第19話 断罪の終焉
「エレノア嬢……何を、言っているのですか?」
セドリックが驚愕に満ちた顔でエレノアを見返す。
「セドリック様が一番よくご存知でしょう? だってセドリック様は魔族ですよね」
彼女はにっこりと、しかし冷え切った微笑みをセドリックに向けた。
彼から否定の言葉が出る前に、さらに続ける。
「もっと言えば、有角種だということも分かっていますわ」
「な……ちが……」
セドリックの目が泳ぐ。ずっとエレノアに向けてきた柔和な表情はどこにもない。
「そもそもアウレリア帝国の人間ではないのですから、『売国奴』ではありません。そう申しただけですわ」
周囲の貴族たちからざわめきが起こり、セドリックに対する疑念が深まる。
彼は自らを落ち着かせるように深呼吸をした。
「し、証拠はあるのですか?」
「セドリック様――そうお呼びしてよいか分かりませんけれど、このままセドリック様とお呼びしますね。確か、セドリック様は頭に触れられるのを嫌がっておいででしたね」
以前、彼の頭についた葉っぱをエレノアが取ろうとした時のことだ。
「あ、あれは幼少期の親の躾で……」
「そう仰っていましたね。ですが、本当にそうなのでしょうか。頭に触れると角があることが露見するからではありませんか? 幻魔法でいくら見た目を変えようと、角がなくなるわけではありませんから」
エレノアは自分の右手に視線を落とす。
あの時、確かに何もないはずの彼の側頭部に、硬い感触があった。
「レグニス様にどうやってお伝えしたらよいか、悩んだのも懐かしいですわ」
思い出すように話すエレノアに、レグニスが優しく声をかける。
「あの手紙はなかなか面白かったぞ」
「手紙……?」
セドリックの呟きにレグニスが答える。
「エレノアからの手紙に貴様の正体が書かれていた。一見するだけだとただの恋文だがな」
「レグニス様、恋文としても本当の気持ちを綴ったのです」
軽く頬を膨らますエレノア。とても、婚約破棄された相手に向ける表情ではない。
「分かっている。故にあの手紙は大事に取っているぞ」
レグニスが彼女の頬を優しく撫でる。
「私は!」
甘くなりかけた空気を、セドリックの叫びが引き裂いた。
「私は国に尽くしてきたのですよ! そんな私を疑うなど……!」
「セドリック様。皇太子であるレグニス様をお疑いになっておいて、どの口がそのようなことを仰るのですか? それに――」
エレノアがぴしゃりと言い、レグニスにちらりと視線を向ける。
彼は一つ頷くと、指をパチンと鳴らした。
それを合図に会場の扉が開いた。
数人の騎士が、成人一人が入れるほどの箱を抱えて入ってくる。
他の貴族たちもその箱を目で追う。中身が何か気になるのだ。
騎士たちはそっと箱をセドリックの前に置く。
「……これは何ですか?」
「貴様がよく知っている者だ。開けろ」
レグニスが騎士に命令を出し、箱の蓋が開けられた。
中から現れたのは成人男性の骨だ。
夜会には似つかわしくないものに、貴族たちは顔をしかめる。目を背けたり、口元を扇子で覆う令嬢の姿もある。
「まさか……」
セドリックだけは心当たりがあるようで、目を見開いていた。
「懐かしいだろう? 貴様が焼いて、公園の池に沈めた、本物のセドリック=ローゼンフェルト公爵だ」
レグニスの言葉に会場全体がどよめく。
絶句するセドリックに、レグニスは言葉を続けた。
「これもエレノアからの手紙のおかげで、引き上げることができた。もっとも、池も狭くないからな。それなりに探すのは苦労したが……エマは本当によくやってくれた」
じっと遺体を見つめるセドリックの背後で、エマがぼそりと呟く。
「……夜の池は本当に冷たくて、怖かったです」
「その分、給金ははずんだだろう」
レグニスは肩を竦めた。
そして騎士に遺体の入った箱を下げさせる。
箱があった場所から視線を動かさないセドリックに対し、さらにエレノアが告げる。
