136.身を捨てて敵を捕らえ、先を見据えて手を引く
遠くで見守るライルは、息をすることさえ忘れていた。
戦いは、ついに最も重要な局面を迎えた。
この一度のぶつかり合いで、勝敗が決まる。
「アオ様、頑張ってください!」
ライルは緊張に全身を震わせながら叫んだ。
駆け寄っても足手まといになるだけだと分かっていた。
だから、声を張り上げて励ますしかない。
その声が届いたかのように、氷刃の嵐は次第に小さくなった。
アオの力に、強引に押さえ込まれていく。
「くそっ、精神力が足らんようになるとはな……」
シオンは歯を食いしばった。
回転はますます鈍り、精神力の回復が消耗に追いつかない。
打つ手が、次第に尽きていった。
檀雪の血による精神力の回復は、極めて速い。
だが、環階が三環のうちは、木霊が天然の精神力を直接取り込む速さに、わずかに及ばなかった。
もしシオンが四環に達していたなら、その回復速度は、木傀を使うアオをはるかに上回っていただろう。
だが、生死を懸けた戦いに、もしもはない。
勝とうと負けようと、結果は受け入れなければならなかった。
ついに、氷刃の嵐が止まった。
アオもまた、甚大な代償を払っていた。
その掌は、左右それぞれが馬車ほども大きかった。
だが、左手には二本、右手には三本の指しか残っていない。
掌そのものも、両方とも大半が削り取られていた。
それでも、両手はゆっくりと合わさっていく。
掌から新たな幹が急速に伸び、互いに絡み合った。
木の牢屋が形作られ、シオンを閉じ込める。
「くそっ!」
シオンは歯噛みした。
精神力はすでに尽き、木牢が出来上がるのを見ているしかなかった。
「勝った!」
遠くで、ライルが飛び跳ねて叫んだ。
(ここで死ぬんか……)
シオンは胸の内で叫んだ。
二つの掌が、刻々と近づいてくる。
完全に閉じれば、凄まじい力で、血肉の入り混じった肉塊に押し潰されるだろう。
だが、掌の動きは次第に遅くなった。
やがて、閉じきる前に止まる。
シオンは一瞬呆気に取られたが、アオに異変が起きたのだと悟り、歓喜した。
(くっ、あと一押しだったのに……)
アオには、もはやどうすることもできなかった。
両手は感覚を失い、本物の巨木となっている。
内臓の感覚さえ、少しずつ消えつつあった。
木傀の力が全身を侵し、意識もまた、徐々に失われていく。
(駄目だ、このまま終わるわけにはいかない!まだ青蔓が使える!)
アオは必死に意識を保ち、精霊を使った。
太い青蔓が次々と木牢の隙間を抜け、シオンへ襲いかかる。
シオンは身をかわし続けた。
だが、幾度もの激戦で体力を消耗し、木牢の中では動ける場所も限られていた。
ついに一本が右足へ巻きつき、顔面から地面へ叩きつけられる。
血が飛び散った。
(これで終わりだ)
アオは胸の内で、安堵のため息をついた。
すぐさま十数本の青蔓を操り、追撃させる。
生死の瀬戸際で、シオンの空界に、ようやく精霊を使えるだけの精神力が戻った。
彼は迷わず、そのすべてを霜太刀へ注いだ。
新たな氷刃が形作られる。
刃が、右足を縛る青蔓を断ち切った。
シオンは無様に地面を転がり、迫る十数本の蔓を紙一重でかわす。
青蔓は硬い地面へ突き刺さり、土を跳ね上げると、すぐにまた襲いかかった。
シオンは肩で息をしながら、氷刃で必死に防いだ。
青蔓は四方八方から迫り、生死を分けるのは、ほんのわずかな差だった。
一つでも誤れば、捕らえられ、殺される。
だが、彼は原初の血を持つ天才だった。
死の脅威が潜在能力を限界まで引き出し、防ぎ、かわす動作から、次第に無駄が消えていく。
なおも青蔓に足を取られ、幾度となく危機に陥りながら、命だけは守り続けた。
氷刃に斬られ、青蔓の数は少しずつ減っていった。
アオが青蔓を使い、さらに蔓を増やしたくないわけではない。
周囲の天然の精神力は、ほとんど吸い尽くされていた。
遠くから流れ込んでくる精神力も、あまりに薄く、精霊の必要量を満たせなかった。
さらに悪いことに、木傀は彼の肉体を侵し尽くし、今や意識にまで力を及ぼしていた。
意識がぼやけ、ときおり短く途切れる。
死は、すぐそこまで迫っていた。
(これで終わりなのか?いや……)
それでも、諦められなかった。
アオは意識を奮い立たせ、シオンを捕らえて殺すため、最後の力を振り絞る。
もう目は見えず、耳も聞こえない。
双眼はとっくに木傀に侵され、耳も形だけのものになっていた。
残っているのは、ごくわずかな触覚だけだった。
シオンが反撃するたびに伝わる感触で居場所を探り、攻撃を加える。
その執念が、ついに実を結んだ。
力尽きたシオンが、捕らえられる。
一本の青蔓が首へ巻きつき、体を宙へ吊り上げ、ゆっくりと締まっていった。
たちまち息が苦しくなった。
大きく口を開けても、どうにもならない。
シオンとアオは、共に死へ向かっていた。
……
激戦を終えたばかりのラインは、荒い息をついていた。
地面には、目を見開いたまま息絶えた五人の遺体がある。
全員、ベル一族の精霊使いだった。
