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目指すは永生 ~二度目の人生を歩む外道精霊使い~  作者: 蛊真人/朱色の豚
外道の本性

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114.波で蟇を退けて、英雄の名が殺意を呼ぶ

空は高く澄み、秋の日差しは穏やかだった。

青い空は、水晶のように透き通っている。

ゆるやかな風が吹き、ラインの髪を揺らした。


遠くに見える村には、もう人影がほとんどなかった。


すぐそばでは、小山のような水禍蟇(すいかがま)が眠り続けている。

巨体は、河床に挟まって動かない。


岸に立つラインは、五環精霊と並ぶと、ゾウの傍らにいる小さなサルのようだった。


ラインの心は静かで、緊張などなかった。

心の中で、自分の力を確かめる。

(私は白イノシシの精霊と黒イノシシの精霊を使い、体を鍛えて力を増やした。

今はイノシシ二頭の力に、自分の力が加わっている。

大人五、六人分の力を、十分に上回る。

だが、この水禍蟇を押して起こすには、さらにウシ二頭の力が必要だろう。

私一人の力では、もちろん足りない。

ただ、波の力を借りれば……来た)


ラインが横を向くと、波が押し寄せてきた。

静かだった水面が、たちまち騒がしくなる。


波は次第に大きくなり、水禍蟇へ繰り返しぶつかって、盛大に水飛沫を上げた。


少し立っていただけで、ラインの衣服はずぶ濡れになった。


構わず両手を水禍蟇の体へ押し当て、力を込める。


水禍蟇は、まだ眠っていた。

川や湖、海で暮らす精霊だ。

波が体を叩くことなど珍しくもなく、目覚めるほどの刺激にはならなかった。


ラインは、次々と押し寄せる波の勢いに合わせ、力を尽くして押した。


しばらくして、ようやく巨体が動き始める。

水禍蟇は、元の位置から少しずつ押し出されていった。


この川は、下流へ進むほど河床が広くなっていた。

水が巨体の両脇を抜け、前へ押し流し始める。

その分、ラインの負担も軽くなっていった。


三百メートル余り押したところで、水禍蟇がようやく眠たげな目を開いた。

深緑色の瞳は、初めはぼんやりと泳いでいた。


やがて焦点が合い、傍らのラインを捉える。


ラインは、恐れずに見返した。

深い瞳の中には、自分の姿がはっきりと映っている。


オォン!

水禍蟇が頭をもたげ、巨大な口を開いて、奇妙な鳴き声を上げた。


声は遠くへ伝わり、ヴェルデン山の山々に響いた。

ラインの耳にも、しばらく耳鳴りが残った。


水禍蟇は頭を下げ、押し寄せる川の水へ口を向ける。

そして、一気に吸い込んだ。


水の流れが、十倍以上の速さになった。

奔流が腹へ吸い込まれ、水位は目に見えて下がっていく。

無数の魚やエビ、タウナギ、スッポンも、水と共に呑まれていった。


川の異変に気づき、クル組が駆けつけた。

水を飲む水禍蟇の姿に、誰もが息を呑む。


「すごい……!」

メルは、驚きを隠せずに眺めていた。


クルは、ラインを見た。

「成功したのか?」


「そうだろうな」

ラインは淡々と頷いた。


川の水はさらに減り、ついには流れが途絶えた。


水禍蟇が、再び頭をもたげる。

腹が膨らんだかと思うと、すぐに縮んだ。

口から無数の魚やエビ、カメ、スッポンが吐き出される。


バタバタ、ドサドサッ!

