【第2.5部】寒い夏3
1994年8月。モスクワ、クルスク駅。
夕方のホームは南へ向かう人々でごった返していた。ハリコフ行きの夜行列車の前でグリゴリー・シェフチュクは一度だけ振り返り、駅舎の入口やホームの端、跨線橋の上を順に目で測った。
誰も自分を見ていない。それを確かめてから彼は車両に乗り込んだ。
仕事上の癖だった。休暇の日でもそれは変わらなかった。
4人用の寝台車の窓際に腰を下ろす。色の褪せた綿のシャツと使い込んだ革の鞄。休暇の兵士にも出張の技術者にも見える格好だった。腰のあたりが妙に軽い。拳銃は官舎の金庫に置いてきた。国境を越える休暇に武器は持ち出せない。
上着の内ポケットに手を当てる。硬い手帳の感触があった。FSO(連邦警護庁)の身分証だ。
大統領府の要人を守る部署に彼は3年前から出向している。書類の上では国防省の特殊部隊からの出向者。実際の仕事は一人の男の背中を守ることだった。
大統領府第一副長官、ヴィクトル・ペトロフ。このロシアで今最も重要で、最も権力の中心におり、そして最大限に恨まれている男だった。
向かいの寝台では行商らしい中年の女が大きな袋を枕にして、もう寝息を立てている。列車は40分遅れてようやく動き出した。
シェフチュクは窓枠に肘をつき、休暇を申請した日のことを思い出していた。
手続きは面倒極まった。すでに祖国ウクライナは外国にすぎないのだ。警護庁の人間が国境を越えるには所属の上官の許可と保安部門の審査、さらに警護対象の了承が要る。保安部門の担当者は申請書の出生地の欄を見て眉を上げた。
「ドニエプロペトロフスク。ご家族が向こうに?」
「元妻と子供が2人いますね」
担当者は何かを書き留め、それから事務的に付け加えた。
「向こうの保安庁はあなたの経歴を知っていると思ってください。接触してくる者がいれば帰国後に報告を」
シェフチュクは頷いた。何を馬鹿なと内心困惑しながら。3年前なら同じ国の同じ街だった場所に、子供に会いに行くだけの話だった。保安庁が寄ってくるはずがない。
最後の署名のため大統領府の執務室を訪れた。書類の山の向こうで副長官は申請書に目を通した。いつものように感情の読めない顔でペンを走らせる。それだけのはずだった。
扉に手をかけた時、背中に声がかかった。
「シェフチュク」
振り返ると副長官は書類に目を落としたままだった。
「気をつけてな」
一言、それだけだった。
シェフチュクは短く返事をして部屋を出た。廊下を10歩ほど歩いたところで足が止まった。
気をつけてな。
あの男が護衛にそういう言葉を口にするのを、彼は3年間で一度も聞いたことがなかった。命令と確認と沈黙。副長官の言葉はいつもそのどれかだった。
気遣いだと気づくのに数瞬かかった。
そしてその意味に気づいた時、背筋が冷えた。
あの男が直截に気遣いを口にするほど、ウクライナの情勢は悪いのだ。
いつの間にか夜のとばりが落ちた窓の外をモスクワ郊外の灯りが流れていく。
シェフチュクは財布を取り出し、挟んである写真を眺めた。少し色の褪せた写真の中で息子のタラスと娘のオクサナが、ドニエプル川の岸で笑っている。去年の夏に撮ったものだ。タラスは14になり、オクサナは10になった。
2人は今ウクライナ語で授業を受けている。電話の向こうで娘が自分を「タート」と呼ぶ。ロシア語の「パーパ」ではなく。それがどうしようもなくうれしく、同時に今の彼との断絶を感じさせた。
シェフチュクはドニエプロペトロフスクのしがない工員の子供だった。徴兵で見いだされ、リャザンの空挺学校に推薦され苦闘の末に卒業した、ただそれだけの。だが時代だったのだろう、そのあとアフガニスタンの山を歩き、軍の情報総局の特殊部隊に拾われた。
そして1991年の秋、ヤトフ元帥の指名で副長官の護衛についた。最初の大きな任務はキエフだった。故郷の国の首都で、その国の喉元に縄をかけにいく男の背中を守ったことになる。
ソ連が割れた時、勤務地がモスクワだったという理由で彼はロシアの国民になった。だが妻は設計者として子供たちを連れてドニエプロペトロフスクに帰っていった。もう一年会っていない、三年前は隣にいたというのに。
彼は手帳を開いた。ペンを胸にして文字を書く。
流れるようにグリゴリー・シェフチュクと。
だが故郷ではそれはフリホーリーと呼ばれるのだ。
同じ名前を2つの言葉で呼ばれる男だった。
彼は写真を財布に戻し、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「ナ・ドブラニチ」
おやすみ、とウクライナ語で。列車が速度を上げた。窓の外はもう暗い森だけになっていた。
目を覚ますと窓の外の景色が変わっていた。
森が切れ、黒土の平原が地平線まで広がっている。ヒマワリの畑だった。ただ8月だというのに花は重たげに首を垂れ、茎の色も冴えない。寒い夏のせいだろう。今年の収穫はどこも厳しいと聞いていた。
ベルゴロドを過ぎたところで列車は重たげに停止する、国境だった。
