125.孤独の心、決死の勝負
豪雨が降り注ぎ、稲妻が幾度も空を裂いた。
それは、一晩中続いた。
ラインはベッドに横たわり、外から聞こえる精霊使いたちの叫び声や、水たまりを踏み抜く足音を聞いていた。
半ば閉じた瞳の奥に、前世の記憶が浮かぶ。
前世、ウルフウェーブが来たとき、彼はまだ一環精霊使いだった。
後方支援に回され、集落に留まっていたため、かえって難を逃れたのだ。
だが今世では、すでに二環中位に達している。
四味酒虫の助けもあり、上位へ向かって急速に修行を進めていた。
本来なら、ほかの二環精霊使いと同じく、こんな夜中でも外へ出て、ウルフウェーブを食い止めなければならない。
(この豪雨の中で、暗闇でも何もかも見通す雷狼と戦うとは。わざわざひどい目に遭いに行くようなものだ)
ラインは胸の内で鼻を鳴らした。
今いるのは借家ではなく、身を隠すために選んだ宿屋だった。
借家にいれば、とっくに戦いへ駆り出されていたはずだ。
(家族の上層部は、明らかに今回の狼群の戦力を見誤っている。今は兵力を集落へ引き揚げ、守りを固めて立て籠もるべきだ。だが、皆、過去の経験に目を曇らされている……)
そんなことを考えながら、彼は気持ちよさそうに寝返りを打った。
窓の外では豪雨が降りしきり、雨音と雷鳴が重なっている。
街では精霊使いたちが慌ただしく動員され、足音も、呼び声も、怒号も途切れなかった。
一時は、狼の遠吠えが集落のすぐ近くまで迫ったことさえある。
この夜、誰も安らかには眠れなかった。
命を懸けて集落の外で戦う精霊使いも、家に隠れて震える凡人も、例外ではない。
ラインでさえ、夜半には自然と目が覚めた。
起き上がることはせず、暗闇の中で目を開け、静かに横たわっていた。
窓の外から、次々と音が届く。
集落の外では、ほかの者たちが生死を懸けて戦っている。
降りしきる雨と雷鳴の下、精霊使いと狼の群れが、騒々しい舞台の役者となっていた。
どんな役を演じようと、生存や欲望のために、容赦なく別の命を奪っていく。
戦場での殺し合いこそ、精霊使いにとって最良の鍛錬だという者もいる。
だが、ラインには参加するつもりなど少しもなかった。
それどころか、言葉にできない孤独を感じていた。
果てしない孤独を。
異世界から来た者だからでも、過去へ戻った者だからでもない。
人に明かせない秘密を抱えているからでもなかった。
人は誰もが、生まれながらに孤独なのだ。
人は、流氷でできた孤島のようなものだ。
運命という海を、それぞれに漂っている。
人と人との出会いは、その島同士の衝突に似ていた。
ぶつかれば、互いに必ず影響が残る。
ときには「利益」「家族の絆」「友情」「愛」「憎しみ」といった名で、一時的につながることもある。
だが最後には離れ、独りで滅びへ向かっていく。
それが、人生の真実だった。
惜しいことに、人はいつも孤独を恐れ、人の集まる賑わいに惹かれ、自分を忙しくしておこうとする。
孤独に向き合えば、多くの場合、苦痛にも向き合わなければならないからだ。
だが、その苦痛を直視できたとき、人の才能や勇気もまた姿を現すことが多い。
だからこそ、「傑出した者は必ず孤独である」と言われるのだ。
(これが孤独の味だ。味わうたびに、外道を歩む決意がさらに固まる!)
