表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪は婚約破棄のあとで 〜証拠を集めて、貴方を落とします〜  作者: 彼岸茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第3話 セドリックの理念

 明くる日、エレノアは供も連れずにただ一人、皇宮に向かっていた。

 内通を疑われ孤立する彼女に付き従う侍女はおらず、エレノア自身も無関係の者を巻き込みたくはないと考えていた。


 空はあいにくの曇天で、湿った土の匂いが空気を重くしている。

 一雨くるかもしれない。

 雲に覆われて陽の光が届かないせいか、空気は少し肌寒い。


 今日はこれから皇宮に出向き、レグニスとの婚約破棄に関する書類に署名をしなければならない。

 父フリードリヒに託された金貨の寄付先を探す必要もある。


 やるべきことは少なくないが、エレノアは気丈に足を進めた。


(あ、ここは……)


 道中、ふと公園に立ち寄った。

 貴族街に作られた公園で、薄暗く曇天を映した池がある。


 晴れていたら水鳥を見かけることもあるのだが、雨を予感したのか一羽も見当たらない。


 人目につかない、木立に隠れたベンチで少し休むことにした。

 別段疲れたというわけではない。


 ただ、不意に甦った感傷に足を止められたのだ。


(何度かレグニス様とここにご一緒したことがありましたわ)


