161.嵐を誘って狼を砕き、精霊争いに再び狼の声が響く
「こうさせたんは、お前や!」
シオンは歯を食いしばり、新たな氷の刃を作り出した。
同時に、ひそかに三環の白銀精神力を動かし、二環の精霊である旋身と烈風を発動した。
そこへ霜太刀と氷牙を組み合わせる。
秘式・氷刃の嵐が、再び戦場を席巻した!
秘式とは、個人や小集団が研究して編み出す、複数の精霊による組み合わせの技だ。
相性のよい精霊を連携させ、一足す一で二を超える威力を引き出す。
初めは、氷の欠片が混じった小さな嵐だった。
だが、瞬く間に膨れ上がり、氷風が唸り、霜と雪があふれた。
地面には硬い氷が広がり、旋牙百足の地中からの奇襲を効果的に封じていた。
氷刃の嵐はシオン自身が編み出したもので、ベル一族でも彼にしか使えなかった。
檀雪の血がもたらす氷雪との親和性に、戦いへの渇望が加わり、この秘式はいっそう凶暴になっていた。
三環の防御精霊二体に守られていなければ、しばらく中にいるだけで、皮も肉も少しずつ引き裂かれるだろう。
最後には、骨髄まで凍りついた骨格しか残らない。
風が咆哮し、氷の刃が冷たく光った。
白い嵐が渦を巻いて迫った。
目覚めた巨獣が大口を開き、ラインを呑み込もうとしているようだった。
あらゆる生命を凍らせるかのような鋭く荒々しい攻勢は、天蓬に守られていても、防ぎきれそうになかった。
だが、ラインは侮るような顔をした。
背に雷翼を広げると、稲妻のように後方へ飛び、嵐との間に大きな距離を取った。
以前なら、肉体の移動速度だけでこの嵐から逃れることはできなかった。
だが今は、嵐のほうが彼に追いつけない。
ラインの眼に光が閃いた。
空中で軽やかに進路を変え、谷へまっすぐ飛んでいった。
氷刃の嵐が、その後を追う。
「こっちへ来るな!」
「さっさと失せろ!」
谷にいる精霊使いたちは、ベル一族もローデン一族も、怒鳴り、罵った。
ラインは冷笑するばかりで答えず、ひたすら突き進んだ。
後ろの凄まじい嵐からは、シオンの笑い声がかすかに聞こえていた。
「これ以上は行かせん!」
ベル一族の精霊使いが、一人、前へ立ち塞がった。
ラインが指を曲げると、太い金の線が地面を破って飛び出した。
右腕へ跳び乗り、大剣のような姿へ変わる。
荒々しい鋸歯の回転音に、その男のまぶたが震えた。
ラインの右腕には旋牙百足が巻きついていた。
左の掌には血のような光がほのめき、血月の月刃も放つばかりとなっていたが、まだ射出はしなかった。
白い光の鎧が全身を覆い、背の雷翼が激しく打ち振るわれる。
長い黒髪は風圧で後ろへ流れ、そのさらに後方には、小山のように巨大な白い嵐が迫っていた。
普段は冷ややかな眼に、今は殺意が満ちていた。
全身から放たれる気迫は、思わずひざまずきたくなるほどだった。
あらゆる敵を肉の泥に踏み潰し、どんな相手も骨の欠片に斬り砕くかのようだった。
「ああああっ!」
立ち塞がった精霊使いは、言葉にできない重圧にさらされていた。
額に青筋を浮かべ、己を奮い立たせるために叫んだ。
だが、ラインが少しも速度を落とさず迫ってくるのを見て、その声が不意に途切れた。
次の瞬間には、走って逃げ出していた。
恐れたのだ。
胸の中の怯えが、闘志を押し流していた。
ラインは相手にせず、そのまま通り過ぎた。
谷で死にかけて倒れている頭狼へ、まっすぐ向かっていく。
強風が唸り、進路にいた精霊使いたちは、誰もが道を空けた。
頭狼は気力を振り絞り、顔をラインへ向けた。
冷たく鋭い牙の間で、電光が閃き続けていた。
万獣王の誇りが、黙って死ぬことを許さなかった。
命の最後に至っても、目の前の痩せた小さな獣を殺してやる!
