130.潜んで心を縛り、現れて戦局を覆す
冷気が迸り、氷刃が舞う。
鉄拳が唸り、剥き出しの牙の間から咆哮が響いた。
バルガスたちとシオンの戦いは、すでに白熱していた。
実際には、まだそれほど長く戦っていない。
だが、シオンから受ける圧力が増すにつれ、バルガスたちは一瞬一瞬がひどく長く、苦しいものに感じられた。
グリムの顔は暗く沈み、トルガの額は冷や汗に濡れている。
バルガスの眼差しも、ますます険しさを増していた。
ここまで戦えば、バルガスでさえ怒りを抑え、シオンの強さを認めざるを得ない。
環階を二環に抑え、二環精霊だけで戦っているにもかかわらず、その戦闘力は、彼らが力を合わせても対抗できるものではなかった。
しかも、シオンはまだ全力を出していない。
ラインを警戒し、余力を残しておかなければならないからだ。
バルガスたちの目的は単純で、シオンを討ち取ることだ。
だが、シオンの置かれた状況は、はるかに複雑だった。
バルガスチームを相手にしながら、ラインの不意打ちにも備えなければならない。
ラインが隠鱗虫を使うところは、目の前で見ている。
そのため、戦いながらも意識の三割を周囲へ向け、暗がりからの襲撃を警戒していた。
ところが、これだけ戦いが続いても、ラインは何の動きも見せない。
シオンは左手で氷刃を振るい、バルガスの反撃を押さえ込みながら、素早く考えを巡らせた。
(もう行ってもうたんか?いや、あり得へん!初めて会うたばかりやけど、簡単に手ぇ引くような奴やない。必ず仕掛けてくるはずや。ただ、機会を待っとるだけや)
ラインがいつまでも仕掛けてこないことが、かえってシオンへの圧力を増していた。
鞘に収まったままの剣こそ、最も危険だ。
いずれどこへ突き立てられるか、誰にも分からないのだから。
ラインは遠くに潜み、観戦しているだけで、終始シオンの意識を引きつけていた。
この牽制がなければ、バルガスチームはとうに敗れている。
ここまで持ちこたえられるわけがなかった。
遠くの木陰で、ラインは腕を組んで立っていた。
その眼差しには、様々な思案が浮かんでは消えている。
(このシオン、なかなか頭が回る。まず巨雷狼を手早く殺し、私が利用できる駒を一つ減らした。
それから、自分が傷つくのも構わず、バルガスチームの治療精霊使いを斬った。
一つひとつが、最も賢明な選択だ。あれほど激しく戦っていても、私に備える余力は残している……)
ラインも、仕掛ける気がないわけではない。
適した機会が、まだ訪れていなかったのだ。
それでも、少しも焦ってはいなかった。
時間が長引くほど、シオンの戦力は削られていく。
原初の血による精神力の回復速度は、上等資質をはるかに上回る。
だが、それでも戦闘中の消耗を補いきることはできない。
待てば待つほど、シオンの空界に残る精神力は減っていく。
勝利の天秤も、ラインの側へ傾いていくのだ。
精神力が尽きてしまえば、檀雪の血を持っていたところで、何になる?
月刃一発で、その首を刎ね飛ばせる!
ラインも、シオンも、そのことは承知していた。
シオンは戦いでは確かな優位に立ちながらも、気持ちはますます重くなっていく。
(このままやと、あかん!)
