115.四味酒虫の煉成、異族の力士が訪れる
「ローデン一族……」
バルガス・ロアは山の斜面に立ち、遠くのローデン集落を見つめていた。
その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。
秋風がゆっくりと吹き抜ける。
山々はすでに秋の色に染まり、林には赤と黄が入り交じり、枝には野の実がたわわに実っていた。
竹だけは今も翡翠のような緑を保ち、山風の中にまっすぐ立っている。
「かつてのローデン一族は、この山の竹のようなものだった。
四季を通じて勢いを失わず、ヴェルデン山の覇者として君臨していたものだが……今や、衰えが見え始めたか」
バルガスの口元に、冷笑が浮かんだ。
だが、自分たちの集落を思うと、その笑みもすぐに消える。
胸の内には、再び重苦しさが戻ってきた。
ベル一族の台頭は、ヴェルデン山に続いてきた均衡を崩した。
ローデン一族は衰え、ロア一族も集落の運営がうまくいっていない。
三つの一族を取り巻く情勢は、ますます不安定になっていた。
対立がまだ表面化していない理由を、バルガスはよく分かっている。
ウルフウェーブが迫っているからだ。
この災厄を乗り切るには、三族が力を合わせなければならない。
誰もが決裂を避け、暗黙のうちに、積年の恨みを棚上げしていた。
「ウルフウェーブが過ぎれば、ヴェルデン山の勢力図も変わるだろうな。
シオン……ほんの数年で、もう三環か……恐ろしい奴だ」
白衣の少年の姿が脳裏に浮かび、胸の上に重い岩を置かれたような気分になった。
バルガスは、ロア一族の二環精霊使いで最も強い男である。
数十度の戦いを経験し、敗北よりも勝利を重ね、すでに広く名を知られていた。
その身には、豪熊紋が宿っている。
発動すれば、短い間だけ熊一頭の力を引き出せる。
ヴェルデン山一の力士と呼ばれる所以だった。
バルガスは長年戦いの場に身を置き、シオンが急速に頭角を現す様子も見てきた。
後輩たちよりも、あの少年の恐ろしさをよく知っている。
「リーダー、あそこがローデンの集落だよね?
まだあんなに遠いのに、なんで僕らはここで止まってるの?」
傍らのトルガ・ロアが、両手を後頭部で組み、興味深そうに尋ねた。
五人チームの中で、トルガは最も若い。
ラインと同じ年で、学堂を出たばかりだった。
ロア一族の今年の新入りでは、最も優秀な少年である。
背は低く、剃り上げた頭が陽光を受けて白く光っていた。
バルガスは、一族の若い有望株へ目を向けた。
重かった気分が、少しだけ和らぐ。
「俺たちは使節として来たんだ。偵察に来たわけじゃない」
低い声で、そう説明した。
「ここは、すでにローデン一族の警戒線だ。
勝手に踏み込めば、敵と見なされかねん」
「そっか、そういうことか」
トルガは納得したように頷いた。
「今回の目的は二つある。
まず、族長の親書をローデン族長に届けること。
次に、水禍蟇の一件を調べることだ」
バルガスは四人を見渡し、語気を強めた。
「ここは俺たちの土地じゃない。
集落に入ったら、その荒っぽい気性は抑えておけ。
だが、ロア一族の威勢まで失うな。分かったな?」
四人は表情を引き締め、一斉に頷いた。
「リーダー、人が来ます」
チームの偵察精霊使いが、ふいに告げた。
「これだけ待っていれば、誰か来る頃だ。さて、誰が……」
バルガスは山道へ視線を向け、わずかに目を細めた。
「クルか」
ほどなく、クル組が一行の前に姿を現す。
「うわっ、大きい!あの人がクル・ローデン?
