159.血饗が狼を退け、両族が利を争う
どうやら今日は予約投稿の時間を間違えて設定してしまったようです……。
まあ、せっかくなので、今日は特別サービスということで!www
祖霊堂は、死んだように静まり返っていた。
族長も長老たちも頭を垂れ、胸に大きな石がのしかかっているようだった。
精霊使いが死んでも、残された精霊には使い手の意志が残っている。
それらは野生の精霊とは呼べず、自然界の精神力を直接利用する能力も失っていた。
こうした精霊は、精霊使いの命が別の形で続いているものとも考えられる。
だが、初代の族長が亡くなってから、すでに千年近くが過ぎている。
残された手段が今も有効なのか、誰にもわからなかった。
前に一族がこれほどの危難に見舞われてからも、二百年が経っていた。
誰もが不安を抱いていた。
(なぜ引き返した?)
山の斜面で一部始終を見ていたラインは、疑問を覚えた。
前世で集落にいた頃は力が弱く、一族の秘事など知る立場になかった。
だが、すぐにその身が震えた。
飛虫の群れが、空から降ってきたのだ。
(これは、まさか……)
ラインは目を細めた。
その奥に、冷たい光が走った。
百匹を超える精霊が飛び交い、渦巻く赤い雲となって降下し、集落の広場へ舞い降りた。
羽音が祖霊堂まで届いた。
幾人かの長老が勢いよく顔を上げ、歓喜を浮かべた。
「ご先祖様、ご加護に感謝いたします!」
ハクの胸の重しが、ようやく取れた。
恭しく一礼してから、立ち上がる。
「行こう。様子を見に行くぞ」
ため息をついた。
その顔には喜びばかりでなく、深い痛みと悲しみも入り交じっていた。
一同が祖霊堂を出て階上の廊下に立つと、広場には赤い旋風が吹き荒れているようだった。
無数の精霊が、その中で荒れ狂っていた。
指先ほどの大きさで、蚊に似ていた。
顔つきは獰猛で、全身が赤い。
飛虫は広場に座る精霊使いたちの体内へ潜り込み、血と精神力を吸い取った。
ほんの数呼吸で、一匹が数匹へ増えていく。
虫の群れは、ますます密になった。
新たに生まれた精霊が次々と皮膚を食い破って飛び出し、宙を舞っては、また人の体へ潜り込んだ。
悲鳴とうめき声が途切れることなく響いた。
それでも、逃げ出す精霊使いは一人もいなかった。
ここへ来る前に、長老たちからすべてを聞かされていた。
彼らは一族のため、自ら進んで身を餌に捧げることを選んだ。
自分たちの犠牲で、一族が長く存続することを願っていたのだ。
「皆、一族で最も勇敢な戦士たちだ!」
ハクは階上に立ち、重く沈んだ声で言った。
窓格子に添えた手が、かすかに震えていた。
ほかの長老たちも悲痛な面持ちで、黙り込んでいた。
目の前の光景は、一族の記録どおりだった。
初代の先祖が残したこの精霊の群れは、まず精霊使いの命で養わねばならない。
満たされて初めて、一族が外敵に抗うのを助けてくれる。
やがて、腹を満たした虫の群れが再び飛び立った。
わずかな間に、その数は数十倍へと膨れ上がっていた。
先ほどとは比べものにならない勢いだった。
広場には、白骨だけが一面に残された。
虫の群れは赤い暴風となり、唸りを上げて集落の外の狼たちへ襲いかかった。
(血道の血饗……初代族長は、いったい何者だったのだ?)
遠くの斜面でそれを見つめながら、ラインは考えた。
血饗は五環の精霊で、ひどく変わっている。
使うたびに、まず腹を満たしてやらなければならない。
もっぱら精霊使いの血肉を餌とし、十分に食らえば分裂して増殖する。
一匹が二匹に、二匹が四匹に……。
飢えても餌が見つからなければ、今度は共食いして数を減らし、最後には一匹だけになる。
単独の血饗に必要な餌は、ほとんどゼロに等しい。
だが、現れた時点で、この血饗の群れは決して少なくなかった。
いったい、どこから餌を得ていたのか?