ラインは隕石のように、その体へ激突するかに見えた。
だが、衝突寸前、頭狼の手前へ一瞬だけ降り立ち、強く地を蹴った。
雷翼を打ち振るい、斜め上へ舞い上がって谷を飛び出した。
飛び出して間もなく、背後で凄まじい轟音が響いた。
頭狼の悲鳴と、氷刃の嵐の咆哮が入り交じった。
この秘式はシオンの切り札だが、欠点もあった。
自在に止めたり、進路を変えたりすることが難しいのだ。
もっとも、最後に頭狼へ衝突したのには、シオン自身の気性も関わっていた。
白い嵐が、頭狼を押さえつけた。
もともと重傷を負って死にかけており、今さら抗う力などなかった。
鱗の鎧が切り刻まれ、血肉が四方へ飛び散った。
露出した白い骨も、たちまち氷の刃に砕かれた。
「くそっ!」
ローデン一族の精霊使いたちが、口々に罵った。
ベル一族の者たちも、惜しむような顔をしていた。
このままシオンに暴れられれば、頭狼が死んでも、価値ある戦利品などほとんど残らないだろう。
だが、シオンは気にしなかった。
むしろ回転を速め、万獣王を切り刻む快感を味わっているようだった。
いくつもの光が、次々と頭狼の体から飛び出した。
その体に宿っていた野生の精霊だった。
本来は互いに利益を得て共生していたが、今や宿主は滅びようとしている。
沈む船の船員のように、次々と船を捨てて逃げ出したのだ。
「捕まえろ!」
「急げ、あの精霊を逃がすな!」
二人の族長が、ほとんど同時に怒鳴った。
場は再び混乱した。
長老たちは互いに攻撃し、相手を食い止めようと力を尽くした。
二人の族長も、その場を離れられなかった。
結局、移動を助ける精霊を持つ二、三人の長老だけが、運よく谷の外へ飛び出せた。
野生の精霊は四方へ逃げ散った。
ラインは目を凝らし、懸命にその正体を見分けようとした。
(あいにく、私の偵察精霊は地這い耳で、視力は強化できない。この頭狼には、間違いなく治療の精霊が宿っていた。捕まえられるかは、運次第か!)
ほとんど当てずっぽうだったが、ほかに方法はなかった。
偵察精霊は無数にある。
だが、彼が持っているのは地這い耳だけだった。
雷翼を打ち振るい、ラインは最も近い一匹へ向かった。
青い光に包まれ、遠くへ飛び去ろうとしている精霊だった。
追いつき、大きく手を開いてつかもうとした。
精霊の周囲から、不意に強烈な電流が噴き出した。
まっすぐラインへ襲いかかる。
電流で作られた雷翼は、瞬発的な速さに優れる一方、小回りは利かない。
こうした高速の攻撃は、かわしにくかった。
ラインは低くうめき、天蓬を頼りに一撃を受け止めた。
一瞬だけ逆矢の気配を放てば、周囲に気づかれることなく、この精霊を捕まえることはできた。
だが、賢明にも見送った。
能力は、すでに明らかだった。
電流を放って敵を傷つける攻撃精霊であり、求める治療精霊ではない。
(どうやら私の運は、記憶にある主人公たちほどよくないらしい)
心の中でぼやくと、その精霊を捨て置き、別の一匹へ向かった。
近づいて、ようやく姿が見えた。
淡い青の瑠璃のような体で、宙に浮いている。
半円形の甲殻には継ぎ目がなく、表面には亀の甲羅を思わせる模様があった。
雷甲!
半円形の電光の盾へ変わる、防御精霊だった。
ラインはこれも見送るつもりで、視線を巡らせ、すでに三匹目の標的を見つけていた。
そのとき、谷の方角から白い人影が襲いかかってきた。
氷の刃を手に、ラインの名を大声で叫んでいる。
ラインはため息をついた。
運が味方していないと悟り、次善の策として、すぐそばの雷甲へ手を伸ばした。
雷甲はすぐに盾を展開した。
暗青色の電光を閃かせ、迫る手を防ごうとする。
ラインは冷笑し、逆矢の気配をわずかに漏らした。
雷甲は、死んだように力をなくした。
盾が消え、そのまま下の山林へ落ちていく。
ラインは軽く手を伸ばしてすくい取った。
体内へ精神力を染み込ませ、瞬く間に錬化した。
そのまま地上へ降り、着地と同時に雷翼を収めた。
隠鱗虫!
