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【第2.5部】寒い夏1

1994年7月。キエフ。


その夏は寒かった。

6月の終わりから冷たい雨が続き、独立広場の石畳はいつまでも乾かなかった。7月に入っても人々は薄手の上着を手放せずにいる。広場の周りの栗の木は葉を広げているのに、空だけが秋のように灰色だった。


演壇の上からレオニード・クラフチェンコは群衆を見渡した。

数は多い。広場を埋めるほどではないにせよ、テレビの画面に映すには十分な数だった。青と黄の旗が揺れている。旗竿の多くは同じ長さに切り揃えられていた。


彼は知っていた。この群衆の半分は国営工場や役所からバスで運ばれてきた人々だということを。出席すれば半日分の手当てが出る。手当てはカルボヴァネツの札束で支払われるのだ。その札束で買えるパンは先月より少なく、来月はもっと少なくなる。彼自身の失政によって。


「同胞の皆さん」


マイクが彼の声を広場に響かせた。


「3年前、我々は独立を宣言しました。モスクワの支配から我々自身の手にこの国を取り戻すために」


拍手が起きる。前列の動員された人々からだった。後ろの列は黙って傘の下から演壇を見上げている。見栄えが悪い、そう言える光景だった。


「その後何が起きたか。皆さんはよくご存じのはずです」


クラフチェンコは手すりを握った。彼は後列を無視した。オリガルヒに飼われたテレビ局がそれを映さないと、彼は知っていた。


「モスクワは我々をルーブルの財布から締め出した。ソ連の借金を押し付け、我々の軍を飢えさせようとした。我々を跪かせるために!」


今度の拍手は少しだけ大きかった。

嘘ではない。全て事実だった。3年前の秋、あのモスクワから来た若い官僚は彼の執務室でこの国の喉元に縄をかけていった。彼はそれを忘れたことが一度もない。


「だが我々は跪かなかった!」


さらに声を張り上げる。彼の中の枯れそうな憤りに息を吹き込むのだ。


「最後の交渉で我々は負担を削らせた。ロシアと並んでソ連の遺産を整理する唯一の大国として立った。我々は奴らの属国ではない!」


歓声が上がり旗が揺れた。

そして演説の中で最も言いたくない部分に差しかかった。


「そして今、世界が我々を認めています。国際通貨基金とアメリカ合衆国が我々の改革に確かな支援を約束しました」


拍手は起きた。だが熱意のないおざなりな拍手だった。クラフチェンコには群衆の目が見えた、見えてしまった。傘の下の年配の男の目、子供の手を引いた女の目。それは演壇の上の男を見ているのではなかった。


演壇の脇に控える見慣れない仕立てのスーツの男たちを見ていた。アメリカ大使館の書記官やIMFの調査団の担当者。彼らは拍手もせず、ただ手帳に何かを書き留めている。


あれはアメリカの紐付きだろう。

誰も口には出さない。だが広場の空気がそう言っていた。


「この支援が続く限り我々は立ち直れます」


クラフチェンコは続けた。台本通りの言葉だった。


「改革を止めれば支援は止まります。そうなれば」


彼は一瞬だけ言葉に詰まった。そうなれば明日から生活が成り立たない。

台本にはそう書いてあった。IMFの担当者たちが選挙の前に何度も念を押していった言葉だった。あなたが続投しなければこの支援は議会を通らない。あなたの対立候補はロシアとの関係修復を掲げている。我々の本国はそれを改革の後退と見なすでしょう。


脅しではない、と彼らは言った。ただの事実です、と。


「……そうなれば、我々が勝ち取った全てが無に帰すでしょう」


彼は言い換えた。自立して生活が営めないなどと認めるわけにはいかなかった。

その言葉を口にすれば、自分が何をしているのかを見ることになるからだ。


3年前、彼はモスクワの縄を振りほどくために独立を叫んだ。ロシアの財布から締め出され、ロシアの借金を背負わされても、それでも自分の足で立つのだと。

そして今、彼は別の国の財布にすがって演壇に立っている。


独立とは飼い主を替えることだったのか。一瞬の思考を振り払い、

クラフチェンコは手すりを握る指に力を込めた。


東の方角をちらりと見る。ドニエプロペトロフスクのあの男、ヤロスラフ・クチェル。ミサイル工場の工場長上がりの、ロシアとの関係を修復すると言い放った男。東部と南部の工場労働者たちが彼の名前を叫んでいる。ロシアに締め上げられた者たちが、ロシアに手を差し伸べろと叫んでいる。


