158.血にまみれて狼王を囲み、ひざまずいて先祖に祈る
頭狼に対抗するには、こちらから打って出るしかない。
普通の雷狼の群れを相手にするように集落へ立てこもれば、外壁は何の脅威にもならず、むしろローデン一族を閉じ込める檻になる。
あの忌々しい知恵があれば、真っ先に補給や治療を担う精霊使いを襲うはずだ。
戦時には、治療精霊使いの一人一人が欠かせない。
幸い、打って出た隊は強力だった。
四環に達した族長ハクが鋭い鏃なら、ほかの長老たちは進路を調整する矢羽だった。
隊全体が勢いのある一本の矢となり、狼の群れの奥へ突き進む。
ウルフウェーブは激しく押し寄せていた。
それでも彼らは流れに逆らい、一糸乱れぬ連携で、戦船が風波を切り裂くように進んでいく。
立ち塞がるものを、ことごとく打ち破っていた!
だが、頭狼へ近づくほど、群狼の圧力は増していった。
ハクは落ち着いた表情のまま、ふいに右の掌を素早く前へ振り下ろした。
大人の体ほどもある金色の月刃が瞬時に生まれ、掌の脇から飛び出した。
数メートル進んだところで、月輪は不意に形を変え、三つに分かれた。
三枚の月輪が横一列に飛び、風を唸らせながら三筋の血路を切り開く。
道筋の狼たちは次々と倒れ、千切れた肢が飛び、悲鳴が絶えなかった。
一頭の轟雷狼が低く吠え、右から飛びかかってきた。
「ここは任せろ!」
一人の長老が大きく息を吸い込んだ。
痩せこけていた体がみるみる膨れ上がり、たちまち大きく太った男へと変わる。
鈍い音が響いた。
丸々とした腹で轟雷狼を受け止め、そのまま弾き飛ばしたのだ!
飛びかかった力が強ければ強いほど、跳ね返される力も強い。
轟雷狼の巨体は高々と放り上げられ、空中に弧を描いて数百メートルも先へ落ちた。
ほかの長老たちも、普段は隠している環階の高い精霊を次々と使った。
十数メートルもの黒髪を伸ばし、ハクとともに進みながら、その周囲の雷狼をまとめて薙ぎ倒す者がいた。
輝く鎧をまとい、両拳を振るって、ハクに飛びかかる雷狼を次々と地に叩き伏せる者もいた。
頭狼は半ば腰を落とした姿勢から、ゆっくり立ち上がった。
迫ってくる精霊使いたちを見据える、薄く光る目に警戒の色が走った。
口を開き、不揃いな鋭い牙を剥いて、低く唸る。
周囲の轟雷狼や巨雷狼がすぐさま動き、精霊使いたちへ殺到した。
幾重にも立ち塞がる狼に阻まれ、隊の突進はたちまち鈍った。
無数の視線が彼らに集まり、同族たちは心の中で叫んだ。
(族長!)
(長老の皆様、お願いします!)
(どうか、勝ってくれ……)
最も重要な戦いだった。
敗れれば、集落全体が滅亡の危機にさらされる。
勝てば、このウルフウェーブで最も苦しい局面を乗り越えられる。
ローデン一族の存亡が、この一戦にかかっていた!
長老たちは誰一人退かず、血にまみれて進んだ。
まだ死者は出ていないが、すでに全員が傷を負っていた。
ついに包囲を突破し、頭狼と向き合った。
そのまま巨体へ攻め込んでいく。
慈光。
一人の中年の女長老が、ふいに両手を差し出した。
白く温かな光の流れがあふれ、まず族長へ届き、そこから次々と屈折してほかの長老へ流れていった。
複数人を一度に治療できる、三環の精霊だった。
光が通った場所では出血が止まり、軽傷はたちまち癒えた。
重傷を負った者も、傷の大半が回復した。
「秘式・月華螺旋の準備だ!」
ハクが吼えた。
合図を受けた五人の長老が一斉に腕を振り、それぞれ一枚の月刃を空へ放った。
別の長老が、突然咆哮した。
全身の筋肉が盛り上がり、体が三倍に膨れ、白毛に覆われた巨大なゴリラへと姿を変える。
彼は跳躍して隊の最前列へ出ると、両手の指を組み合わせた。
ハクが、その両手に片足を乗せた。
白猿は低く唸り、脚と腰を一気に伸ばすと、全身の力を込めてハクを空へ放り上げた!
