第11話 作戦会議
皇宮を後にしたエレノアは、その足でセドリックについてローゼンフェルト公爵邸に来た。
「決定的な証拠を掴み、レグニス殿下の皇帝即位を阻止します」
公爵邸の庭園に設置されたガゼボで、彼はエレノアに向かって宣言した。
現皇帝――レグニスの父親は存命で、身体も頑丈なので今すぐにレグニスが皇帝になるわけではない。
だが、早めの対処が必要だとセドリックは語った。
「先ほどの殿下の様子だと、いつ次の孤児に目をつけられるか分かりません……孤児に飽き足らず、違法奴隷に手を出す可能性もありますね」
「レグニス様は帝国法を学んでいらっしゃいますから、違法奴隷に手を出すことはないと存じますわ」
エレノアの言葉に、セドリックは首を横に振った。
「帝国法を熟知しているからこそ、その抜け穴を探すこともできるというものです」
さすがに極論が過ぎると思うものの、セドリックはレグニスをかなり危険視しているようだ。
だが、エレノアとしてはレグニスがそこまでするとは思わない。
「殿下を失脚させなければ、我が国にとって大打撃になりかねません。エレノア嬢が殿下を信じたいという気持ちは分かります」
ふっと表情を和らげ、語気を弱めてエレノアを諭す。
「以前にもお話ししましたが、殿下を止めたいと思えばこそ、証拠が必要なのです。彼が取り返しのつかないことを行う前に、共に彼を止めましょう」
「そうですわね……」
作戦を立てるにしても、焦っては意味がない。
使用人が運んできた紅茶を飲みながら、通り抜ける心地よい風を感じて、心を落ち着かせる。
手入れの行き届いた植木にはきれいな花が咲いており、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
エレノアがゆっくりと深呼吸をすると、先ほどの面会で張り詰めていた緊張がふっと和らいでいくのが分かった。
彼女が落ち着きを取り戻したのを見計らい、セドリックが話を切り出す。
「現状、レグニス殿下への疑いは二つあります」
彼は指を一本立てる。
「一つは孤児への虐待です。エマの疲れた様子や怯えから、殿下にとても非道な仕打ちを受けていると考えられます。彼女も『助けて』と言っていたくらいですからね」
その言葉は確かにエレノアも耳にした。
エマが沈痛な面持ちをしていたのも、記憶に新しい。
「どうやって虐待の証拠を集めるのですか?」
皇宮に忍び込んでレグニスを監視することは不可能だ。騎士の見張りや巡回があり、侍女や使用人などの目も多い。
「どうやってエマを入手したかを調べるつもりです。もしかしたら、違法な手口で入手した可能性もありますから。懇意にしている貴族たちにもそれとなく当たってみます」
「わたくしは何をすれば……?」
セドリックは首を小さく振った。
「エレノア嬢に危険な真似はさせられません。貴女には殿下を断罪する際に立ち会っていただきたい」
エレノアが頷くのを確認してから、セドリックは二本目の指を立てた。
「もう一つの殿下の疑いは、魔族との内通です。魔族の女と密会していたことは確実です。あの様子であれば、また密会をすることもあるでしょう。その様子を窺うことができればいいのですが……」
「密会の日時が分かればいいのですけれどね」
前回のことを考えると、公園のガゼボがその場所になるのだろうが、具体的にいつなのかは分からない。
夕方以降、暗くなってからだろうことだけは分かる。
「それに関しても、わたくしができることはなさそうですわね」
それでも、エレノアは彼女なりにできることをしようと思っている。
それが結果として、レグニスのためになるのであれば、なおのことだ。
セドリックは数名の使用人を呼び、指示を出した。
エマについての情報と、レグニスが彼女を入手した経路を探らせるようだ。
てきぱきと命令するセドリックを、エレノアはじっと見つめた。
「どうかしましたか?」
「いいえ、セドリック様も公爵様なのだと思っただけですわ。普段、とても穏やかでいらっしゃるのに、指示を飛ばす姿は人が変わったかのようでした」
思ったことを口にしただけだ。
二面性、というほどではないが、誰にでも普段見せているものとは異なる面がある。