リーダーより背が高いし、筋肉もすごい……」
トルガは目を丸くし、思わず尋ねた。
「あの人が、生まれつき怪力で、ヴェルデン山一の力士の座を狙ってる人?」
「ふん、あいつにできるものか」
傍らのグリム・ロアが、陰気な顔で口を歪めた。
「バルガス・ロア……」
「クル・ローデン!」
両チームは五十歩ほどの距離を残して止まった。
二人のリーダーの鋭い視線がぶつかり、火花を散らすようだった。
「今回のロア一族の特使は、お前か」
クルは鼻を鳴らした。
バルガスとは何度も戦っている。
よく知る相手だった。
「そうだ。ベル一族の特使は、もう来ているのか?」
バルガスも、硬い表情を崩さない。
「余計な詮索はいい。ついてこい」
クルは警戒を緩めず、身を引いて道を示した。
……
同じ頃、第二密室。
ラインの前には、四つの酒壺が並んでいた。
それぞれに、酸味、甘味、苦味、辛味を持つ酒が入っている。
酸味のヤマモモ酒、甘味の黄金ミード。
苦味は苦貝酒、辛味は寒泉酒である。
ラインが床にあぐらをかいて意識を向けると、二匹の酒虫が空界から飛び出した。
四味酒虫の煉成は、普通の煉成とは少し手順が違う。
ラインの意志に従い、二匹の酒虫は一緒にヤマモモ酒の壺へ潜り、その酒の中で融合を始めた。
やがて白い光球が生まれ、眩しい光が壺の口から漏れ出して、密室の天井を照らした。
ラインは、壺へ霊石を投じ始める。
一個、十個、五十個……。
百個目を投じたところで、ようやく光球は拳ほどの大きさへ凝縮し、壺の中に浮かんだ。
ヤマモモ酒は、すでに一滴も残っていない。
ラインは二つ目の壺を持ち上げ、油のように濃い黄金ミードを注いだ。
ミードに浸された白い光球が、再び膨れ上がる。
額には、次第に汗が滲んできた。
二匹の酒虫の意識は、融合した状態を保たなければならない。
そのうえ、変化を見ながら霊石を投じる必要もあった。
一瞬たりとも、気は抜けない。
霊石が、次々と壺の中へ落ちる。
一個を投じるたび、光球は縮んで密度を増した。
やがて再び拳ほどの大きさになり、この段階の限界に達する。
ラインは同じ手順で、苦貝酒、寒泉酒を順に注いだ。
四種の酒がすべて消費されると、壺の白光がひときわ強く輝き、すぐに消え去った。
「できた」
覗き込まなくても、煉成が成功したことは分かった。
意識を向けると、一匹の精霊がふらふらと壺から飛び出し、目の前に浮かんだ。
四味酒虫だった。
形は酒虫とほとんど変わらず、体が少し大きいだけだ。
同じように蚕を思わせる姿で、小さな黒い目がつやつやと光っている。
ただし、普通の酒虫が乳白色なのに対して、四味酒虫の体には四つの色が巡っていた。
辛味を表す赤、苦味を表す青、酸味を表す緑、甘味を表す黄。
四つの色は、なめらかに移り変わりながら入れ替わる。
その様子を見て、ラインは地球のネオンを思い出した。
「ふう……」
長く息を吐く。
運がよかった。
一度目で、成功したのだ。
失敗して酒虫が重傷を負い、あるいは片方が死んでいたら、厄介なことになっていた。
苦貝酒を使い切ってしまった場合も同じだ。
幸い、どちらも起こらなかった。
精霊を煉成し、養い、使う。
精霊使いにとって、そのどれもが容易ではない。
煉成一つを取っても、秘方を探し、素材を集めるために、長い時間と労力を費やす者が多かった。
秘方が見つかっても、自分に合うとは限らない。
素材を揃えるだけで、十数年かかる者さえいる。
それほど準備を重ねても、煉成に失敗して素材を失えば、努力がすべて水の泡になることもあった。
「精霊使いの修行は、本当に厳しいものだ……」
ラインは胸の内で嘆息した。
低環の精霊なら、煉成はまだ容易な方である。
四環、五環ともなれば、十回試して一度も成功しないことさえ珍しくない。
六環精霊の煉成は、成功率が一パーセントほどにまで下がる場合もある。
一度の失敗で失われる資源は、膨大だった。
だが、成功した際に得られるものも、それに見合って大きい。
目の前の四味酒虫が、まさにそうだ。
二環の精神力を精錬し、その質を一段階高めることができる。
ラインは赤鉄仏舎利によって、すでに二環中位へ進んでいた。
四味酒虫があれば、中位の精神力を上位の精神力へ精錬できる。