大量の川魚や水生動物が、次々と地面へ落ちた。


魚は泥の上で跳ね、カメとスッポンは落下の衝撃で目を回している。

カニは横へ数歩逃げたところで、降ってきた魚やエビの下敷きになった。


ラインは、初めはさほど気にせず、軽く目を走らせていただけだった。

だが、不意に酒の香りが鼻をくすぐった。


「変だな。どうして酒の匂いがするんだ?」

メルも鼻をひくつかせ、不思議そうな顔をした。


「百年苦貝(ひゃくねんにががい)でしょうね」

チームの女精霊使いが、殻の割れた黒い貝を指した。


石臼ほどもある、大きな貝だった。

墨のように黒い殻には、木の年輪に似た白い輪が幾重にも刻まれている。


「そうだ」

クルが説明を加えた。


「苦貝は、砂や小石を苦い水へ変える。

百年苦貝の体内では、その水が長い年月をかけて変質し、酒になるのだ。

ベル一族の今の族長も、この苦貝酒(にががいしゅ)を好んで飲む」


説明が終わる前に、ラインはその貝を拾い上げていた。

殻の中に残る酒を、さっそく集め始める。


つい先ほどまで、どうやって苦貝酒を手に入れるか、頭を悩ませていた。

まさか、こんな形で目の前へ現れるとは。


灯台下暗しとは、よく言ったものだ。

そのうえ、棚からぼた餅である。


水禍蟇が、この一帯の水をほぼ吸い尽くした。

そのため、川底の泥や砂に埋もれていた百年苦貝も、姿を現したのだ。


ラインは、すぐに六個を集めた。

二個は殻が割れていたが、残りの四個は無傷だった。


(ようやく、苦酒が手に入った!これで、四味酒虫(しみしゅちゅう)の煉成を始められる!)

ラインは、胸の内で喜びを噛み締めた。

この瞬間の喜びなど、ほかの誰にも分かるまい。


オォン!

川の生き物を吐き終えた水禍蟇が、もう一度鳴いた。


ラインをじっと見つめてから、巨体をゆっくりと向け直す。

そして、河道を辿って下流へ去っていった。


「本当に、成功したのか……」

クルが呟いた。


ようやく、胸のつかえが取れた。

巨体が見えなくなるまで、ずっと目で追い続ける。


「何だよ。こんな簡単に追い払えるのか」

メルが口を尖らせた。

声には、嫉妬が滲んでいた。

「分かっていれば、私たちだけでできたじゃないか。

おかげで、ラインが簡単に英雄になっちゃったよ」


クルは答えず、複雑な顔でラインを見た。

「いずれにせよ、お前は大きな功を立てた。ローデン一族の英雄だ」


「ああ」

ラインは、上の空で応じた。


まともに聞いていないことは、誰の目にも明らかだった。


目を輝かせたまま、地面を埋める魚やエビの間を探している。

まだ百年苦貝がないか、確かめているのだ。


英雄など、ただの褒め言葉にすぎない。

称賛も非難も、他人が自分をどう見ているか、それだけのことだ。


そんなものに、ラインは何の関心もなかった。

他人がどう思おうと、私は私の生き方をする。


英雄?

ふっ、苦貝一個の方が、よほど役に立つ。


……


水禍蟇を追い払ったという知らせは、すぐに集落へ届いた。


「よし!実にいい、お見事!」

ハクが声を上げ、広間の重苦しさは一気に消えた。


ただ一人、内務院長老だけが、複雑な顔をしていた。

少し前まで、皆の前でラインを散々に批判していたのだ。

それが今、一族の危機を救ったのは、見下していた当の若者だった。


これでは、皆の前で面目を潰されたも同然である。


ハクはしばらく考え、含みのある命令を下した。

「ライン・ローデンは、水禍蟇を退ける功を立てた。

本日より、リーダーに任ずる。

ラインチームも、特例として精鋭のライン組へ昇格させる。

別途、霊石五百個を与える」


……


酒場では、人々が驚きの声を上げていた。


「何だと?ラインが成功したのか!

