140.扉越しに値を吊り上げ、谷へ退いて援軍を待つ
キバは、隣で怒りに顔を青ざめさせているフェイスを見て、内心、少し愉快だった。
この老人は、強引にキバを案内役にしたのだ。
キバは一環にすぎず、年も下で、フェイスの前では初めから立場が弱かった。
逆らえずに連れてきた相手が、今はこの有様だ。
ラインの自由な振る舞いが、羨ましくもあった。
フェイスは、ラインの頬を張り飛ばし、この思い上がった後輩を叩き直してやりたかった。
だが、生気草のためには、怒りを呑み込むしかない。
「ライン君、そういう言い方はよくないぞ。まだ若いから、人脈の大切さが分からんのじゃろう。人は誰しも、他人に頼らねばならんときがある。考えてみなさい。いつか君がわしを頼ってきたとき、同じ態度で迎えられたら、どう思うかね?」
(人脈など、くそ食らえだ!)
ラインは、胸の内でせせら笑った。
団結が必要なのは、互いが弱いからにすぎない。
地球では、確かに人脈が必要だった。
人と人との力に、質的な違いはないからだ。
だが、修行によって力を高められるこの世界は、根本から違っている。
人脈など、力に付随するものにすぎない。
自分が強ければ、人脈の方から寄ってくる。
人脈を求める者は、必ず他人に何かを求めているのだ。
そもそも、人脈さえ必要ない。
圧倒的に強ければ、欲しいものは手を伸ばすだけで手に入る。
渡さないなら奪い、殺せばいい。
それで、何の人脈が要るというのか?
こうした外道の思想を、ラインは進んで広めるつもりなどなかった。
ただ、すでに修行を邪魔されたのだ。
せっかくなら、商売をしても悪くない。
「売ってやってもいい。一枚につき霊石六十八個だ。何枚欲しい?」
「なっ!」
扉の向こうで、フェイスはその値に驚き、慌てて言った。
「ライン君、その値は、いくら何でも高すぎるぞ」
ラインは鼻を鳴らした。
「高いと思うなら買わなくていい。一族の供給物資にも生気草はある。功績で交換すればいいだろう」
フェイスは苦笑するしかなかった。
「そんなことは、わしも承知しておる。だが、あちらの生気草は、つてのある者にばかり回されておるのじゃ。この件は薬堂長老メディシンがすべてを牛耳っておって、わしなど入り込む余地がない。ライン君、わしに一つ、恩を売ってくれんか。いずれ必ず報いる。六十個が妥当な値じゃと思うがの」
「他人からの見返りなど、初めから期待していない。もう十分に時間を無駄にされた。七十個だ。買わないなら帰れ」
フェイスは、怒りのあまり足を踏み鳴らした。
「ライン君、そんな商売があるか!どうして値が上がっていくのじゃ!」
ラインは、ふっと笑った。
「さっきはさっき、今は今だ。今なら霊石七十二個になる。お前が一言余計に喋るたびに、私の時間が無駄になる。気分が悪くなるたび、値を上げる。口を開くなら、そのつもりで開け」
フェイスの顔に、激しい怒りが浮かんだ。
何度か口を開きかけたが、結局、何も言えなかった。
青くなったかと思えば赤くなるその老いた顔を、キバは内心ほくそ笑みながら見ていた。
ついに、フェイスは強く歯を食いしばった。
「よかろう、買う。生気草を五枚じゃ」
「今、キバに霊石を渡せ。三日後、キバのところで生気草を受け取れ」
これもまた、横暴な条件だった。
代金と品物をその場で交換する。
それが、取引における最低限の公平さではないか。
それでもフェイスは金を払い、霊石の入った袋をいくつか、その場でキバに渡した。
その手は、かすかに震えていた。
残り少ない蓄えなのだ。
食費まで切り詰め、こつこつ貯めた虎の子を、こんな悪徳商人にむしり取られるとは!
