163.迷いを解き、囲みを破る
シオンは全身に傷を負い、息を切らしていた。
白い衣はとうにぼろぼろで、血と汚れにまみれ、ひどい有様だった。
ラインが駆けつけると、二人とも一瞬、呆気に取られた。
運命というものは、実に奇妙だ。
つい先ほどまで、二人は互いの命を奪おうとする仇敵だった。
だが今は、手を組むほかに、生きて逃れる望みはなかった。
シオンと手を組む?
ラインの眼にかすかな光が走り、考えを巡らせた。
(シオンは狂っているうえ、自分の運命にも気づいている。だが、それは生きたいと思っていないという意味ではない)
生きようとするのは、人の原始的な本能であり、最も基本的な欲求だ。
実際、シオンには強い生存欲があった。
一方で、変えられない破滅の運命に直面していた。
だからこそ、今のような性情が形作られたのだ。
世に永遠の敵はいない。
シオンと協力する余地は、十分にあった。
だが、どう切り出せば説得できる?
「ふふふ、ライン、まさかお前やったとはな!」
シオンが先に笑い出し、強い口調で言った。
「ほな、一緒に死んでもらおか。お前が道連れなら、人生の終わりもおもろいもんになりそうや」
「面白いか?」
ラインは考えを定め、微笑みながらゆっくり近づいた。
周囲の雷狼が飛びかかってきた。
腕を振り、旋牙百足を唸らせて二、三頭をその場で叩き殺すと、死骸が宙へ飛んだ。
ここまでの戦いで、百足の両側にある鋸歯は大半が損なわれていた。
切り裂いたり、鋸のように削ったりする力は大きく落ち、もう叩くためにしか使えなかった。
「この狼の包囲の中で、もう一度命を懸けて戦えば、もっと面白いのではないか?」
ラインは口元に冷酷な笑みを浮かべ、なおも近づいた。
シオンのまぶたが震えた。
ラインが自分よりも強く出るとは、思わなかったのだ。
だが、それこそ彼の望むところだった。
ラインが生き延びたいばかりに下手に出て、協力して逃げようと頼み込めば、かえって見下しただろう。
そればかりか侮辱されたと感じ、我慢できずに殺しにかかったかもしれない。
世の中には、そういう人間がいる。
ひたすら親切にすれば、つけ込みやすい相手だと見下す。
むしろ強く出ることで、敬意を得られるのだ。
「ほんまに死にたいんか?ほな、望みどおりにしたる!」
シオンは目を細め、危険な気配を漂わせた。
ラインは朗らかに笑い、歩みを緩めた。
悠然と、幾多の歳月をくぐり抜けたような声音で語った。
「人間八十年、悠久の世にくらぶれば、夢幻のごとくなり。そも、人のこの世に生くるは何のためぞ。ただ一たびこの世を旅し、その妙なるさまを見届けんがためなり。我は死を望まず。されど、死を恐れず。すでにこの道を歩み出でたる身なれば、たとい死すとも、悔ゆることなし」
これは、紛れもなく本心だった。
古来、死を免れた者がいただろうか。
九環の聖尊や魔尊であれ、人祖であれ、所詮は命を長らえるにすぎない。
永生を得たわけではなく、いずれは滅びを迎えるのだ。
死ぬなら死ぬまでのこと。
それが何だというのだ。
たとえ次の瞬間、ラインがこのウルフウェーブの中で命を落とそうとも、彼に悔いはない。
自分の目標のために奮闘し、努力を重ね、常に自らの意志に従って生きてきたからだ!