青い瞳に冷たい光が走った。
シオンは大きく一歩跳び退き、バルガスたちとの距離を取る。
喉仏が、上へ動いた。
何かが胃からせり上がり、口の中へ戻ってきたようだった。
両頬が大きく膨らみ、やがて苦しげに口が開く。
氷のように青い小鳥が、白い歯の間から頭を覗かせた。
きょろきょろと辺りを見回し、すぐに標的を見つける。
小鳥はシオンの口から抜け出すと、幅広く力強い翼を大きく羽ばたかせ、バルガスたち三人へ真っすぐ飛びかかった。
小さく愛らしいその鳥は、鳩に似ていた。
だが、目にしたバルガスたちは、そろって顔色を変える。
「三環精霊、氷葬鳥?!」
「避けろ!」
皆、慌てて身をかわした。
だが、この青い氷鳥は、月刃とは違う。
放たれれば、自ら敵を追尾するのだ。
氷鳥は、バルガスチームで後方支援を担う精霊使いにぶつかり、爆発した!
凄まじい冷気が四方へ広がり、眩い青光が戦場を照らし出す。
次の瞬間、その青い光がふっと消えた。
そこには、淡い水色を帯びた、巨大な半透明の氷塊が残されていた。
その中に、精霊使いが閉じ込められている。
顔には死の間際の驚愕と恐怖が凍りついていたが、すでに命は失われていた。
シオンが三環精霊を持っていないわけではない。
ただ、使うたびに空界の二環精神力を激しく消耗するうえ、本来の威力を十分には引き出せない。
その後しばらくは、敵に隙を突かれ、猛攻を受けやすくもなる。
だが、今はバルガスたち三人とも、氷葬鳥の威力に気圧されていた。
シオンは追い打ちをかけず、背を向けて戦場を離れようとする。
極めて賢明な選択だ。
長引けば長引くほど、状況は彼に不利になる。
「くそっ……」
「シオン、度胸があるなら逃げるな!」
「よくも、また殺しやがったな!殺せ、同族の仇を討つんだ!」
三人は口々に怒鳴ったが、もう追いつけない。
四人のときは、どうにか包囲を保てていた。
一人欠けたことで、その包囲をシオンに突破されたのだ。
戦場を抜けようとしたその瞬間、茂った草むらから月刃が飛んだ。
続けて、人影が飛び出す!
シオンは氷刃を振り、月刃を打ち散らした。
だが、飛び出してきた者の蹴りが下腹に入り、大きく三歩、よろめきながら後退する。
この隙に、バルガスたち三人が追いつき、再び彼を囲んだ。
シオンは三人には目もくれず、目の前の相手を見据えて冷笑した。
「やっと出てきよったな」
「ラインだ!」
トルガの目が輝いた。
思わぬ活路が開けたようだった。
「ライン、よくやった!」
グリムも喜びを隠せず、大声を上げた。
バルガスだけは、口を閉ざしている。
見かけは粗野でも、人並み以上に細かなところまで考える男だ。
先ほどまで一度も手を出さなかったラインが、今になって突然現れた。
もしや、ずっと近くに潜み、戦いを見ていたのではないか。
その考えが、バルガスの胸にかすかな不安を生んだ。
ラインは笑みを浮かべ、勝利を確信しているかのように見えた。
だが、内心はわずかに重くなっていた。
シオンが退こうとしたのは、ラインを引きずり出すためだ。
その狙いなど、一目で見抜いていた。
だが、見抜いたところでどうなる。
手を出さないわけにはいかなかった。
バルガスの表情の変化も、見逃していない。
こうなることも、予想はついていた。
「皆、安心してくれ。一族にはもう知らせてある。もう少し持ちこたえれば、援軍が来る!」
それを聞き、バルガスの疑念は晴れた。
トルガとグリムも、大いに戦意を取り戻す。
ところがシオンは、不意に顔を上げて笑い出した。
「ははっ、ラインっちゅうんか。ほんま、おもろい奴や……ますますお前を殺したなってきたわ!」
「できるものならな」
ラインの目に冷たい光が宿り、一歩踏み出した。
「シオン、天にも見放されたな!今度こそ、お前は死ぬ!」
グリムが歯を食いしばり、シオンへ突進する。