月招き。
ハクは左の掌を開いた。
そこから、渦のような朧な紫の月光が広がった。
長老たちが空へ放った月刃は、紫の光の渦へ引き寄せられ、次々と呑み込まれていった。
「行け!」
眼に鋭い光を走らせたハクが、雷鳴のように叫び、掌を上から下へ振り下ろした。
風が唸り、雷鳴にも似た音が轟く!
馬車より大きな紫の月刃が回転しながら、空気を裂く音とともに頭狼へ叩きつけられた。
ゆっくりに見えて、実際は驚くほど速い。
ほとんど瞬く間に、その眼前へ迫っていた。
頭狼は怒号を上げ、月刃が落ちる直前に、全身へ暗青色の雷光の鎧をまとった。
次の瞬間、凄まじい爆発が起きた。
暗青色の電光と深紫の月光が空を埋め、無数の者が目を細めた。
激しい衝撃波が広がり、周囲の普通の雷狼をまとめて吹き飛ばした。
強烈な光が消えたときには、精霊使いたちはすでに頭狼と交戦していた。
長老たちは経験豊富で、連携にも隙がなかった。
一人の老人は黒髪を操り、無数の雷狼を宙へ跳ね上げていた。
一人の女は鼻先に蛇のような炎をまとわせ、橙色の炎を吐き続ける。
二人は両側から攻め立てていた。
他の三人長老も、それぞれの手段を繰り出した。
一人は白猿に変じ、一人は全身の皮膚を鋼鉄へ変え、力を合わせて頭狼を牽制した。
三人目は精霊で次々と傀儡を作り、さらに精神力を注いで、盾を持つ蔓の足軽や、木槍を握る木の足軽へと変えていた。
傀儡は有効な傷を与えるには力不足だったが、狼の群れを分断し、多くの攻撃を引きつけることができた。
治療精霊使いたちは外側に留まり、折を見て慈光を発動した。
その傍らでは、防御を担う精霊使いたちが細心の注意を払って守っていた。
この一連の猛攻に、頭狼は少し面食らっていた。
右前脚には大きな傷口が開き、血が流れ続けている。
先ほどの紫の月刃が残した傷だった。
低く唸り続けながらも、精霊使いたちが周到に組み立てた包囲攻撃に陥っていた。
力がありながら、思うように振るえない。
精霊使いたちはその周りを跳び回っていた。
まるで猫や犬につくノミのように、引きつけては距離を取り、互いに見事な連携を見せていた。
だが、この状況は長く続かなかった。
頭狼は次第に攻勢へ順応し、体の傷も癒えていった。
明らかに、その体内には治療の精霊も宿っていた。
悪い知らせだった。
治療の精霊がいる以上、これは消耗戦になる。
野生の精霊は、空気中の天然精神力を直接利用できる。
だが、精霊使いたちは空界に蓄えた精神力を消費するしかなかった。
十五分にわたる激闘の末、頭狼がふいに天へ向かって長く吠えた。
全身で電流が激しくまたたき、速度が二倍に跳ね上がる!
白猿に変じた長老はかわしきれず、一口に咥えられた。
狼の頭が猛然と振られ、白猿の体が二つに引き裂かれた。
包囲に、穴が開いた。
頭狼は立て続けに尾を振り、青紫色のプラズマを噴き出した。
精霊使いたちは後退を強いられた。
窮地に、族長ハクが身を挺して前へ出た。
彼はローデン一族で唯一の四環の強者であり、攻撃は鋭く、防御も卓越していた。
全力を振り絞り、ついに崩れかけた戦況を立て直した。
岩が崩れ、光が弾け飛んだ。
戦場は広がり続け、余波が四方へ荒れ狂った。
もはや雷狼は、一頭も踏み込もうとはしなかった。
戦いは、ますます凄惨になっていった。
頭狼の体には傷が増え、血にまみれ、骨まで見える傷口もあった。
精霊使いたちの損害も大きく、すでに六人の長老が命を落としていた。
集落にいたほかの長老が急いで援軍に駆けつけなければ、包囲はとうに崩れていただろう。
「皆、持ちこたえろ!勝利はただ時間の問題だ!」
戦いに目を血走らせたハクは、嗄れた声を張り上げ、懸命に士気を鼓舞していた。
そのとき、頭狼がふいに狂暴さを増し、鮮紅色の光に全身を包まれた。
四環の精霊、奮迅!