やつは愚かだ、とそう思った。

だがそれと同じくらい、道化として振る舞う自分も愚かだと思わざるをえなかった。


「同胞の皆さん。ウクライナの未来をどうか私に託してください」


最後の一文を読み上げ、クラフチェンコは深く頭を下げた。

拍手が広場に広がり、前列の動員された人々が旗を振った。テレビのカメラがその光景を切り取っていく。後ろの列の傘は最後まで動かなかった。

演壇を降りる時、アメリカ大使館の書記官が近づいてきて小さく頷いた。


「素晴らしい演説でした、大統領」


クラフチェンコは礼を言って握手をした。乾いた、冷たい手だった。




クラフチェンコは側近たちに「一人にしてくれ」と言い残し、独立広場を後にした。

車が着いたのはバンコヴァ通りの大統領府だった。かつて共産党中央委員会が置かれていた建物だ。重厚な石の外壁は昔のままだが、中に入ると事情が違った。


廊下の天井には雨漏りの染みが広がり、床の寄木は所々で浮いている。電球は3つに1つが切れたまま、交換の予算が下りていない。壁際には修繕の見積書を待つ脚立がもう何か月も立てかけられていた。


クラフチェンコの頬がかすかに引きつった。党の建物だった頃、この廊下は磨き上げられていた。彼はそれを覚えている。若い官僚として書類を抱え、この床を歩いた日々を。共産党というシステムは多くの過ちを犯したが、少なくとも廊下の電球だけは替えていた。


彼は官僚だった、党の中で外交の手腕を買われて出世したテクノクラート。独立の熱が国中を覆った時、彼はその熱を言葉にできる数少ない人間の一人だと、西側と話せる男だと多くの人に認められた。ワシントンもボンも彼の話を聞いたものだ。


彼は黙って執務室の扉を閉め、大統領の椅子に腰を下ろす。革が軋んだ。窓の外では冷たい雨がまた降り出していた。彼は懐から煙草を取り出し、口にくわえて火をつける。


だがあの時。1991年の秋の、あの日。机を挟んであの男は彼の前に座っていた。


モスクワから来た名もない官僚。愛想笑いを貼り付け、嘘の借款の話をし、それが見透かされると一瞬で仮面を外した男。駐留費の打ち切りと、債務の比率と、核の所有権。この国の喉元に縄をかけ、「これは私個人の草案に過ぎない」と言い放った男。


ヴィクトル・ペトロフ。


あの時クラフチェンコはあの男を悪魔だと思った。今でもそう思っている。

ただこの3年で一つだけ分かったことがあった。


あの男はエリツォンの顔を汚さないために、自分が全ての泥を被っていた。英雄を英雄のままにしておくために、名もない執行人として交渉の机に一人で座っていた。自分の国を生かすためなら隣国の元首に心底憎まれることも、歴史の片隅で悪役として忘れられることも平然と引き受けていた。


ではこの国には誰がいる。


クラフチェンコは机の上で両手を組んだ。認めたくない思考の泥沼から抜け出すために。

だが沼は彼の足を飲み込んでいく。


ヴィクトル・ペトロフのように泥を被る男は、クラフチェンコのほかにもはやこの国にはいなかった。自分が演壇に立ち、笑い、アメリカの書記官と握手をする。そして自立の崩壊を「無に帰す」と言い換える。英雄の役も執行人の役も、同じ一人の人間が演じるしかない。


あるいは泥を被る役は別の国の人間が引き受けてくれているのかもしれない。ワシントンの誰かが。ただしその誰かが守っているのはウクライナではない。彼は力を込めて煙草を灰皿に押し付けた。

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