103.広がる凶名、早すぎる商隊
「ガルド・ローデンが、酒場で新人のライン・ローデンに敗れた!」
その噂は瞬く間に集落中へ広まり、二環精霊使いたちの間に小さくない波紋を呼んだ。
今回の当事者は、どちらも無名ではない。
ガルドは経験豊富な二環精霊使いだった。
二年前には、ベル一族の天才シオン・ベルと戦い、無事に集落へ戻っている。
その経歴だけでも、彼を侮る者はほとんどいなかった。
一方のラインは、昨年の年末考核で首位を獲得した新人である。
考核当日には、すでに二環へ進み、ヒスイズスキンまで持つライルを倒す姿を、多くの族人が目撃していた。
その後は叔父ラジェットから両親の遺産を取り戻し、一夜にして酒場や竹楼、農地を所有する若き資産家となった。
経験豊富な二環のチームリーダーと、学堂を出たばかりの新人。
大方の予想では、この争いに勝敗の疑いなど存在しないはずだった。
ところが、最後に酒場から無様な姿で逃げ出したのは、ガルドのほうだった。
「ラインは一言も発さず、いきなり月刃を放ったらしいぞ」
「若い奴は血気盛んでいけない。ここは集落の中だ。
もし本当に族人を殺していたら、牢獄も容赦しなかっただろう」
「ラインはもう、月華印を煉成していたそうだ。
これほど短期間で材料を揃えられるとは、やはり産業を持っている者は違うな」
「血気盛んなんてものか、あの小僧は、ただの狂人だ。
ガルドは家へ戻ってから三日も寝込み、今も傷が完全には塞がっていないらしいぞ」
戦いの経緯については、精霊使いたちの間でさまざまな話が飛び交った。
ラインは不意打ちで先手を奪っただけであり、正々堂々とした勝利ではないと考える者もいた。
一方、ガルドは自ら酒場へ乗り込んで挑発したにもかかわらず、相手がいつ攻撃してくるかさえ見抜けなかった。
その時点で、すでに敗北していたと考える者もいる。
ヴェルデン山では、危険が事前に挨拶してくれることなどない。
任務の最中、野獣が精霊使いの防御を待ってくれるはずもなかった。
敵対する一族の者なら、互いに礼を交わしてから攻撃することなど、なおさらあり得ない。
先に脅威を見つけ、先に攻撃の機会を掴んだ者ほど、生きて戻れる可能性が高くなる。
任務記録にも、わざわざこう書き添えられることはない。
――不意を突かれなければ、本来は勝っていた。
そのため、ラインの手段に対する評価は分かれても、結果まで否定できる者はいなかった。
ラインは勝った。
しかも短時間に三度もストーンズスキンの防御を打ち破り、一人の二環精霊使いを完全に圧倒した。
あの日を境に、各チームがラインの名を口にするとき、彼を単なる学堂上がりの少年として扱うことはなくなった。
この戦いは、ガルド自身の人生も変えた。
自宅で数日間療養したあと、彼は自らチームリーダーの地位を退いた。
チームリーダーには任務をこなすだけでなく、危険が迫った際に状況を判断し、チームメンバーを守りながら指揮する責任がある。
ガルドが酒場で戦意を失い、無様に逃げ出したという話は、すでに広く知れ渡っていた。
たとえ彼がその地位に留まり続けても、チームメンバーからの信頼を取り戻すことは難しい。
族人は、傷を負った者には同情する。
だが、胆力を失った者へ自分の命を預けようとはしない。
山林では、一度の判断ミスが、チーム全員を二度と帰れなくすることもあるからだ。
ガルドの敗北を受け、ラジェットもラインの産業に対する嫌がらせを完全に止めた。
ラインへの恨みを捨てたわけではない。
ただ、この計算高い男も、これ以上争いを続けても何の利益も得られないと、ようやく認めたのである。
ラジェットは三棟の竹楼と酒場、それに九葉生気草を失った。
手元には今も相当な蓄えが残っているものの、以前のような安定した収入源はない。
精霊使いを一人雇い、ラインへ嫌がらせをさせるたびに、簡単には取り戻せない霊石が減っていく。