たかが新人が、どうやって五環精霊を追い払ったんだ?」


「クルでも駄目だったのに、あいつが……」


ラインを憎む男の精霊使いも、その場で呆然としていた。

「ラインが、一族を救った英雄に?そんな……」


だが、彼のリーダーが突然、声を張り上げた。

番頭と奉公人たちを指す。

「凡人の分際で、我が一族の英雄を貶めるとは!死をもって償え!」


言い終えるより早く、一筋の月刃が飛んだ。


老番頭は、これほど突然に命を狙われるなど、思いもよらなかった。


反応する間もなく、月刃が首を掠めた。

頭と胴が、切り離される。


「お、お許しください!」

奉公人たちは、一瞬、何が起きたか分からなかった。


次いで一斉に跪き、泣きながら命乞いを始める。


「リーダー、何をするんだ?」

男の精霊使いが立ち上がった。

顔には、戸惑いが浮かんでいる。


リーダーは眉を寄せ、声を落として、重いため息をついた。

「何を、だと?さっきまでとは事情が違う。

ラインは英雄になった。上の方々も、必ず目をかける。

考えてみろ。俺たちがここであいつを貶めていたことを、誰かが言いふらしたら、どうなる?」


リーダーは店内を見渡し、続けた。

「ここには、偵察役の精霊使いもいる。

俺たちを嫌っている者が長老にでも告げ口したら、将来が潰れるぞ!」


男の背に、冷や汗が噴き出した。


確かに、そのとおりだった。


一族では、身内の情が何よりも重んじられている。

ラインは外で五環精霊に立ち向かい、命を賭けて一族を守った。

その間、彼らはここで、皆の前でラインを貶め、罵り、侮辱していたのだ。


恩知らずにもほどがある。

周囲には、そう映るだろう。


陥れようとしたわけではなくとも、知られれば、上層部が安心して彼らを重用できるはずはなかった。


リリアやメルのように、後ろ盾があれば、まだよかった。

だが、彼らは上に味方のいない、ただの精霊使いだった。


体制の中で上へ行くには、他人を押しのけ、踏みつける。

この件を弱みとして利用されれば、前途に深刻な傷が残る。


「今なら、まだ取り返せる」

リーダーが、低く言った。

「こちらの立場を示せば、他人も口を挟みにくくなる。

この凡人どもの命など、惜しくはない。

いや、俺たちのために犠牲になれるのだ。光栄に思うべきだろう!」


冷たい視線が、跪く奉公人たちへ向けられた。

「お前たちも、今すぐ一人ずつ殺せ!

そのあとはラインを称え、俺たちの立場をはっきり示すんだ!」


「くそっ!」

男が、激しく罵った。


憎しみと自分の将来を秤にかけ、迷わず後者を選ぶ。

月刃が振り下ろされ、奉公人の一人が即死した。


「旦那様、お願いです!命だけは、お助けください!」

残った奉公人たちは、恐怖で腰を抜かしていた。


大小便を漏らし、地面へ崩れ落ちる。

泣き叫ぶ声が、入り乱れた。


男は、構わなかった。

皆の前で、正義を振りかざすように哀れな奉公人たちを指し、厳しく叱りつける。

「お前たちこそ、死んで当然だ!

ライン・ローデンは、一人で我が一族を守り抜いた英雄だぞ!

その英雄を侮辱するとは、何という不届き者だ!」


そう言いながら、男の眉はますます険しくなった。

その表情だけは、演技ではなかった。


ラインは、心底憎んでいる相手である。

それなのに、今は皆の前で称えなければならない。


一言褒めるたびに、不快さがこみ上げ、吐き気さえ覚える。

それでも、言い続けるしかなかった。


「旦那様、俺たちに言えって命じたのは、あなた……ぐっ!」

奉公人の一人が、あまりの理不尽さに声を上げた。


だが、言い終える前に月刃が飛び、斬り殺された。


「賤民(せんみん)どもめ!英雄を貶めた挙句、こちらに罪をなすりつけるつもりか!」

月刃を放ったのは、女の精霊使いだった。

氷のような顔で叱りつける。

まるで、許しがたい罪を犯したのは奉公人たちだけだと言わんばかりに。


ほかの精霊使いたちは、茶番を見るように眺めていた。


冷笑する者もいれば、無表情の者もいる。

話を続け、目を留めようともしない者までいた。


止めに入る者は、一人もいなかった。


凡人が数人死んだだけだ。

いざとなれば、代わりの奉公人を何人か渡して償えば済む。

皆、同じ一族の人間で、身内同士なのだ。


そんな外の者たちのために、誰が口を出し、責任を追及するというのか。

わざわざ身内との間に溝を作る理由など、どこにもなかった。

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― 新着の感想 ―
なるほどな 外から見れば一族もまた外道・・・ というテーマも含まれてそうだな
心の中の呟きなのか口に出してるセリフなのか 同じカギカッコだと少し分かりずらいかも
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