第15話 集まる証拠
「決定的な証拠が手に入りました」
エレノアは数日ぶりにセドリックの屋敷を訪れた際、彼からそう告げられた。
屋敷の応接室には、紅茶の湯気と香りが漂っていた。
少し興奮気味だったのは、これでレグニスを失脚させることができると確信したからだろう。
「どのような証拠なのですか?」
「違法奴隷の売買に関するものです。集まっていた証拠を精査した結果、ほとんどのものは使えないものでした。しかし、ようやく見つけることができましたよ」
彼は自信たっぷりだ。
エレノアは胸に手を当て、安堵の表情を浮かべる。
「これで、お止めすることができるのですね」
セドリックの表情も穏やかなものだ。レグニスに向けるものとはまったく異なる、落ち着いた柔和な笑み。
「私たちが見聞きした、殿下と魔族の女の密会と、違法奴隷の売買記録があれば、彼を追い落とすことも難しくありません」
嬉しそうに語る彼に、エレノアも目を細めた。
セドリックは手応えをかみしめるように、胸の高さで拳を握った。
「断罪をさらに確実にするために、エマからの証言を得たいと思っています」
「エマ……違法奴隷というのは、まさか……?」
整った眉を寄せ、エレノアが問う。
「そうです。私が掴んだ証拠はエマが違法奴隷であるということです」
「ですが……エマは皇宮内を比較的自由に移動していました」
違法奴隷であるなら、もっと厳重に管理されているはずだ。
しかし、セドリックは首を横に振った。
「おそらく、私たちには分からない鎖で繋がれているのでしょう。だからこそ、彼女から直接話を聞かないといけません」
「……どうやって彼女に接触するのですか? この前はエマが通りがかったから話すことができましたけれど」
エレノアが首を傾げる。
「知人の貴族に頼んで、エマを呼び出してもらっています。もちろん、レグニス殿下には知られぬよう細心の注意を払っていますよ」
「まあ……そのような方がいらっしゃるのですね」
セドリックが運営する孤児院経由で、彼と懇意になった貴族かもしれない。
彼にも協力者がいるということだ。
紅茶に口をつけ、セドリックは穏やかな瞳をエレノアに向ける。
「エマが来るまでに、状況を整理しておきましょう」
「そうですわね」
セドリックが紙とペンを取り出し、二人が隠れて見ていたレグニスの密会のことを書き出す。
まずは、二度の密会があった場所と時間。
レグニスが隠れて魔国に物資を送っていたこと。
さらには、国境付近の騎士の配置を教えていたこと。
魔国において、レグニスにとって邪魔になる者を排除しうる何かが見つかったこと。
レグニスと魔族の女が企んでいる計画とやらが順調に進んでいること。
要するに、レグニスと魔族の女――魔国が繋がっていること。
そして、国家を揺るがしかねないこと。
二人で思い出す限りのことを書き記した。
セドリックが流麗な文字で書き連ねた文字列は、急いでいたため整然とはしていない。
「これを清書して、レグニス殿下に叩きつけてあげましょう」
彼はそう言って、自分で満足そうに頷いた。
「お願いしますわ。ところで、気になることがあるのですけれど」
「ええ、何でしょうか?」
「その、エマが違法奴隷ということでしたけれど……違法奴隷の証拠というのは、どこで入手されたのですか?」
仮にセドリックがでっち上げた証拠だとするなら、大問題だ。
だが、すぐに嘘だと露見するものを証拠として提出するほど、彼は愚かではない。
「あらゆる伝手を使いました。孤児院に寄付をしてくださる貴族や大商人も少なくありません。そうした方々に聞いて、違法奴隷についての情報を調べたのです。レグニス殿下が関わっているなど、まだ口外することはできませんから、事情を伏せたままでした」
そこで、セドリックは短く溜め息を漏らし、話を続けた。
「その甲斐もあって、結構な量の情報が集まったのですが……その多くは、殿下には無関係のものでした。その情報の取捨選択で、こんなに時間がかかってしまったのです」
「それは……大変でしたわね。わたくしもお手伝いできれば良かったのですけれど」
申し訳なさそうなエレノアに、セドリックは首を横に振った。
「エレノア嬢にそのようなことはさせられませんよ」
不意に、コンコン、と扉がノックされた。