「好き勝手するのもいい加減にしろ!今日はその報いを受けてもらう!」
トルガも怒鳴り、シオンの背後へ回り込んだ。
バルガスは、ラインに声をかけた。
「ライン、少し下がれ。後ろから俺たちを援護して、シオンが逃げないように抑えてくれればいい」
彼ら三人の連携は、よく取れている。
ラインが迂闊に加われば、かえって陣形を乱しかねなかった。
戦いが再開された。
ラインは冷めた顔でバルガスの言葉を聞き流し、立て続けに攻撃を繰り出す。
初め、三人はそろって眉をひそめた。
他所の者が突然加われば、陣形が崩れ、連携にも狂いが生じやすいからだ。
だが、ラインの一手一手は鋭く、容赦がない。
しかも戦機の見極めが的確で、三人は大いに助けられた。
バルガスも初めは何度か怒鳴ったが、すぐに自分から口を閉じた。
ひそめていた眉が、逆にわずかに上がる。
その目には、驚きが浮かんでいた。
ラインの手数は多くない。
だが、その一手は常に戦局の急所を突いていた。
達人の手腕が発揮されるや、彼は戦いの流れをしっかりと掌握した。
先ほどまで、バルガスチームは五人でかかってもシオンに押され、二人のメンバーを失った。
ところが、ラインが加わり、残る三人と力を合わせると、今度はシオンを完全に押し込んだのだ。
「シオン、死ね!」
バルガスが猛然と叫び、高く跳び上がった。
両手の指を組んで一つの拳とし、落下の勢いとともにシオンへ叩きつける。
シオンが身をかわそうとしたところへ、ラインが駆けつけた。
放たれた月刃が、跳び退くはずだった先を塞ぐ。
シオンは、バルガスの一撃を正面から受けるしかなかった。
水繭!
二筋の水蒸気が鼻から噴き出し、体の周囲を巡った。
たちまち、それが球状の水盾へと変わる。
重い拳が水盾を打ち、一瞬で弾き散らした!
だが、拳の力も水の流れに分散され、シオンはその一撃をしのいだ。
それでもバルガスは、ラインをちらりと見た。
その目は、賞賛に満ちていた。
ラインの巧みな援護がなければ、この拳は避けられていただろう。
正面から受けさせ、精神力を費やして防がせることなどできなかった。
(また水繭か……)
バルガスの視線など気にも留めず、ラインはシオンを凝視して、わずかに眉を寄せた。
あの精霊が、何度もシオンを危機から救っている。
水盾の防御力は、シロタマズスキンさえ僅かに上回っていた。
だが、大きな欠点もある。
最大限の防御力を発揮するには、水盾を球形にし、表面を絶えず巡る水流で力を受け流し、衝撃を分散しなければならない。
シオンが岩壁を背にして、球状の水盾を作れなくなれば、防御力は大きく落ちる。
ヴェルデン山には、木々が密生している。
だが、シオンは常に位置取りへ気を配り、逃げ場のない場所へは追い詰められていなかった。
(水繭を破れば、あいつを窮地に追い込める。だが、どうする?)
ラインが考えていると、シオンが不意に口を開き、また一羽の青い氷鳥を放った。
バルガスたちは、この攻撃を恐れていた。
だが、ラインには少しの恐れもない。
鼻を鳴らし、月刃を放つ。
月刃は氷鳥を直撃し、その場で爆発させた!
シオンが低く唸った。
距離が近すぎたため、氷鳥の爆発に自らも巻き込まれたのだ。
爆風に吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。
同時に、左腕の大半が氷に閉ざされ、戦いに使えなくなった。
(絶好の機会だ!)
バルガスの目が鋭く輝いた。
「死ね!」と叫び、両手を組んだ拳を、シオンめがけて思いきり振り下ろす。
凄まじい力を込めた一撃だった。
地面に倒れているシオンでは、水繭の防御力を半分発揮することさえ難しい。
この拳が頭に叩き込まれれば、シオンは即死する。
それ以外の結末など、あり得なかった。




