幕間 それはそれ、これはこれ 後編
「勘違いしないで欲しいのは、二人の想いとか覚悟とか……そういった真心や感情を軽んじているわけではないのよ」
真っ向から僕と姉さんの関係を否定する母さんだったけれど、一方でその態度は真剣且つ丁寧だった。
この場にいる全員、母さんの判断も言葉も僕と姉さんを思うからこその物だと最初から理解していたし……だからこそ、厳しい断言でもその言葉を素直に受け止めていた。
「こんな私ですら救ってくれた二人だもの。自分のことだけならまだしも……世界で一番大切な相手が、不幸になる選択をするはずがないじゃない」
さっきまで僕らと母さんの間には積み重ねがほぼないに等しいと言ったけれど……それは、間違いだったかもしれない。僕らのことを深く理解していないと出てこない言葉に、そう思いなおす。
「柊和と護が真っ直ぐ現実を見つめて……それでもその選択をしたというだけで、そこに込められた思いを私は信頼できる」
一度取り返しがつかない程に歪んでしまったとしても……母さんは僕らの母親だ。
理性を取り戻し、喪失を克服し、僕とも姉さんとも和解した今であれば……この世で最も僕らのことを理解している人の内の一人なのは当たり前だった。
「その選択の重さを、私には疑ったりなんてできない」
そんな母さんは、そこだけ切り取って聞けば認めてくれそうなほどの信頼を伝えてくれた。
少なくとも、理不尽な感情や親として世間体を気にしての反対ではないことがわかる。
「ただ、それでも……その道に伴うリスクを思えば、私には頷けない」
もっと真剣で……切実な理由が伴っているということがわかる。
「二人がまだ幼い子どもだった頃、柊和と護がじゃれ合う姿を見て自分とあの人に重ねた瞬間は何度だってあって……私には、そんな二人の姿が愛おしく見えた」
「…………」
「だけどね、それは二人がまだ幼かったから。成長して更に真剣になってしまうのなら……少なくとも、世間は許してくれないの。万が一二人の関係が周囲に知られでもすれば、好奇や嘲笑、悪ければ害意や軽蔑、それ以上の悪意だってあるはず……ほんの一握りの層を除けば、そのほとんどが二人を傷つける反応ばかりでしょうね」
ネガティブなその発想は、けれども悲しいことに否定することのできない事実だろう。
実際にそうなってみなければ、最後までどうなるかはわからないけれど……母さんの案じる展開になるだろうことはほぼ間違いない。好意的に見る人が少数派というのは、僕だってそう思う。
だってそのリスクを承知した上で……僕は、それでもその道を選択したのだから。
母さんはそこまで告げると、一度僕らから視線を外して、じっと話を傾聴していた飛鳥さんの方に視線を移す。
「飛鳥ちゃんが二人を支えて、認める選択をしたことだって間違いではないでしょうね」
「義姉さん……?」
「ただ、飛鳥ちゃんが柊和と護の幸せを喜ぶのなら……私は、柊和と護の不幸を憂うだけのこと」
なにかを堪えるような苦しそうな表情で、母さんは僕らに向き直る。
そして、余裕のない声音で、喉を震わせて口を開いた。
「どの口が言うんだって、自分が一番そう思っているけれど……誰よりも二人を傷つけた私だからこそっ、これ以上あなたたちには不幸にはしたくない……!」
「お母さん……」
僕たちは、もうそんなことを考えるはずもなくて。
けど、母さん自身はそうじゃないのだろう。
母さんだけじゃなく、僕も姉さんも、自分で自分の罪を誰よりも憎むところは同じだから。
その意識はどこまでも根深くて……けれどそれは、そんな負い目を感じながらも、母親として僕らのために悩んでくれているということでもあった。
そんな母さんに僕らは今どんな言葉を返すべきなのか……悩んでいると、まだ母さんから言葉が続く。
「ただ、同時に理解してもいるの。ここで私が何を言おうと、二人がその決断を覆すことはないって。そしてそれが、私の言葉をしっかりと受け止めてくれた上での判断だということも……」
母さんはこの件について極めて冷静に客観視できていた。
そんな人から伝えられる言葉は……決して軽んじることはできない程に重たい。
「きっと柊和も護も、その道を諦めれば大きすぎる後悔を抱くことになる。二人にとって一番の不幸が諦めることなら、私は不幸を憂えば憂うほどに認めざるを得ない……そのはず」
母さんは自分の内心を整理するかのように気持ちを口にして……けれど、話せば話すほどにより複雑に絡み合い、混乱は極まっていく。
不幸を憂うからこそ、僕らのことを認めるわけにはいかなくて……けれどそのために僕らが離れることになれば、それは更に大きな後悔へとつながる。
救いようのない矛盾。
憂うだけでは答えを出せない袋小路。
「それでも、私には……」
僕らのために悩み続ける母さんに向けて……僕は、一体何ができるのだろうか。




