02 一瞬にして瀕死状態
「セレスも同じクラスとはな」
入学初日、真っ先に声をかけてきたのは同い年のヴィクトル殿下だった。
「そういえば、この前の武闘大会もすごかったじゃないか。まさか従姉妹が四強入りを果たすなんて、恐れ入ったよ」
言葉では褒めているように聞こえても、殿下の声にはどこか皮肉っぽい揶揄いの色が乗っている。
何を隠そう、私と殿下はいとこ同士。
私のお母様は、国王陛下の妹なのだ。
だからもともと面識があった私たちだけど、殿下は昔からこんなふうに、私を小馬鹿にしたような嫌味な言動が多かった。自分のほうが少し早く生まれているからと言って、いつもしたり顔で偉そうに振る舞う。鬱陶しい。
ちなみに、幼い頃に一度だけ、私と殿下の婚約話が浮上したことがある。でも、血のつながりが濃すぎるのでは、という意見が多かったし、何より両親が「王家に嫁がせるメリットを感じない」と言って一蹴したんだとか。
本当は、私が殿下を毛嫌いしていると知っていたからでは? と思うんだけど。
そんな殿下と同じクラスなのは正直うんざりだったものの、神は私を見捨てなかった。なんと、アルフォンス様も同じクラスなのだ。うれしすぎる。
毎日アルフォンス様の姿を間近で眺めていられるなんて、もう天にも昇る気持ちというか、四六時中心臓がどんどこどんどこ暴れ回って脳内お祭り騒ぎである。
それに、アルフォンス様は一応婚約者としての義務を果たそうと思っているのか、想像以上に行動をともにしてくれることが多い。うれしすぎる。
ただ、一緒にいてくれるとはいっても、アルフォンス様の塩対応は相変わらずだった。
無愛想な表情で、素っ気ない態度で、婚約から四年以上が経つのにいまだ「セレスティア嬢」と呼び、他人行儀な敬語を使う。
まあ、出会った頃よりは少しだけ距離が縮まったと思うし、あからさまに嫌われてはいないと思うのだけど。いや、そう思いたい。
しかも気になるのは、この四年でアルフォンス様の美しさに一層磨きがかかり、類まれなる美貌の青年へと成長したことである。
いや、ほんと、『眉目秀麗』とはアルフォンス様のためにある言葉だと思うのよ。
ただ、そうなると、まわりの令嬢たちにきゃーきゃー言われるのは日常茶飯事。私たちが婚約していると知っていても、平気で秋波を送ってくるしたたかな令嬢のなんと多いことか。
巷では、ヴィクトル殿下を『太陽の王子』と呼び、アルフォンス様を『月夜の君』と呼ぶのが流行っているらしい。まさに人気を二分する、美の二大巨頭なのである。
そんな、ある日のこと。
その日の授業が終わり、一人で廊下を歩いていた私の耳に飛び込んできたのは、「アルフォンス様がおかわいそう」という聞き捨てならない言葉だった。
きょろきょろと辺りを見回すと、通りかかった教室の片隅で数人の令嬢たちがコソコソと話し込んでいる。ほとんど人気がないこともあってか、彼女たちは無遠慮に辛辣な言葉を吐き出し続ける。
「アルフォンス様とセレスティア様との婚約は、ラウルス公爵家からの一方的なものだったと聞いていますわよ」
「格上の公爵家からの申し出なんて、断ることなどできませんでしょう?」
「それって、セレスティア様は金と権力でアルフォンス様を買ったも同然ということになりません?」
「その通りです。ですからあの二人、いまだにどこかよそよそしくて、仲睦まじいとは言い難いですわよね」
グサグサグサッと見えない矢が何本も突き刺さった気がした。
廊下を歩いていただけなのに、一瞬にしてほぼ瀕死状態である。
ほとんど事実なだけあって、反論できないところがまた痛い。
私たちの婚約に関して、『一方的かつ強引な婚約』とか『金と権力で買ったも同然』とか、陰でコソコソ言われているのは知っていた。というか、そう言われるだろうと思っていた。
確かに、否定はできない。
でも、だからこそ、半ば無理やり結んでもらった関係に恥じぬよう、誠心誠意心を尽くして完璧な令嬢たらんと日々努力しているのに。
……まあ、努力の甲斐なく、アルフォンス様には全然認めてもらえていないんだけど。
だから私としては、『いまだにどこかよそよそしい』とか『仲睦まじいとは言い難い』という言葉のほうが、数倍ショックだった。
自分でも薄々感じていたのだけど、傍から見てもやっぱりそうなのね、としか言いようがない。とほほ。
一人よろめく私にはお構いなしで、令嬢たちの嘲笑は続く。
「セレスティア様はアルフォンス様に相応しい令嬢になろうとあれこれ努力しているようですけど、あそこまで何でもかんでもできるようになったら、かえって鼻につきません?」
「そうそう。完璧すぎると、逆に疎まれるものですわ。殿方はむしろ、何もできないけれど程よく隙があって、可愛らしい令嬢のほうが好みなんですもの」
「あれではアルフォンス様も、気持ちが安らぐことなどないのでしょうね」
「セレスティア様には、『可愛げ』というものがありませんから。自分がいないとダメなんだ、と思わせる庇護欲は大事な要素ですのに」
「だったらセレスティア様も、あのマイア様を見習ったらいいんじゃないかしら」
令嬢の一人がそう言うと、まわりの令嬢たちも「そうですわよね」と言いながらくすくす笑っている。
特大の雷を何発も食らったような衝撃だった。
そして、雷と一緒に降ってきたのは、私の頭の辞書にはなかった未知の言葉。
『可愛げ』
いや、意味はわかる。そりゃ、わかります。わからないのは、というかわかりたくないのは、自分にそれが欠けていること。欠けているなんてレベルじゃない。むしろ、皆無であるという事実。
……もしかして、『可愛げ』がないから認めてもらえなかったの……!?
完全に盲点だった。男性にとっては、それこそが重要な要素だったなんて思いもしなかった。
完璧すぎる女性は逆に疎まれる、と一般的には言われていることも。
これはもう、一大事である。
翌日、早速私は、あの令嬢たちが言っていた『マイア様』なる令嬢を探してみることにした。
聞くところによれば、マイア様はソロル男爵と平民女性との間に生まれた庶子なのだという。母親が他界したことで男爵家に引き取られ、貴族令嬢としてこの学園に入学してきたらしい。
隙を見てマイア様の教室に行っては、こっそりじっくり彼女の様子を盗み見て、気づいたこと。
それはなんと、驚くべきことに、いつどこで見てもマイア様は数人の男子生徒に囲まれながら、楽しげに談笑しているということだった。なるほど、『可愛げ』があるから、令息たちにも人気らしい。
しかも、彼らとの距離が異常に近い。
時には令息の手をぎゅっと握ったり、いきなり腕につかまったり、いわゆるスキンシップの類いが多い気がする。いや、多すぎる。突然笑いながら一人の令息に抱きついたときには、びっくりしすぎて声を出しそうになってしまった。
それだけではない。
くるくると変わる表情は確かに愛らしく、上目遣いで「マイアのお願い、聞いてくれる?」と問えば令息たちはこぞって頷き、無邪気な笑顔で「いやーん、みんな優しい!」とはしゃげば令息たちも悶絶しながらのたうち回る。
「……何なの、あれは……!!」
まさに、青天の霹靂だった。
世の中の人々は、あれを『可愛げ』というのか……。
知らなかったんですけど!!!




