143.壁を攻める群狼、集落を守る一族
クスリは、リネットたちが門を出て、遠ざかっていくのを見送った。
だが、その別れは極めて短かった。
わずか十五分後、リネットたちは再び竹造りの建物へ戻ってきた。
「運が悪かったんだよ。厄介な狼の群れに出くわしてね」
リネットは、苦笑しながら説明した。
それを聞いた精霊使いたちの顔が、一斉に強張った。
あれだけの人数を揃えていても、集落へ引き返すほかなかったのだ。
今回のウルフウェーブが、どれほどの規模かが分かる。
「皆、急いで準備しな。雷狼の群れが、もうすぐ集落を襲うよ」
リネットが言い終えるやいなや、警報が集落全体に鳴り響いた。
集落は一瞬、静まり返った。
直後、騒然となった。
「この警報……狼の大群が集落を襲ってくるぞ!」
「急げ、急げ!全員を集めろ。大きな戦いになるぞ!」
「くそっ、帰ってきたばかりだってのに。少しはゆっくり寝たかったぜ……」
精霊使いたちは、悪態をつく者もいれば、唇を引き結び、冷淡な顔をしている者もいた。
竹造りの建物の屋根にも、通りにも、駆ける人影があふれている。
皆、四つの大門や集落の外壁へ向かっていた。
外壁の内側には、間隔を置いて幅広の木梯子が掛けられていた。
精霊使いたちが登りやすいようにするためだ。
幾つもの塔が壁の上へ突き出し、威風堂々とした衛兵のように立ち並んでいた。
ラインは人の流れに交じり、外壁の下へ来た。
先に木梯子を登っていた精霊使いをつかんで引きずり下ろし、自分が登った。
「どこのくそ野郎が――」
怒鳴りかけた精霊使いは、相手がラインだと分かるなり、固く口を閉ざした。
ラインはシロタマズスキンを発動し、壁の上から少しだけ頭を出した。
集落の外では、山も野も雷狼に埋め尽くされていた。
数千頭はいる!
見渡す限り、緑色の狼の瞳がぎらついていた。
見る者をぞっとさせる光景だった。
ほとんどが腹を空かせており、胴が目に見えてやせ細ったものもいる。
雷狼はあまりにも増えすぎ、災厄と化していた。
ほかの獣の獣王も、ただのウサギも、草木さえも、周囲の生き物を片端から食らい尽くしている。
群れが通り過ぎた後には、草一本生えぬ大地しか残らなかった。
命の気配に満ちた集落は、彼らにとって、抗いがたい誘惑だった。
本来、雷狼は極めて辛抱強い獣である。
だが、飢えが死の淵へ追い込み、いっそう恐ろしく、危険で、狂暴にしていた。
腹を満たした雷狼なら、集落を襲いはしない。
普通の雷狼に交じり、巨雷狼の姿もあった。
群れに紛れていても、なお目立つ。
一頭一頭が田畑を耕す牛ほどの大きさで、三十頭余りもいた!
多くの者が、その光景に息を呑んだ。
今年、ローデン集落が狼に包囲されるのは、これで二度目だった。
だが、その規模は、前回の三倍を超えていた。
巨雷狼は、どれもたくましかった。
傷を負っているものもいたが、その目には、自らの力への自信が宿っている。
普通の雷狼は、食べ物を得られない。
だが、百頭以上の雷狼を率いる百獣王である巨雷狼は、当然、餌に困ってはいなかった。
ただ、群れを安定させるには、ほかの獣王を倒せない以上、別の生き物が集まる場所を侵さなければならないのだ。
資源は、いつでも組織の上にいる者へ優先して回される。
下の者は搾取され、利益を犠牲にされ、集められた資源は上へと送られる。
資源不足で下の者が追い詰められ、上の地位さえ揺るがしかねなくなると、上の者は下の者に、他人の資源を奪わせる。
自分たちの資源を、下へ分け与えることは一切しない。
この点では、人間の社会も獣の群れも、通じるところがあった。
「本当の脅威は、この巨雷狼たちではない」
ラインは視線を移し、群れの中を探り続けた。
やがて、後方の木々の陰に、三つの巨大な狼影を見つけた。
千獣王、轟雷狼!