ラインは前世、血道では大宗匠の域に達し、最高位である無上宗匠まで、あと一歩に迫っていた。
こうした血道の精霊については、知り尽くしていた。
血饗が盛んなときは、空も地も埋め尽くすほどの飛虫となり、集落を滅ぼすことさえできる。
殺傷力だけなら、一部の六環聖霊すら上回る。
弱れば、わずか一、二匹だけになることもある。
野外では、三環の精霊に捕食されることすらあった。
さらに煉成を進めれば、名高い聖霊――血饗天となる。
ラインが前世で魔教を興したとき、初めに煉成しようとしていたのは、実は逆矢ではなく、血饗天だった。
だが、世の中には思いどおりにならないことも多い。
さまざまな事情から、次善の策として逆矢を煉成するしかなかった。
その逆矢に命を救われ、二つとない、人生をやり直す機会まで与えられるとは思わなかった。
まるで、見えないところで初めから定められていたかのようだった。
今、数万匹の血饗が暴風のように戦場を薙ぎ払い、行く先々で狼たちが悲鳴を上げていた。
雷狼の体内へ潜り込むと、わずか数呼吸で全身の血を吸い尽くす。
ただし、獣の血では血饗は分裂しない。
精神力の気配を帯びた精霊使いの血でなければ、その作用はなかった。
雷狼は抵抗する間もなく、次々と干からび、倒れて死んでいった。
巨雷狼と轟雷狼の吐く電流だけが、虫の群れに対抗できた。
それでも、わずかな一群を電撃で落としただけで、後ろから押し寄せる無数の血饗に呑まれてしまう。
結局は同じように、血を吸い尽くされて干からびた。
怒りに満ちた狼の遠吠えが響いた。
鉄の網がことごとく千切れた。
複数の精霊を組み合わせた秘式・縛龍牢が、ついに完全に破られたのだ。
頭狼が自由を取り戻した!
血饗はその存在を感じ取ると、一斉に集まった。
数百メートルにも及ぶ血のような赤い虫の雲となり、頭狼を隙間なく包み込んだ。
頭狼は尾を振り続け、液体のような電流を四方へ撒き散らした。
数百、数千もの血饗が瞬く間に黒焦げとなり、爆ぜる音が爆竹のように立て続けに響いた。
風が吹き、虫の焼け焦げた悪臭を周囲へ運んでいった。
血饗は五環の精霊ではある。
だが、今は操る者がおらず、前の使い手が残したわずかな習性に従い、力任せに正面から攻めるばかりだった。
頭狼の体には、複数の四環精霊が宿っていた。
中には広範囲を攻撃できるものもあり、群れる虫にはうってつけだった。
血のように赤い虫の雲が、激しく波打った。
小山ほどの頭狼がその中で咆哮し、もがき、跳び回っていた。
だが、その巨大な体が、今は最大の弱点になっていた。
指先ほどの血饗が、全身を埋め尽くすように群がっていた。
双方にとって、互いが最も憎い存在となっていた。
戦いは、ますます凄惨になった。
大量の血饗が落ち続ける一方、頭狼の防御もついに破られた。
一部の飛虫が体内へ潜り込み、狂ったように血を吸いはじめた。
頭狼には、どうすることもできなかった。
自分の体へ液状の電流を浴びせ、血饗を焼き殺すしかない。
だが、電流を浴び続けるうちに、表面の筋肉まで次第に焼け、濃い肉の香りを放ちはじめた。
狼の群れによる集落への攻撃は、すでに止まっていた。
頭狼の呼び声に応え、無数の雷狼が虫の群れへ襲いかかっていた。
九死に一生を得るとは、このことだった。
精霊使いたちは息を殺し、壮大で凄惨な殺し合いを、固唾を呑んで見守っていた。
虫の群れは、死を告げる旋風のようだった。
雷狼は飛び込むそばから、次々と倒れていく。
それでも、絶え間なく続く狼たちの犠牲は、虫の群れを消耗させていた。
血饗は、次第に少なくなっていった。
初めは雲のように密だった群れが、やがて霧のように薄くなった。
最後には、小さな旋風のような虫の群れが、あちこちを巡るだけになった。
頭狼が、ついに抜け出した。
うめき声を上げ、走って逃げはじめた。
全身の血の大半を失い、四肢は力をなくしていた。
走る速さはもとの十分の一にも満たず、体で閃く電流も極端にまばらになっていた。
統率者が逃げると、ほかの雷狼もたちまち闘志を失った。
尾を巻き、四方へ逃げ散っていく。
「ようやく、持ちこたえた……」
精霊使いたちは、呆然とその光景を見つめていた。
その場に崩れ落ち、もう立ち上がろうとしない者もいた。
「まだ、生きている!」
多くの者が、複雑な表情を浮かべていた。
喜びもあれば、悲しみもあった。
このウルフウェーブを防ぐために、いったいどれほどの同族が犠牲になったのか!
