142.大義を盾に迫り、外道は活路を求める
二本の巨大な旗が風を受け、音を立ててはためいていた。
一方は功績順位表で、今やラインは十位以内に入っていた。
もう一方には、功績と引き換えに手に入る、さまざまな物資が記されている。
だが今、人の行き交う広場で、精霊使いたちの視線を集めていたのは、公布されたばかりの通達だった。
その大意は、こうだった。
ウルフウェーブが激しさを増し、一族の精霊使いの死傷者も増え続けている。
治療能力を高めるため、九葉生気草を持つすべての精霊使いに、一時的に一族へ供出するよう命じる。
薬堂が人員を手配し、生気草の生産を一括して行う、というものだ。
通達の末尾には、九葉生気草を持つ精霊使いの名が、いくつか並んでいた。
その筆頭には、ライン・ローデンの名があった。
一族の緊急規定に背くか、薬堂に頭を下げるか。
その選択を迫っていることは、明らかだった。
ラインは広場の離れた一角に立ち、険しい顔で通達を見つめていた。
一目で分かった。
これは、メディシンが自分を狙って仕掛けたものだ。
(ふん、メディシンめ。以前、酒虫の買い取りを断られても、まだ諦めていないようだな。私はとっくに風切草と交換するだけの功績を貯めているのに、それも陰で邪魔をしてきた。今度は、私の九葉生気草にまで目をつけるとは……)
もっとも、メディシンがそうする理由は、理解できた。
同業者は、もとより商売敵なのだ。
メディシンは、生気草の販路を支配することで、地位と権力を固め、影響力を広げ、人脈を維持していた。
そこへラインが独自に生気草を売り、値を吊り上げた。
知らず知らずのうちに彼女の利益を侵し、その影響力も揺るがしていたのだ。
(今の私は、シロタマズスキン、月華印、奪霊、水繭、地這い耳など、多くの精霊を抱えている。九葉生気草は、最大の収入源だ。これを失えば、力を支える土台から崩される。メディシン、ずいぶんえげつない手を使う)
ラインが眉をひそめていると、周囲の精霊使いたちの話し声が聞こえてきた。
「薬堂も、いいことをしてくれる!生気草は少なすぎて、まるで足りないからな。物資一覧にまとまった数が出ても、すぐに買い尽くされてしまう」
「メディシン長老は、本当に慈悲深い方だ。この名簿を見ろ、カル派閥やコア派閥の精霊使いまでいる。こんなことをすれば、実権を握る大勢の長老を敵に回すというのに」
「メディシン様は、一族のことばかり考えておられる。尊敬すべきお方だ!」
「こんな思い切ったことができるのは、メディシン様だけだな。ほかの長老に、こんな真似ができるか?」
「おい、見ろ!通達の内容が変わったぞ。カル派閥とコア派閥の精霊使いたちが、九葉生気草を供出した!」
人々は、たちまち沸き立った。
九葉生気草を集め、一括して生産すれば、手に入る生気草も増える。
彼らにとっては、願ってもない知らせだった。
ラインが目を凝らすと、確かに、それらの精霊使いの名前の後ろには「供出済み」の文字が加わっていた。
そのため、自分の名がますます目立っている。
気分は、さらに重くなった。
さすがに老獪なメディシンは、権謀に通じていた。
大きな流れを作り、それを利用してラインに圧力をかけている。
頑として拒めば、相手に口実を与え、さらに大きな面倒を招くだけだ。
賢い選択ではなかった。
これが、一族という体制の恐ろしさだった。
犠牲を命じるときも、露骨には言わない。
聞こえのよい言葉で包み、大義を盾に従わせるのだ。
隠居した老精霊使いたちを呼び戻し、命を捨てさせるときも同じだった。
誰に逆らうことができる?
今回の九葉生気草の徴収も、ラインたちの利益を犠牲にして、皆の需要を満たすためのものだ。
だが、その裏で根本的に守られているのは、やはりメディシンの利益だった。
従わぬ者は、一族に背き、皆から離反する者とされる!
