135.木と化して同族を守り、氷を刃に生死を決する
三環精霊の力によって、アオの瞳は緑に染まった。
髪の間からも、一、二枚の鮮やかな緑の葉がゆっくりと生えてくる。
その瞬間、彼の気配は一変した。
頼もしい先輩だった男が、今は人の枠を超えた、異質な存在に感じられる。
「ん?」
シオンはわずかに驚いたが、すぐにどうでもよさそうに口の端を歪めた。
「しばらく戦わんうちに、お前もおもろい手を身につけたんやな」
氷牙
意識を向けると、空気中の水分が急速に集まった。
五本の氷柱が形作られ、宙に浮かぶ。
「行け」
シオンが左手で指し示すと、氷柱が一斉に飛び出した。
アオの両掌から、それぞれ一本の蔓が伸びた。
二匹の大蛇のようにしなやかに空を打ち、氷柱をたやすく弾き逸らす。
軌道を変えられた氷柱は肩先をかすめ、凍土や岩、氷の彫刻のような木々へ突き刺さった。
力を巧みな技でいなされ、シオンの攻撃はすべて外れた。
彼は冷笑する。
「鞭さばきは、ますます見栄えがようなったな。せやけど、氷柱を何本まで防げるか、見せてもらおか!」
瞳に淡い青の光が浮かび、十本の氷柱が同時に現れた。
それらがアオへ射出され、まだ届かぬうちに、氷牙の力で次の十本が生まれる。
次から次へと放たれる氷柱は、たちまち豪雨のように降り注いだ。
空を裂く音が幾重にも重なり、聞く者を震え上がらせる。
アオは身をかわしながら、両掌の青蔓を鞭のように振るった。
幾度となく繰り返した鍛錬によって、蔓は手足のように自在に動く。
だが、氷柱の数が多すぎた。
守り続けるうちに、ついに隙が生まれる。
一本が右肩を貫き、鋭い先端が背中側へ突き出した。
松葉!
アオは痛みをこらえ、長い髪を振り払った。
無数の青緑の松葉が毛先から放たれ、シオンへ降りかかる。
シオンはすかさず水繭を展開した。
三環の白銀の精神力が注がれ、水の盾は先ほどよりもはるかに厚くなる。
その防御力は、もはや三環精霊にも劣らなかった。
松葉は水の盾へ突き入るが、次第に勢いを失った。
やがて、絶えず流れる水に運ばれ、盾の外へ押し流される。
だが、これによってシオンも、氷柱の攻撃を止めざるを得なかった。
アオはその隙に、痛みをこらえて肩の氷柱を無理やり引き抜いた。
血は一滴も流れない。
氷柱の冷気に加え、彼の体そのものが、木へと変わりつつあったからだ。
水繭を解除したシオンは、アオの傷口へ目を留めた。
裂けた衣服の向こうに、木目が見える。
傷は目に見える速さで塞がり、新しくできた皮膚には、年輪のような模様が残っていた。
同時に、アオの耳が細長く伸び始めた。
深い青の長髪は鮮やかな緑へ変わり、毛先から次々と葉が生える。
両手からは生きた血肉の色が失われ、くすんでいった。
全身の皮膚も硬化し、茶色い樹皮へ変わりつつある。
これほど後先を顧みずに木傀を使うのは、初めてだった。
精霊の力は、彼を少しずつトレントへ変えていく。
同時に、空気中に満ちる天然の精神力が感じられるようになった。
普通の精霊使いには、この精神力を感じ取ることさえできない。
木霊のような特殊な生命だけが、それを感知し、吸収し、利用できるのだ。
アオは、まるで母の胎内で羊水に浸っているように感じた。
濃密な精神力に包まれ、ひどく心地よかった。
その身に宿る月旋に変化はない。
だが、青蔓、松葉、生気草からは、盛んな生命力が伝わってくる。
木霊の身でこれらの植物系精霊を使えば、その威力も高まるのだ。
アオは深く息を吸った。
これほどの力を感じたことはなかった。
周囲に満ちる天然の精神力が、尽きることなく力を供給してくれる。
これこそが、木傀の恐ろしさだった。
だが、強さと心地よさの陰で、恐怖も芽生えていた。
その感覚に溺れ、際限なく木傀を使い続ければ、最後にはトレントとなって死ぬ。
アオは、それを知っていた。
どんなものにも、代償はある。
アオはすぐに恐怖を押し殺した。
シオンを見据え、ただ一言告げる。
「来い」
激戦が始まった。
青蔓と氷刃が絡み合い、氷柱と松葉が飛び交う!
一方は檀雪の血を持ち、精神力を驚異的な速さで回復させる。
もう一方には木霊が憑依し、天然の精神力を自在に利用できた。
この戦いは、すでに並の三環精霊使いの域を超えていた。
遠くの斜面で見守るライルは、呆然と目を見開いていた。
これほど惜しみなく力をぶつけ合う激戦は、見たことがなかった。
普通、精霊使いの精神力には限りがある。
わずかな消耗まで冷静に計算し、薄氷を踏むように慎重に戦わなければならない。
だが、今のシオンもアオも、ほとんど際限なく精霊を使っていた。
まるで精神力が尽きることなどないかのようだ。
山道は見る影もなく荒れ果てた。
巨木が次々と倒れ、損なわれ、岩が崩れて砕け散る。
長い激戦の末、ついにシオンが好機を捉えた。
氷葬鳥!
