第17話 断罪の幕開け
フードを被った女を連れたレグニスが階段を下りてくる。
女の後ろには身を小さくしてついてくるエマの姿も見える。
踊り場に差し掛かったとき、セドリックが意を決したように声を張り上げた。
「皆さん、聞いてください!」
その声に周囲の貴族たちのざわめきは収まり、レグニスの足も止まる。
挑発的なレグニスの視線に対し、セドリックも険しい目を向けた。
エレノアを守るように立つセドリックの背中越しに、レグニスがちらりとエレノアを見て不敵な笑みを浮かべる。
「レグニス殿下――いえ、その男は売国奴なのです!」
その言葉に、一瞬は静まった夜会会場がどよめく。
誰もが予想しなかった内容に驚いた。
「レグニス殿下が売国奴?」
「どういうことだ? 皇太子がそのようなことをするはずがないだろう」
「戦争が終わらないのは、レグニス様のせいということなのか?」
憶測が口々に語られる。
そして、疑念の目がレグニスに向く。
当のレグニスはまったく意に介していない様子で、高い場所から会場の貴族たちに視線を巡らせた。
セドリックがレグニスに告げる。
「殿下、観念してください」
レグニスは視線をセドリックに戻すと、口角を軽く上げた。
「観念? いったい何の話をしている? 俺が『売国奴』など笑止。貴様、不敬罪で捕らわれたいのか?」
彼の言葉は鋭く、冷たい。
それでもセドリックは怯まない。
「公の場で罪を暴かれたいのですね。私も元よりそのつもりでしたから、都合がいい」
大勢がいる場面で言質を取り、言い逃れをさせない構えだ。
「ほう?」
レグニスはなおも挑発的な態度を崩さない。
周囲の貴族は固唾を飲む。
二人の青年を見守るエレノアがセドリックに小さく声をかけた。
「セドリック様……」
「エレノア嬢、ご安心を」
振り返った彼はふっと優しげにエレノアに微笑みかける。
「……はい。ここで必ずや悪をくじきましょう」
エレノアも一つ頷いて、事の成り行きを見守ることにした。
ついに、セドリックの追及が始まる。
「まずはこれを」
彼が懐から取り出したのは、数枚の紙だった。
上質な紙には、文字がびっしりと書き込まれている。
「それはなんだ?」
「見覚えがあるでしょう? 違法奴隷の売買に関する契約書ですよ」
レグニスが目を細め、じっと書類を睨む。
「……どこで手に入れた?」
「さまざまな伝手を頼りました。商人にも知り合いはいますし、彼らは表には出ない取引についても詳しいのです」
セドリックはパンと書類を手で叩いた。
「それが本物という証拠はあるのか?」
「殿下の筆跡と印章が揃っています。他の方々にも確認してもらいましょうか?」
訝しむように問うレグニスに、セドリックは自信満々に答える。
ここでレグニスが拒否すれば、それは自分が怪しいと宣言するようなものだ。
だからこそ、セドリックは公の場でこれを提示したかったのかもしれない。
「……構わん」
その言葉を受け、セドリックがまずはエレノアに書類を手渡した。
エレノアも初めて目にするが、確かにレグニスの筆跡と印章だ。彼の手紙から微かに香る飲酒の匂いと同じものを感じる。
整った眉を寄せ、息を整えてから近くの貴族に渡す。
中にはレグニスからの書状を受け取ったことがあるものもいて、そうした貴族からも声が上がる。
「確かに、レグニス殿下のものだ」
「筆跡は真似できても、印章は不可能……」
「どうやら、これは本物のようだな」
それらの声を耳にしたセドリックが満足そうに頷き、次の一手を打った。
「実際に買われた者もこの場にいます」
セドリックの視線の先には、エマがいる。
レグニスとフードの女の後ろで、身を小さくしていた彼女はびくっと肩を震わせた。
ただでさえ、貴族だらけの夜会会場など緊張しかないというのに、名指しされたのだ。
「エマ、今こそ証言していただく時です」
彼女に優しく語りかけるセドリック。
エマの視線はセドリックと主人であるレグニスの顔を行ったり来たりする。
「呼ばれているぞ、エマ。行っていい」
レグニスにそう言われ、エマはおずおずと階段を下りる。横を通る際、彼はもう一つ言葉を投げた。
「あいつに何を聞かれても、正直に答えよ」
そこには有無を言わせぬ響きがあった。
「は、はい……」