裏切り者であり、反逆者なのだ!
(この件は、引き延ばしや言い逃れでは片づかない。そんな真似をすれば、ますます立場を悪くするだけだ。それらは小手先の策にすぎず、大義と人心を味方につけたメディシンには押し潰される。こちらも、さらに大きな力を背景に、堂々と反撃しなければならない。彼女が作った圧力を正面から打ち破ってこそ、この問題を解決できる)
根本から解決する方法は、すでにラインの中にあった。
単純で、堂々たる方法だ。
三環へ進むことである。
三環と二環では、精霊使いの地位がまるで違う。
一族では、三環へ進んだ精霊使いは、直ちに長老となり、意思決定を担う上層部に加わる。
族長でさえ、その利益に容易には手を出せなかった。
通達に名を連ねたコア派閥やカル派閥の精霊使いたちは、素直に九葉生気草を供出していた。
一見、それぞれの利益を犠牲にしたように見える。
だが実際には、メディシンはカルやコアたち長老と、裏で利益を交換する取引を済ませていたのだ。
これが、政治的な取引だった。
大半の者には、その舞台裏が見えない。
だからこそ、メディシンに騙されるのである。
ラインが三環精霊使いであれば、たとえ九葉生気草を供出しても、必ず別の形で十分な補償を得られただろう。
メディシンが急いでラインに手を出した理由は、二つあった。
一つは、利益のためだ。
ラインの行動は彼女の利益を侵しており、彼の持つ精霊にも、手に入れたいものがあった。
もう一つは、ラインがすでに二環頂位に達していることだった。
今、動かなければ、三環の長老になってしまう。
そうなれば、こんな機会はなくなるのだ。
(どうしても三環へ進まなければならない。一族にとって、二環精霊使いは犠牲にできるが、三環は支柱だ。一人失うだけでも大きな損失になる。それに、私はいくつも問題を抱えている。アオの死を、一族は詳しく調べていない。水繭や奪霊といった他族の精霊を持ち続けていることにも、目をつぶっている。私の環階がこれほど速く上がっていることも、上層部は見ている。それでも、今は堪えて、秘密を追及してこない)
ラインは、自分の置かれた状況をよく分かっていた。
表向きは強気で勢いもあるが、その裏には、幾つもの危機が潜んでいる。
一族が深く追及しないのは、ウルフウェーブへの対応に、すべての注意を奪われているからだ。
狼の群れを防げなければ、一族そのものが滅びる。
その圧力の下では、ラインの問題など些事にすぎなかった。
だが、ウルフウェーブが過ぎ、上層部に余裕ができればどうなる?
これまでのことを、追及してこないはずがなかった。
学堂にいた頃、長老たちが彼に手を出さなかったのは、あまりにも弱かったからだ。
小さな騒ぎは、長老たちの利益を侵していなかった。
彼らは、ラインなど眼中になかったのである。
だが、今は違う。
ラインは二環頂位だ。
あと一歩で、長老になる。
この環階に達しただけで、長老たちは神経を尖らせる。
彼の一挙一動に目を光らせ、忘れずに覚えておくようになるのだ。
新たな長老が一人誕生するだけで、ローデン一族全体の政治的な勢力図が変わる。
ラインを仲間に引き込もうとする者も、押さえつけようとする者も、次々に現れるだろう。
一族の体制に組み込まれ、どこかの陣営に入らない限り、その働きかけと圧力は、日ごとに強まっていく。
中立派も、一つの陣営だ。
今のラインが、一族の体制の外で動き続けることを、誰も許さなくなる。
(三環に進んでも、勧誘と圧力はあるだろう。だが、二環頂位の今よりは、はるかに余裕を持って応じられる。ここが、質的な変化をもたらす境目だ。越えれば、まったく違う世界が開ける。それに、三環になって初めて、進むも退くも自分で選べる。いざとなれば、一族を離れればいい)
ラインには、情勢の隅々まで見えていた。
だが、三環へ進むことは、決して容易ではない。
彼のような下等資質の者にとっては、ほとんど越えられない壁だった。
前世では、二環頂位に百年以上も留まった。
後に大きな代償を払って、資質を高める精霊を手に入れ、ようやくこの難関を越えられたのだ。
精霊使いの修行では、同じ環の中で位を上げるだけなら、比較的容易だった。
時間さえ十分にあれば、少しずつ積み重ねていける。
だが、環をまたぐ突破は違う。
一つ一つが関門であり、先へ進むほど難しくなる。
特に、五環から六環への壁は、想像を絶する。
天に昇るよりも難しいのだ!
