101.掌で霊石を量り、酒場に悪客来たる
雪のうちに春は来にけり
鶯のこほれる涙今やとくらむ
雪はいまだ消えきらぬまま、春の気配だけが静かにヴェルデン山を越えてきた。
朝の酒場は閑散としており、広い店内には数人の客がいるだけだった。
ラインは窓際の席に座っている。
周囲には木製の衝立が立てられ、誰にも邪魔されない一角が作られていた。
半開きの窓から、湿り気を帯びた清々しい土の香りが流れ込んでくる。
軒先に残った雪は少しずつ解け、雫となって石畳へ落ちていた。
小さな水音が、途切れることなく響いている。
ラインの向かいには、顔いっぱいに愛想笑いを浮かべたキバが座っていた。
「ライン様、こちらが今回分の売上です。どうぞお確かめください」
そう言って、膨らんだ革袋を四つ、卓上へ押し出す。
ラインは袋の口を開かなかった。
一つずつ手に取り、掌の上で軽く量っていく。
袋に詰められた霊石の重さ、石同士がぶつかる音、そして袋を掌へ落とした瞬間の沈み込み。
それだけで、おおよその数は判断できた。
四つの袋には、事前に取り決めた数と寸分違わず霊石が入っている。
前世で組織を率いていた頃、ラインは数え切れないほどの資源を自ら差配してきた。
その手を通った霊石の総数など、もはや本人にも分からない。
同じことを何年、何十年と繰り返すうちに、数を見極める感覚は、本能と言えるほど体に染みついていた。
一つや二つ霊石が足りなくても、その掌を欺くことは難しい。
地球で、小野道風と蛙の逸話を聞いたことがある。
一匹の蛙が、垂れ下がった柳の枝へ何度も飛びつこうとした。
失敗しても諦めず、繰り返し跳び続け、ついには届かないと思われた枝へ飛び移ったという。
熟練とは、同じことを千回、万回と繰り返し、思考より先に体が答えを出せるようになることに過ぎない。
代金に問題がないと確認すると、ラインは懐から小さな布袋を取り出し、キバへ差し出した。
キバは慌てて両手で受け取り、慎重に袋の口を開く。
中には、丸みを帯びた碧緑色の葉が九枚、整然と収められていた。
その一枚一枚が、一環精霊――生気草である。
「一、二、三……九」
キバは三度も数え直してから、ようやく袋の口を縛った。
そのまま大切そうに、懐の奥へしまい込む。
ラインは二環精霊の九葉生気草を所有しているが、生気草の売買を自分で手がけてはいなかった。
ラジェットであれば、自ら買い手一人一人と接触し、生気草を通じて恩を売り、人脈を広げようとしただろう。
しかし、ラインは人脈づくりに興味がない。
値段交渉や客の応対に時間を浪費するつもりもなかった。
そのため、毎日生み出した生気草は、キバに任せて販売している。
キバはバキの弟であり、集落内で商店を営んでいる。
ラインとバキの間には、共有する秘密と利害関係もあった。
少なくとも現段階では、生気草の販路をこの兄弟に預けても問題ないと判断している。
「ライン様、今回もよい取引をありがとうございました」
キバは酒杯を掲げ、満面の笑みを浮かべた。
「それでは、ライン様のさらなるご活躍を祈念いたしまして――乾杯」
ラインも酒杯を持ち上げ、離れたまま軽く掲げ返す。
二人は同時に、杯の酒を飲み干した。
キバは目の前の少年を見つめ、その瞳の奥に隠しきれない羨望を浮かべていた。
ちょうど一年前。
同じ春に初めてラインと出会った時、彼はまだ学堂に通う普通の学員でしかなかった。
精霊使いの武装束を身につける資格さえ持っていなかったのである。
ところが今のラインは学堂を卒業し、腰には二環精霊使いの証である赤い帯を締めている。
対するキバは、今なお一環に留まり、どうしても二環への壁を越えられずにいた。
だが、彼が本当に羨んでいるのは、ラインの環階ではない。
三棟の竹楼、一軒の酒場、そして生気草を絶えず生み出せる九葉生気草。
そのどれもが、キバには一生を費やしても手に入れられないかもしれない財産だった。
ラインは、わずか十五歳ですべてを手にしている。
もっとも、今のキバはラインから預かった生気草を売ることで利益を得ていた。
どれほど嫉妬していようと、表に出すことだけはできない。
ラインは彼の表情を見抜いていたが、気に留めなかった。
もしキバがこれほどの利益を目の前にしても何一つ心を動かさない人物なら、ラインはむしろ改めて警戒しただろう。
嫉妬し、利益を欲しがるということは、その欲望の在処が分かりやすいということでもある。
ラインにとって、その人物が高潔かどうかなど重要ではない。
利害によって制御でき、自分に牙を剥くほどの胆力もない。
それだけで、十分な利用価値があった。
キバは酒杯を置くと、上機嫌に口を開いた。
「一族が売り出している生気草は、一株につき霊石五十五個です。
ライン様のお言いつけどおり、こちらは五十個で売り出しましたが、店頭へ出した途端に売り切れましたよ。
ライン様、毎日もう少し多く生気草を作ってはいかがでしょう?
