165.酒宴に非難が飛び、冷たい言葉が一座を驚かす
「えっ?父上、僕が事件を解くんですか?」
少女は自分を指さし、驚きに満ちた顔をした。
「どうした、気が進まぬか?」
レオンが微笑んだ。
「やります!もちろん、やります!」
アキラは我に返り、嬉しそうに声を弾ませた。
レオンはうなずき、小さくため息をついた。
複雑な思いをにじませて言った。
「お前は、私と同じ道を志した。この数年、私のそばで多くを見聞きし、学んできた。だが、鷹の雛も、己の翼で飛んでこそ一人前になるものだ。私も、もう老いた。この傷も治らぬ。いつまでも、お前のそばにいてやることはできぬのだ。新たな世代が古い世代に代わる。それが世の習いだ。これからは、お前の番だ。」
「父上……諦めないでください。まだ治る望みがあるじゃないですか?」
少女の声が震え、少し詰まった。
「その望みがどれほど薄いかは、お前も私も承知しておろう。人は、現実を見据えることも覚えねばならぬ、アキラ。」
レオンは笑みを浮かべ、ハクへ向き直った。
「ローデンの族長殿、案ずるには及ばぬ。我が娘は、すでに私の技の七、八割を身につけておる。私も付き添って助言するゆえ、そなたの一族に、決して無実の罪を負わせはせぬ。」
「何をおっしゃいます」
ハクは急いで拳を掌に合わせ、一礼した。
「アキラ嬢はこれほど凛々しく、しかもあなたのご息女です。むろん、安心しております。まずはお二人とも集落へ。心を尽くしておもてなしいたしましょう」
……
卓を埋める料理から、香りが立ち上っていた。
澄んだ芳醇な酒が、甕から細い筋となってレオンの杯へ注がれた。
ウルフウェーブが過ぎたばかりのローデン集落は、最も苦しい時期を迎えていた。
物資は大量に消耗されていた。
これから食料もほかの物資も不足し、餓死する凡人さえ出ることになる。
それでも、レオンをもてなすため、一族は何とか品をかき集め、この宴席を整えた。
ハクが上座に座り、その傍らにレオンと少女アキラがいた。
同席していたのは、薬堂長老を代行するラゼル、頭狼との戦いで両脚を失ったコルド、派閥を率いるコア、白髪のメディシン、そしてラインらの長老だった。
ウルフウェーブの前には、長老は数十人いた。
それが今は、この席の面々だけで、十人にも満たない。
そのうえ、誰もが傷を負っていた。
とりわけコアは、二週間前の防衛戦で重傷を負い、それからずっと密室で療養していた。
まだ床に伏していたが、レオンの来訪を聞き、病身を押して出席したのだ。
その重傷が、かえって命を救っていた。
長年の宿敵カルは、族長と頭狼を追い、最期は借威狐に命を奪われた。
「今日、シュタール殿のお力添えがなければ、今頃は借威狐の腹の中だったでしょう。命を救っていただいたご恩に、この一杯を捧げます!」
ハクは立ち上がり、両手で杯を捧げ持ち、少し身を屈めて真摯に礼を述べた。
「私も、力の及ぶ限りのことをしたまでだ。」
レオンは杯を上げ、わずかに口をつけた。
もとより律儀な性分で、賭け事もせず、女を買うこともなく、己を厳しく律していた。
酒にも溺れず、軽く味わうだけだった。
そのため、酔ったことは一度もなかった。
ハクは酒を飲み干し、席の面々を見渡した。
目が次第に赤くなり、ため息をついて、ゆっくり腰を下ろした。
レオンは、こうした光景を幾度となく見てきた。
慰めるように言った。
「ローデンの族長殿、どうか気を落とされるな。人さえ生きておれば、集落が再び栄える日も来よう。それに、あの借威狐も傷を負い、雷狼の群れも大きく消耗しておる。向こう数年は、攻め寄せてくることもあるまい。此度のウルフウェーブは、ひとまず乗り切ったと言ってよかろう」
