134.氷を破る凶刃、一族を守る決死の戦い
シオンが氷を破って姿を現したのは、誰の予想よりも少し早かった。
氷晶の表面に亀裂が生まれ、次第に大きく広がっていく。
やがて亀裂は全体を走り、巨大な氷塊が砕け散った。
長老、アオ、ベニら五人は、すでにシオンを取り囲んでいた。
ライルは離れた斜面の上に立ち、戦いを見下ろしながら周囲を警戒している。
ベル一族の精霊使いチームを見つけたら、すぐに声を上げて知らせる役目だった。
「シオン、一族の精霊使いを殺し、公然と三家の盟約を破るとは!人を殺せば命で償うのが道理だ。何か申し開きはあるか?」
長老が鼻を鳴らした。
シオンは取り合わず、失った右腕へ目を落とした。
右手があるはずの場所へ左手を伸ばすが、その指が掴んだのは空気だけだった。
次第に眉間へしわが寄り、表情が険しくなる。
「まさか、右腕を捨てる羽目になるとはな……あいつ、ラインっちゅう名やったか」
声は平静だったが、そこにこもる殺意は、居合わせた全員にはっきりと伝わった。
バルガスやアオたちの呼びかけから、シオンはすでにラインの名を知っていた。
青い水晶のような瞳には、冷酷な殺意が満ちている。
全身からは、三環精霊使いの気配が放たれていた。
ラインの読みどおり、環階を抑えられるのなら、その抑制を解くこともできる。
ただ、先ほどまでの戦いでは、そのための時間がなかっただけだ。
今、三環本来の白銀の精神力が再び空界を満たし、周囲の壁に重い圧力をかけている。
シオン自身、こうしている今も、破滅へ近づいているのだと分かっていた。
精霊使いの空界は精神力を生み、その精神力はまた、空界を鍛えて強固なものにする。
精神力は空界に存在するだけでも壁を鍛えるが、その効果はごくわずかだった。
精霊使いが意識して精神力を消費し、壁を鍛える場合には遠く及ばない。
静かな海水でも、周囲の岩礁を少しずつ侵食する。
ただし、その作用は波が打ちつけるときほど強くない。
ところが、檀雪の血を持つ者が三環へ至ると、事情は変わる。
精神力を積極的に消費しなくても、ただ空界に留めておくだけで、普通の精霊使いが自ら修行するのに匹敵するほど、壁が鍛えられるのだ。
これこそが、檀雪の血によって修行が飛躍的に進む秘密だった。
さらに、精神力の質が高まるほど、その作用も強くなる。
四環になれば、ただ精神力を空界に留めておくだけで、普通の精霊使いが自ら修行する数倍の効果を得られる。
普通の精霊使いは、環階が高くなるほど、その先へ進むのに時間がかかる。
だが、原初の血は正反対だった。
先へ進むほど資質が強まり、修行も加速し、ついには自爆して滅びる。
高空から自由落下する人間にも似ている。
落ちるほど運動エネルギーが増し、地面へ叩きつけられたときの衝撃も大きくなる。
原初の血を持つ者の修行は、最も高い場所から落ち続けるようなものだった。
加速する修行がもたらすのは、落下の途中にある短い輝きと、迫り来る死への恐怖だけだ。
地に墜ちる流星、炎へ飛び込む蛾のように、最もまばゆく輝く瞬間が、そのまま滅びの瞬間になる。
だからこそ、シオンはこれまで、白銀の精神力を自ら希釈し、赤鉄の精神力に変えていた。
今、再び白銀の精神力で空界が満ち、修行の成果が刻一刻と積み上がっていくのを感じていた。
「白銀の精神力を使わせたうえに、氷華姫まで犠牲にさせよって!ラインはどこや?」
殺意はますます濃くなった。
シオンは青い瞳で周囲を見回すが、ラインの姿はどこにもない。
自爆させた氷華姫は、三環の精霊だった。
三度の失敗と大量の資源の消費を経て、ようやく煉成したというのに、ここで失ってしまったのだ。
シオンが三環へ進んでから、まだ日が浅い。
一族の後ろ盾があっても、その資源を一人で独占できるわけではなかった。
三環の氷躯は消耗型精霊であり、氷の肉体を完成させた際に、すでに消費されていた。
そのため、この戦いの前に手元にあった三環精霊は、氷華姫と氷葬鳥の二体だけだった。
前者が自爆した今、残るのは氷葬鳥一体だけである。
考えるほどに、憎しみが募っていく。
生まれてから、これほど痛い目に遭わされたことはなかった。
今、ラインがここにいたなら、誰にも止められないほど狂ったように襲いかかっていただろう。
無視を決め込まれたローデン一族の長老は、激しい屈辱を覚えていた。
「人を眼中にも置かぬ小僧め!この斬月を受けてみるがいい!」
一喝すると、地を蹴って襲いかかった。
「ふん!」
シオンが左腕を振ると、噴き出した冷気が瞬時に細長い氷の刃を形作った。
先ほどまでは一メートル余りだったその刃は、今や二メートルに達していた。
さらに鋭さを増し、凍えるような冷気を放っている。
長老は片手を高く掲げ、掌に月光を輝かせた。
そこから、鮮やかな青の月刃が縦に走る。
氷刃とぶつかり、金属同士を打ち合わせたような音が響いた。
長老の顔に驚きが浮かんだ。
一歩退き、勢いよく両手を打ち合わせると、乾いた音とともに掌の間から黄金の光があふれ出す。
すぐに両手を開き、円形の月刃を撃ち出した。
直径一メートル余りの刃は全体が黄金色に輝き、威圧的な気配を漂わせていた。
金色の月光が、シオンの青白い顔を照らした。
彼は冷たく笑い、左手の氷刃を振り上げ、正面から斬り下ろす。
二つの刃が激突し、金色の月刃は消え失せた。
氷刃もまた、細かな氷片となって砕け散った。
(これが三環の精霊使い同士の戦いなのか?なんて強さだ!氷の刃も、あの金色の月刃も、僕には防げない!)