その姿が水面のように揺らぎ、消えた。
「ライン!」
シオンが叫び、その眼に光が閃いた。
三環の澄眼だった。
姿を隠す者を見破ることができる。
たった今、頭狼から奪った精霊だった。
だが、澄眼に透視の力は弱い。
ラインは、今回は注意していた。
姿を消しても、なお岩や森に身を隠しながら行動していた。
シオンは周囲を見回したが、何も見つけられず、怒りの咆哮を上げるしかなかった。
ラインは隠れられる場所を見つけると、すぐにあぐらをかき、宝灯花を発動して霊石を吐き出した。
三環になっても、蓄えられる精神力は四割二分しかない。
先ほどの戦いでは優位に立ち続けているように見えたが、長くは続けられなかった。
今の空界には薄い精神力の層しか残っておらず、その量は空界の容量の三パーセントにも満たなかった。
精霊使いが精霊を使うには、精神力が欠かせない。
彼には原初の血もなく、急速に回復して霊海を満たすことはできなかった。
精神力が尽きれば、精霊使いの戦力は大きく落ちる。
極端な場合には、凡人にすら勝てなくなる。
霊石が縮み続け、天然精神力が絶え間なく体内へ流れ込んだ。
空界の霊海が、ゆっくり満ちていく。
一環、二環の頃は、霊石で精神力を補う速さも悪くなかった。
だが三環では精神力の質が大幅に上がるため、補充にはより多くの霊石と時間を要した。
遠くの戦闘音は、絶えることがなかった。
八、九分かけて、ようやく四割二分という容量の限界まで精神力を回復させた。
隠れ場所を出ると、戦場ではすでに五人の長老が命を落としていた。
三人はローデン一族、二人はベル一族だった。
長老は一人一人が一族の柱だ。
これほど立て続けに失うとは、誰も考えていなかった。
ハクとベル族長は、なお激しく戦っていた。
二人とも損失に胸を痛め、すでに血走った目で殺し合っていた。
ほかにも、逃げ出した野生精霊を巡り、三か所で争いが続いていた。
普通の精霊使いには、逆矢の助けはない。
野生の精霊を捕らえるのは、相当に厄介だった。
取り押さえねばならないが、強く攻撃しすぎてもならず、その加減がひどく難しい。
頭狼から逃げ出した精霊は、八、九匹いた。
長老たちが何匹捕まえたのかはわからないが、場にはまだ三匹が残っていた。
皆が追い、退路を塞いでいた。
一方が手を出せば、もう一方が全力で邪魔をする。
そのため膠着し、誰も得をしていなかった。
「水牢、捕らえろ!」
ベル一族の精霊使いが突然叫び、水の玉を吐き出した。
水球は急速に膨らみ、直径二メートルを超え、野生の精霊を包み込んだ。
次の瞬間、金色の月刃が飛んできた。
水牢へ激突し、その場で砕いた!
自由になった精霊はすぐに遠くへ飛び去り、瞬く間に見えなくなった。
ベル一族の精霊使いが、激しく罵った。
手に入りかけていた精霊を、逃がされてしまったのだ。
だが、ローデン一族の者たちは、もっと怒っていた。
本来、すべて自分たちの戦利品だった。
そこへベル一族が割り込み、結局、何一つ得られずにいた。
「ベル一族のクソ野郎が!汚ねえ真似しやがって……くたばりやがれ!」
「やいやい、ローデン一族の者ども! そなたらは、もはや落ち目でござる。これよりは我らベル一族が必ずや栄え、そなたらを足下に踏み敷いてくれようぞ!」
双方とも怒り狂い、憎しみを募らせ、目を赤くして凄惨な殺し合いを続けた。
ラインは精霊が逃げた方角を見つめ、残る二か所の戦場へ注意を向けるしかなかった。
どちらの中心にも、一匹ずつ野生の精霊がいる。
治療精霊がいるかもしれない。
だが、可能性は低かった。
世の中に、何もかも望みどおりに進むことなどない。
ラインは、それをよく知っていた。
それでも、試してみたかった。
だが、飛び込もうとしたとき、狼の遠吠えが軍の号笛のように立て続けに響いた。
続いて、無数の雷狼が潮のように押し寄せてきた。
群れの中には、巨雷狼や轟雷狼も少なくなかった。
だが、最も人々を青ざめさせたのは、小山ほどもある巨大な狼だった。
頭狼!
「まさか、四頭目の頭狼がいるのか?!」
長老たちが、一斉に顔色を変えた。
その声には、隠しきれない驚愕が満ちていた。