セドリックが扉に向かって、「どうぞ」と応じる。
すっと開いた扉から入ってきたのは、エマだった。
目の下の隈はいつも通りで、おどおどとしている。
いくら皇宮でレグニスの侍女として働いているとはいえ、彼女は平民の、しかも孤児だ。突然公爵家に呼び出されて、平然とできるわけがない。
エマはこわごわと口を開いた。
「あ、あの……わたしに、いったい何のご用でしょうか……?」
「そう緊張しないでください。貴女に聞きたいことがあるのです」
セドリックがソファに座るよう示したが、公爵家の人間が二人も座っている前で、腰掛けることなどできない。
エマはエレノアの斜め後ろに立った。
「聞きたいこと、ですか?」
セドリックはやり場を失った手を少し見てから、引っ込めた。そして、エマに柔和な笑みを向ける。
「はい。先日、もしもの時は貴女からも証言をいただきたいと言った通りです。ここには、レグニス殿下の手の者はいません。安心して、彼に何をさせられているのか、話せますよ」
「で、でも……」
彼女は困ったように俯いた。
エレノアがそんな彼女に振り向く。
「大丈夫ですよ。わたくしは貴女の味方ですわ。エマが証言をしてくださったら、悪事を止めることができるのです」
少しだけ顔を上げたエマが、エレノアの微笑みを見つめる。
そして、一瞬口をきゅっと固く結んだかと思うと、決心したように胸に手を当てた。
「……ご主人様はいつも酷いことをするんです」
その声は震えている。
エレノアとセドリックは無言で続きを待った。
「毎晩のように、その……わたしが嫌がることを強要するんです」
「……具体的にはどのようなことを?」
セドリックが尋ねたが、エレノアが軽く彼を睨んで制した。
「セドリック様、乙女には口にできないこともございます」
「……そうですね。すみません、エマ」
公爵という立場上、頭を下げることこそしないが、セドリックの声には確かな謝罪の念がこもっていた。
「いえ……辛いのは本当なんです。苦しいのも、嫌なんです。どんなに泣き叫んでも……ご主人様は毎晩、酷いことを……いや、夜だけではありません。心も体も、休まる時がないんです……!」
エマは自身の身体を抱き、カタカタと震える。
しかし、彼女は話すのをやめない。
「つい先日なんか、暗くて寒い夜……突然、池に入れと言われました。ご主人様は嫌がるわたしを見ながら、うすら寒い笑みを浮かべるんです……」
ぽろ、っと。
エマの瞳からこぼれた涙が、絨毯を濡らした。
「酷いですね……殿下はいったい何を考えているのでしょうか」
セドリックの拳から血の気が引いている。
彼は立ち上がり、エマに近寄る。
びくっと肩を震わせた彼女に、そっとハンカチを差し出した。
「ええと……?」
「どうぞ、涙を拭いてください」
「……このような、上質なハンカチを汚すなんて、できません」
エマは焦ったように首をぶんぶんと振ると、侍女服の袖で涙をぬぐった。
そして、深々と頭を下げる。
「も、申し訳ありません……変なことを聞かせてしまって……」
「頭を上げてください。私が聞かせてほしいと言い、エマは話してくれた。それだけのことです」
しかし、エマは顔を青ざめさせた。
「ご、ご主人様には、わたしが話したなんて……絶対に言わないでください……!」
彼女を見下ろすセドリックの表情が、痛ましく歪む。
「殿下はよほど、エマを追い詰めているようですね」
そして、ふっと顔を綻ばせて、言葉を継ぐ。
「ですが、安心してください。前にも言ったでしょう? 私が貴女を助ける、と」
「本当……ですか?」
セドリックは力強く頷き、断言した。
「もちろん。私が殿下を断罪します」
エマの顔が少しだけ明るくなる。
しばらく口を開かずに、二人の会話を聞いていたエレノアがソファから腰を上げた。
そしてエマの前に立つ。
「エマ、貴女の苦労はじきに解決することでしょう。それまで、もう少しだけ辛抱できますか?」
「は、はい……」
エレノアは次にセドリックに尋ねる。
「証拠は十分に揃ったと考えますが、いかがでしょうか?」
「はい」
セドリックが首を縦に振るのを確認してから、告げた。
「まもなくレグニス様が主催する定例の夜会の時期ですわ。そこを断罪の場にするのはいかがでしょうか」