一頭一頭が、地球のゾウほどもある巨体だった。
ラインの瞳孔が、わずかに縮んだ。
だが、すぐに元へ戻る。
さらに観察すると、四方から、ほかの巨雷狼の群れも集まり続けていた。
頭狼の姿は、見当たらなかった。
ラインは、ひそかに息を吐いた。
頭狼さえいなければ、集落は安全だ。
もし現れたなら、何を捨ててでも逃げ出すつもりだった。
その事態にでもならない限り、二環の段階で集落を離れるつもりはなかった。
記憶の中では、頭狼が現れたのは八月末だった。
ローデン一族は、甚大な死傷者を出した。
族長と長老たちが命懸けで立ち向かい、アオも命を惜しまず力を振るわなければ、ローデン集落は滅びていた。
生をやり直して以来、ラインはすでに多くのことを変えている。
アオが早くも命を落とした今、なおさら油断はできなかった。
頭狼が予定より早く現れる可能性も、十分にある。
だからこそ、真っ先に確かめに来たのだ。
三頭の轟雷狼が、一斉に首をもたげ、長い遠吠えを響かせた。
命令を受けた無数の雷狼が、まっすぐ集落へ突撃した。
集落の精霊使いたちは、すでに配置につき、待ち構えていた。
一環精霊使いは壁の根元に立ち、冷たい壁面に両手を押し当てていた。
二環の者は木梯子に登り、あるいは塔の上に集まっている。
その背後には、建物を改装した臨時の砦があり、そこにも精霊使いが配置されていた。
予備隊と、薬堂の治療精霊使いたちだ。
偵察精霊使いは絶えず行き交い、戦況を後方へ伝えていた。
長老たちは、後方で指揮を執る者もいれば、塔へ上がる者もいた。
ひとまず腕を組んで戦いを見守り、力を温存しながら全体を押さえている。
「来たな」
木梯子の上で、ラインの目に冷たい光が宿った。
山野を埋めていた雷狼が、一つの潮流となり、集落へ打ち寄せた。
最前列の雷狼は、次々と壁外の罠を仕掛けた濠へ落ち、尖った竹に体を貫かれた。
その場で死ぬものも、まだ息があり、濠の中で悲鳴を上げるものもいた。
風が吹き、血の匂いが広がった。
狼の声が、耳を埋め尽くしていた。
それでも群れの攻撃は止まらない。
かえって刺激され、ますます狂乱していた。
一頭、また一頭と雷狼が罠へ落ち、自らの命で後続の道を作った。
後ろの雷狼は、同類の屍を踏み、防壁へ激突した。
鈍い衝突音が、次々と響く。
一頭だけなら、大木に挑む蟻にすぎない。
だが、絶え間なく続く体当たりに、外壁全体が揺れ始めた。
壁の下にいる一環精霊使いたちは、恐怖を堪え、必死に鉄棘薔薇へ精神力を注いだ。
壁の棘が雷狼の体へ食い込み、淡黄色の花粉が空気中に散った。
毒が神経を麻痺させ、外壁へ近づいた雷狼の動きが、目に見えて鈍くなる。
それでも、壁を爪で引っ掻き、狂ったように噛みついた。
体の傷はますます深くなり、毒が蓄積するにつれ、動きもさらに鈍っていった。
木梯子や塔の上から、二環精霊使いたちが次々と月刃を放った。
月刃が群れへ落ち、血が四散する。
切断された脚が、宙を舞った。
巨雷狼が戦いに加わると、すぐに精霊使いにも死傷者が出た。
ラインのいる一角へ、一筋の細長い青い電流が飛来した。
瞬く間に防壁を貫き、内側にいた不運な一環精霊使いを、その場で感電死させた。
その巨雷狼は、すぐに集中攻撃を浴びた。
月刃が次々に飛ぶ。
だが、周囲の雷狼を遮蔽物にして左右へ身をかわし、わずかな傷を負っただけだった。
巨雷狼は吼えて、口を開いた。
鋭い牙の間で電光がまたたき、一筋の電流となって、まっすぐラインへ襲いかかった。
ラインは鼻を鳴らし、水繭を発動した。
二筋の淡い青の水蒸気が、鼻から噴き出した。
水蒸気はたちまち膨らみ、球状の水の盾となって、彼を包み込んだ。
電流を受けた水の盾は、激しく揺れた。
今にも破れそうだった。
ラインは自ら水の盾を解き、月華印を発動した。
稲妻のように手首を返し、三枚の月刃を続けざまに放つ。
どれも、かわしにくい角度から襲いかかった。
巨雷狼は一枚目をかわしたが、二枚目に右前脚を切りつけられ、動きが鈍った。
間を置かず、三枚目が頭に食い込み、傷を刻むとともに左目を砕いた。