結局、フェイスは鬱憤とやり場のない怒りを抱え、古びた竹造りの建物を後にした。
「ライン様、実に胸のすくやり方でした。ただ、フェイスには相当恨まれたかと。あの老人は若い頃、ひどい気性でした。一度大怪我をしてからおとなしくなりましたが、このまま引き下がるとは思えません」
キバが、扉の外でおずおずと言った。
「好きにさせておけ。年齢や昔の実績を盾にして、他人を押さえつけることしかできない奴は、いずれ一族から切り捨てられる」
ラインが扉を開けると、キバは慌てて袋を差し出した。
一族がウルフウェーブに抗うには、膨大な資源を費やさなければならない。
資源が減れば、巨大な組織を維持するのは難しくなる。
必然的に、人員を減らす必要が生じるのだ。
こうした老人は、生きているだけで貴重な資源を浪費する。
切り捨てられる運命だった。
狼の群れなら、老いた者、弱い者、病んだ者、傷ついた者をそのまま追い払い、棄狼にする。
人間の社会は、そこまで露骨にはしない。
悪事には、立派な大義名分をかぶせるものだ。
そこで一族は、老いた精霊使いを再び招集するのである。
フェイスがそれを見抜いていたとして、何ができる?
組織に属し、世間で生きる以上、自分の思うままには生きられない。
一族と故郷を守るという大義を盾に、彼らを呼び戻し、犠牲を強いる。
誰が逆らえるというのか?
地球には、「君命とあらば、臣下は死を辞せず」という言葉がある。
自分の生き死にさえ握れないというのに、無数の者が先を争って、その臣下になろうとする。
それが、体制の魅力であり、残酷さでもあった。
「歴代のウルフウェーブが過ぎた後、呼び戻された老いた精霊使いが、いったい何人生き残った?あのフェイスも、五枚どころか五十枚の生気草を与えたところで、生き延びられるかどうか怪しいものだ」
ラインは戸口に立ち、冷たく笑った。
その口調に、キバは背筋が寒くなった。
ラインからは、吹きすさぶ北風のような冷たさが感じられる。
気圧されて、顔を上げることさえできなかった。
ラインは底知れない黒い瞳をキバへ向け、言葉を続けた。
「今後、決められた時間以外に、勝手に会いに来るな!破った場合の責任は、自分で取れ。お前に生気草の販売を任せているのは、兄のバキの顔を立てているだけだ。だが、顔を立てるのは他人でも、それを潰すのは自分だ。身の振り方には気をつけろ」
キバは叱責を受けながら、声も出せなかった。
先ほどのフェイスの惨めな姿を思い出し、額に冷や汗が滲む。
「それから、今後、生気草は一枚につき霊石七十個にする」
「霊石七十個ですか?!」
キバは唾を呑み込み、目を輝かせた。
霊石が次々と転がり込んでくる光景が、目に浮かぶようだった。
だが、すぐに恐れも湧いてきた。
慎重に言葉を選び、尋ねる。
「ライン様、こうも露骨に値を上げては、戦に乗じて荒稼ぎしていると思われませんか。人の窮地につけ込んでいると疑われ、ほかの方々の不満を買うのでは……」
「不満?ふん、それが何だ?言われたとおりにやれ。余計な口を利くな。誰かが文句を言ってきたら、私が売っている生気草だと、はっきり伝えろ。薬堂のものが欲しければ、功績で交換すればいい」
「はい、はい、承知しました」
キバは、何度も頷いた。
その言葉こそ、彼の望んでいたものだった。
もともと、そうするつもりでいたのだ。
彼は、後方支援を担う一環の精霊使いにすぎない。
所属するチームも、ごく簡単な物資の収集ばかりを行い、戦功は何一つなかった。
敵に回せない相手が、あまりにも多い。
ラインの名で周囲を牽制することこそ、彼の望みだった。
実際、つい先ほども、その名を利用したばかりである。
小物にも、小物なりの処世の知恵がある。
キバのこうした考えは、ラインもよく分かっていた。
ただ、ラインは環階や時期に応じて、異なる生き方を選ぶ。
赤鉄仏舎利を使えば、二環頂位となり、三環にも手が届くところまで来る。
ようやく、力をつけ始めたといえる段階だ。
その力があれば、生き方の幅も変わってくる。
以前は、巨大な集落の中で目立ちすぎぬよう、身を低くしておく必要があった。
だが、今は強く出る必要がある。
そうしてこそ、最大の利益を得られるのだ。
キバには、まだ利用する価値があった。
くだらない思惑を抱いていても、ラインの利益を損なわない限り、十分に許容できる。
重要でない手の内なら、多少知られたところで、大した問題ではなかった。
平時なら、上層部も手が空いており、こうしたことが面倒の種になるかもしれない。
だが、今はウルフウェーブの最中だ。
誰に、そんな些細なことを気にする余裕がある?
