124.頼れるリーダー、親切な同族
空には黒雲が重く垂れ込め、ヴェルデン山全体が陰に覆われていた。
今にも風雨が襲ってきそうな空模様だった。
人里離れた斜面では、十数頭のたくましい雷狼が牙を剥き、低い唸りを上げながらラインを取り囲んでいた。
どの雷狼も四肢が揃い、以前の棄狼とは比べものにならない。
ほかの二環精霊使いが一人でこんな包囲に陥れば、たいていは絶望を覚えるだろう。
だが、今は逆だった。
ラインは落ち着いた顔で立ち、むしろ狼の方が緊張と警戒を滲ませている。
戦闘はすでにしばらく続いていた。
血に染まった斜面には数頭の雷狼が倒れ、彼の戦果を無言で示していた。
ラインは素早く視線を巡らせ、近くにいる雷狼すべての位置を頭に入れた。
包囲されているというのに、自ら踏み込み、左側の一頭へ突進する。
雷狼は怯えて一歩下がったが、すぐに凶暴さをむき出しにし、四肢で地面を蹴って向かってきた。
宙に躍り上がると、口を大きく開き、鋭い牙を剥く。
ラインは短く笑い、避けもせずに右手を勢いよく振った。
幽青色の月刃が横へ飛び、空気を切り裂いて、雷狼の開いた口を直撃する。
口から尾まで一気に斬り抜け、その身体を二つに断った。
熱い血が噴き出し、雨のように降り注ぐ。
ラインは全身に白玉の光を纏い、その血の雨を抜けて狼の群れへ突っ込んだ。
ほかの雷狼も反応し、四方から襲いかかる。
牙に電流をまとわせて噛みつくが、シロタマズスキンの防御を破ることはできず、逆に自分の牙を砕かれた。
鋭い爪も役に立たない。
ラインは拳と蹴りを繰り出し、イノシシ二頭の力で雷狼を次々と蹴り飛ばした。
中には頭蓋骨を砕かれ、その場で息絶えたものもいる。
戦いは完全に彼が優勢だった。
ただ、この攻勢を長く保つことはできない。
空界の精神力が、凄まじい勢いで減っていた。
下等資質のラインは、二環中位となった今でも、蓄えられる精神力の量は空界の五割にも満たない。
精神力が尽きかけても、まだ数頭の雷狼が残っている。
ラインは心の中で念じた。
(隠鱗虫!)
彼の姿が、水面の光のように揺らいだ。
輪郭は薄れ、瞬く間に見えなくなった。
雷狼たちは戸惑って足を止め、怒りの声を上げながら斜面を探し回る。
だが、いくら探してもラインは見つからない。
ラインはすぐ近くに立っていた。
狼の動きを見ながら霊石を取り出し、その精神力を吸収する。
隠鱗虫を維持しながら、消耗した分を補っていた。
雷狼は視力こそ優れているが、嗅覚は鋭くない。
隠鱗虫は、まさにその弱点を突いていた。
精神力が三割まで回復した頃、狼たちは不承不承引き下がり始めた。
ラインはまだ、移動を補助する精霊を持っていない。
走り出した雷狼には、彼の足では到底追いつけなかった。
そこで隠鱗虫の発動を止め、自ら姿を現した。
雷狼たちが吠え声を上げた。
まるで親の仇を見つけたかのように、一斉に向き直って飛びかかる。
ラインは鼻を鳴らし、近くまで引きつけてから右拳を叩き込んだ。
淡い白玉の光に覆われた拳は硬く、雷狼の腰を捉えた。
骨が折れる乾いた音とともに、その一頭は遠くへ吹き飛ばされる。
腰椎を折られた雷狼は地面に落ち、激しく身をよじって悲鳴を上げたが、二度と立ち上がれなかった。
精神力を補充したラインは再び攻めに転じ、ほどなくさらに四頭を仕留めた。
残る数頭は完全に戦意を失い、彼を見つめる目には恐怖しか残っていない。
低く鳴き、尾を巻いて逃げ出した。
ラインは追わず、その場に留まった。
雷狼より遅い足で追っても意味はない。
地面に散らばる狼の死骸は、すべて彼の戦利品だった。
だが、すぐに目玉をえぐり取ろうとはしない。
(地這い耳!)