ラインの瞳がかすかに揺れた。
ふと、人祖の物語を思い出す。
人祖は、態度の精霊を手に入れた。
それは仮面の形をしていたが、人祖には心がなく、その仮面を着けることができなかった。
それ以前に、人祖は自分の心を希望の精霊へ渡していた。
そのため、困難を恐れることはなくなっていた。
だが、態度の精霊を使うには、もう一度、心を持たなければならない。
困った人祖は、態度の精霊へ尋ねた。
「精霊よ、態度はときにすべてを語る。今の私がどんな難題に直面しているかは、分かっているはずだ。どうすればよいか、教えてくれ」
態度の精霊は答えた。
「難しいことではない。人祖よ、お前には心が足りないだけだ。それなら、新しい心を見つければよい」
人祖は不思議そうに尋ねた。
「だが、どこへ行けば、新しい心が見つかるのだ?」
態度の精霊は溜息をついた。
「心はどこを探しても見つからず、それでいて、どこにでもある。心を探すのは難しくもあり、容易でもある。今のお前なら、すぐに一つ手に入れられるだろう」
人祖は喜んだ。
「どうすれば手に入るのか、早く教えてくれ!」
だが、態度の精霊は警告した。
「その心は『孤独の心』という。人よ、本当にそれを望むのか?ひとたび持てば、果てしない苦痛や寂しさ、さらには恐怖さえ感じることになるぞ!」
人祖は警告を気にも留めず、何度も問い続けた。
態度の精霊は命令に逆らえず、答えるほかなかった。
「星の出ている夜に、独りで空を見上げ、何も話さずに過ごすのだ。夜が明ければ、お前は孤独の心を得るだろう」
その夜は、ちょうど満天の星だった。
人祖は言われた通り、独りで山の頂に座り、夜空を見上げた。
これまで、彼の暮らしは苦しかった。
生き延びるために絶えずもがき、駆け回り、この美しく神秘的な星空を見上げる暇などなかった。
今、満天の星を眺めていると、思いは次第に遠くへ漂っていく。
自分のことを考えた。
卑小で弱い自分を。
明日の命さえ知れず、わけも分からないまま過ごしてきた日々を。
(ああ、希望の精霊も、力の精霊も、規矩も、態度の精霊も手に入れたのに、この天地で生きることは、なおこれほど難しい。明日死んだとしても、何の不思議もないだろう。
だが、私が死ねば、この世界は私を覚えていてくれるのか?私がいることを喜び、私がいなくなることを悲しむ者はいるのか?)
そう考え、人祖は首を振った。
この世界に人間は自分一人しかいない。
ほかに誰がいるというのか。
精霊たちがそばにいても、骨身に染みるほどの感覚が湧き上がった。
孤独。
孤独の心!
その孤独を感じた瞬間、身体の中に、新しい心が生まれた。
太陽が地平線から昇り、人祖の顔を照らす。
だが、喜びはなかった。
果てしない苦痛、絶望、迷い、恐怖が、一度に押し寄せてきた。
そんな孤独と恐怖には耐えられなかった。
闇に覆われ、世界の終わりが来たように感じた。
人祖は苦しげに叫び、指で両目をえぐり取った。
左目は地面へ落ち、一人の少年になった。
陽光のように輝く金髪に、たくましい身体を持つ少年だった。
姿を現すなり人祖の足元にひれ伏し、声高らかに告げる。
「人祖よ、父上!あなたの長男、天照彦命です」
同時に、右目も一人の少女になった。
皎潔な月光を放つ漆黒の長髪に、雪のように白い肌を持つ少女だった。
少女は人祖の腕を支え、言った。
「人祖よ、父上。あなたの二番目の子、望舒です」
人祖は声を上げて笑い、空洞となった眼窩から涙を流した。
「よい、よい!子どもができた。これでようやく、孤独の心の痛みに耐えられる。
これからは、私がいることを喜び、私がいなくなることを悲しむ者がいる。私が死んでも、お前たちは覚えていてくれる。ただ……」
最後に、長い溜息をついた。
「私は両目を失い、二度と光を見ることができなくなった。これからは、お前たちが私の代わりに、この世界を見てくれ」
……
一晩降り続いた雨は、夜明けになってようやく止んだ。
ラインは宿屋を出た。
街を歩く者は誰もが重い表情をしており、悲しみを顔に浮かべている者もいた。
この夜、家族は大きな損害を受けた。
実際、ヴェルデン山の三大家族は、どこも無傷では済まなかった。
