03 鬱陶しい従兄弟と豹変する婚約者
「ん? セレスか? こんなところで何をしているんだ?」
信じられない思いで立ち尽くす私の前に現れたのは、こういうときあまり会いたいとは思えない、というか、ぶっちゃけて言うとこういうときに限らずあまり会いたくはない鬱陶しい従兄弟だった。
「誰か探していたのか?」
「……違います」
「じゃあ、何だよ? 何を見ていたんだ?」
「別に、何も見てませんってば」
一生懸命取り繕ったつもりなのに、簡単にバレてしまうのはなぜなのか。
「もしかして、マイア嬢でも見に来ていたのか?」
図星すぎて思わず眉根を寄せると、ヴィクトル殿下は可笑しそうに「ははっ」と鼻で笑う。
「まさか、お前がマイア嬢に興味を示すとはな」
「……どういう意味ですか」
「だって、お前とマイア嬢はいわば対極にいる二人だろう? かたや全方位死角なしの完璧令嬢、かたや貴族令嬢になったばかりで何も知らない、無邪気な天真爛漫令嬢。何をやっても完璧なお前は、天真爛漫な元平民なんか歯牙にもかけないと思っていたからさ」
なんだかいちいち癪に触る言い方である。いつもながら、うざい。
「でもまあ、お前も少しはマイア嬢を見習ったほうがいいと思うぞ?」
多少揶揄いぎみの口調ではあるものの、殿下が昨日の令嬢たちと同じようなことを言うものだから、私は思わずその無駄に整った顔を見返してしまった。
「……それって――」
「お前にも、あれくらいの『可愛げ』が必要だってことだよ」
うわ! 出た!!
またしても『可愛げ』である……!
私がやれ勉強だ、やれ礼儀作法だ、やれ武闘大会だ、と走り回っている間に、世の中は『可愛げ』至上主義社会になってしまったのか……!?
怯む私を尻目に、殿下はなぜか得意げに持論を披露し始める。
「だいたいお前、可愛げがないから婚約者ともうまくいかないんだろう? 四年も前に婚約したはずなのに、あそこまで塩な対応をされているなんておかしいじゃないか。もしかして、嫌われているのか?」
「そ、そんなことは……!」
「でも明らかに、好かれてはいないよな? 妙に他人行儀だし、婚約しているとは思えないくらいのよそよそしさだしさ」
「だから、それは――」
「まあ、もともとは金と権力で強引に結んだ婚約だからな。向こうは今でも不本意なんだろ。こんな婚約、最初からうまくいくはずなかったんだよ」
言いたい放題の殿下に、めった刺しにされた気分である。
悔しすぎて反論しようとした瞬間、後ろからどこか切羽詰まったような声が聞こえてきた。
「セレスティア嬢!」
突然目の前に現れたアルフォンス様は、なぜか有無を言わさず私と殿下の間に割って入った。しかもどういうわけか、いつもにも増して不機嫌そうな仏頂面である。
「どうかしたのですか? アルフォンス様」
「……経営学の先生が、あなたに用事があると話していたので探しに来たのです」
「まあ、そうでしたか」
何の用事かはさっぱりわからないけど、殿下との不毛な会話をさっさと終わらせたかった私にとっては渡りに船である。『経営学の先生、ありがとう!!』と言いたい。いや、言おう。言っちゃおう。
「そういうわけですので、殿下。私はここで失礼いたします」
これ幸いと恭しく頭を下げた途端、殿下はいまいち不服そうに「ふん」と鼻を鳴らしていた。
「経営学の先生は、どちらにいらっしゃるのですか?」
隣を歩くアルフォンス様に尋ねると、意外な答えが返ってくる。
「あれは嘘です」
「……嘘……?」
「あなたが困っているように見えたので。違いましたか?」
確かに、困ってはいた。
でも、殿下に対する負の感情は極力表に出さないよう、常に細心の注意を払っているつもりだった。だから、バレていたなんて予想外である。
「よくわかりましたね」
「……そうですね。なんとなく」
「とても助かりました。ありがとうございます」
「……それにしても、あなたと殿下は存外気安い関係なのですね。驚きました」
アルフォンス様はこちらを見ることもなく、感情の読めない声でつぶやく。
その言葉に、私は全力で首を横に振りたかった。そんなことはありません!! と大声で叫びたかった。
でも、アルフォンス様の纏う空気はどこか不穏で、少し戸惑う。
「あ、あの、アルフォンス様……?」
「俺もこれから、あなたのことを『セレス』と呼んでいいですか?」
「……はい?」
「あなたも、俺のことは『アル』と呼んでください」
「……え」
いやいやいや。愛称呼びなんて、いきなりなんで?