力も速度も敏捷さも、あらゆる能力がそれまでの三倍へと跳ね上がった。
凄まじい音とともに右の爪が振り下ろされ、一人の長老がその場で原形も留めぬほど叩き潰された。
続いて尾を横薙ぎに振るうと、風が唸り、電光の網が飛び出した。
大量の傀儡を覆い、瞬く間に黒焦げにしてしまう。
「もう無理だ!精神力が尽きた!」
一人の長老が、怯えた声を上げた。
戦況は一気に悪化した。
万獣王の真の恐ろしさが、今ようやく姿を現した。
絶望的な力だった。
ハクは眉をきつく寄せ、歯を砕かんばかりに食いしばった。
そして突然叫んだ。
「動きを封じろ!秘式・縛龍牢を使う!」
長老たちに緊張が走った。
ウルフウェーブが始まった頃から、無数の戦術を検討してきた。
その中でも、この技は万策尽きたときにしか使わないものだった!
「風縄!」
一人の長老が叫び、鼻から緑の風を噴き出した。
風は頭狼の足先に絡みついた。
「泥縛!」
別の長老が低く吼え、身を屈めて両掌を地面へ叩きつけた。
頭狼の足元が、たちまち泥濘へと変わった。
二つの力が同時に働き、ようやく頭狼の動きが鈍った。
その隙に、ほかの長老たちも一斉に手を伸ばした。
袖や裾から、幾筋もの黒い影が飛び出す。
影はどれも拳ほどの太さで、長さは二メートルを超えていた。
よく見れば、すべて蛇の形をした精霊だった。
鉄鎖のような胴は漆黒で、いくつもの鉄輪が連なっていた。
頭だけが、普通の蛇の形を残していた。
地に落ちると蛇行して進み、たちまち頭狼の体へ這い上がった。
鉄鎖の蛇は互いの尾に噛みついて固くつながり、あっという間に鉄の網を編み上げた。
地面に根を張り、頭狼をその場へ縛りつける。
だが、長くは持たない。
頭狼がもがくたび、鉄鎖が一本、また一本と千切れていった。
五、六分もあれば、この縛龍牢は完全に崩れ、拘束できなくなるだろう。
「グレイル、コルド、二人は残れ。狼の群れに鉄鎖を襲わせるな。ほかはついて来い、集落へ退く!」
ハクは冷ややかな声で命じた。
ここで、撤退を選んだのだ。
だが、ほかの長老たちは驚かなかった。
明らかに、すでにその意図を理解していた。
一行が集落へ戻ると、すぐ一人の長老が迎えに出た。
「族長様、準備はすべて整っています!」
ハクはうなずき、一同を率いて族長の屋敷へ向かった。
屋敷前の広場には、すでに百人を超える精霊使いが座っていた。
一人残らず重傷を負い、当分は戦場へ戻れない者たちだ。
地面に座るその顔には、死を覚悟した穏やかさが浮かんでいた。
まだ足が利く者は、今も前線で戦っていた。
戦いはここに至り、一族は持てる力のすべてを注ぎ込んでいた。
最も苦しいときには凡人すら動員し、一つまた一つと命を犠牲にしてウルフウェーブを一時的に食い止め、精霊使いたちが息をつく時間を稼いでいた。
ハクは長老たちを連れ、屋敷の中にある祖霊堂へ入った。
祖先の位牌の前で、一同は揃ってひざまずいた。
「ご先祖様、末裔として恥じ入るばかりです!ウルフウェーブが押し寄せ、集落は存亡の危機に瀕しております。どうかお力をお貸しになり、一族をこの災いからお救いください!」
ハクが重々しい声で祈り終えると、祖霊堂は死んだように静まり返った。
ぽたり、ぽたり。
幾人かの長老は、傷を急いで包帯で巻いただけだった。
血はまだにじみ、雫となって床へ落ち続けていた。
ハクも長老たちも息を殺し、大きく息をつくことすらしなかった。
かつて初代の族長は、死期が近いと悟って集落を去った。
その旅立ちに際し、遺言を残していた。
後の世に一族が大難に遭い、滅亡の危機に瀕したなら、自分の位牌に向かって祈ればよい。
そのときには精霊が天より降り、一族が難を乗り越えるのを助けるだろう、と。
歴史の中で、ローデン一族は何度も大きな危機に見舞われ、そのたびにこの方法で災厄を切り抜けてきた。
これこそが、ローデン一族に残された最後の切り札だった!




