157.泉の蓮は摘む時を待ち、集落には狼王が迫る
この霊泉は地中深くに隠され、族長すら正確な場所を知らなかった。
目の前の泉母蓮を見つめながら、ラインは長らく胸に積もっていた疑問の大半が解けるのを感じた。
当時のいきさつを、おおよそ推し量ることができたのだ。
時を遡ること、千年近く。
一人の五環の精霊使いが、ヴェルデン山へやって来た。
誰かに追われていたのか、それとも一族を追放されたのか。
いずれにせよ、彼は独りでこの山を訪れ、地下の鍾乳洞で天然の霊泉を偶然発見した。
大いに喜んだ彼は、その地に拠点を構えた。
山麓にあった凡人の村々を移して一つにまとめ、ローデン集落の原型を築いた。
彼は多くの妻を娶り、子孫を増やしていった。
もとの村々にいた凡人たちの姓も、次第にローデンへと変わっていった。
彼こそがローデン一族の始祖であり、ローデン集落の創設者――初代ローデンだった。
初代の死後も歳月は流れ、族長の座は二代目、三代目へと受け継がれ、やがて四代目に至った。
四代目の族長は上等の資質を持ち、同じく五環に達して、一族に再び全盛期をもたらした。
ある日、集落の外に一人の外道精霊使いが現れた。
桃色の衣をまとった、坊主頭の大男だった。
単独で行動し、堅気の女を犯すことを楽しむ。
彼こそ当時、外道の中で名を轟かせていた桃色の魔王――酒飲のカイだった。
どのような巡り合わせがあったのか、酒飲のカイは泉母蓮の煉成秘方を手に入れていた。
入念な準備を整え、あとは天然の霊泉さえあれば、この花の精霊を煉成できるところまで来ていた。
選び抜いた末、彼が目をつけたのが、ローデン集落の霊泉だった。
初めは月蘭の花の取引を口実に、意図してローデン一族の上層部へ近づいた。
そうして、ついに一族の実情を探り出した。
その後、四代目族長と戦い、強大な戦闘力でほぼ完勝を収めた。
四代目を殺したうえ、長老の大半も葬った。
ただし、月影を受けていた。
月影は精神力の使用を制限するだけで、命を奪うものではない。
だが、まだ泉母蓮の煉成を控えていた酒飲のカイは、これ以上殺戮を広げて余計な注目を集め、煉成を妨げられることを望まなかった。
そこで、ひそかに動くことを選んだ。
疾走オオカミグモを使って地下道を掘り、ここへ潜り込む。
そして、あらかじめ揃えていた材料を使い、霊泉の中で泉母蓮の煉成に成功した。
この精霊は、ただならぬ来歴を持っていた。
煉成の秘方を編み出したのは、数千年前の正道の聖使――蓮華聖尊だった。
泉母蓮そのものは、植道に属する三環の精霊にすぎない。
だが、さらに煉成を重ね、六環の万泉祖蓮へと進めることができれば、その価値は逆矢にも匹敵する!
泉母蓮は「動く霊泉」と呼ばれ、精霊使いのために霊石を生み出すことができる。
ただし、煉成に必要な代償は途方もなく大きかった。
まず、天然の霊泉を一つ、材料にしなければならない。
湧き出す泉水は天然の精神力を豊富に含むだけでなく、水量も十分である必要があった。
長年使われ、蓄えの乏しくなった霊泉では駄目なのだ。
煉成が成功すれば、その霊泉は完全に力を失う。
天然の精神力を集め、霊石を結晶させる能力を失い、ただの泉になってしまう。
天然の霊泉一つに、どれほどの価値があるのか。
ローデン一族を千年近く支え、数えきれない精霊使いを養ってきたことを考えれば、それだけでわかる。
一株の泉母蓮を煉成するには、それほどの霊泉を失うことになるのだ。
しかも、これはまだ始まりにすぎない。
四環へ進めるには、七つの霊泉を使い潰さなければならない。
五環へ進めるには、さらに九つ。
六環に至るには、そのうえ十一もの霊泉を失わねばならない!