巨雷狼が、痛みに悲鳴を上げた。
ほかの精霊使いたちは好機を逃さず、さらに大量の月刃を放ち、その体を包み込んだ。
大きな肉片が次々と切り落とされ、地に落ちる。
傷は骨まで達していた。
巨雷狼の体は何度か揺れ、ついに倒れた。
周囲の群れは、たちまち混乱した。
動揺が、波紋のように広がっていく。
だが、後方には三頭の轟雷狼が控えていた。
騒ぎはわずかな間しか続かなかった。
雷狼たちは再び牙を剥き、爪を振り上げ、防壁へ襲いかかった。
ラインはさらに何枚かの月刃を放ってから、木梯子を下りた。
この短い間だけで、暗紅の精神力は大半を消耗していた。
補充が必要だった。
彼が下りると、別の二環精霊使いがすぐに交代し、梯子へ登った。
遠距離攻撃を使える精霊使いの多くは、梯子や塔の上に立ち、巨雷狼を重点的に狙っていた。
普通の雷狼より、はるかに危険だからだ。
中には、跳躍を助ける精霊を宿し、一跳びで集落へ入り込むものさえいる。
ラインは、さらに後方へ歩いた。
周囲は、絶えず人が行き交っていた。
彼と同じく精神力が尽きかけ、休息のために下がる者も多い。
別の精霊使いたちが代わりに前線へ向かい、一族のために戦っていた。
これはもう、以前のように、人と狼が互いを狩り合う戦いではなかった。
戦争なのだ。
二環頂位の力でさえ、小さなものに思えた。
戦局を支える柱となれるのは、三環精霊使いだけだった。
ラインは、竹造りの建物の前へ来た。
改装によって、大幅に補強されていた。
戸口をくぐると、中では大勢の精霊使いがあぐらをかき、霊石を握って、急いで精神力を補っていた。
治療精霊使いが、人々の間を行き交っている。
床にしゃがみ、薬箱を傍らに置いて、負傷者に包帯を巻く者もいた。
ラインが隅を選んで腰を下ろすと、すぐに一人の女性の治療精霊使いが近づいてきた。
彼が首を横に振ると、彼女は察して、別の精霊使いのもとへ向かった。
……
こうして交代を重ね、夕方までに、ラインは五度、戦いに加わった。
雷狼の数は、一向に減らなかった。
かえって、轟雷狼の遠吠えを聞きつけ、さらに多くの群れが集まってきた。
「今度の襲撃は、明日まで続きそうだな」
一人の長老が、集落の外を遠望し、憂いを顔に浮かべた。
夜になれば、精霊使いたちの視界は狭まる。
だが、優れた視力を持つ雷狼は、影響を受けない。
「今年、集落への二度目の襲撃で、もうこれほどか。状況は厳しいな」
隣の長老も、深いため息をついた。
メディシンも、険しい顔をしていた。
薬堂長老として治療精霊使いを統率する彼女のもとには、前線の死傷者についての報告が、真っ先に集まってくる。
手にする薄い竹紙には、日中の死傷状況が記されていた。
その一枚が、ひどく重く感じられた。
死傷者は、例年の同じ時期をはるかに上回っていた。
だが、それは精霊使いたちの戦闘能力が落ちたからではない。
今年の狼が、あまりにも多く、狂暴すぎるのだ。
彼女には、それが分かっていた。
血のように赤い夕日が、西へ沈んでいく。
メディシンは息を吸い、淡々と尋ねた。
「九葉生気草の徴収は、どこまで進んでいますか?」
部下はすぐに、まだ三人が供出していないと報告した。
その中には、ラインもいた。
メディシンは鼻を鳴らし、続けて尋ねた。
「クスリは今、どこにいるのですか?」
「クスリ様は東門の近くで、治療チームを指揮しておられます。何度もお下がりになるよう申し上げましたが、どうしてもお聞き入れにならず、前線に留まって戦うと……」
そこまで報告すると、部下は恐れをなして、その場に膝をついた。
メディシンは少し考え、静かに頷くと、手を振って下がらせた。
孫娘の近くには、一人の長老が守りについていた。
リネットたちも、その一帯の防壁で戦っている。
前線の中では、最も安全な場所といえた。
メディシンは孫娘を溺愛していたが、その勇気を後押しすることにも賛成だった。
上に立つ者には、上に立つ者なりの考えがある。
こうした経験こそが、いずれクスリが薬堂を継ぐときの、政治的な資産になるのだ!