生死への執着を手放してこそ、人生は広がる。
そこに初めて、何ものにも囚われない自由さがある。
シオンの全身が、激しく震えた。
死を恐れないと口では言っていても、本当に囚われずにいたわけではない。
生と死を見通せず、手放すこともできなかった。
人は何かを恐れれば、その奴隷になる。
シオンもまた、死に屈した奴隷にすぎなかった。
それも無理はない。
まだ若すぎるのだ。
多くのことは、十分に経験を重ねなければ本当には見抜けない。
その問題に囚われ続けていたシオンに、ラインの言葉は一つの窓を開いた。
「妙なるさまを見届け……道……死すとも、悔ゆることなし?」
シオンは呟き、不意に問いかけた。
「道!道って、何なんや?」
ラインは冷笑し、さらに近づいた。
「道は人それぞれだ。私の道をお前に話す必要はない。お前の道など、私にわかるものか」
世には、生涯自分の道を持たない者も多い。
一方で、すでに道を歩み、手探りしながら闇の中を心の聖地へ向かう者もいる。
シオンの空色の両眼が、まばゆい光を放った。
「道……せや、自分の道を見つけなあかん!」
このときの興奮は、他人には容易に理解できなかった。
恋い慕う女を懸命に追いながら、どうすればよいかわからなかった男が、ふいに正しい告白の仕方を見つけたようなものだった。
あるいは、最後の関門に阻まれていた宝探しの者が、長く探し続けた末に、ようやく中へ入る道を見つけたように。
何年も考えて進まなかった難問に、あるとき解き方を見出したように。
シオンには、自分の道がなかった。
生きる意味を見つけられず、迷っていた。
ラインに、その迷いを直接解くことはできなかった。
だが、別の角度から希望を与え、死に向き合う苦しみを和らげ、慰めをもたらした。
すでに道を歩んでいるなら、死んでも悔いはない。
そう思えれば、死はもう恐ろしいものではなくなる。
「もうじき、その道が見つかる気がするで!」
シオンは左拳を握り締め、ひどく奮い立っていた。
ラインへ目を向け、意味を込めて言った。
「ようやく、二人の違いがわかったわ。お前はもう道を歩いとる。こっちは、まだ迷うとっただけやったんや」
言いながら、また笑い出した。
興奮に歪んだ顔は、獰猛ですらあった。
「ふふふ……ライン、お前が戦いたいんやったら、最後まで付き合うで!せやけど、今はあかん。ひとまず手を組まへんか。澄眼はあるんやけど、視界を遮られて、今は三十歩先までしか見えへん。先にここを抜けて、また日を改めてやり合おうや。仇敵と一度手を組むなんて、もっと刺激的で、おもろいと思わへんか?」
「ほう?お前をどう信じればいい?」
「別に、信じろとは言うてへん。信じてもええし、信じんでもええ。背中を預けてもええし、いつ不意打ちしてきてもええ。ふふ、全部、そのときのお前次第や!」
シオンは笑いながら肩をすくめた。
どこか、吹っ切れた様子さえあった。
濃煙がうねり、四方で狼が唸っていた。
ラインは少し目を伏せた。
その提案を考えているかのようだった。
人を説得するのは、難しいこともあれば、簡単なこともある。
要は、その心を的確に捉えられるかどうかだ。
「いいだろう」
ラインは手を伸ばして旋牙百足の暗金色の甲殻を撫で、目を上げた。
「ただし、私の不意打ちには備えておくことだ!」
「ふふふ」
シオンは口を開き、邪気を帯びた笑みを浮かべた。
一陣の風が吹きつけ、幾重もの黒煙を巻き込み、失った腕の空の袖も揺らした。
濃煙の中では、方向を見極めることがひどく難しい。
視野が狭いほど、道を見失いやすかった。
澄眼は本来、五十歩先まで見通せる。
今は煙幕に阻まれ、三十歩に狭まっていた。
それでも、ラインの肉眼よりははるかにましだった。
ただ、澄眼があっても、シオンには全体の状況が見えなかった。
見えるのは目の前の光景だけで、斬り進んだ先が、かえって狼の包囲の中ということもあった。
一方、ラインには地這い耳があった。