3年前までここには線など引かれていなかった。同じ国の、同じ平原だった。今はプラットホームの端に簡素な小屋が建ち、青と黄の腕章をつけた若い国境警備兵が車両を一つずつ回ってくる。
「旅券を」
シェフチュクは臙脂の表紙の旅券を差し出した。RSSRから切り替わって数年のロシア連邦の紋章が刻まれている。
若い警備兵はページをめくり、出生地の欄で指を止めた。
ドニエプロペトロフスク。
警備兵は顔を上げシェフチュクを見た。何か言いたそうな目だった。お前はこちらの人間だろう、と。あるいはお前はあちら側に行ったのだろう、と。
「目的は」
「家族に会いに」
警備兵は少しだけ黙り、それから旅券に判を押して返した。
「……どうぞ、良い滞在を」
ウクライナ語だった。シェフチュクは同じ言葉で礼を言った。舌の上で故郷の言葉が少しだけぎこちなく転がった。
ハリコフの駅に着いたのは朝の9時過ぎだった。
ドニエプロペトロフスク行きの乗り継ぎまでは1時間ほどのはずだった。シェフチュクは鞄を肩にかけ、駅舎の中央の発着表示板の前に立った。
彼の乗るはずの列車の欄には白墨で一言だけ書き足されていた。
運休、愛想の一つもない言葉だ。
窓口には長い列ができていた。20分並んでようやく駅員と向きあえた。
疲れた顔の中年の女だった。
「次のドニエプロペトロフスク行きは」
「明日の朝です」
「明日?」
「機関車が足りないんです。燃料も。運転士の給料も3か月止まってる。動かせる時に動かすしかないんですよ」
女からすれば同じ説明を朝から何十回も繰り返してきたのだろう。かすかな苛立ちを隠せていない。シェフチュクは眉をひそめた。
ハリコフからドニエプロペトロフスクへ。この国の東部の工業地帯の心臓を結ぶ幹線だ。ソ連の時代ならこの路線が止まることなど考えられなかった。
去年の夏に来た時は少なくともここまでひどくはなかった。遅れはしても列車は動いていた。
彼は切符を明日の便に替えてもらい、窓口を離れた。
1日待つしかない。
そう決めてから駅舎の中を見渡すと、奇妙なことに気づいた。
活気があるのだ。
待合室もコンコースも人で溢れかえっている。大きな格子柄の袋を両肩に担いだ男や女があちこちで荷を広げ、あるいは縛り直している。担ぎ屋たちだった。ロシアで仕入れた品物をウクライナで売り、ウクライナで仕入れた品物をロシアで売る。国境の両側の値段の差だけで食っている人々だ。
袋の口から覗いているのはロシア製の洗剤、石鹸、缶詰、子供服。トルコやポーランドから流れてきた安物の衣類。コンコースの隅では両替屋たちが札束を扇のように広げ、ルーブルとカルボヴァネツとドルの値を小声で囁いていた。
そしてホームの一番端。
モスクワとベルゴロドからの列車が着く番線だけは、動いていた。
さっき自分が乗ってきた夜行列車がもう折り返しの準備を始めている。車体は塗り直され、窓ガラスは古いながらも磨かれている。ロシアの鉄道の職員が書類を手に機関車の周りを確認している。ロシア側の鉄道はまだきちんと整備され、動いていた。
担ぎ屋たちはその列車に向かって袋を運んでいく。
駅は生きていた。だがシェフチュクはその光景をしばらく眺めていた。
この活気はこの国の血ではない。特定の外国からくる列車に人々がすがりついて生まれている熱だ。自分たちの国の中の列車は動かない。国の外へ向かう線路だけが脈を打っている。
心臓が止まりかけた体に外から管をつないで血を流し込んでいるようなものだった。
そこまで考え、彼はそっと思考を打ち切った。
駅舎の外に出ると街はよどんでいた。広場の向こうの大通りを路面電車がのろのろと走っていく。電線が垂れ下がり、途中で何度も止まった。架線の電圧が足りないのだろう。
広場の掲示板には選挙のポスターがまだ残っていた。クラフチェンコの顔写真の上に誰かが黒いペンキで大きく書きなぐっている。
感情のままに書いたのだろう、盗まれた選挙、そう書いてある。吐き捨てるような書き方だった。
そして隣のクチェルのポスターは、きれいなままだった。
シェフチュクはベンチに腰を下ろし、広場を見渡した。
行商の女たちがトマトやキュウリや自家製のサーロを並べている。値札の数字はどれも桁が多すぎた。煙突の多いこの街の工場群は、朝だというのに半分ほどしか煙を上げていない。
その視界の隅で何かが引っかかった。駅舎の柱の陰に男が2人立っている。煙草を吸いながら何を見るでもなく広場を眺めている。一人はさっき窓口の列の後ろにもいた顔だった。
向こうの保安庁はあなたの経歴を知っていると思ってください。
出発前の保安部門の担当者の言葉が蘇った。背筋にかすかに緊張が走る。
シェフチュクは自然と視線を外し、何も気づかなかったふりをした。出口と死角を数え直す。駅舎の東口、広場の南の路地、路面電車の停留所。
ただの休暇のはずだった。なんでこうなるのか。
彼は小さく息を吐き、鞄を持ち直す。1日は長くなりそうだった。