功績順位表を見れば、それが分かる。
一晩で、十数のチームが榜上から消えていた。
どのチームもウルフウェーブで大打撃を受け、生き残りが一人か二人いても、負傷し、あるいは身体に障害が残っていた。
トリ・ローデンのチームも、その中に含まれている。
それから十数日、状況は悪くなる一方だった。
まず、百獣王である巨雷狼が現れた。
続いて、ウルフウェーブの中に千獣王、轟雷狼の姿が確認されたという情報まで届いた。
外へ出る二環精霊使いたちは、その知らせに肝を冷やした。
轟雷狼に遭遇すれば、少なくとも三つのチームが力を合わせなければ、対処できる見込みもない。
それでも、周囲にいる普通の雷狼の群れは計算に入っていなかった。
三大家族は、危機に対応するため、三環長老を派遣せざるを得なくなった。
精霊使いたちの毎日は、危険でつらいものとなる。
隠鱗虫を持つラインも、慎重に行動しなければならなかった。
澄眼を持つ、獣王級の雷狼に出くわす可能性があるからだ。
幸い、彼はすでに代償を払い、地這い耳を使えるようにしていた。
その偵察範囲は極めて広く、大きな狼の群れには、いつも事前に気づいて避けることができた。
次第に暑さが増し、気づけば七月末になっていた。
状況は依然として楽観できなかったが、三大家族が協力を続けたことで、ようやく抑え込めるようになっていた。
山の中腹、ある場所で。
激戦を終えたばかりの三人の精霊使いが、新たに追いついてきた巨雷狼と対峙していた。
死の気配が、目の前まで迫っている。
「くそ、精神力が足りない!六割……いや、三割でも残っていれば、こんなふうに追い詰められることはなかったのに!」
リーダーのバラ・ロアは、血の混じった唾を吐き捨て、眼前の巨雷狼を睨んだ。
巨雷狼は、獲物を追う遊びでもしているかのようだった。
「前は岩壁だ。もう逃げ道がない。どうする?」
顔を青ざめさせたメンバーが尋ねた。
「どうするも何も、援軍を待つしかないだろう。
我が一族のシオン様が、修行を終えて戦場へ向かったと聞いている」
答えたのは、ベル一族の精霊使いだった。
彼らはもともと、ロア一族とベル一族の、別々のチームに属していた。
ウルフウェーブに対して二つのチームが力を合わせたものの、今はこの三人しか残っていない。
「どこにいるかも分からないシオンを当てにするくらいなら、命を懸けて戦う方がましだ!」
バラは歯を食いしばった。
「獣王が恐ろしいのは、身体に精霊を宿しているからだ。
奪霊なら、敵の身体から精霊を無理やり奪い取れる。
だが、使っている間は発動を続けなければならず、身体も動かせない。その間、守ってくれ!」
「分かった!」
残る二人は顔を見合わせ、バラ・ロアの前へ出た。
しばらくの間、巨雷狼を食い止めるためだ。
望みが薄いことは分かっていても、誰も、このまま死ぬことを受け入れられなかった。
「奪えさえすれば、まだ生き残れる。天よ、頼む!」
バラは顔を歪め、ゆっくりと右手を上げた。
生きるか、死ぬか。
すべてを、この一度に賭ける!
三人も巨雷狼も知らなかった。
頭上の崖には、白い髪に白い衣を纏った少年がいて、この光景を冷めた目で見下ろしていたのだ。
「ほんま、人生は退屈やな……」
少年は地面に腰を下ろし、片手をついていた。
もう片方の手で何度も酒壺を傾け、口へ流し込んでいる。
だが、壺に入っているのは酒ではなく、ほのかに甘い山の湧き水だった。
酒は好まず、好んで飲むのは水だけなのだ。
白衣の少年は水を飲みながら、崖下の見世物を楽しんでいた。
(戦えや、死ねや。お前らの平凡な人生なんて、退屈でしゃあない。
こういう命の奪い合いがあってこそ、少しはおもろなるんや。
そうなって初めて、お前らの人生にも価値が生まれるんやで)
少年は心の中でかすかに笑った。
助けに入るつもりなど、少しもない。
助ける力があっても、崖下にベル一族の者がいても。
だから何だというのか。
彼にとって、孤独は最も深い闇だった。
だが、家族の絆が放つ光など、ただの幻にすぎない。
シオンは、人助けなどという退屈なことはしない!