それに対して、ラインの竹楼と酒場は毎日収益を生み、九葉生気草からも生気草を作り続けることができた。
時間が経つほど、両者の差は広がっていく。
さらにガルドが負傷したことで、ほかの精霊使いたちも、この仕事を引き受ける危険性を見直し始めた。
協力しようとする者は減り、要求される報酬だけが上がっていく。
このまま続けても、ラジェットが遺産を取り戻せる見込みはない。
それどころか、一連の嫌がらせを裏で指示していた事実まで、いずれ明らかになる可能性があった。
実のところ、ライルとの決闘をアオに阻止された時点で、ラジェットはすでに敗北していた。
ガルドの敗北は、この遺産争いへ最後の句点を打ったにすぎない。
こうして、酒場には以前の秩序が戻った。
酒を飲みに訪れる客は、むしろ以前よりも少し増えている。
純粋にこの店の酒を好む者もいれば、気に入らない客へ問答無用で月刃を叩き込むと噂される若主人が、どのような顔をしているのか見に来る者もいた。
騒ぎが収まって間もなく、集落には新たな大事が訪れた。
三月。
山間を覆っていた雪が、大規模に解け始めた。
日陰には今も残雪が点々と残っている。
だが、朝日に照らされた斜面は、すでに薄い新緑に覆われていた。
湿った土から野花が次々と顔を出す。
赤、白、紫、黄色の花びらが山肌に沿って広がり、春風を受けて波のように揺れていた。
雪解け水によって水量を増した小川が、山石の間を勢いよく流れ落ちる。
冬を越した虫の卵も、次々と孵化し始めていた。
幼い蟋蟀が土の中から這い出し、夜になれば、草むらから疎らで拙い鳴き声が聞こえてくる。
昼間には、山鸚鵡の大群が森から飛び立った。
鮮やかな羽毛をまとい、澄み渡る青空の下で旋回しながら鳴き交わす。
冬の間、長く静まり返っていたヴェルデン山に、再び賑やかな生命の息吹が満ちていった。
陽春、徳沢を布き、万物、光輝を生ず。
そんな春光の中、一支の巨大な商隊が山道を進み、ゆっくりとローデン一族の領内へ入ってきた。
黒殻肥甲虫が、重い体を引きずるように前進する。
幅広い甲殻の上には、貨物箱や座席がしっかりと固定されていた。
巨駝鳥たちは頭を高く上げ、大股で歩いている。
七色の羽毛が陽光を受けて鮮やかに輝き、その後ろには荷物を満載した荷車が連なっていた。
山岳大蜘蛛は長い脚を使い、険しい斜面を軽々と越えていく。
起伏の激しい山道も、その歩みをほとんど妨げられない。
翼蛇は地面すれすれを蛇行しながら進み、ときおり翼を広げて、深い溝や乱れた岩場を飛び越えていた。
隊列の先頭にいるのは、体高二メートル半にも達する宝山蟇だった。
巨大な橙色の蟇が跳ねるたび、周囲の地面が微かに揺れる。
その背には厚い敷物が敷かれ、商隊を率いるオスカー・ベルナーが座っていた。
彼は四環精霊使いである。
商隊が集落へ入ったという知らせが広まると、ラインも通りへ姿を現した。
大門から絶え間なく入ってくる長大な隊列を眺め、その目に思案の色を浮かべる。
「また変わったか」
前世の記憶では、ベルナー家の商隊が到着するのは初夏のはずだった。
実際、ここ数年の商隊も似たような経路を辿り、山道が完全に乾いてからヴェルデン山へ入っていた。
しかし今年は、積雪がようやく解け始めたばかりだ。
それにもかかわらず、オスカーは例年より二、三か月も早く訪れた。
しかも、商隊の規模はラインの記憶にあるものより大きい。
この変化を引き起こした原因は、ルイス・ベルナーの死だった。
ラインが残した偽の手掛かり。
そして、ルイスが失踪する前後に残されたさまざまな痕跡。
そのすべてが、もう一人の当主候補――エミル・ベルナーへ疑いを向けるものだった。
家へ戻ったオスカーは、弟の死を家督争いの中で仕組まれた陰謀だと確信した。
すぐに一連の強硬な手段へ踏み切り、エミル側との対立も急激に深まっていった。