ウルフウェーブの後に、ローデン集落がまだ存在しているかどうかさえ、分からないのだから。
……
半月余りが過ぎた。
雷狼が潮のように押し寄せ、精霊使いたちは後退を重ねていた。
「マルチ・ロア、持ちこたえな!これは命令!ローデンの集落は、もうすぐそこなんだ!」
リネットは、倒れた同族を見つめ、目を赤くして叫んだ。
「姐御、もう駄目だ。ずっと、姐御に言いたいことがあったんだ……」
マルチは重傷を負い、息も絶え絶えだった。
その顔には、すでに死の影が差していた。
「ああ、言ってみな!」
リネットは、涙で声を詰まらせた。
彼の気持ちは、よく分かっていた。
普段は口数の少ないマルチが、ときどき手料理を差し入れてくれた。
彼女が一言「おいしい」と褒めるだけで、この青年は首まで真っ赤にしたものだ。
今、何を言おうとしているのかも、分かっていた。
だが、マルチは口を開いただけで、ついに「好きだ」とは言えなかった。
出発前には、友人に話していたのだ。
このウルフウェーブが終わったら、姐御に告白する、と。
だが、その日を迎えることは、もうできなかった。
彼は死んだ。
出血がひどく、傷はもはや手の施しようがなかった。
全身を覆う傷は、どれも雷狼に噛まれてできたものだった。
中でも最も恐ろしく、命取りとなった傷は、胸にあった。
右肩から臍まで伸びるその傷を残したのは、一頭の巨雷狼だった。
「姐御、まずい!巨雷狼の群れが、また一つ来る!」
偵察精霊使いが、慌てふためいて叫んだ。
リネットは涙を収め、抱いていたマルチを地面に下ろした。
彼女は、このチームの女親分なのだ。
メンバーたちには、まだ彼女が必要だった。
死者は戻らない。
生きている者は、なおもこの残酷な世界と向き合わなければならない。
「くそっ、この畜生ども!次から次へと、きりがないじゃないか!」
リネットは、激しく罵った。
豊かな曲線を描く体つきに、整った顔立ち。
その口から飛び出す悪態には、独特の味があった。
仲間たちはその声を聞くうちに、不思議と落ち着きを取り戻していた。
彼女は悪態をつきつつ戦況を見渡し、内心で気を落とした。
巨雷狼の群れ一つなら、そのまま殲滅できる。
二つでも、血路を開ける。
だが、今は四つだ。
背後の谷へ退き、合図玉を放って、援軍を待つのが最善だった。
「谷へ退くよ!」
リネットは鋭く叫び、同時に二頭の巨熊を殿に回した。
彼女が育てた二頭は、どちらもよく肥えてたくましかった。
一頭はヒグマ、もう一頭はクロクマだった。
毛並みは艶やかだが、体にはすでに無数の傷が刻まれている。
七人が無事に谷へ退いたとき、巨熊は一頭しか残っていなかった。
クロクマは数十頭の雷狼を殺した末に力尽き、最後の悲鳴を上げた。
群狼に押し倒され、そのまま食い尽くされていく。
熊の死骸から一体の精霊が飛び出し、瞬く間にリネットの手元へ戻った。
熊枷だった。
熊に寄生する精霊で、精霊使いが宿主の精神力を圧倒すれば、その熊は永遠に精霊使いの奴隷となる。
五環の奴隷の精霊と、どこか似たところがあった。
もちろん、従わせられるのは普通の熊だけだ。
熊枷は二環精霊にすぎず、熊王を奴隷にはできない。
熊王を従わせられれば、その力は格段に増す。
最も格の低い百獣王でさえ、百頭以上の野熊を従えているからだ。
獣王を奴隷にした精霊使いは、多くの場合、少なくとも百頭規模の獣の群れを操れることになる。
「あとは援軍を待つだけだね。早く来てくれるといいんだけど!」
リネットは何度か荒く息をつき、ため息交じりに言った。
谷へ退いたことで、守るべき範囲は大幅に狭まり、狼の群れから受ける圧力も急に減った。
だが、同時に逃げ道も失っている。
流れる血と絶え間ない戦闘は、これからも、ますます多くの狼を引き寄せるだろう。
危機は、まだ去っていなかった。
「おい」
そのとき、頭上の断崖から声が降ってきた。
皆が慌てて顔を上げると、崖の上に一人の少年が立っていた。
「あいつは……」
「ライン・ローデン!」
ロア一族の七人は、初めこそ気を奮い立たせた。
だが、すぐに皆、その顔に複雑な表情を浮かべた。