最も危険な時期は、確かに過ぎていた。
これから数か月は、まだ雷狼が現れるだろう。
だが、数は減り続け、大きな群れを作ることも、集落を直接襲うこともできなくなる。
借威狐は巣へ戻って傷を癒し、残った狼たちを徐々にまとめ直す。
多くの雷狼も、その呼び声に応じて帰っていく。
大量に雷狼が死んだことで、群れが必要とする餌は大幅に減る。
再び自力で餌を賄えるようになるのだ。
その後の数年で、群れはまた大きくなる。
新たな百獣王の巨雷狼、千獣王の轟雷狼、さらには万獣王の頭狼も生まれるだろう。
盛者必衰
山の三族も、狼の群れも、この変化から逃れることはできない。
鉄血探偵の言うとおりだった。
だが、人は草木ではない。
情を捨てきれる者など、いようか。
その理屈は、ハクのほうがレオンよりよく知っていた。
それでも、胸の悲しみは消えなかった。
犠牲が大きすぎた。
長老だけでも、大半を失った。
一環、二環の精霊使いは、さらに甚大な死傷者を出していた。
集落全体の力は底まで落ち、これ以上の混乱には、とても耐えられなかった。
「どうして反撃して、そのまま狼の巣を壊さないんですか?」
アキラが傍らで、不思議そうに尋ねた。
「巣には磁爆虫が十数群、合わせて百万近くも棲んでいるからです」
メディシンが、ウルフウェーブの全面的な襲来前に偵察精霊使いから届いた情報を思い出し、説明した。
「この虫は生まれつき雷狼に親しみ、電磁気を餌とします。それでいて極めて臆病で、危険を感じると自爆し、電磁爆発を起こすのです。雷狼への影響は小さいものの、人間には非常に危険です。ですから、三族が力を合わせて出兵しないかぎり、狼の巣を攻め落とすのは難しいでしょう」
そこで、不意に鼻を鳴らした。
陰険な眼差しが、ラインへ向けられた。
「もっとも、その望みは薄いでしょうね。一族の中にさえ、戦いを前に逃げ腰になる長老がいるのですから。頭狼が襲ってきたとき、どこへ隠れていたのでしょう!」
ほかの長老たちも、それを聞いてラインへ目を向けた。
彼は岩の裂け目の秘洞で、酒飲のカイの秘蔵を探索していた。
そのため、頭狼を防ぐ大戦には加わっていなかった。
だが、人々の目には、ずるをして責任を逃れ、命惜しさに身を隠したとしか映らなかった。
向けられた目には、不満と侮蔑、そしてかすかな怒りがあった。
ハクの顔も険しくなった。
族長として何より嫌うのは、相応の力を持ちながら勝手に動き、足取りを隠し、別の思惑を抱く者だった。
一族のために使えても、安心して任せることはできない。
宴席の空気が、急に変わった。
シュタール父娘も異変に気づき、皆の視線を追ってラインを見た。
同じ年頃のアキラは、その若い顔立ちに、すでに目を留めていた。
だが、ラインは淡々と酒を飲んでいた。
向けられる目など、まるで気づいていないかのようだった。
このように、後から責任を問われることは予想していた。
(厄介なことになった)
心の中で、小さくため息をついた。
懸念はあっても、取り乱しはしなかった。
レオンの到来は、山を離れる計画を大きく狂わせた。
泉母蓮を持ち去り、集落の根幹を壊せば、シュタール父娘は必ず追ってくる。
鉄血探偵の名は、伊達ではない。
今のラインの力と手段では、レオンが追い始めたら、逃げ切ることは不可能だった。
泉母蓮を取らなくても、突然姿を消せば一族の調査を招く。
さらにルイス・ベルナーの死もあり、シュタール父娘が放っておくはずはなかった。
黙って去れば、やましいことがあり、処罰を恐れて逃亡したと受け取られる。