というか、『アル』だなんて、恐れ多くて呼べる気がしないんですけど!
とは、ちょっと言えなかった。
◇・◇・◇
何はともあれ、目下の課題は『可愛げ』である。
殿下やあの令嬢たちの言い分に思うところはあるけれど、私に『可愛げ』の欠片もないことはもはや歴然たる事実なのだ。
ならば完璧を目指すためにも、アルフォンス様に認めてもらうためにも、『可愛げ』の習得は必要不可欠。
そう思うからこそ、隙を見てマイア様を観察しに行きたいのに、なぜか引き止められるようになってしまう。
「セレス、どこへ行くの?」
愛称呼びはもちろんのこと、これまで頑なに使っていた敬語をいったいどこに忘れてきたのですか? というくらい、砕けた口調で話すようになったアルフォンス様。じゃない、アル様(いきなり『アル』とは呼べないので、ひとまず『アル様』で勘弁してもらっている)。
「……どこって、ちょっと、トイレに……」
「じゃあ、俺も」
「え」
何がどうしてこうなったのかまるでわからないのだけど、アル様が一向に私から離れてくれない。
今までだってわりと一緒ではあったけど、なんかこう、まるでコバンザメのようにぴったりと張りつかれているというか。
だからアル様に隠れて、『可愛げマスター』マイア様をこっそりじっくり観察しに行くことができないのだ。
あと、アル様との物理的な距離が、若干近くなった気さえする。
どさくさに紛れて、するりと触れられることも、たまにある。
ななななんで?
とは恥ずかしくて聞けないから、ひとまず澄ました顔でやり過ごしている。
理由は不明ながらも、ここへ来て初めて私たちの冷めた関係が微々たる前進を見せているこの状況は、素直にうれしい。今までの努力は、無駄ではなかったと思える。
語学の習得も、マナーや礼儀作法の勉強も、ダンスも刺繍も料理も武闘大会でさえも、必要なことだったのだ。うん。
それでもやっぱり、更なる高みを目指す以上は、『可愛げ』の習得に全力を注ぎたい。
そしてぜひとも、アルフォンス様に「可愛い」と思ってもらいたい……!
だから私は、ランチの時間とか、たまに廊下ですれ違ったときとか、一瞬でもマイア様に遭遇したときには、目を皿のようにしてその一挙手一投足を凝視した。全集中で注視した。
そして帰宅したらすぐに、その日目にしたマイア様の言動を侍女相手に再現しながら、実装に向けて試行錯誤を繰り返した。
偶然その様子を見かけたらしいお兄様に、「今度は何が始まったんだ?」とか「またとんでもなくあさっての方向に振り切ったな」とか言われたけど、私は気にしない。とにかく、外野は黙っていてほしい。
そうして『可愛げの伝道師』マイア様を目指して修練を続け、侍女にもなんとかお墨付きをもらうと、どこまで通用するのか実際に試してみたくなるのが人情というものである。
ただし、アル様本人に試す勇気はない。
となると、実技演習の相手になってくれそうなのはあの人くらいしかいなかった。