環階は中位のまま、使える精神力は上位になる。
戦闘力は、一気に二倍へ跳ね上がる。
空界を養う効率も、大幅に高まるのだ。
もっとも、利点だけではない。
四味酒虫で精神力を精錬すれば、霊石の消費も増える。
生気草を売って得る収入だけでは、今後の修行費用を賄えなくなる。
「薄影虫も、隠鱗虫へ煉成しなければならない。
これもまた、金がかかるな」
煉成は、成功しても失敗しても霊石を消費する。
今回、四味酒虫を煉成するだけで、四百個以上を使っていた。
水禍蟇を退けた報酬として、一族からは霊石五百個を与えられた。
普通の精霊使いなら、長い間暮らせる金額である。
だがラインの手にかかると、一度の煉成でほとんど消えてしまう。
幸い、家産を売った金は、赤鉄仏舎利を買った後も残っていた。
しばらくは、金の心配をせずに済む。
それでも、隠鱗虫の煉成は欠かせなかった。
宝石猿王を倒して手に入れた薄影虫は、使い勝手がよいとは言いがたい。
隠せるのは、使う者の体だけだ。
発動すれば、胴も頭も髪も見えなくなる。
だが、服や腕当て、脚絆、靴は、そのまま人の目に映る。
宝石猿王なら、その欠点も問題にならなかった。
獣なのだから、服を着る必要がない。
しかし、ラインは違う。
薄影虫の効果を十分に使うには、身につけた物をすべて脱がなければならなかった。
そうしなければ、二環精霊使いの武服だけが、ひとりで歩き回ることになる。
薄影虫は、一環精霊にすぎない。
二環の隠鱗虫へ煉成すれば、その問題も解消できる。
隠鱗虫なら、身につけた服まで一緒に隠せるのだ。
あの宝石猿王が隠鱗虫を持っていたら、ラインが被せた上着も見えなくなっていた。
そうなれば、猿王に勝てたかどうかは分からない。
煉成には薄影虫以外の素材も必要だが、いずれも比較的手に入りやすい。
すでにキバへ頼み、集めてもらっている。
「隠鱗虫があれば、岩の裂け目の秘洞にも出入りしやすくなる。
ウルフウェーブの中でも、逃れる手が一つ増える。
攻めるときにも、退くときにも使える。
命を守るには、こういう手段が必要だ」
しばらく考えた後、ラインは四味酒虫を空界へ戻し、密室を出た。
もう遅い時間だった。
水禍蟇を退けて以来、彼は人々の注目を集めている。
このところ、自由に動きにくくなっていた。
秘洞に長く留まりすぎれば、疑いを招きかねない。
ラインは岩の裂け目を抜け、山道を集落へ向かって歩いていった。
……
集落の門前では、力比べが終わっていた。
バルガスチームの面々は、誇らしげな顔をしている。
一方、クル組と門番の精霊使いたちは、そろって険しい表情だった。
バルガスの背は、クルほど高くない。
それでも今の彼は、相手を見下ろすような目を向けていた。
「クル、お前は生まれつき怪力に恵まれている。
だが、俺には月輪クマの精霊がある。
熊一頭の力は、すでにこの体に永久に刻み込まれている。
結果は、さっき見たとおりだ。お前はまだ、俺には勝てん」
バルガスは、ゆっくりと言った。
「ヴェルデン山一の力士の座を奪うだと?夢でも見ていろ」
グリムが傍らで冷笑する。
クルの顔は、怒りに青ざめていた。
相手がわざわざ力比べを持ちかけたのは、個人の勝ち負けを決めるためだけではない。
ロア一族の使者が、門前で出迎えのクル組を下した。
その話が広まれば、ローデン一族の威勢に傷がつく。
「私に勝ったからといって、何を得意がっている」
クルは鼻を鳴らし、別の男の名を持ち出さざるを得なかった。
「私はもう、一族で一番力が強いわけじゃない。
大口を叩くなら、ラインに勝ってからにしろ」
「ライン?」
バルガスは、わずかに眉をひそめた。
「ローデン一族に、上等資質の天才が現れたとは聞いている。
名はライルだったはずだ。このラインというのは、何者だ?」
「ライルの兄だ。あいつも生まれつき並外れた力がある。
そのうえ、精霊で力を増している」
クルはバルガスを見据え、言葉を続けた。
「先日の五環精霊、水禍蟇も、ラインが一人で三百メートルも押し動かし、追い払った。
信じられないなら、集落に入って誰にでも聞いてみろ」
ロア一族の精霊使いたちの顔色が変わった。
五環の水禍蟇!
ライン
その名は、一瞬で彼らの胸に刻まれた。




