149.霊石を得て、弱点を埋める
「おめでとう」
数人の長老がラインを囲み、拍手を送っていた。
「ライン長老は、若くしてかくも功を立てられた。まこと、後進の亀鑑たる御仁よ」
「これからともに働くのが楽しみだ。ライン長老の手腕に期待しておるぞ、ははは」
長老たちはラインの周囲に集まり、耳触りのよい言葉を並べていた。
学堂長老は、その輪の外に立っていた。
ラインを見つめる目には、複雑な感情が浮かんでいた。
まさか、この少年まで長老になる日が来るとは、考えたこともなかった。
あの年の生徒の中で、最も期待していたのはライルだった。
次いで、メルとノア。
最初に一族の柱となったのがラインだとは、思いもしなかった。
「私のささやかな成果など、諸先輩方と比べられるものではありません。今日があるのも、一族に育てていただいたおかげです。学堂長老の教えも、ずっと胸に刻んでおります」
ラインは穏やかに微笑んでいた。
その態度は、謙虚で慎み深かった。
学堂長老は、かつての問題児から自ら声をかけられるとは思っていなかった。
一瞬戸惑った後、嬉しそうな表情を浮かべた。
「ここ数年で、ずいぶん大人になったようだな。ライン長老、これからも励んでくれ。一族には、君のような新しい力が必要だ。誇らしく思うよ!」
ラインは再び、心からの感謝に聞こえる言葉を返した。
同時に、ほかの長老たちへの応対も続けていた。
五百年の経験がある。
場に合わせて役を演じることなど、造作もなかった。
出るべきところと引くべきところをわきまえ、柔らかな言葉と謙虚な態度で接する。
相手は、春風に包まれるような心地よさを覚えた。
カルは傍らで冷ややかに見ていた。
見れば見るほど、薄ら寒くなった。
誰に対する受け答えも、一言一句が老練で、含み深い。
本当に十代なのか?
生まれつき、政治家になるための才を備えているのか?
学堂長老も、ひそかに驚いていた。
学堂にいた頃のラインは反抗的で、同級生から霊石を搾り取り、ひどく頭を悩ませたものだった。
それが、これほど変わるとは。
一方、コア長老は、ラインの振る舞いを不思議には思わなかった。
その深い策略は、すでに味わっている。
今、物腰柔らかく皆の注目を集めるラインを見て、ますます感嘆した。
カルは、実にうまい手を打った。
自分より先に、ラインを取り込んだのだ。
挨拶は深い話に及ばず、長くも続かなかった。
だが、どんな思惑を抱き、どの立場にいる長老も、ラインへの見方を改めずにはいられなかった。
噂など、そのまま信じるものではないと、ひそかに思った。
最後にラインは、数人の長老の誘いを丁重に断った。
そしてカルとともに、笑顔で族長邸を後にした。
……
「ふん、これで満足か?メディシンを倒したうえに、カル派閥まで巻き込みおって!」
書斎では、カルもついに取り繕うのをやめた。
顔の笑みは消え、怒りに取って代わっていた。
ラインは向かいに腰を下ろし、悠然と笑った。
「むしろ、私に感謝してもよいくらいだ。メディシンが倒れて、大きな得をしたのはカル派閥だろう?」
カルの目が光った。
「ふん、若造、考えが甘いぞ。ラゼルはカル派閥の者だが、その妻は薬堂の上級使用人だ。メディシンには及ばんが、薬堂ではかなりの力を持っておる。族長がラゼルを薬堂長老の代役に据えたのは、カル派閥と薬堂の対立が、一方へ傾きすぎぬようにしただけだ」
そこまで言うと、不意に問いかけた。
「メルの件を、いったいどこで知った?」
鷹のように鋭い目で、ラインを見据えていた。
ラインは気にも留めず、肩をすくめた。