「ヴァルシュタイン家からの寄付金を覚えておいででしょうか、セドリック様?」
ばっと顔を上げた彼は縋るようにエレノアに目を向けた。
「エレノア嬢は私の孤児院運営に賛同してくれたではありませんか? それがなぜ、このような謂れのない疑いをかけるのです?」
「謂れのない、ですか」
頷くセドリックに、彼女は尋ねる。
「それでは、なぜわたくしが寄付したお金が魔国で見つかるのでしょうか?」
「……何の証拠があって……」
なおも否定しようとするセドリックに、エレノアは溜め息を漏らす。
「このお金についてはナディア様が詳しいですわ」
話を振られたナディアが言葉を継いだ。
「なんてことはないわ。ヴァルシュタイン家の印がついた金貨が魔国で見つかったってだけの話。戦争を継続したい連中の懐からね。見つけ出すのはそれほど難しくなかったわ。エレノア殿が託した金貨がなぜ魔国で見つかったのか、説明できるかしら?」
挑発的に問うナディア。
セドリックは答えることができなかった。ただ、キッとエレノアを睨む。
これまで見せたことがないような険しい彼の眼差しから守るように、レグニスがエレノアの前に一歩出た。
「まだあるぞ」
そう言って、レグニスが懐から取り出したのは名簿だった。
「孤児院の名簿……」
「そうだ。貴様から預かっていた名簿だ」
「……それが何だと言うのですか?」
喰ってかかるセドリックに、レグニスは表情一つ変えずに言う。
「私が貴様の孤児院に行った時に見た孤児の数と合わない」
「それは、入れ替わりが激しく、名簿の作成が追いついていないだけで――」
「孤児院にいなかった子どもにだけ数字が書かれている。この数字は何を意味しているのだ?」
レグニスが、開いた名簿に記入されている数字を指す。
「それは……」
「これは貴様が孤児を違法に売った際の金額だ。貴様が雇っていた連中が杜撰な管理をしていたおかげで、すぐに裏が取れた」
孤児院を運営していた者が孤児を売買していたという事実が明るみになった。
もう何度目になるだろうか、ふたたび会場に衝撃が走る。
「それだけではない。そうして得た金銭を魔国に流していたことも分かっている」
「でまかせだ!」
セドリックは声を荒げ否定した。
しかし、レグニスはなおも冷たく告げる。
「残念だが、全て裏を取っている。エレノアが孤児院の外で貴様の相手をしている間に、孤児院の職員を問い詰めてな」
「何ですって……?」
「この場は貴様に真実を問う場ではない」
エレノアがすっとレグニスの横に並び、口を開いた。
「セドリック様、わたくしは申し上げました。『断罪の時』と」
彼は帝国における和平派筆頭のレグニスを失脚させようと企んでいた。
これまでずっとうまく立ち回ってきたはずのセドリックは俯き、わなわなと拳を震わせる。
そんな彼に、エレノアが笑みを浮かべたまま、冷徹に言い放つ。
「言い逃れはできませんわ」
セドリックは顔を上げ、周囲を見渡す。
周囲の貴族の顔には疑念と困惑が張りついている。
彼は深く息をついた。
「ふふ、くくく……もう姿を変える必要はない」
その言葉と同時に彼の姿に一瞬靄がかかったようになり、「セドリック」とは異なる容姿の男が現れる。
その両側頭部からは角が生えている。
ナディアのものとは異なり、少し捻じれた角だ。
「で、殿下の言う通りだった!」
「本当に魔族だったのか!」
「諜報員が帝都に入り込んでいるという噂は本当だったんだ!」
会場に動揺が走る。
フードを被っていただけのナディアとは違い、魔法による変身を目の当たりにした貴族たちは、魔族の危険性を再認識したのだ。
その様子を魔族の男はつまらなそうに眺めたのち、エレノアに視線を固定する。
「貴女がいなければ、私の正体がバレることはなかった! 貴女さえいなければ!」
男は怒りを露わにし、エレノアに掴みかかる。