エマがセドリックの前に来ると、彼は安心させるように穏やかな笑みを浮かべ、質問を始める。
「エマ、あなたは殿下に違法奴隷として買われたのですね?」
「……」
エマは俯いたまま答えない。
「答えにくいこともあるでしょう。ですが、これも貴女を救うためです。質問を変えます。あなたは殿下に非道な扱いを受けているのでしょう?」
「……」
なおも答えあぐねるエマに、階段上からレグニスの声が降ってくる。
「『正直に答えろ』と言ったはずだ。黙っていては意味がない」
「殿下もあのように仰っています。何があっても、貴女が心配することはありません。どうか、お答えください」
やがてエマは言葉を選ぶように話し始めた。
「……ご主人様には、いつも嫌なことをさせられます。身体を使わせられることも……どんなに嫌がっても、笑いながら強要してきます。昼も夜も、ご主人様の手が空いた時はいつも……」
彼女の声は震えている。本当に辛いのだろう、こぼれる涙が絨毯を濡らした。
周囲からは同情の視線がエマに注がれる。
「エマ、もう良いですわ。どうぞこちらに」
エレノアが優しく声をかけ、自身の後ろに控えさせ、小さく続けた。
「よく話してくれました。貴女の言葉はきっと役に立ちますわ」
「……はい」
エマがコクンと頷いたのを見て、セドリックはきっとレグニスを睨んだ。
「弁明は?」
「今、私が何か言う必要があるのか? 『証拠』とやらはそれだけではないのだろう? いちいち弁明するなど面倒だ。先に貴様の言い分を申せ」
「……いいでしょう。では次です」
セドリックはレグニスの背後にいるフードの女を指さす。
「ここは帝国貴族の集まる場です。そのようなフードは取るのが礼儀というものです」
フードの女はレグニスに確認する。
「よろしいのですか?」
「構わん。その方が話も早いだろう」
彼女の方を見ることなく、レグニスは答えた。
女は躊躇うことなく、フードを取り払う。現れたのは、暗紫色の髪と金眼が特徴的な女だった。
特筆すべきは両側頭部から生えた小ぶりな角。
魔族だ。
エレノアには見覚えがある。一度目のレグニスの密会で、雷に照らされた時に一瞬見えた女と一致していた。
「殿下がどういうつもりでその女をここに連れてきたのかは分かりかねますが、私にとっては都合がいい」
「なに、いろいろとこの女は動いてくれるからな。一度、帝国貴族を見てもらうのもよいと思っただけだ」
もう何度目になるか分からないざわめきが、会場に広がった。
「つまり、殿下は魔国と通じていたことを認めると?」
「さてな」
レグニスは余裕の笑みを崩さない。
「ならば、女に問います」
「ナディアよ。貴方程度の者に『女』呼ばわりは腹が立つわ」
レグニスに向けるものとはまったく異なる不愉快そうな表情でナディアは言った。
「……ナディア、貴女は殿下と通じていますね? 殿下から物資を受け取ったり、騎士の配置を聞き出したりしていたことは知っていますよ」
「へぇ?」
「言い逃れはしないことです。私もエレノア嬢も貴女がたの密会の場を目撃しているのです」
ナディアはやれやれといったふうに肩を竦める。
セドリックが指摘したことを一切否定するつもりはないようだ。
その様子にセドリックが声を張り上げ、周囲の貴族に告げる。
「皆さん! このように、レグニス殿下こそが魔国と内通しているのです! エレノア嬢との婚約破棄はその隠れ蓑――いえ、ヴァルシュタイン家に罪をなすりつけるためのものだったのです!」
貴族たちが騒がしくなる前に、セドリックは言葉を継いだ。
「皆さんのお気持ちはよく分かります。皇太子ともあろうお方が、国を売っていたのですから。ですが、彼の弁明を聞こうじゃありませんか」
そして、レグニスににっこりと微笑む。
「それでは殿下。弁明があるならどうぞ」
違法奴隷の売買と、敵国との内通の証拠を突きつけられ、なお表情を変えないレグニスが口を開く――
その直前、エレノアがセドリックの前に歩み出た。
婚約破棄が隠れ蓑だったことに対する同情と、そんな彼女がこれから何を言うのかという期待のこもった視線が集まる。
重苦しい空気の中、エレノアは静かに、だが力強い声で言った。
「わたくしからもよろしいでしょうか、レグニス様」
明日は、残り3話を一気に投稿して完結となります。