やむなく、ひとまず留まり、状況を見守るしかなかった。
今、皆から責められているとはいえ、まだ最悪ではない。
むやみに去れば、自分の段取りを崩し、かえって状況を悪くしてしまう。
「お酒はおいしいかしら?」
メディシンは不気味に笑い、ラインを見据えた。
「説明するつもりはないのかしら?」
ラインはゆっくり杯を置き、目を上げた。
彼女の断たれた腕へ視線を向ける。
海千山千とは、まさにこのことだった。
命を守るため、メディシンは自ら片腕を断った。
負傷を口実に、一族からの出陣命令を逃れたのだ。
前世にもあったことだった。
まさか今生でも、同じ選択をするとは。
腕を捨て、命を守る。
確かに、有効な方法だった。
頭狼の襲撃も、その後の追撃も避け、最後には生き残った。
今ここで責め立てる理由には、以前の恨みもあった。
だが、それ以上に、ラインへ非難を集め、自分への注目を減らすためだった。
「何を説明しろと言うんだ?」
ラインは冷笑した。
「お前が命惜しさに、自分で腕を切り落としたことか?」
「何ですって?!」
メディシンは驚きと怒りに駆られ、勢いよく立ち上がった。
目を見開き、ラインの鼻先を指して、甲高い声で罵った。
「この小僧が!逆に噛みつき、わたくしに濡れ衣を着せるなんて!なんて卑劣で恥知らずなの!ローデン一族に、どうしてお前のような者が生まれたの!」
「メディシン!」
ハクは顔色を変え、低く叱りつけた。
「座れ!賓客の前で大声を上げるとは、何たる醜態だ!」
メディシンはさらに罵ろうとした。
だが、ハクの険しい顔を見ると、口まで出かかった言葉を呑み込むしかなかった。
怒りの目をラインへ向け、憤然と腰を下ろした。
そこで、ハクがラインへ向き直った。
「ライン長老、説明してもらいたい。頭狼が集落を襲ったとき、どこにいた?」
(ライン……この少年がラインか?)
レオンの眼に、かすかな変化が浮かんだ。
ルイス・ベルナーの謎の失踪事件で、ラインは極めて重要な関わりを持つ人物だった。
来る前に、オスカーからかなりの情報を得ていた。
だが、目の前の若い長老がラインだとは思わなかった。
たちまち、興味が湧いた。
レオンは無数の事件を扱い、わずかな兆候から手掛かりを見つけ、真相を推し量ることを得意としていた。
皆の態度から、ラインが戦時に退いたのだろうと、すでに推測していた。
だが、世間が事実と認めるものは、しばしば表面だけに留まる。
本当の内情は、どうなっているのか?
真相が何であれ、これからの答えには、ラインの内心の一端が現れる。
今後の捜査にも役立つはずだった。
レオンの関心を感じ取り、ラインの胸がわずかに張り詰めた。
だが、顔には何も出さなかった。
皆を淡々と見渡し、口元に嘲るような笑みを浮かべた。
「何も説明することはない。だが、族長が問うのなら、はっきり言おう。あのときは、ひどく怖かった。長く積もった重圧も、死への恐怖も、限界に達していた。耐えきれなかったのだ。私は臆病で、意気地がない。隅に隠れ、もう前線へ出る勇気もなかった」
皆、呆気に取られた。
何か口実をでっち上げるものと思っていた。
どう矛盾を突き、どう暴くかまで、すでに用意していたのだ。
まさか、そのまま認めるとは!
(嘘は所詮、事実ではない。必ず綻びが残る。まして、ここにはレオンがいる……)
ラインは平静なまま目を伏せ、ただ目の前の杯を見つめた。
レオンの眼に、再びかすかな変化が浮かんだ。
無意識に眉をひそめ、胸の底に嫌悪と反感が湧いた。
(この少年、骨の髄に魔性を宿している!)