これに加え、補助材料となるほかの貴重な精霊も必要で、その一体一体が莫大な価値を持っていた。
(この泉母蓮を持ち歩ければ、小さな霊泉を一つ携えているのと同じだ。三環にすぎない以上、一日に生み出す霊石の量は普通の霊泉には及ばないが、私の修行に必要な分は十分に賄える!)
利点は、それだけではない。
泉母蓮は霊石を直接生み出すため、収益は九葉生気草をはるかに上回る。
霊石があれば修行を進められるだけでなく、ほかの必要な品を手に入れるための資金にも困らない。
携帯する霊石も、大幅に減らせる。
宝灯花に空きができれば、その分を食料などの物資に回し、補給の負担を大きく軽減できる。
(ただ……聞いた話では、この蓮の煉成は複雑で奥深い。無から形を成す過程では、幻とも実体ともつかず、肉眼では捉えられず、水晶越しにしか観察できない。
しかもひどく繊細で、霊泉の中で九日九晩かけて磨かれ、九枚の蓮の葉が完全に育って初めて、摘み取って空界の霊海へ収められる。
急げば、それまでのすべてが水の泡になる)
ラインは泉母蓮の詳しい秘方を知らず、いくつかの秘聞を耳にしたことがあるだけだった。
さらに上へ煉成する方法となれば、まったく知らない。
それでも、この三環の泉母蓮は、彼に大きな助けをもたらしてくれる。
水晶の壁越しに注意深く見ると、蕾の周りにある蓮の葉は八枚半しかなかった。
一枚だけ欠けて半分になっており、九枚すべてが揃った状態ではない。
(どうやら前世では、カイは泉母蓮を完全に成熟させる前に死んでいたらしい)
ラインにとって、それは不思議ではなかった。
数百年が過ぎ、霊泉の蓄えは消耗を続け、四代目族長が生きていた頃には遠く及ばなくなっている。
この泉母蓮には、霊泉の精華の大半が凝縮されていた。
一族が霊石を取り出し続け、霊泉の蓄えが減るにつれ、今度は蓮が自身を損なって霊泉を補うようになった。
それで葉が欠けたのだ。
(泉母蓮は、九枚の葉が完全に揃わなければ摘めない。今は八枚半しかない以上、摘むには霊石を泉に投じる必要がある!)
霊石はもともと、霊泉が生み出した結晶だ。
蓮を養い、欠けた葉を再び成長させることができる。
だが、たかが半枚と侮ってはならない。
元に戻すには、恐らく大量の霊石が必要になるだろう。
(見立てが正しければ、この水晶の壁も精霊が作り出したものだろう……)
ラインは試しに手を伸ばした。
壁は実体があるようでなく、ただの光と影にも見える。
手を差し入れても、何の抵抗もなかった。
だが、霊泉そのものへ触れる前に、すぐ手を引いた。
霊泉にとって、汚染は何よりも禁物だ。
精神力を注いで宝灯花を発動し、霊石を一つ取り出して、水晶の壁へ放った。
壁など存在しないかのように、霊石はまっすぐ通り抜けた。
そのまま泉水へ没し、泉母蓮の幻影にぶつかる。
青と白の蕾が揺れ動き、水面に広がるような波紋が浮かんだ。
霊石は、ほとんど一瞬で消化された。
花の幻影は再び静まった。
凝視しても、欠けた葉に変化は見られない。
ラインは表情を変えず、続けて数十個の霊石を投じた。
それでも欠けた葉は、まったく変わらなかった。
さらに投入を続けながら、心の中で数を数える。
五百個を超えたところで、ようやく葉がほんのわずかに伸びた。
ラインの気がわずかに重くなった。
この消耗から計算すると、欠けた葉を完全に戻すには、少なくとも五万余りの霊石を一度に投じる必要がある。
分けて投じ、間隔が空きすぎれば、その間にも地上の一族が霊石を取り出してしまう。