濃煙は視界を遮れても、音までは遮れない。
地這い耳なら三百歩以内の音を探れた。
それでも、ラインは受け身に回るしかなかった。
視野が狭く、近くの木や岩しか見えないため、目印が足りず、方向を見定められなかったのだ。
だが今は、二人が手を組んだ。
澄眼と地這い耳が互いの足りないところを補い、窮地はたちまち和らいだ。
「こっちが南や。この方角なら、お前らのローデン集落にまっすぐ向かえるで」
シオンは眼に電光を閃かせながら言った。
「駄目だ。そちらは狼が多すぎる。迂回せねばならない」
ラインの右耳の根が、かすかに揺れた。
「へへ……ほな、南東へ曲がるんはどうや?」
シオンが唇を舐めた。
ラインは身を屈め、根を土へ差し込み、慎重に耳を澄ませた。
その間にも雷狼が飛びかかってきたが、すべてシオンが撃退した。
やがて、ラインは立ち上がった。
「南東に隙間がある。だが急がねば、じきに塞がる!」
「ほな、突っ込もか」
そう言いながら、シオンはすぐには動かなかった。
まだラインを警戒していた。
先頭に立ち、背中をさらす気はなかったのだ。
ラインは冷笑した。
彼もまた、相手を警戒していた。
結局、二人は五歩の間を空け、横に並んで斬り進んだ。
雷狼が吠え、取り囲もうとした。
だが、澄眼と地這い耳を組み合わせ、二人は狼の密集する場所を避け、手薄な箇所を探った。
隙を捉えれば猛然と斬り込み、包囲を突破していく。
情報を持つ強みが、はっきりと表れていた。
別々に戦っていたときは、二人とも追い詰められていた。
今は手を組んだことで主導権を握り、次第に余裕さえ生まれていた。
長く斬り進んだ末、ようやく目の前が開けた。
明るい陽光が差し、二人は同時に目を細めた。
「抜けたで!」
シオンが顔を上げ、大笑いした。
ラインが振り返ると、真っ黒な鍋を伏せたような煙幕が、広い山林を覆っていた。
煙幕の中では、なお爆発と怒号が続いていた。
明らかに、二人の族長はまだ借威狐と戦っていた。
「お前と組むん、思ったより楽しかったわ」
シオンが少し体を向け、笑みを見せた。
「私も同感だ」
ラインの口元にも、微笑みが浮かんだ。
次の瞬間、二人の眼に同時に鋭い光が走った!
霜太刀!
旋牙百足!
長い氷の刃が冷光を引き、太い百足が風を唸らせて横薙ぎに迫った。
鈍い音とともに、両者が激突した。
氷の刃が百足の背に傷を刻み、そのまま砕け散った。
二人はそれぞれ一歩、後ろへ跳んだ。
眼には、濃い殺意が宿っていた。
短い協力で、敵対する心まで変わるわけではない。
ラインの黒髪が舞い、シオンの白い衣が揺れた。
二人には、似たところがあまりに多かった。
だからこそ、生まれながらの宿敵だった。
黒い瞳と青い瞳がぶつかり、空に火花を散らさんばかりだった。
だが、双方の殺意は少しずつ収まっていった。
(ふん、どうせ死ぬ男だ。私が手を下さずとも、天がその命を取る。今、最も大切なのはシオンではなく、泉母蓮だ!借威狐がローデン集落を襲えば、集落が助かる見込みは薄い。この機を捉え、ためらわずに動かねば……)
ラインは目を伏せ、ひそかに考えた。
一方、シオンの眼はますます明るくなっていた。
「道……せや、人祖かて死ぬんや。生まれた以上は、いつか死ぬ。おもろく生きたんなら、死んだかてかまへんやろ?」
そう呟いたとき、眼にまばゆい光があふれた。
「ははは!こっちも、道を見つけたで!この世のおもろさを見届ける、それが道や!ライン、また日を改めて戦おうや。そのときは、お前の死が、この人生をまた一つ彩ってくれることを期待しとるで!」
そう言うと、何度も後ろへ跳び、距離を取った。
それから背を向け、去っていった。
相変わらず、ぼろぼろの姿だった。
全身は傷だらけで、顔は黒い煤にまみれ、腕も一本しか残っていなかった。
だが、背筋は剣のようにまっすぐで、眼にはもう迷いがなかった。
自分の道を見つけたのだ。
そして、本当の意味で自分自身になった!