羽音を響かせながら、残った血饗が高く飛び上がった。
ローデン集落の上を一周し、やがて雲の中へ入り、姿を消した。
ラインはその去った方角を見つめ、目に思案の色を浮かべた。
頭狼が敗れ、ローデン集落はひとまず安全になった。
狼の群れもほとんどが死傷し、残った数では、もはや大きな群れを成せない。
このウルフウェーブは、乗り越えたと言ってよかった。
だが、狼は恨みを忘れない。
この万獣王が生きているかぎり、次のウルフウェーブで必ず戻ってくる。
数年の休養を経れば、さらに狡猾で、さらに強大になっているだろう。
今こそ、最も弱っているときだった。
殺して体に宿る多くの精霊を手に入れれば、一族の損失も多少は埋め合わせられる。
「二人は残って後始末をしろ。ほかの長老はついて来い、頭狼を追い討つ!」
ハクは年配の二環上位の精霊使いを二人、手早く指名した。
指示を終えると、まだ戦える七人の長老を連れて集落を出て、頭狼が逃げた方角へ追っていった。
ラインは目を動かし、心の中で考えを巡らせた。
(一族の戦力は手薄で、集落も荒れ果てているが、混乱には陥っていない。それに、この血饗の現れ方も妙だ。ひとまず族長たちについて行き、様子を見るか)
姿を隠し、山の斜面を下りた。
隠鱗虫と雷翼は、同時に使えない。
三環の雷翼を発動すれば、雷光の翼が現れる。
二環の隠鱗虫には、それを覆い隠せなかった。
しかも、三環の長老たちを相手に、隠鱗虫の透明化が通じる保証もない。
ラインは痕跡をたどり、遠くから追うしかなかった。
近づきすぎるわけにはいかない。
頭狼が襲来したときは秘洞におり、その後も一度も戦いに加わっていなかった。
今になって突然姿を現せば、族長や長老たちの怒りを買い、問い詰められるだろう。
うまく説明できないことも多かった。
頭狼は傷が深く、逃げるのも遅かった。
三十分ほど追ったところで、前方の谷から戦う音と罵声がかすかに聞こえてきた。
ひそかに近づいて岩へよじ登ると、精霊使いたちが互いに殺し合っているのが見えた。
頭狼は地に伏せていた。
体にはさらに多くの傷が増え、血が流れ続けている。
息も絶え絶えで、目の光は鈍く、今にも死にそうだった。
「この白髪爺め、よくもぬけぬけと横取りに来たな!」
「ふふふ、ハク、そいつは筋違いというものだ。この頭狼を足止めしたのはこちらだ。わかっているなら、さっさと退け!」
ハクと白髪のベル族長が、凄まじい勢いで激突していた。
狼の巣には、もともと三頭の頭狼がいた。
いずれも万獣王で、それぞれ数万の狼を率いていた。
互いに従属せず、どの一頭もほかを従わせることはできなかった。
狼はもとより、群れで足並みを揃えて動くものだ。
三頭の頭狼はすでに知恵を得ており、今回は同時に手分けして、ヴェルデン山に残る三つの大きな「獣の群れ」を狩りはじめた。
彼らにとって、人間も獣であり、獲物だった。
いわゆるウルフウェーブも、群れ総出の大規模な狩りにすぎない。
ヴェルデン山で数百年にわたり拮抗してきた三族には、当然それぞれ切り札があった。
最も力の弱いロア一族は、今も苦しい防衛戦を続けていた。
ベル一族は近年勢力を伸ばし続け、総合的な力では、すでにローデン一族を上回っていた。
自らの集落を襲った頭狼を討ち取ると、ベル族長は長老たちを率いてローデン集落へ向かった。
何か利を拾えないか、確かめに来たのだ。
そして実際に、好機に巡り合った。
逃げてきた頭狼を、この谷で足止めしたのである。
頭狼には多くの精霊が宿り、中には四環に達するものもあった。
その血、骨、眼、皮も、珍しい煉成の補助材料となる。
ローデン一族が、ただで譲るはずもない。
怒りに駆られ、双方はその場で激戦を繰り広げた。
「ふふふ、ライン、やっぱり来よったな。長いこと待っとったで!」
岩壁の上から、ふいに冷たい笑い声が響いた。
ラインは顔を上げた。
白い衣の少年が、空から降ってきた。
氷の刃が風を唸らせ、ラインの顔面へ無情に振り下ろされた。