ラインは、一環から二環へ進むだけでも、ひどく苦労した。
今、二環から三環へ進もうとしても、通常の方法では成功する見込みがなかった。
幸い、彼には五百年の人生経験がある。
膨大な記憶の中には、正統な修行法から外れた方法が、二つ、三つ残っていた。
よく言えば別の道を開く方法、悪く言えば邪道である。
そして今、選んだ方法は、現在の状況に最も適していた。
この方法で三環へ進むには、奇妙な精霊を一体、煉成しなければならない。
人獣満福だ。
古代のある外道の教主が、配下の環階を上げるため、心血を注いで生み出した秘方だった。
人獣満福は、二環精霊使いが三環へ突破するためだけに用いる精霊なのである。
ラインは前世、秘境を巡り、隠されたものを探る中で、偶然この秘方を手に入れた。
強く印象に残り、その後も忘れずにいた。
何より重要なのは、煉成に必要な素材が、珍しいものではないことだった。
平時であれば、今の彼の条件では、揃えるまでに二、三年かかっただろう。
だが、ウルフウェーブは、多くの機会を与えてくれた。
このところ、必要な霊石も精霊も、十分に集め終えていた。
残る素材は、あと一つ。
それだけは、機を待たなければならなかった。
……
竹造りの建物では、精霊使いたちが壁の通達を囲み、上機嫌で眺めていた。
「ははは、今頃ラインは泣いてるんじゃないか」
「ふん、生気草を勝手な値で売りつけて、血と汗で稼いだ金をむしり取りやがって!」
「今の顔を見てみたいものだ。きっと、ひどい顔をしているぞ」
多くの者が、他人の災難を喜んでいた。
「はは、これで胸のつかえが下りたな。だが、クスリ様に感謝しなければ。メディシン様を説得してくださらなければ、こんな日は来なかった」
「そうだな。本当に、クスリ様には感謝しなければ」
「クスリ様は美しいだけでなく、心までお優しい。皆のために道理を通し、正義を守ってくださった。さすが、メディシン様にそっくりだ」
……
称賛の声は、途切れなかった。
クスリは恥ずかしそうに顔を伏せながら、内心、とても嬉しかった。
「クスリちゃん」
リネットが、戸口から入ってきた。
「お別れを言いに来たんだ。薬堂の通達も見たよ。代わりにあの恨みを晴らしてくれて、ありがとう。ラインみたいな奴は、獅子身中の虫だ。きちんと懲らしめなくちゃね」
「リネット姉さん、もう行ってしまうのですか?」
クスリは、気遣わしげに彼女を見つめた。
リネットは片手を腰に当て、もう一方の手の親指で、背後の戸口に立つ精霊使いたちを指した。
「援軍は頼めたから、できるだけ早く戻らなくちゃ。また会おうね」
クスリの胸に、ふと悲しみが込み上げた。
リネットたちは、十人の精霊使いで出発し、ここへたどり着いたときには七人に減っていた。
今、戸口の外にいる者たちは、これから残酷な戦場へ向かう。
このうち、何人が無事に帰ってこられるのだろう?