 かつてレグニスと将来について語り合った思い出がある。

 あの時は互いの護衛もいたが、今日は本当にエレノア一人だけだ。


 すれ違う貴族や遠くからこちらに視線を送る貴族はいる。

 しかし、エレノアだと気づくと、距離を取り、目を逸らす者ばかりだ。


 婚約破棄と魔族との内通疑惑の噂が知れ渡っているのだろう。

 あの夜会の場にいなかった貴族にも悪評が広まっていると考えていい。


「はぁ……」


 上品にベンチに腰掛けた公爵令嬢の物憂げな溜め息。

 そこだけ切り取れば絵画になりそうだ。


 ふと視線を向けると、池のほとりに数人の男が近づいてくるのが見えた。

 身形からして貴族ではなく、どこかの屋敷に雇われた下働きだろう。


 彼らは運んできたかさばるゴミを、次々と池に向かって乱暴に投げ捨て始めた。

 ボチャン、ボチャンと水の音が聞こえ、飛沫が上がるのも見える。


 仮にも貴族街に出入りできるので、それなりに身元は確かなのだろう。だが、それにしてもやることが雑だ。


「ここに沈めちまえば分かんねぇだろ」

「だな。こんな面倒臭い仕事はさっさと終わらせて、飲みに行こうぜ」


 貴族街にそぐわぬ会話に、思わずエレノアは眉をひそめた。

 ただでさえ、ここはレグニスとの思い出の場所なのに、それを汚されたことに不快感を覚える。


 注意すべく、エレノアは立ち上がって男たちに向かって歩き出した。

 しかし、声をかける前に男たちはそそくさと去ってしまった。


 彼らがゴミを投棄していた場所の池を覗き込んだが、濁っていて水中を窺うことはできなかった。

 これ以上、思い出に浸っていても仕方がない。


 エレノアが気を取り直して、皇宮に向かおうとしたところで、背後から声がかかった。


「もしかしてエレノア=ヴァルシュタイン嬢ではありませんか?」


 振り返ると、一人の青年が立っていた。


 穏やかな雰囲気の青年はいかにも育ちが良さそうな服装をしている。

 貴族であることは間違いない。


 だが、この時期にエレノアに声をかけてくるとは、エレノアの悪評を知らないのだろうか。

 あるいは知っていて声をかける奇特な人物かもしれない。


 落ち目の令嬢に声をかけて手籠めにする悪徳な貴族もいると話に聞いたことがある。

 そういう輩にとって、今のエレノアは格好の的だろう。


 それでもエレノアは礼をもって返事をした。


「ごきげんよう、セドリック=ローゼンフェルト様」


 公爵令嬢たるエレノアはこの帝都内の貴族について、顔と名前くらい一致させている。

 相手の名前が分からないという礼を失することを彼女ができるわけがない。


「私のことをご存知でしたか」


 驚いたようにセドリックは目を丸くした。


「当然ですわ……セドリック様はわたくしのことをお聞きになっておられないのですか?」


 エレノアが声の調子を落として、尋ねた。

 もし知っていて、セドリックが親切心でエレノアに声をかけたのであれば、彼にも内通の疑惑が浮かぶ可能性があるのだ。

 その程度にはエレノアが立っている場所は危うい。


「無論です。ですが、私はヴァルシュタイン公爵が魔族と内通するとは思えない。貴女の潔白を信じています」


 そう言って、セドリックはエレノアを安心させるように微笑んだ。


 悪い男はそうやって、令嬢を騙すということをエレノアは知っている。

 ゆえに警戒を解くことはしない。


「セドリック様は護衛もつけず、何をなさっているのですか?」


 護衛については、エレノアは人のことを言えた義理はないが、事情が事情なので仕方ない。

 だがセドリックはそうではない。


「貴族街にいる限りはそこまで危険ではないでしょう。騎士の巡回もありますから。それに一人の方が何かと身軽でいいのですよ」


 セドリックは肩を竦めてみせたが、すぐに真面目な表情になった。


「私よりもエレノア嬢の方が心配です。貴女こそ護衛もつけずに出歩くなど――」

「わたくしの事情をご存知ならお分かりでしょう」


 誰も護衛や侍女に付きたがらないのだ、と皆まで言う必要はない。


「そうでしたね……では、こうしましょう」


 エレノアが首を傾げると、セドリックは真剣な面持ちで告げた。


「私が貴女をお守りしますよ」


 嘘は言っていないように見えるが、貴族というものはエレノアに限らず感情を隠すのが上手だ。


「申し訳ございませんが、わたくしはセドリック様のことをよく存じ上げません。よく知らぬ殿方にお守りしていただくわけにはございませんわ」


 だから、エレノアは丁重に断った。

 そんなエレノアの様子に、セドリックは苦笑した。


「確かに突然そのようなことを言われては、警戒するのは当然のことです。ではまずは私のことを知ってもらいましょう。少しお話するくらいは構いませんよね?」

「ええ」


 エレノアが頷くのを確認してから、セドリックは池のほとりの遊歩道を歩きだした。

 セドリックに付かず離れずの距離で、エレノアは彼についていく。


「実は社会貢献に力を入れておりまして」


 歩きながら、セドリックは話し始めた。


「社会貢献ですか」

「慈善事業とも言います。孤児院を運営しているのですよ」


 それはエレノアがフリードリヒに託された金貨の寄付先として、考えていた場所の一つでもある。

 ゆえに彼女はセドリックの話に興味を持った。


「とてもご立派なことだと存じますわ」

「もちろん、売名や民の支持を得るという目的がないと言えば嘘になりますが……」


 ちらりと見えたセドリックの横顔は穏やかな微笑を湛えながらも、真剣そのものだった。


「それよりも子どもがちゃんと過ごせる場所を提供することは重要だと考えています」


 もっともな意見だ。

 人族と魔族の戦争が続いている中、両親が亡くなり孤児となる者は少なくない。

 幼い彼らを放っておくことは治安の悪化をもたらし、孤児の将来を閉ざすことにもなるだろう。


「子は宝です。彼らを守ることは、ひいては私たちの未来を守ることにも繋がる、と私は信じています」


 力強く語るセドリックが見ているのは「今」だけではないということだ。


「それで孤児院を?」

「はい。彼らが過ごせる場所を提供するのは、私たちにとってもメリットがありますから」


 犯罪に走る子どもが減るのは大きな利点だ。


「子どもたちを助けるだけではないのです。そうすることで、将来私たちが助かることにもなるのですから」


 心の底からそう思っているような口調だ。

 それが演技だとしても、理念は崇高なものに聞こえた。


「素晴らしいお考えだと存じますわ」


 だから、エレノアは素直にそう言った。


「そこでこの事業にエレノア嬢も参加してみては、と思ったのです」

「わたくしが、ですか?」


 セドリックが不意に提案してきた。

 だが、唐突だとは思わなかった。


 ヴァルシュタイン公爵家が窮地に陥っていることは、彼も知っている。

 汚名返上のために慈善事業に手を出そうとすることも想像に難くない。

 孤児院の運営もただでできるわけではないので、出資者がいればセドリックもありがたいのだろう。


「ええ。エレノア嬢もお気づきの通り、確かに打算もあります。しかし、それ以上に貴女を守りたいのです」


 セドリックは立ち止まると、振り返り、エレノアに熱い視線を送る。


「わたくしを守る、ですか」


 エレノアは彼の真意を探るように、セドリックを見上げる。


「はい。そして、我が母国を守る手伝いをしてほしいのです」

「わたくしを守っていただくことが、なぜ帝国を守ることに繋がるのでしょうか?」


 当然の疑問を口にした。


「おそらくは貴女のご実家に罪を着せようとする何者かが……いえ、確証がないことを口に出すべきではありません」


 セドリックは頭を振った。


 彼が言おうとしたことの続きは気になる。

 しかし、せっかく孤児院の話が出たのだ。

 エレノアの口からはっきりと慈善事業への寄付を検討していることは伝えていないが、セドリックの孤児院はその候補に良いかもしれない。


 それに、周囲は敵だらけの中、彼だけは手を差し伸べてくれた。


「……セドリック様。貴方の孤児院を見学させてはいただけませんか?」


 急な申し出にもかかわらず、セドリックは首肯した。


「もちろんです。きっと気に入っていただけると思います」


 人目を避けるため、指定された時刻よりもずいぶんと早く屋敷を出てきた。

 皇宮に行かなければならない時間まで余裕はある。

 その前に、セドリックの孤児院に向かうこととなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