ベルナー家の内部では、それまで表面上の平穏だけは保たれていた。
今や、その薄い平穏さえ完全に引き裂かれている。
当主からより高い評価を得るため、今年はベルナー家の当主候補たちが、いずれも例年より早く動き出した。
山中の雪が解けきる前から、それぞれが商隊を率いて家を離れ、異なる方角へ向かって商路と利益を奪い合っている。
ラインが殺したのは、ルイス一人だけだった。
しかし水へ落ちた一つの石は、彼の見えない場所で幾重もの波紋を生み出した。
そして最後には、商隊がローデン集落へ到着する時期まで変えてしまった。
前世の記憶は、今も十分な価値を持っている。
ただし、この瞬間から、未来はもはや完全に同じ道を進まなくなった。
……
ローデン一族の応接の間では、族長ハクが自らオスカーを迎えていた。
二人はともに四環精霊使いであり、それぞれの勢力を代表する立場にある。
「ハク殿、お久しぶりです」
オスカーは人当たりのよい笑みを浮かべ、自らハクへ挨拶した。
その左頬には、以前にはなかった細長い傷痕が刻まれている。
傷は耳の下から口元の近くまで伸び、元来の抜け目なく円滑な顔立ちへ、いくらか凶暴な印象を加えていた。
「確かに、暫く会っていなかったな」
ハクも笑みを返した。
視線は一瞬だけ傷痕へ向けられたものの、理由を尋ねることはない。
「オスカー殿は、今年ずいぶん早く来られた。
山中の雪もまだ解けきっていない。ここまでの旅路は、さぞ厳しかっただろう」
「商機は、人を待ってはくれませんからね」
オスカーは笑った。
「今回持ってきた品は、種類も量も例年を大きく上回っています。
ローデン一族の皆様にも、きっと必要な品を見つけていただけるでしょう」
「それは、まことに喜ばしい知らせだ」
ハクは茶杯を持ち上げ、静かに一口飲んだ。
「折よく、明後日は我が一族の今年の覚醒の儀だ。
オスカー殿さえよければ、ここへ留まり、儀式を見届けてはいかがかな?」
オスカーの目に、僅かな驚きが浮かんだ。
覚醒の儀は、家族の次世代が持つ資質と未来に関わる重要な儀式である。
その見学を許されるということは、ローデン一族が彼を重要な賓客として扱っている証でもあった。
オスカーはすぐに笑みを収め、恭しく頭を下げた。
「ローデン一族の新たな世代が誕生する瞬間を、この目で見届けられるとは光栄です。
ハク殿、お招きいただき、ありがとうございます」
二人はその後も暫く言葉を交わした。
やがて、オスカーの顔に僅かな躊躇いが浮かぶ。
「実は今回、商売のほかに一つ私事がありまして、ハク殿の許しをいただきたいのです」
「話してみるがいい」
「ルイスの件です」
オスカーは小さく息を吐いた。
「今回は家から、追跡と調査に長けた精霊使いを何人か連れてきました。
ルイスが失踪する前に訪れた場所を、もう一度調べたいと考えています。
それに、彼と接触した者たちからも話を聞きたい。
調査中に必要が生じた際には、ローデン一族にも多少の便宜を図っていただければと思いまして」
ハクはゆっくりと茶杯を置いた。
その顔には、すでに事情を理解した様子が浮かんでいる。
ルイスの死後、オスカーは当主争いで優位に立つどころか、かなり苦しい立場へ追い込まれていた。
伝わってきた情報によれば、ベルナー家へ戻って間もなく、オスカーはエミルと公然と衝突した。
双方が自ら手を出し、直接戦うところにまで発展している。
オスカーの顔に増えた傷も、おそらくその戦いで受けたものだろう。
雪解けを待たず、彼が急いで出発した理由は二つある。
一つは商隊の成績を稼ぐこと。
もう一つは、エミルを示す証拠を少しでも早く見つけ出すことだった。
「我が一族の族規に反しない限り、必要な協力はしよう」
ハクは小さく頷き、答えを返した。
「ありがとうございます、ハク殿」
オスカーの顔に、再び濃い笑みが浮かんだ。
……
臨時マーケットは、すでに完成していた。
