望と、カル派閥が薬堂寄りであることが、今の状況を生んだ主な要因だった。
ハクは、それぞれがどちら側についているのか、ひそかに頭に刻んでいた。
族長として、権力が自分の手から離れるのを望むはずもない。
この長老たちは、皆、権を争う相手なのだ。
だが、今は手を出さず、しばらく様子を見ると決めていた。
(コア派閥は、あまりに多くの資源と権限を握っている。それでいて後継者を失った。だから薬堂は、急いで動き出し、その分け前にあずかろうとしているのだ。つまり、この争いの鍵は、一人の人物にある)
ハクは考えながら、ラインへ視線を移した。
ラインは最初から姿勢を崩さず座り、黙り続けていた。
(どうやら、コア派閥とは、まだそこまで近づいていないらしい。双方の利害が一致する取り決めには、まだ至っていないのだろう。そうでなければ、とっくに助け舟を出している。これは、好機ではないか?)
だが、そのとき、ラインが不意に立ち上がった。
その動作に、ただちに一同の視線が集まった。
「ロア一族への使節は、一族の興亡に関わる重大な務めです。私が使者の任を引き受け、一族のため、ロア一族の実情を探ってまいります!」
「何だと?」
「ラインが、自分から行くと言うのか?」
「どういうつもりだ?本当に愚かなのか、愚かなふりをしているのか?帰る頃には、利益がすべて分け尽くされているかもしれんというのに!」
長老たちは、一様に驚きと疑念を浮かべた。
ラインには、ラインなりの考えがあった。
ロア一族への使者となれば、三族の争いを引き起こす機会があるかもしれない。
それができなくとも、ここから離れる機会にはなる。
「待ってください!使者は誰でも構いません。ですが、ラインだけは駄目です!」
扉が突然開き、先頭に立ったアキラが、まっすぐ議場へ踏み込んできた。
ラインは体をひねって振り返った。
その瞳孔が、わずかに縮んだ。
シュタール父娘が入ってくる。
後ろには、さらに二人が続いていた。
一人はラインと瓜二つの、弟のライル・ローデン。
もう一人は、バキ・ローデンだった。
「鉄血探偵殿、お二方はいかなるご用向きでしょうか?」
ハクは立ち上がって迎えたが、その口調には、いくらか不快感がにじんでいた。
(これはローデン一族の内部の会議だ。断りもなく踏み込むとは、どういうつもりだ?)
「ローデンの族長殿、ならびに長老の方々。かつてライル・ローデンを襲った外道精霊使いの素性を、娘が突き止めたのだ」
レオンが口を開いた。
「ほう、それは……」
「あの外道精霊使いは、ロア一族の差し金ではなかったのか?」
「ほかに、何か事情があるというのか?」
ハクは上座に座り直した。
「はい。もとは山麓の村に住む狩人で、ある偶然をきっかけに、外道精霊使いになりました。名前は、ビッグ・ジャックです」
アキラは少し間を置き、続けた。
「この男がライル・ローデンを襲った原因は、その実の兄――ライン・ローデンにあります!」
そう言って、ラインをまっすぐ見据えた。
「兄さんが、こんな人だったなんて!」
傍らのライルは拳を握り締め、怒りに満ちた目を向けていた。
「お嬢さん、それはどういう意味だね?」
コアの声が低くなった。
「ラインが、この外道精霊使いを雇い、実の弟であるライルを暗殺させようとしたということかしら?」
メディシンの表情には、かすかな興奮が浮かんでいた。
ハクさえも表情を変え、椅子の上でわずかに姿勢を改めた。
「そうではありません」
アキラは首を横に振った。
「実際は、ラインが罪のないジャック一家をむやみに殺したため、ビッグ・ジャックの復讐を招いたんです。ただ、ビッグ・ジャックは、ラインに実の弟がいることを知りませんでした。ライルをラインと取り違え、仇を討とうとして襲ったのです」
「お嬢さん、何事も証拠が必要だ」
一人の長老が言った。
「もちろん、証拠はあります。バキ・ローデン、知っていることを、すべて話してください」
アキラはあらかじめ準備を整えており、少しも慌てなかった。
バキはため息をつき、おびえた目でシュタール父娘を見た。
震えながら進み出ると、どさりと膝をつき、泣き叫んだ。
「務めを怠っておりました。族長、どうかお罰をお与えください!」
ハクの顔が険しくなった。
「何があったのか、まず話せ。一切隠し立てはするな!」
かつてラインがジャック一家を殺した事件は、バキの管轄する区域で起きた。
現場へ駆けつけた彼が、それを発見したのだった。
だが、勤務評定への影響を気にして、事件を握りつぶし、報告しなかった。
それが今、思いがけずアキラに掘り起こされてしまったのだ。
「事の次第は、こうでございます……」
バキはどもりながら話し始めた。
尾ひれをつけることも、事実を曲げることもなかった。
今、この場で嘘をつく勇気などない。
ラインもまた長老であり、話を大げさにすることもできなかった。
「真相が、こんなことだったとは!」
「ラインがビッグ・ジャックの父親と、弟と妹を殺した。ビッグ・ジャックは復讐に来たが、ライルを狙ってしまった。そういうことか……」
「ライルはラインの身代わりに、とんだ災難を被ったのだな」
長老たちは、ひそひそと話し合った。
ライルは、さらに強く拳を握り締めた。
胸の内の怒りが膨れ上がり、とうとうこらえきれず、ラインへ低く叫んだ。
「兄さん、どうしてそんなに簡単に人を殺せるんだ?その老人も、女の子も、罪のない凡人じゃないか。それなのに、どうして手をかけられるんだよ?!」
弟から責められても、ラインは何の反応も示さなかった。
まるで、聞こえていないかのようだった。
今、重要なのはライルではない。
ラインはシュタール父娘を見た。
これほど短い間に、この事実を掘り起こした。
さすがは鉄血探偵と呼ばれるだけのことはある。
どのような精霊や手段を使ったのかは分からない。
だが、バキを屈服させ、かつて隠した事実を自ら語らせるとは、確かな手腕だった。
これで、ラインの確信はいっそう強まった。
自分がルイス・ベルナーを殺したことも、いずれ、この父娘に暴かれる。
あとは、時間の問題だ。
何しろ、ここは精霊の世界なのだ。
精霊を使って罪を犯せるのなら、精霊を使って事件を解くこともできる。
(圧力が、じわじわと強まってきたな……)