「ご老体、手持ちの霊石が足りなくなった。ひとまず三千個、出してくれ」
カルは力任せに卓を叩き、低い声で怒鳴った。
「ライン!秘密を知ったからといって、カル派閥を思いどおりにできると思うな。わしは老いた。先も長くない。いざとなれば、この命を捨ててもよい!協力なら受け入れよう。だが、脅しは受け入れん!今日のようなことは、二度と許さん。好き勝手に敵を作り、気軽にカル派閥を巻き込むようなら、必ず後悔させてやる!」
「あの秘密だけで、カル派閥全体を潰せると本気で思っておるのか?ふふ、そう甘く考えるなよ」
ラインは、ずっと黙っていた。
深い眼差しを向けたまま、好きなだけ叱責させていた。
卓を叩いたとき、カルの気迫はすさまじかった。
だが、言葉を重ねるほどに弱まり、最後には、明らかに自信を欠いていた。
口を閉じるのを待ってから、ラインは悠然と笑った。
「ご老体、何もそこまで怒ることはないだろう。最近、確かに手持ちが乏しいのだ。三千個の霊石も、ただで寄越せと言っているのではない。借りるのだ。借用書も書こう」
カルは鼻を鳴らした。
口調は、少し和らいだ。
「霊石には困らんはずだ。長老になったばかりで、一族が長老をどう厚遇するか、まだ知らんのだろう。長老は皆、週に霊石百個の支給を受ける。これは平時の額だ。今はウルフウェーブのさなかだから、一族の緊急動員法により、お前は週に三百個を受け取れる。それだけではない。三環の精霊も一体、無償で受け取れる。一族が所蔵する一環から三環までの秘方も閲覧を許され、好きに選んで、三環精霊の煉成に使えるのだ。」
カルは少し間を置いた。
「ほかにも特権はある。たとえば、資源を上層部へ優先的に回すため、普通の精霊使いは、生涯に子を三人までしか持てん。長老になれば、その制限もなくなる。親の資質が高いほど、子の資質も概して高くなるからな」
資質に触れたところで、カルは奇妙な表情になった。
ラインがこれほど早く三環に達したことを、まだ信じられないようだった。
「なるほど、そういうことか」
それらの待遇は、当然、すべて知っていた。
だが、ラインは初めて聞いたような顔をしていた。
「それでも、三千個の霊石を借りたい。知ってのとおり、三環へ進んだばかりだ。これから三環精霊を煉成するには、大量の霊石が要る」
いかにも誠実そうな口調だった。
カルは黙って考え込んだ。
(今は長老なのだから、まさか借金を踏み倒すことはあるまい。名誉まで捨てるつもりか?だが、ウルフウェーブで死んだら、この三千個は戻ってこない。待てよ、死んだ方が好都合ではないか。メルの資質を隠し続けられる。だが、あの秘密をいったいどこで知った?ほかに誰が知っておる?ひとまず貸して警戒を緩めさせ、それから少しずつ探ってみるか)
そう考え、カルはそれ以上拒まず、竹紙と狼の毛で作った筆を持ってきた。
ラインは借用書を書き、筆を走らせて署名した。
それから人差し指を噛んで血を出し、竹紙に指印を押した。
カルが執事を呼び、指示を出した。
ほどなく、ぎっしりと詰まった革袋が幾つも運び込まれた。
ラインは一つずつ重みを確かめた。
問題はなかった。
実際、この霊石が必要だった。
人獣満福を煉成するため、霊石はすべて使い切っていた。
功績も、各種の精霊やその餌との交換に、ほとんど費やしていた。
この三千個は、まさに干天の慈雨だった。
三環への到達は、始まりに過ぎない。
三環精霊を煉成してこそ、三環の精霊使いにふさわしい戦闘力と、命を守る力を備えられる。
すでに、大まかな計画はあった。
三千個の霊石でも、足りるとは限らない。
だが、構わなかった。