泉母蓮はまた、自身を損なって霊泉を補い続けることになる。
(五万余りか……手元にあるのは一万余り。あと四万足りない)
長老の身分を使えば、この四万の霊石を用立てること自体は難しくない。
本当の問題は、泉母蓮を摘み取った瞬間、この霊泉が完全に力を失うことだった。
一族全体が激怒し、あらゆる代償を惜しまず調べ上げるだろう。
経験は豊富でも、ラインが使える手段はまだ限られている。
一族が本当に後先を顧みず追及すれば、いずれ何らかの痕跡が見つかる。
実際、上層部はすでに彼を疑っていた。
ウルフウェーブのために、ひとまず追及を控えているにすぎない。
酒飲のカイの遺産が露見すれば、真っ先に疑われるのはラインだ。
先に逃げ出したとしても、一族の総力を挙げて追われ、命を狙われるだろう。
(泉母蓮を諦めるつもりはない。今は煉成の秘方を持っていなくとも、先のことはわからない。ただ、摘み取った途端に一族全体を動かし、命を狙われることになる)
ラインはひそかに考えを巡らせた。
この泉母蓮を手に入れるには、適切な機会を待たねばならない。
(これが酒飲のカイの最後の遺産なのだろう。だが、まだわからないことが多い。泉母蓮を煉成するためにここへ来たあと、いったい何が起きて、あれほどの重傷を負い、死の間際に慌ただしく伝承を残すことになったのか?)
酒飲のカイが伝承を残した目的については、すでに理解していた。
ローデン一族への復讐だ。
泉母蓮が取り出されれば、摘み取りの成否にかかわらず、この天然の霊泉は完全に力を失う。
霊泉を失ったローデン一族は、この地に根を下ろすための基盤を失う。
分裂し、散り散りになるのは時間の問題だった。
(よそう。新たな証拠もないまま考え続けても、答えは出ない。ひとまず集落へ戻るとしよう)
結局、ラインは首を振り、来た道を戻った。
だが、岩の裂け目の秘洞を出る前に、耳をつんざくような狼の遠吠えが立て続けに響いてきた。
(この声は!)
ラインは胸が重くなるのを感じ、急いで足を速めた。
裂け目の外にある川原へ出た途端、濃い血の臭いが押し寄せた。
集落までは、まだ距離がある。
それでも戦いの叫び声、狼の遠吠え、爆発音が入り交じり、騒々しく響くのがはっきり聞こえた。
ラインは姿を隠し、山の斜面を上がった。
すでに明け方となり、空はうっすら明るくなっていた。
無数の狼が潮のように、一波また一波とローデン集落へ押し寄せている。
ラインは周囲を見渡し、はっと身を震わせた。
狼の群れのはるか後方に、小山のような雷狼がいた。
万獣王――頭狼!
しなやかに長い胴と、力強い四肢を持っていた。
全身を暗青色の鱗が覆い、金色の毛は足先と頭部、尾にだけ生えている。
一房一房が、ひときわ目立っていた。
中でも頭頂の毛は一本一本が逆立ち、高くそびえる王冠のようだった。
地面に半ば腰を落としたまま、彫像のように静かにたたずんでいる。
周囲で吠え続ける轟雷狼や巨雷狼が、かえってその優雅さと気高さを引き立てていた。
ただそこに座っているだけで、ローデン一族に途方もない重圧を与えていた。
(ついに万獣王が来た。ローデン集落は、生き残るか滅びるかの瀬戸際に立たされた!)
ラインは集落へ目を向けた。
無数の精霊使いが血を流しながら戦い、狂ったように押し寄せるウルフウェーブを必死に食い止めていた。
そのとき、十人近い人影が外壁を跳び越えた。
押し寄せる狼の波に逆らい、頭狼へまっすぐ攻め込んでいく!
その全員が、長老だった。
先頭を駆けるのは、ほかならぬ族長ハクだった。