ラインは無数のテントと露店の間を歩き、今年の商隊が持ち込んだ品々を観察していく。
テントの数は、例年を遥かに上回っていた。
何より目を引くのは、市場の中央に建てられた、これまで一度もなかった精霊屋である。
こうした設備が用意されるのは、通常なら大型商隊だけだった。
本当に規模の大きな商隊であれば、二棟から三棟を用意し、その中で最も高価な品々を保管し、販売する。
オスカーの率いる商隊は、どう多く見積もっても中型にすぎない。
それでも今回は、一棟の精霊屋を用意していた。
今回の行商でより高い成果を上げるため、例年を遥かに上回る資金を投入したことは明らかだった。
精霊屋の外見は、一本の巨木そのものだった。
樹高は十八メートルにも達する。
太い幹は、数人が手をつないでも囲みきれないほどだった。
地上へ露出した根は太く捻れ、まるで地中から這い出してきた褐色の大蛇のように絡み合っている。
幹は中まで詰まっているわけではない。
内部には、互いにつながった三層の空間が作られていた。
各階には窓が開き、日光と空気が自然に入り込む。
樹冠は蓋のように大きく広がっていたが、枝葉はそれほど生い茂っていない。
春風が吹き抜けるたび、微かな葉擦れの音が響くだけだった。
三環の草木精霊――三星窟。
後方支援を担う精霊使いが地面へ植え、精神力を注ぎ続けることで、短時間のうちに三階建ての樹屋へ成長させることができる。
普通のテントに比べ、三星窟は内部の空間が広いだけでなく、防御力も遥かに優れていた。
巨木の根元には、二枚の大きな扉が開いている。
その間を、客たちが絶え間なく出入りしていた。
ラインも人の流れに従い、樹屋の中へ入る。
三つの階層は、すべて商店として作り替えられていた。
木製の陳列台が床や壁から直接生え、表面には今も若い緑葉がついている。
これらの陳列台も、三星窟そのものの一部なのだ。
樹屋の内部には丸椅子や長椅子も並べられ、客が休めるようになっていた。
一人の三環精霊使いが巨木の内部に身を隠し、常に各階の様子を感知している。
もし陳列台から精霊を奪う者が現れれば、彼は瞬時に一階の扉を閉ざすことができた。
同時に壁や床から大量の枝を伸ばし、逃げ遅れた盗人を絡め取る。
それ以外にも、樹屋の中には護衛を務める精霊使いが数人配置されていた。
だからこそ、ここで販売される商品は、普通のテントに並ぶ品よりも貴重なものばかりだった。
一階へ入ったラインの視線が、中央にある独立した陳列台へ向けられる。
透明な容器の中には、一匹の白く丸々と太った酒虫が静かに横たわっていた。
陳列台の周囲には、すでに大勢の精霊使いが集まっている。
小声で値段について話し合う者もいれば、透明な外殻越しに酒虫を詳しく観察し、ときおり感嘆の声を漏らす者もいた。
ラインはすぐに近づかず、まず周囲を見渡した。
近くの陳列台には、ヒスイズスキンや旋風の精霊をはじめとした、比較的珍しい精霊も並べられている。
どれも月印と組み合わせることで、異なる種類の二環精霊へ煉成できる品だった。
まさに、ローデン一族の需要に合致している。
オスカーは、それらの煉成秘方まで把握していないかもしれない。
それでも長年の行商経験から、ローデン一族がどのような商品に高値を支払うのかは、すでに正確に見抜いていた。
「家へ戻ってから受けた刺激は、私が思っていた以上に大きかったらしいな」
ラインは、再び中央の陳列台へ視線を戻した。
家督争いで優位に立つため、オスカーは今回、本当に秘蔵の品々まで持ち出してきたのだ。
未来は、すでに本来の軌道から外れている。
だが、今回の変化がもたらしたものは、面倒事だけではなかったらしい。
ラインは容器の中にいる酒虫から、長い間目を離さなかった。
彼がずっと探し求めていた二匹目の酒虫が、予定より早く訪れた商隊によって、目の前まで運ばれてきたのである。