隠鱗虫による奇襲に、月華印とイノシシ二頭の力、そして五百年の戦闘経験を組み合わせる。
それによって、彼は驚異的な戦闘力を発揮していた。
先ほど、アオには集落へ戻ると告げた。
だが、それは口実にすぎなかった。
少し離れると隠鱗虫で身を隠し、山道の戦場を迂回して、ガルド、バルガスたちが死んだ場所を順に回ったのだ。
ガルドたち五人の遺体からは、精霊をすべて回収した。
だが、バルガスたちの死んだ場所へ着いたときには、遺体はもうなかった。
当然、精霊を回収することもできない。
(どうやら、トルガが遺体を回収したらしい。惜しいな。バルガスの月輪クマの精霊を手に入れるつもりだったのだが)
ラインは胸の内で嘆息した。
トルガを生かしておいたのは、望んでのことではない。
グリムを殺した後、トルガはひどく警戒していた。
殺すには、もうひと手間かける必要があった。
だが、あの場にはシオンがいた。
トルガと争えば、シオンに漁夫の利を与えるだけだった。
(もっとも、月輪クマの精霊が、まだバルガスの手元にあったとも限らない。すでに熊一頭の力を永久に得ているのだから、精霊はとっくに一族へ納めているかもしれない)
ラインは目を凝らし、山道の戦場を遠く見やった。
アオたちとシオンの激戦は、凄まじい音を響かせている。
近くを通る狼群や精霊使いに、気づかれずに済むはずがなかった。
アオたちが勝つとは考えていなかった。
だが、前世で木傀の威力を目にしている。
アオとシオンの間では、必ず竜虎相搏つ激戦が繰り広げられるはずだった。
その中で生まれるかもしれない好機を捨てきれず、近くに留まっていたのだ。
戦いの音に引かれ、ときおり精霊使いが近づいてきた。
そのたびに、ラインは狼群を誘導して足止めする。
それが間に合わない相手には、自ら手を下した。
(山道の戦闘音が、ほとんど止んだ。そろそろ決着がつくようだ)
右耳から伸ばした根を、傍らの岩壁へ張らせていた。
それを通じ、戦場の様子をある程度まで探っている。
アオは、確かに普段以上の力を発揮していた。
シオンが右腕を失った影響も、ラインの予想以上に大きかった。
だが、すぐに表情が変わった。
大量の足音が、二つの方角から山道の戦場へ向かっている。
一方はローデン集落の方角からだった。
もう一方は、明らかにベル一族の精霊使いたちだ。
どちらも二十人以上おり、巨雷狼が率いる狼群では、とても足止めできない。
二つの狼群を同時に誘導し、両方を牽制することも、ラインにはできなかった。
(誰かが、この戦いを嗅ぎつけたらしい。両族がわざわざ送った援軍だろう。早く山道へ入らなければ)
戦場に最も近かったラインは、誰よりも先に駆け込んだ。
目に入ったのは、予想どおりの光景だった。
木牢の隙間から、まだ青蔓に吊り上げられたシオンが見える。
瀕死ではあったが、息は残っていた。
(氷の肉体の防御力で、どうにか命をつないでいたか。ふん、私に出くわしたのが運の尽きだ)
殺意が湧き上がった。
ラインは地を蹴り、シオンへ駆け寄る。
その瞬間、無数の松葉が、にわか雨のように降りかかった。
アオの松葉が、ラインを攻撃していたのだ!
「どういうことだ?」
ラインは松葉をかわしながら、続けざまに後退した。
アオが変じた巨大なトレントへ目を凝らし、すぐに事情を悟る。
(アオの意識は、もう木霊に支配されているらしい。体も、木霊が好む住処になった。シオンを捕らえて殺すという執念だけが、まだ残っている。この戦場へ踏み入る者は、誰であれ邪魔者と見なされるわけだ)
そのとき、山道の向こうに、ベル一族の精霊使いたちが現れた。
凄惨な戦場を目にし、誰もが驚愕を顔に浮かべる。
その中の三環精霊使いが、ラインへ声を飛ばした。
「そこの小僧、下手な真似はするな!」
声には、警告と脅しがこもっていた。
(シオンめ、つくづく悪運が強い)
ラインは胸の内で冷笑した。
もはや、とどめは刺せないと分かっていた。
アオの意識は、すでに曖昧になっている。
青蔓一本だけでは、氷の肉体を持つシオンを殺しきれない。
近づくには、アオの封鎖を突破しなければならなかった。
そうすれば、アオの注意の大半を引きつけることになる。
かえって、シオンの脱出を助けるかもしれない。
たとえ強引に突破できても、駆けつけたベル一族の三環、二環の精鋭たちが、黙って見ているはずがなかった。
しかも、シオン自身も、なお極めて危険だった。
空界には、少なくとも氷葬鳥を使えるだけの精神力が戻っている。
仮に最後にはシオンを殺せたとしても、ベル一族の精鋭たちはラインを許さない。
必ずや、殺して恨みを晴らそうとするだろう。
(距離がありすぎる。シオンまでは、少なくとも二十数歩ある。月華印の射程は十歩しかない。それに……どうせ死ぬシオン一人のために命を賭け、二度目の人生の大計を大きく狂わせるのは、割に合わない)
ラインは胸の内で嘆息し、数歩後ろへ下がった。
その臆病に見える後退に、駆けつけたベル一族の精霊使いたちは、皆、安堵の息をついた。