数さえ増やせば、稼げる霊石も倍になります!」
ラインはゆっくりと首を横に振った。
「一日九株で十分だ。
これ以上増やせば、修練の時間が削られる。多少多く霊石を稼ぐために修練を遅らせるなど、本末転倒だ」
穏やかな口調だったが、そこに相談の余地はなかった。
燕雀、安んぞ鴻鵠の志を知らんや!
二人は最初から、同じ尺度でこの商売を見ていなかった。
キバにとって修練とは、富と安穏な暮らしを得るための手段である。
より多くの霊石を稼げるなら、どれほど時間を費やしても惜しくはない。
だがラインにとって、霊石は修練を進めるための資源に過ぎなかった。
富を力へ変えられないのであれば、いくら積み上げたところで、一時的に手元にある石ころの山でしかない。
一日に九株しか売らずとも、これまでの積み重ねによって、ラインが所有する霊石はすでに相当な数へ増えていた。
ラインの意思が固いと分かると、キバはそれ以上勧めようとはしなかった。
ただ残念そうに口をすぼめ、再び愛想よくラインの杯へ酒を注ぐ。
「確かに、ライン様はこれだけの家産をお持ちです。我々のように、必死になって稼ぐ必要はありませんね」
キバは感慨深そうに言い、すぐに笑顔を浮かべた。
「ですが、今もあの古びた貸し部屋で暮らしているのは、いささかご自分を粗末にしすぎではありませんか?
竹楼を一棟空け、七、八人ほど使用人を雇ってはいかがでしょう?
いずれ美しく気立てのよい奥方を迎えれば、それこそ安穏で満ち足りた暮らしというものです」
ラインは薄く笑っただけで、何も答えなかった。
キバが思い描く満ち足りた暮らしなど、ラインにとっては錦で飾られた檻に過ぎない。
衣食に困らない人生を望むだけなら、前世ですでに何度も手に入れていた。
富も、権力も、美女も、数十万の配下も。
そのすべてを所有し、そして躊躇なく捨ててきた。
ラインは顔を横へ向け、窓の外へ目をやった。
残雪の間には、碧色の竹楼がいくつも立っている。
遠くの柳はすでに黄緑色の新芽をつけ、細い枝を春風に揺らしていた。
家産を巡る争いは、ひとまず終わっている。
アオはライルを説得し、遺産を理由とした決闘を思いとどまらせた。
少なくともしばらくは、ラジェットもライルを利用して、ラインの家産を脅かすことはできない。
シロタマズスキンと月華印の煉成にも、相次いで成功した。
今のラインは攻防の両方を備え、戦闘力も大きく向上している。
次にもっとも重要なのは、酒虫を四味酒虫へ煉成することだった。
四味酒虫の煉成には、二体の酒虫に加え、酸味、甘味、苦味、辛味をそれぞれ備えた四種類の美酒が必要となる。
酸味の酒、甘い酒、辛い酒ならば、まだ探す方法はある。
本当に難しいのは、二体目の酒虫と、極めて希少な苦い酒だった。
ローデン集落にある資源だけで、必要な素材をすべてそろえるのは難しい。
(商隊が再び来るのを待つしかないか)
ラインは窓の外を眺めたまま、指先で酒杯の縁をなぞった。
その時になれば、四味酒虫の煉成素材を探せるだけではない。
外から来た商隊を利用して、シロタマズスキンにも、調べられても不自然ではない出所を用意できる。
この防御精霊を公にしてしまえば、今後誰かと戦う際に、実力を隠し続ける必要もなくなる。
月華印とシロタマズスキン。
そして、前世で積み重ねた戦闘経験。
これらを合わせれば、今のラインでも並の二環精霊使いを上回ることができる。
もし病蛇サイラスが今も生きており、ラインと一対一で戦ったなら、勝つのはラインである可能性が高い。
しかし、クルやリリア、アオのような二環の強者とは、今なお明確な差があった。
ラインは二環初位に過ぎない。
クルとリリアはすでに二環上位へ達し、アオに至っては二環頂位である。
さらに彼らは、長い時間をかけて完成させた精霊の組み合わせを持っている。
正面戦闘に使える二環精霊だけでも、少なくとも三体はいるはずだ。
そのうえ、外部には知られていない切り札を隠している可能性も高い。
それに対し、ラインが戦闘の中核として使える精霊は、月華印とシロタマズスキンの二体だけだった。
同年代でも、ライル、ノア、メルが次々と頭角を現し始めている。
中でも、もっとも注意すべきはライルだった。
月華羽衣を煉成したことで、彼はすでにラインと正面から戦える力を得ている。