エレノアとて、それくらいある。例えば、普段の貴族への対応に比べると、レグニスに対する恋慕は意外なものに映るだろう。
「争いごとは嫌いですが、そうも言っていられない場面もありますからね」
セドリックは肩を竦めた。
そうして、指示を出し終え、使用人たちは早速行動を開始した。
残された二人は、今すぐにできることもないので、紅茶を飲み一息ついた。
その後、気分転換にローゼンフェルト公爵邸の庭園を散歩することになった。
我が家の見慣れた庭園とは違って新鮮だ。
石畳も悪くないが、きれいに整えられたレンガは歩きやすい。
「セドリック様、孤児院の様子はどうでしょうか?」
寄付金を預けた身としては、気になるところだ。
「子どもたちも元気に過ごしていますよ。エレノア嬢に頂いた寄付金も、しっかりと私たちの役に立っていますから、ご安心ください」
「それなら良かったですわ。今まであのような寄付をしたことはありませんでしたけれど、知った以上は孤児たちの行く末が気になりますから」
ちらりと隣を歩くセドリックの顔を窺った。
正しいことをしている。そんな自信に満ちた表情だった。
セドリックと歓談しながら、散歩を続ける。
ふと気になるものを見つけた。
庭園の一角にレンガを積んだものがある。
一部空洞になっているのは、ヴァルシュタイン公爵邸にもある暖炉に少し似ていた。煙突もある。
「あれは何でしょうか? 暖炉か竈のようにも見えますけれど」
「ああ、あれは焼却炉です。見てみますか? あまりきれいなものではありませんが」
実家にはないものだ。
ぜひ見てみたいところである。
「お願いしますわ」
「もちろん。ではこちらへ」
焼却炉ということは物を燃やす場所なので、その周囲には植木も芝生もない。
「どうしても使えない不用品をここで焼いてしまうんです。燃やせば、不用品の嵩が減りますからね。刈り取った枝や芝、雑草なんかもまとめて焼いて、灰を庭に撒くこともありますよ」
灰は肥料になると聞いたことがある。
エレノアの実家でも導入を検討してもいいかもしれない。今度、フリードリヒに相談してみることにした。
「中を覗いてみてもよろしいですか?」
「それは構いませんが……汚れますよ?」
「では少しだけ」
エレノアがドレスが汚れないよう気をつけながら、そっと中を覗き込んだ。
暗くて何も見えない。
肉や脂を焼いたような臭気が仄かに鼻腔を掠めた。
「ここでお肉を焼くことってあるのですか?」
両手が案の定汚れてしまったエレノアにそっとハンカチを差し出しながら、セドリックは答える。
「不用品を焼く場所なので、食べるものを焼くことはありませんが……誤って入った鼠を焼いてしまうことはあるかもしれません」
「それは……大変ですわね」
ありがたく受け取ったハンカチで手を拭いながら、エレノアが整った眉を少しだけひそめた。
「骨などは焼け残ると思いますけれど、どうされるのですか?」
「業者に依頼して引き取ってもらっています」
どうしても再利用できないものは、ヴァルシュタイン公爵家でも業者に持っていってもらう。
貴族の手を煩わせることではない。
「不用品の処分も大変ですわね」
「ええ。ですが、要らないものをそのまま溜め込むわけにはいきません」
そんなことをすれば、すぐに物で溢れかえってしまう。
自然な動作で、セドリックはエレノアから汚れたハンカチを受け取った。
そのさりげない優しさを見せるセドリックを、エレノアが見上げておずおずと尋ねる。
「……万が一、レグニス様が失脚したとして、わたくしが不要になったら……やはり、わたくしを見放してしまわれますか?」
その問いに、セドリックは目を丸くした。
彼は浅く息を吐くと、エレノアの瞳を見つめた。
「そのようなことは決してありません。私は貴女を切り捨てたレグニス殿下とは違う。貴女をお守りするとお伝えしたでしょう? その気持ちは今でも変わりません」
少し間を空けてから、彼は自分自身にも言い聞かせるように続けた。
「エレノア嬢のお父上が、魔族との内通疑惑で裁かれる前に……レグニス殿下を断罪するための証拠を早急に集めましょう」
エレノアは首を縦に振った。




