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断罪は婚約破棄のあとで 〜証拠を集めて、貴方を落とします〜  作者: 彼岸茸


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第6話 雨夜の密会

 エレノアとセドリックはレグニスらしき人影を追いかける。

 雨がしとしとと降りしきる夕暮れという視界の悪い中、見失わないように、かつ気づかれないように慎重に足を進める。


 エレノアはセドリックに渡された外套を羽織っていた。

 サイズが少し大きいのは、セドリックの予備の外套だからかもしれない。


「どこに向かっているのでしょうか?」


 セドリックが小声で尋ねてきた。


「……まずはあの人物を追いましょう。本当にレグニス様なのか、確認しませんと」


 エレノアは皇宮から人目を避けるように出てきた人物がレグニスだと確信していた。

 だからこそ、彼がどこに行き何をするのかをセドリックとともに確かめなければならない。


 人影を追う内に、周囲はすっかり暗くなってしまった。

 月は厚い雲に覆われ、通路を照らすのはぼんやりとした魔導灯だけだ。


「足元が悪いので気をつけてください」


 薄暗いうえに、濡れた石畳は滑りやすい。

 セドリックがすっと手を差し出した。


 親族でも婚約者でもない男にエスコートエスコートされる格好だ。

 婚約破棄されたばかりの令嬢にとって外聞が悪いことは間違いない。


 誰かが見ていればの話だが。


「ありがとうございます、セドリック様」


 足を取られ転倒しても困るので、エレノアは躊躇いなくセドリックの手を取った。


 セドリックに優しく手を引かれながら、人影の後をつける。

 エレノアもよく知っている通りを進んでいく。彼女がよくレグニスと出歩いた道だ。


「このまま行けば、公園ですわ」

「雨夜の公園……誰かと密会するにはうってつけですね。ただのお忍びだと良いですが……嫌な予感がします」


 足を止めないまま、エレノアは首を傾げた。


「嫌な予感。ですか?」

「はい。エレノア嬢の元婚約者を悪く言うつもりはありませんが、孤児への対応を考えると、他にも良からぬことを考えているのではないか、と勘繰ってしまうのです」


 普段は柔和なセドリックの表情が、強張ったように剣呑なものになっている。

 彼の言葉に、エレノアは人影の背中を見つめる目を細めた。


 予想通り、公園についた人影は迷いなく進み、あるガゼボに入った。

 そして、フードを取る。


 魔導灯に薄く照らされたその人物は、紛れもなくレグニス=アウレリアだった。

 常に冷ややかな表情を浮かべた彼の横顔を見紛うはずがない。


「誰かと話している……? やはり、密会でしたか」


 セドリックが呟いた。

 レグニスの口は動いていて、ガゼボの陰に誰かがいるように見える。


 雨足が再び強くなっていく。

 遊歩道と池、そして外套を打つ雨音を聞きながら、エレノアは意を決してレグニスのいるガゼボに近づく。


 雨音に掻き消されそうなレグニスの言葉が、ようやく聞き取れそうだというところで、セドリックの強い力がエレノアの腕を引いた。


「エレノア嬢、それ以上は気づかれてしまいます」

「そ……そうですわね」


 濡れた木の幹に背を預け、木陰に身を隠す。息を潜め、じっと聞き耳を立てた。

 バラバラと葉を打つ雨音の隙間から、レグニスと密会相手の声が微かに届いてくる。


「こちらの計画は順調だ。そちらはどうだ?」


 雨音で聞き取りにくいが、レグニスの声に間違いない。

 彼の言葉を受け、密会相手がガゼボの陰から出てきた。顔はまだ見えないが、体格的に女性のようだ。


「レグニス殿が問題ないのであれば、こちらも滞りありません」


 声も女のものだ。

 エレノアもセドリックも物音一つ立てず、二人の会話に耳をそばだてる。


「そちらに送る物資の目途は立っている。受け入れ態勢は整っているのか?」

「はい。それも問題ありません。愚かな者たちに気づかれぬよう、手を打っております。ただ……」


 女が言い淀んだ。


「ただ、なんだ? 私とお前の仲だ。遠慮なく言え」

「それでは失礼して……帝国騎士の動きが分かりません。それ次第では計画に支障を来たす可能性も……」


 レグニスは懐から何かを取り出し、石造りのテーブルに置いた。


「国境沿いの地図……」

「この断片的な地図だけで国境沿いと分かるとは、さすがだな。こいつがあった方が分かりやすいだろう」


 エレノアたちの位置から、二人の細かいやり取りまで見えない。


「騎士の配置はこのようになっている。時刻に合わせて定期的に配置が変わるがな」

「レグニス殿こそさすがです。この情報は我々の計画を大きく進展させるでしょう」


 女が喜色の声を上げた。

 そして、次の言葉がやけに大きく聞こえた。


「魔王様もお喜びになることでしょう」