ラインはしゃがみ、手を地面について、右耳を土に押し当てた。
耳の縁から伸び出した根が、一本ずつ地中へ潜る。
聴力が大きく高まり、周囲三百歩の音が耳に届いた。
さまざまな音が入り交じっているが、狼の群れが駆けてくる音はない。
ほかの精霊使いが近づく足音も聞こえなかった。
「ひとまず安全だ」
ラインは軽く息をつき、短剣を取り出して狼の目玉をえぐり始めた。
集めた目玉のうち、差し出すのはほんの一部だけだ。
残りは手元に置いておく。
すべて提出すれば、戦果が目立って疑いを招き、ひそかに調べられるかもしれない。
そんな厄介事は、できる限り避けたかった。
採取を終えると、すぐにその場を離れた。
その後、さらに二つの狼の群れを狩った頃には、空の黒雲はひどく厚くなっていた。
強風が吹き荒れ、山林がうねり、緑の樹海が大きな波を打つ。
葉擦れの音が途切れることなく続いていた。
風に交じって、多くの雷狼の遠吠えが、かすかに聞こえた。
ラインの表情がわずかに変わる。
前世の記憶では、今日こそがウルフウェーブの本格的な始まりだった。
再び地這い耳を使ったが、大群が走ってくる音は聞こえない。
それでも驚かず、むしろ少し安心した。
狼の群れは、少なくとも三百歩より外にいるということだ。
これだけ距離があれば、自分の走る速さと地形の知識で、安全に集落まで戻れる。
(雷狼は、普通の獣よりもずっと賢い。この天気を選んで襲えば、風や林のざわめきが物音を隠してくれる)
ラインは心の中で小さく嘆息し、集落へ向かって全速力で走り出した。
数百メートルも走ると、五人の精霊使いチームと鉢合わせした。
「おやおや、ラインリーダーじゃないですか」
チームの少年が彼に気づき、眉を上げて皮肉な声で挨拶した。
トリ・ローデンという、学堂時代の同級生だ。
かつてはラインから横暴な扱いを受け、霊石を巻き上げられていた。
ラインは淡々と一瞥しただけで、足を止めずにすれ違った。
トリが次の言葉を口にする隙さえなかった。
「あいつめ!」
トリは呆気に取られ、すぐに鬱憤が募って足が鈍った。
まだ、からかってやる暇もなかった。
「遅れるな!今日も功績順位表の順位を保つには、最低でも五十頭は雷狼を狩るぞ!」
リーダーの催促に、トリは不満を引っ込め、ほかのメンバーに追いついた。
(このチームは功績順位表で七十五位なのに、ラインは二百位より下の最下位。天と地ほどの差だ。
リーダーのように新人を大事にしてくれる先輩に出会えて、本当に運がよかった。
ウルフウェーブが始まってから、分けてもらった功績だけでもう一体精霊を増やせたし、前途は明るい。ラインが勝てるものか)
考えるほど、トリ・ローデンは気分がよくなり、幸福感さえ覚えた。
(この世界で、一人で戦って何ができる?一人の百歩より、百人の一歩。やっぱり一族の仲間が頼りになるし、家族の力を借りてこそ、新人はより順調に、安全に成長できるんだ。
ラインは馬鹿だ。たまたま五環の水禍蟇の問題を片づけたくらいで、思い上がっている。リーダーになったくせに、メンバーを一人も集めないんだから、最下位も当然だ。はは、もっとも、あんなひねくれた性格じゃ、誰も来るはずないか)
そんなことを考えると、トリの足取りは軽くなった。
さらにしばらく走ったが、狼の群れには一向に出会わなかった。
トリは空を見上げる。
まだ午後だというのに、辺りは夕暮れのように暗い。
風が正面から吹きつけ、頭上では分厚い黒雲が激しく流れ、雷と豪雨を孕んでいた。
トリには少しの恐怖もなく、口元にかえって嘲笑が浮かんだ。
(はは、ラインがあんなに急いで戻っていったのは、この雨が怖かったんだろう。臆病者め。ただの雨を怖がるなんて)
そのとき、リーダーの顔色が急変した。
口を開き、息を呑む。
「リーダー、どうされたんですか?」
残る四人が、すぐに目を向けた。
このチームでは、リーダーが偵察を担当している。
同じ二環精霊使いでも、使っている精霊の偵察範囲は、ラインの地這い耳に遠く及ばなかった。
今、その顔は真っ白で、説明する余裕もない。
「逃げろ!」
怯えた叫びを上げると、四人が呆然と見つめる中、リーダーは身を翻して逃げ出した。
「リーダーに続け!」
ほかのメンバーも馬鹿ではない。
事情を察すると、すぐに走り出した。
背後で狼の遠吠えが重なり、風の音さえかき消しそうなほどに響き渡る。
その声だけで、少なくとも千頭の雷狼がいると分かった。
五人は顔を青ざめさせ、荒い息を吐きながら全力で逃げた。
「待ってくれ!」
トリは必死に走ったが、最後尾から抜け出せず、慌てて助けを求めた。
背後には狼の荒い呼吸が迫り、電流が弾ける音も聞こえる。
絶望的だったのは、いつも面倒を見てくれたリーダーが、振り向きもしなかったことだ。
胸を叩き、義理や家族の絆を語っていた仲間たちも、彼の叫びなど聞こえていないかのように走り続ける。
突然、耳のすぐ後ろで狼が吠えた。
次の瞬間、背中に凄まじい力がのしかかり、トリは地面へ押し倒される。
目がくらみ、頭がぐらつく中、本能的に身を返して、全力で抵抗した。
銀色の稲妻が空を裂き、黒雲の下の森を照らした。
闇の中に、巨雷狼の姿が浮かび上がる。
その身体は普通の雷狼の倍ほどもあり、全身の毛が逆立っていた。
開いた口からは、白銀色の鋭い牙が覗いている。
トリ・ローデンの瞳孔が、針の先ほどに縮まった。
頭に浮かんだのは、ただ一つ。
(百獣王!)
狼の巣にいる群れは、非常に大きい。
万獣王である三頭の頭狼に加え、百獣王の巨雷狼や、千獣王の轟雷狼も存在していた。
次の瞬間、巨雷狼は口を開き、牙に電流をまとわせることもなく、トリの腕を力任せに引きちぎった。
「あああっ!」
悲鳴が森に響き渡った。
巨雷狼の顔には、人間じみた嘲笑さえ浮かんでいた。
アドレナリンに突き動かされ、トリは最後の生存の望みにすがった。
「ローデンを舐めるな!畜生!」
彼は口を大きく開いた。
上顎に宿る月印が光を放つ。
吐き気を催すような音とともに、巨雷狼が前脚を押し下げ、たやすくトリの頭を砕いた。
血と脳漿が地面へ飛び散る。
巨雷狼は頭を下げ、トリ・ローデンの首から血をすすり、肉を食らった。
無数の雷狼が、その傍らを駆け抜けていく。
雷鳴が絶え間なく轟き、豪雨が降り注いだ。
本当のウルフウェーブが、ついに始まった!