上等資質に加え、族長ハクから惜しみなく育成を受けている以上、時間が経つほど二人の修練速度には差が生まれるだろう。
一刻も早く四味酒虫を煉成しなければ、いずれ環階において大きく引き離される。
三環以上の精霊使いともなれば、その差はさらに明確だった。
本物の三環強者を相手にした場合、五百年の経験をもってしても、逃げ道を見つけるのが精一杯である。
敵が四環に達していれば、逃げられるかどうかさえ、相手が見逃す気になるかどうかにかかっていた。
ラインが持つ唯一の常識外れな存在、逆矢は、今のところ正面戦闘ではまったく役に立たない。
十分に強力な精霊がなければ、どれほど豊富な経験があろうと、自分がどのように敗れ、死ぬのかを見定めるためにしか使えない。
(今はまだ、索敵系と移動系の精霊が足りない)
ラインは自らの弱点を、頭の中で一つずつ整理していく。
索敵能力があれば、危険を事前に察知し、先手を取ることができる。
移動能力は、逃げる敵を追いつめられるか、戦況が不利になった時に離脱できるかを左右する。
一見すれば、どちらも補助的な能力に過ぎない。
しかし実際には、精霊使いが戦いの流れを支配できるかどうかに直結していた。
この二つを補い、月華印、シロタマズスキン、九葉生気草と組み合わせて初めて、ラインの戦闘体系は完成する。
向かいから聞こえたキバの声が、ラインの思考を遮った。
「ライン様、最近、あなたのところに嫌がらせをしている連中がいるそうですね?
貸し出している竹楼の周辺で騒ぎを起こしたり、この酒場にも何度か押しかけたりしているとか」
ラインは、わずかに眉をひそめた。
この件については、すでに人を使って調べ終えている。
裏で糸を引いているのは、叔父のラジェット・ローデンだった。
アオから警告を受けた後、ラジェットはライルを利用して家産を奪おうとはしなくなった。
だが、腹の虫までは収まらなかったらしい。
しばらく鳴りを潜めた後、過去に築いた人脈を利用し、霊石を払って何人かの精霊使いを雇った。
そうして、ラインが所有する家産へ繰り返し嫌がらせを始めたのである。
彼らのやり方は、よく加減されていた。
公然と強盗を働くこともなければ、滅多に人を傷つけることもない。
借り主を脅し、酒代を踏み倒し、店の道具を壊す。
一族の規則では重く罰しにくい範囲に、必ず騒ぎを収めていた。
しかし経営する側にとっては、こうした小さな嫌がらせが延々と続く方が、かえって厄介である。
そのため最近のラインは、時間が空くと酒場へ足を運び、自ら店を見張っていた。
「若旦那様!」
その時、一人の奉公人が慌てた様子で衝立を回り込んできた。
「また、外で騒ぎを起こしている者がいます」
「ほう?」
ラインの眉がわずかに上がる。
まさか今日、ちょうど自分がいる時に現れるとは思わなかった。
ラインが動くより早く、キバが勢いよく立ち上がった。
「ライン様はここでお待ちください。私が見てまいります」
キバは愛想のよい笑顔を浮かべたまま、衝立の外へ出ていった。
だが数呼吸後には、後ずさるように戻ってくる。
つい先ほどまで赤みを帯びていた顔は、すっかり青ざめていた。
「ガルド・ローデンです」
キバは声を潜め、目に明らかな恐れを浮かべた。
ラインはすぐに、記憶の中からその名を探し出した。
彼は常に慎重であり、情報の重要性をよく理解している。
最近では、一族に所属する二環精霊使いの大半について、すでに情報を集め、整理していた。
ガルドは二環精霊使いであり、生まれつきの怪力を持ち、とりわけ防御を得意としている。
ガルドのチームのリーダーを務めるだけでなく、一族の中でも相応の名声を得ていた。
評判も実力も、病蛇サイラスより一段上である。
このような人物まで動かしたとなれば、ラジェットが今回支払った額は、決して少なくないはずだ。
衝立の外から、酒甕が砕ける音が響いた。
続いて、粗野で傲慢な怒声が酒場中に轟く。
「ぺっ!こんなもんが酒を名乗るのか?
小便みてえに薄い酒を出しやがって、この俺を誤魔化すつもりか!」
衝立の外で交わされていた、わずかな話し声が一瞬で消えた。
ラインは酒杯を静かに卓上へ戻す。
窓の外では、春風が変わらず穏やかに吹いている。
それでも酒場の空気は、急速に重く沈んでいった。
ラインは目に冷たい光を宿し、ゆっくりと立ち上がった。