遠くで見守るライルは、その戦いに目を奪われていた。
だが、攻防の仕組みは、おぼろげにしか理解できていない。
「馬鹿な!たかが二環の霜太刀が、三環の斬月と金月輪を立て続けに防ぐだと!」
長老は目を見開き、信じられないという声を上げた。
檀雪の血は、氷や水に関わる精霊の力を増幅する。
しかも、精霊使いの環階が高くなるほど、その増幅も強くなるのだ。
三環のシオンなら、二環精霊から三環相当の威力を引き出せた。
四環へ至って四環精霊を使えば、その効果は五環を凌ぐことさえある。
先ほどまで環階を抑えていた間は、その血がもたらす力のうち、精神力の回復能力だけが残っていた。
今、抑制を解いて三環へ戻ったことで、檀雪の血が本来の力を現したのだ。
「ふん、老いぼれ、お前の知らんことは、まだまだあるんや」
シオンの左手から冷気があふれ、再び氷の刃が形作られた。
地を踏みしめ、刀を握る左腕を水平に伸ばすと、その場で急速に回転し始める。
風が激しく唸り、回転はさらに速くなる。
やがて風音は猛獣の咆哮のようになり、わずか二呼吸で、高さ五メートルもの氷刃の嵐が生まれた。
暴風は竜巻となって渦を巻き、白い冷気があふれ出し、周囲の者の手足をこわばらせる。
「早く避けろ!」
さすがの長老も、その勢いに正面から立ち向かうことはできず、慌てて身を引いた。
だが、ほかの二環精霊使いたちは逃げ切れない。
凄まじい吸引力が足を鈍らせ、氷刃の嵐が迫る。
その速さは、先ほどの三倍を超えていた。
二人の男の精霊使いが、渦の中へ巻き込まれた。
上がりかけた悲鳴は途切れ、氷刃がたちまち二人を斬り刻み、その命を奪った。
「助けて!」
ベニが恐怖に叫んだ。
彼女もまた、今にも嵐に呑み込まれようとしている。
青蔓!
アオの掌から深緑の蔓が伸び、蛇のようにベニの腰へ巻きついた。
だが、引き戻すより先に、氷刃の嵐が彼女を呑み込んだ。
赤い髪がたちまち斬り刻まれ、凍てつく風に巻き上がる。
続いて噴き出した鮮血も、現れるそばから凍りつき、血肉を閉じ込めた赤い氷塊となった。
その氷塊さえ、さらに氷刃で斬り砕かれ、細かな赤い氷片となって四方へ噴き出す。
まるで、地球のかき氷のようだった。
「ベニ!」
アオが目を剝いて叫んだ。
「ベニ姉さん……」
斜面の上にいたライルは、目の前の惨状を受け入れられなかった。
呆然とその場に膝をつき、とめどなく涙を流す。
「おのれ……クロガネズスキン!」
長老は深く息を吸い込み、全身から黒い光を放った。
まるで鋼鉄の甲冑をまとったかのようだ。
両腕で顔を守り、青く渦巻く氷刃の嵐へ真正面から駆け込んでいく。
勇敢にも踏み込んだその体を、わずか数呼吸の間に、氷刃が幾度となく斬りつけた。
硬い音が立て続けに響き渡る。
しばしのせめぎ合いの末、嵐は不意に止まった。
シオンと長老が、向かい合って立っていた。
「老いぼれ、自分から死にに来たんか。お前ごときが、この秘式に張り合えると思うたんか?」
シオンの青い瞳は、ますます澄み切っていた。
白い衣と髪が、冷たい風に静かに揺れる。
左手の氷刃は二つに折れていたが、それでも長老の心臓を貫いていた。
「う……」
長老はゆっくりとうつむき、左胸へ目を落とした。
喉から漏れた低い声は、諦めとも驚きともつかなかった。
シオンは左手を開いて氷刃を手放すと、長老の脇を通り抜け、まっすぐアオへ向かった。
その背後で、長老の顔と体に薄青い霜が広がっていく。
やがて地面へ倒れ、二度と立ち上がることはなかった。
遠くで見ていたライルの瞳孔が、針の先ほどに縮んだ。
強烈な恐怖が全身を襲う。
目の前の出来事は、何もかも想像を超えていた。
(三環の長老が、こんなにあっけなく死んでしまうなんて。シオンは、どうしてこんなに強いんだ?!)
「ラインはどこや?言うたら、楽に死なせたる」
シオンがアオへ歩み寄る。
アオは深く息を吐き、恐れることなく彼を見据えた。
「シオン……君とは十度以上も戦ってきた。そのたびに、君は強くなっていた。今では、私をはるかに上回っていると認めるほかない。だが、どれだけ強くても、私に同族を裏切らせることはできない。さあ、戦おう!」
「お前ごときが相手になるんか?ははっ」
シオンは鼻で笑い、遠くのライルへ視線を移すと、わずかに眉を上げた。
「あれがラインの弟っちゅうわけか?」
アオの表情が一変した。
大きく一歩前へ踏み出し、シオンの前に立ちはだかる。
「彼に手出しはさせない!」
シオンの顔が険しくなった。
「お前はおもろい相手や。生かしとけば、まだ楽しませてもらえる。せやけど、今は機嫌が悪いんや。ええ加減にしときや。おとなしゅう、ラインがどっちへ逃げたか言うてみ」
アオは行動で答えた。
ゆっくりと両目を閉じ、次の瞬間、かっと見開く。
木傀!