 折しも稲妻が光り、雷鳴が轟く。

 その光で一瞬、女の側頭部から生えた角が浮かび上がった。小さな角だが、確かにそこにあった。


 再び魔導灯のみが照らす薄闇に戻り、女の顔は見えなくなった。


「それは重畳。無駄な戦争など続けていても意味がないからな」


 レグニスはつまらなそうに吐き捨て、女もそれに頷いた。


「まったくその通りです。事がうまく運べば、魔王様がすべて丸く収めてくれるでしょう」

「ああ、期待している。進展があればまた連絡する」

「承知しました。何かあればこちらからもご連絡さしあげます」


 二人は別れの挨拶をすることもなく、それぞれ闇夜に姿を消す。


 エレノアは口を押さえ、その場から動かなかった。

 セドリックも驚愕に満ちた顔のまま固まっていたが、やがて口を開いた。


「まさか、殿下が魔国と内通していたとは……」

「そんな……レグニス様に限ってそんなこと……わたくしはレグニス様を信じています」


 声を震わせるエレノアにセドリックは今見た現実をつきつける。


「さっきの女を見たでしょう。あれは魔族だ。『魔王様』とも言っていました。あの魔族の女は魔国の間諜に違いありません」


 身体を縮こまらせて、小さく首を横に振るエレノア。

 彼女の両肩を支え、セドリックは言葉を継いだ。


「落ち着いてください、エレノア嬢。殿下はあの女に『物資を送る』と言い、騎士の配置まで教えていた。貴女も聞こえたでしょう?」

「え、ええ……」


 エレノアはセドリックを見上げる。


「お辛いのは理解できます。ですが、明らかに殿下は魔国と繋がっている。国を売っているのは殿下です」


 セドリックは力強く断言した。だが、エレノアはいやいやと首を振る。


「そ、それでもわたくしはレグニス様を信じたいのです」

「お気持ちは分かります……だが、こうなるとエレノア嬢との婚約を破棄した理由も変わってきます」


 その言葉に、エレノアの両目が見開かれた。


「それは……どういう意味でしょうか?」


 瞳を震わせ、エレノアがセドリックを見つめる。

 雨音がやけにうるさい。


「私は婚約破棄の現場にはいなかったので、直接聞いたわけではありませんが……」

「ええ……我がヴァルシュタイン家が魔国と内通している疑惑があるから、でしたわ」


 婚約破棄には十分すぎる理由ではある。


「殿下が……殿下こそが内通者であったなら、その意味がまったく別のものになると思いませんか?」


 セドリックが諭すように、あくまで落ち着いた声音で語りかける。


「それは……」

「殿下自身の売国行為を隠蔽するために、その罪をヴァルシュタイン公爵家になすりつけた。そう考えることはできませんか?」


 再び雷鳴が轟いた。


「きゃっ」

「大丈夫です」


 身を強張らせたエレノアの肩を、セドリックは優しく抱き寄せた。


「エレノア嬢、貴女は聡明な方です。私が言ったことも理解できるでしょう」


 セドリックが安心させるように視線をエレノアに落とす。


「……あの婚約破棄は、わたくしを利用するためのものだったのですね」


 エレノアは顔を伏せ、絞り出すようにそう呟いた。


「私はそう考えます。このまま放っておけば、殿下の思い描く未来がやってくるでしょう」


 エレノアの肩を抱くセドリックの手に、じわじわと強い力がこもっていく。

 そこには確かな熱気も感じられた。


「ですが、レグニス殿下を失脚させることができれば、我が母国を救うことができます」


 セドリックは力強く告げる。


「そのためにも殿下が悪事を働いているという、決定的な証拠が必要です」


 しかし、エレノアはセドリックの腕を振り払い、彼から少し距離を取った。


「わたくしは……わたくしは、レグニス様を信じたいのです!」

「魔族と女との密会とその会話……それを見聞きしてもなお殿下を信じると?」


 エレノアは小さく、だが確かに首を縦に振った。


「きっとレグニス様にも何かお考えがあって……」

「貴女のお考えは分かりました。ですが、ならばこそ、私を手伝ってはいただけませんか?」


 セドリックは声を荒げることなく、むしろ穏やかにそう言った。


「殿下の悪事の証拠を集めることは、殿下がそれ以上の悪事に手を染めることを止めることにも繋がります。ですので、私の手を取ってはくれませんか?」


 降りしきる雨の中、手を差し出してくるセドリック。

 彼に手を差し伸べられるのは何度目になるだろうか。


 エレノアは逡巡した様子を見せ、セドリックの手を取った。


「そうですわね」


 そして、顔を上げて、今度は大きく頷いた。


「わたくしはレグニス様をお慕いしております。レグニス様をお助けすることに繋がるのであれば――きっと、証拠を掴んでみせますわ」


 激しさを増す雨音にも負けない声で、エレノアはそう宣言した。

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