カル派閥が、これから彼の大きな金庫代わりになる。
今回の借り入れは、まだ始まりに過ぎない。
実際の利害を巡ってカルと交渉するのは初めてだが、行逢りば兄弟というものだ。
すぐに気心も知れてくるだろう。
返済については、ふふ……。
霊石を受け取っても、ラインはすぐには帰らなかった。
笑みを浮かべ、言った。
「もう一つ、借りたいものがある」
「これ以上、つけ上がるな」
カルの顔が険しくなった。
それでも、問い返した。
「何が欲しい?」
「浄水の精霊だ」
ラインは目を細め、はっきり告げた。
かつて商隊で、浄水の精霊が売られていた。
誰が買った可能性が最も高いかといえば、カルだった。
自分の精神力で孫のメルの空界を磨き、環階を高めていたからだ。
そのため、メルの空界には異質な気配が残る。
取り除くには、浄水の精霊が必要だった。
「それだけは、絶対にいかん!」
カルは、きっぱりと拒絶した。
確かに、あの浄水の精霊を買ったのはカルだった。
だが、実の孫であるメルのために用意したものだ。
もう一体買えるかどうかは、巡り合わせ次第だった。
「そうきっぱり断ることもないだろう」
ラインは、低く笑った。
「浄水の精霊一体と、カル派閥の名誉。どちらが重いか、派閥の長たるカル様なら、分かっているはずだ」
カルの顔が、完全に曇った。
冷えきった目で、ラインを睨みつけた。
「自分が何をしておるか、分かっているのか。これは脅迫だ。カル派閥の長たるわしを、恐喝しておるのだぞ!」
「いやいや、これは話し合いだ。浄水の精霊を一度借りたいだけなのだ。後で新しいものを一体返す。借用書も書こう」
ラインは、終始笑みを浮かべていた。
だが、口調は揺るがなかった。
必ず手に入れるつもりなのは、明らかだった。
「そうはさせん!」
カルも、一歩も譲ろうとはしなかった。
……
一時間後、ラインは三千個の霊石と、一体の浄水の精霊を携えて、カル派閥の屋敷を後にした。
カルは一人、書斎に座っていた。
卓上の、薄い借用書二枚を見つめていた。
胸の内の鬱憤は、草原に燃え広がる大火のように、果てしなく続き、鎮まることがなかった。
弱みを握られている以上、カルは何事も受け身にならざるを得ない。
この交渉がラインの勝利で終わったのも、当然といえば当然だった。
……
三日後。
ラインは寝台の上にあぐらをかいていた。
白い光が、その顔を照らしていた。
宙には、白い光球が浮かんでいた。
精霊の煉成は、すでに終盤に入っている。
意識で光球を維持しながら、霊石を次々と投じていた。
不意に光球が消え、新たな精霊が掌へ舞い降りた。
大きなテントウムシを思わせる姿だった。
半球状の乳白色の甲殻に、黒い斑点が散っている。
大きさは、大人の拳ほどもあった。
三環精霊、天蓬!
「ようやく、煉成できた」
ラインは満足げに頷いた。
これで、二度目の挑戦だった。
天蓬は、二環のシロタマズスキンに、水系の防御精霊を合わせて煉成する。
最初は、水繭とシロタマズスキンを使った。
煉成は失敗し、水繭は死んだ。
今回使った水系の防御精霊は、残っていた最後の功績で交換したものだった。
ただし、天蓬が、初めて手に入れた三環精霊ではない。
最初の一体は、一族から直接受け取っていた。
三環へ進み、長老になれば、一族から三環精霊を一体、無償で授けられる。
ラインが選んだのは、雷翼だった。
長老たちが一頭の轟雷狼を討ち取った際に得た戦利品だ。
雷光の翼を一対生み出し、精霊使いに、短い間だけ飛ぶ力を与える。
雷翼が移動を助けてくれる。
これで、ラインの戦闘面に残っていた最後の弱点も、埋まったのだった。




