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完璧令嬢に足りないもの  作者: 桜祈理


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01 完全無欠の公爵令嬢

 それは、私たちが十ニ歳のときのこと。


 第一王子ヴィクトル殿下の誕生日を祝うパーティーが開かれ、伯爵家以上の令嬢令息が王城に集められた。


 言うまでもなく、側近及び婚約者選びを兼ねての会である。


 いずれ立太子するであろう第一王子と少しでもお近づきになり、せめて名前と顔だけでも覚えてもらいたい。親の期待を一心に背負った子どもたちが我も我もとヴィクトル殿下に群がる中、私はひっそりと佇む一人の令息に目を止めた。


 漆黒を宿したような黒髪に、知性を感じさせる冥色の瞳。


 やや大人びた印象の彼は、殿下に群がる集団を興味なさげに眺めながら、我関せずを貫いている。


 その姿は、控えめにいって今日の主役の王子なんかより数倍輝いて見えた。なんなら、後光すら見えた。


 とにもかくにも、見目麗しいの一言に尽きた。


 いや、ヴィクトル殿下だって、十分に美しいのだ。王家特有の金髪碧眼に端正な顔立ちは、どうしたって異様に目立つ。だからこそ、たくさんの令嬢たちが殿下目がけて突進し、現在進行形で熾烈な戦いを繰り広げているわけで。


 ただ、私には、そんな殿下も令嬢たちももはや眼中に入らなかった。


 殿下を取り囲む集団の脇をすり抜け、黒髪の令息に近づいた私は、ほとんど身長の変わらない彼の真ん前に立つ。


「あなた、お名前は?」


 私が尋ねると、令息は怪訝そうに眉をひそめた。


 それでも、瞬時に私の素性を見抜いたらしい。


「……ロウム伯爵家が長男、アルフォンスと申します」


 明らかに自分より身分の高い令嬢を無視することはできないと思ったのか、渋々といった様子で素っ気なく答える令息。


 そんな態度もなんのその、私の心はとっくに全速力で走り出していた。


「私はラウルス公爵家が長女、セレスティアと申します。ロウム伯爵令息、私と婚約してくださらない?」






◇・◇・◇






 私とロウム伯爵令息との婚約は、すぐに決まった。


 五歳年上のお兄様には「殿下の誕生パーティーで、殿下より先に自分の婚約者を見つけてきちゃダメだろう!」なんてツッコまれたけど。それくらい、いいじゃないの。


 ただし、婚約が決まって最初の顔合わせは、和やかな雰囲気とは言い難かった。


 ロウム伯爵はこの婚約にだいぶ乗り気なのか、見るからに終始テンション高めな一方、アルフォンス様は不貞腐れたような仏頂面を一向に崩さない。


 ちなみに、私の両親は高位貴族には珍しく相思相愛の恋愛結婚だったから、私にも好きな相手を選んでいいと言ってくれていた。お母様には何度か「本当にいいの?」と確認されたものの、概ねとんとん拍子で縁談がまとまったのはそうした背景があったからである。


 アルフォンス様を中庭に案内してはどうかと大人たちに勧められ、二人きりになってすぐに、私はズバリ切り出した。


「あなたがこの婚約を快く思っていないことは、重々承知しています。格上の公爵家から婚約を打診されたら、断ることなどできませんものね」


 私の言葉に、アルフォンス様は一瞬だけ眉根を寄せた。『わかっているのなら、なぜ?』と言いたげな目をしている。


「我が家の権力と財力をちらつかせ、半ば強引な形で婚約を進めた私をあなたが疎ましく思うのも当然です。私とて、心までお金で買えるとは思っておりません。ですからどうか、時間をいただきたいのです」

「……時間、ですか?」

「はい。これからの時間の中で、私は必ず、あなたに相応しい婚約者になってみせます。あなたが生涯をともにしてもいいと思ってくれるような、完全無欠の婚約者になるため最大限の努力をしていきます。ですから、ぜひとも私の本気を見届けてほしいのです……!」

「……は?」


 アルフォンス様の仏頂面が、俄かに崩れた。多分、ちょっと困惑している。


「……『私の本気』って、いったい何をするつもりです……?」

「まずはお父様にお願いし、国内屈指の家庭教師に来ていただいて勉学に励みます。同時に礼儀作法やマナー、ダンスについても研鑽を積み、令嬢の嗜みとして刺繍や料理の腕も存分に磨いていこうと思っています」

「……いや、普通の貴族令嬢は、料理なんかしなくていいと思いますけど……?」

「それから文武両道を目指して身体を鍛え、剣術や体術の鍛錬にも励む所存です」

「それこそ、まったくもって必要ないのでは……?」

「とにかく、どこで何が起こっても対処できるようありとあらゆる知識と技術を身につけ、すべてにおいて完璧な令嬢を追求していく覚悟です……!」

「いやいや、うちなんてなんの取り柄も功績もない、歴史が古いだけのしがない伯爵家なのですよ? 何もそこまでする必要は――」

「いいえ! 半ば無理やり婚約を結んでいただいたのです! 伯爵家にもアルフォンス様にも認めていただけるよう、全力で誠意を尽くさなければ!」


 即答すると、アルフォンス様はなんとも言えない微妙な顔になる。



 それからの四年間、私は宣言通りの日々を送った。



 お兄様には「意気込みはともかく、努力の方向性がズレてない?」なんて言われたけど。そんなのは気にしない。外野は黙っていてほしい。


 四年の間に、私は五か国語を操れるようになり、刺繍の品評会で金賞をもらい、我が家の料理人に「セレスティア様にお教えすることはもうございません」と泣きつかれるくらいには料理の腕を上げた。


 身体を鍛え、騎士団の鍛錬にも参加させてもらって武芸を極め、年に一度の武闘大会で四強入りを果たしたときには、なんと騎士団長から「ぜひとも騎士団に入っていただきたい!」と直々にスカウトされてしまった。お父様が慌てて断っていたけど。


 できることが増えるたびに、私はアルフォンス様に逐一報告した。


 婚約が決まって以降、交流を深めるためのお茶会が月に一度は開かれている。不服そうではあったけど、アルフォンス様がお茶会をすっぽかしたり約束を反故にしたりということは一度もなかった。


 ただ、そのお茶会の場で進捗を報告すると、アルフォンス様は決まって微妙な顔をする。一応「すごいですね」と褒めてはくれるけど、どこか不機嫌そうな塩対応は変わらない。


 まだまだなのね、と思った。


 この程度では、『完璧』とは言い難いのだろう、と。


「やっぱり、武闘大会で優勝するくらいでないと、認めてはもらえませんよね……」

「は!?」



 そうして努力を続けているうちに、私たちはいよいよ学園入学の年を迎えた。




 そこで私は、青天の霹靂ともいうべき衝撃を受けることになる。









本編は全六話です。


よろしくお願いします!


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