表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/75

第二部-3 GOサイン

ロスコスモス、設計局(KB)分室。数日後。


会議室にはヴィクトル、シェスタコフ将軍、そして若きセルゲイ・ヴォルコフが、再び顔を合わせていた。だが、そこにはもう一人、新たな男が加わっていた。

ドミトリー・コマロフ。まだ30代半ばだが、その額には深い苦渋と激務のしわが刻まれ、その目には「ブラン計画」という巨大プロジェクトを最前線で回していた男特有の、揺るぎない自信と疲労が同居していた。


「まず、資源リソースの洗い出しからだ」


ヴィクトルは、大統領府第一副長官としての権限で取り寄せた、極秘指定のリストをテーブルに広げた。


「君の構想の最大の問題点は、シェスタコフ将軍が指摘した通り、使えるICBMの在庫に限りがあることだ。今年頭に同意したSTART I(第一次戦略兵器削減条約)で廃棄対象となった数百基。これだけでも膨大だが、商業ベースで恒久的に回すには心もとない」


彼は、そこで一度言葉を切り、全く新しいリストをテーブルに重ねた。


「だが、投射ユニットは地上のICBMだけではない。SLBM……潜水艦発射弾道ミサイルも対象とする」


ヴィクトルは、シェスタコフの驚いたような顔を一瞥した。


「ジュネーブで、エリツォン大統領はタイフーン級原潜の全廃を西側に約束した。西側への譲歩として

。彼らはあれを『冷戦の悪夢』として海底に沈めたかったのだろう。だが我々にとっては、チタンの塊と、そして何よりも、高性能な固体燃料ミサイルという名の宝の山だ」


タイフーン一隻に搭載されていた20基のR-39ミサイル。退役する全隻分を合わせれば、百本単位のブースターが手に入る。さらに、旧式化したゴルフ級やヤンキー級潜水艦から引き抜かれる液体燃料ミサイル。それらはゴミではない。西側を恐怖させた、第一級の推進装置だ。


「これら全てを、君の『計画』に使う。ヴォルコフ君」


セルゲイの目が、興奮で大きく見開かれた。

固体と液体、推力応答が根本的に異なるミサイル群を束ね、点火タイミングを同期させて制御するなど、正気の沙汰ではない。


「さて、本題だ」


ヴィクトルは、コマロフに向き直った。


「開発予算の見積もりを頼む」


コマロフは、ヴィクトルに一礼すると、分厚い計算書を広げた。その態度は、政治家への追従など一切ない、実直な技術屋のものだった。


「……無茶な話ですが」


コマロフは、忌憚なく言った。


「既存ユニットを徹底的に流用し、安全率を民間基準(有人ではなく貨物)まで下げることを前提とするならば、5億ドル。これが、試作機一機を打ち上げるまでの、最低限の数字かと」

「甘いか?」

「甘すぎます」


コマロフは断言した。


「西側なら、設計図を書くだけで消える額です。ですが、やり方次第です」


彼は指を一本立てた。


「まず、アビオニクス(電子機器)。CPUと回路基板は新規に開発しません。廃棄するICBMやSLBMの誘導装置をそのまま使います。あれは核戦争の電磁パルス(EMP)下での作動を前提とした、時代遅れだが頑丈で信頼できる電卓です」

「電卓で、宇宙へ行くと?」


コマロフは頷いた。


「ええ。我々が手を加えるのは、複数の電卓を、一つの頭脳からの指令で協調して動かすための『接続装置インターフェース』の開発のみ。ハードウェアはゴミ山から拾い、ソフトウェアで無理やり統合する」


それは、かつて彼がブラン計画で、予算不足の中でロシア製の未熟なハードで性能を稼ぐために編み出した苦肉の、しかし効果的な手法だった。


「フィン制御とセンサー類も、既存ユニットの部品を可能な限り共食い整備します。コストをかけるのは、異なる径のエンジンを束ねるための新しいフレーム構造と、その『接続装置』の開発。この二点に絞ります」

「場所はどうする」


シェスタコフが、低い声で尋ねた。


「バイコヌールで、あんな継ぎ接ぎの化け物を組み立てられるのか」

「カザフスタンのナザルベフ大統領とのリース契約に、関連施設の改修と共同利用の条項を盛り込んである」


ヴィクトルは即答した。


「費用は我々持ちではあるが、彼らの協力は得られる。彼らも、バイコヌールがただの廃墟になるよりは、継ぎ接ぎだらけの工房になる方を望んでいるので」


その時、興奮を抑えきれずに話を聞いていたセルゲイが、身を乗り出した。


「コマロフ技師! ソフトウェアですが、僕に考えがあります。各ブースターに残された古いCPUを冗長系として並列接続し、多数決方式で異常値を排除しながら、より自律的な姿勢制御が……」

「黙れ、若造が」


コマロフは、セルゲイの言葉をピシャリと遮った。その声には、年長者としての威厳と、幾多の失敗を乗り越えてきた現場の男の重みがあった。


「温室育ちの繊細な理屈は、ここでは通用せん。我々が作るのは、多少の不具合は腕力でねじ伏せ、多少の振動は無視して空へ駆け上がる、無骨で頑丈な鉄の塊だ。学者の論文を書いている暇はない」


コマロフは、ヴィクトルを見た。


「成功率は五分五分。ですが、やらなければゼロです。……違いますか、副長官閣下」

「その通りだ」


ヴィクトルは、二人のやり取りを満足そうに眺めていた。

理論で空を飛ぼうとする若者と、泥にまみれて鉄を動かしてきた男。この二人が噛み合えば、面白いことになる。


彼は、立ち上がった。


「『アンガラ』……いや、もっと相応しい名前にしよう。『エニセイ』プロジェクトを正式に発足する」


ヴィクトルは宣言した。


「プロジェクト責任者は、セルゲイ・ヴォルコフ君、君だ。その柔軟な発想で、全体の概念設計を描け」


セルゲイが、信じられないという顔でヴィクトルを見る。


「そして、君の後見役として、プロジェクトの全技術監督をドミトリー・コマロフ技師に一任する。現場の指揮、予算管理、そして夢想家の手綱を引くのは君の仕事だ」


ヴィクトルは、対照的な二人を見比べた。


「互いの才能をぶつけ合っていくんだ。そして、西側が度肝を抜くような、誰も見たことのないロシアの翼を、この廃材の山から作り上げてくれ。予算は、5億ドル。期間は2年だ。……失敗は許されないと思ってくれ」


それは、国家の威信をかけたプロジェクトであると同時に、ヴィクトルが西側からかすめ取る「宇宙利権」への、最初の一手だった。

更新の励みになります。ブクマ・感想・評価いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