不意に口を開くと、青い氷の鳥が歯の間から飛び出した。
鳩に似た鳥は一声鳴き、檀雪の血の増幅を受けて、みるみる大きくなる。
たちまち鷲ほどの大きさになると、空中でしばし旋回し、アオへ猛然と襲いかかった。
避ける暇は、もうなかった。
アオは正面から受け止めるしかない。
爆音とともに、彼は家ほどもある巨大な氷晶へ封じ込められた。
「終わりやな……」
シオンは、まだ物足りなさを残したまま、ため息をついた。
氷の中で動かなくなったアオを見つめ、呟く。
「こんなおもろい経験をさせてくれて、おおきに。今までで、いっちゃん胸が躍る戦いやった。アオ、お前の死も無駄やなかった。覚えといたるわ」
「アオ様!」
斜面の上から、ライルの悲鳴が響いた。
シオンは鼻を鳴らし、そちらへ歩き出す。
「何をわめいとるんや、虫けらが。次はお前や」
だが、そのとき、氷晶が割れる音が耳に届いた。
「そんな、あり得へん!」
シオンは勢いよく振り返った。
氷の中で、アオの姿が激変していた。
体は膨らみ続け、たちまち二環精霊使いの武服を引き裂いた。
髪は一本一本、暗緑色の蔓へ変わっていく。
掌ほどもある緑の葉が幾重にも生い茂り、濃密な緑を形作った。
指は完全に強靱な木となり、四肢は太い枝へ変わった。
もはや、かろうじて手足の輪郭を留めているだけだ。
轟音とともに、氷晶が砕け散った。
立ち上がったアオに、かつての面影はなかった。
端正で穏やかだった顔は、尖った鼻と大きな目を持つ、トレントの顔へ変わっている。
高さは三メートルに達し、胴は太く、厚い茶色の樹皮が鎧のように覆っていた。
その上に、無数の緑の葉と蔓が茂っている。
シオンは驚愕の眼差しで見つめた。
今のアオと比べれば、自分は大人の足元に立つ子供のようだった。
「その姿……まさか、木傀を煉成しとったんか?氷華姫より、よっぽど煉成が難しい精霊やないか!」
シオンは、ようやく答えに思い至った。
(木霊は、空気中の精神力を直接使える。そら、アオの精神力があれだけあるわけや。)
納得すると同時に、新たな疑問が湧き上がった。
彼は、思ったままを問いかける。
「アオ、そないに木傀を使うて、自我のないトレントになるんが怖くないんか?勝ったところで何になる?お前も死ぬしかないんやで!」
「シオン……」
アオの低く長く響く声は、森のささやきのようだった。
「君のことは、自分のことと同じくらいよく分かっている。
私たちはどちらも孤児で、それぞれの族長の養子となった。だが、選んだ道は正反対だった。
森の中で一本の木が死ぬことなど、たいしたことではない。森さえ残れば、無数の木々が育ち、伸びていく。さあ、最後の戦いをしよう、私の宿敵よ」
数百本もの深緑の古蔓が、大蛇のようにシオンへ襲いかかった。
「一族のためっちゅうわけか?ほんま、愚かな奴や!」
シオンは表情を変え、一気に後ろへ下がった。
だが、青蔓の速さは先ほどの数倍になっていた。
瞬く間に、彼へ追いつく。
シオンは素早く身をかわした。
腕ほどもある青蔓が体をかすめ、土や岩へ突き入る。
泥が跳ね上がり、砕けた石が四方へ飛び散った。
水繭!
次第にかわしきれなくなったシオンは、急いで水の盾を展開した。
だが、アオはすでに、この精霊の弱点を見抜いていた。
力任せに打ち破ろうとはせず、青蔓を幾重にも巻きつけ、周囲を覆い尽くす。
そして、一気に締め上げた。
盾の表面を流れる水が激しく回り、青蔓にぶつかって水飛沫を散らした。
それでも、蔓の束縛を押し返せない。
水の盾は次第に小さくなり、崩壊の兆しを見せ始めた。
(まずい!水の盾が破れて、手足を縛られたら、アオに捕まって殺されてまう!)
盾の中で、シオンも決断した。
次の瞬間、水の盾が弾け飛んだ。
秘式・氷刃の嵐が、その内側から吹き荒れた。
渦はみるみる膨れ上がっていく!
シオンは、自ら水繭を解除していた。
守りきれないのなら、攻撃には攻撃をぶつけるまでだ!
冷気があふれ、気温が一気に下がった。
白い氷刃の嵐が、アオへ突き進む。
行く手の青蔓は、その勢いを止められず、次々と細かく斬り刻まれた。
「望むところだ」
アオはひるまなかった。
巨大な体で、氷刃の嵐へ向かって踏み込む。
鈍い音とともに白い竜巻へ激突し、両腕を広げ、そのまま嵐を抱え込んだ。
鋭い氷刃が体を切り裂き、緑の葉が舞い散り、樹皮が大きく削ぎ落とされる。
全身を細かく削がれるような激痛に、アオは低く呻いた。
それでも腕を緩めず、ありったけの力で締め上げた。
氷刃の嵐が、少しずつ押し縮められていく。
(くそっ!この命知らず、ほんまにいかれとる……!)
シオンは胸の内で罵った。
もはや後には引けない。
氷刃を絶えず作り直し、さらに回転を速め、アオと最後までやり合うしかなかった。
氷刃はアオの体を切り裂くたびに削れ、損なわれていく。
だが、霜太刀の力が、その刃を再び鋭くしていた。
戦いは膠着し、すでに双方の手に負えなくなっていた。
どちらも、もう止まれない。
互いに相手を殺す覚悟で、攻撃をぶつけ合う。
この戦いの後、生き残れるのは一人だけだった。




