忘れかけていたもの 後編
「僕も……」
「え?」
「僕も美咲さんに救ってもらいました。自分から塞ぎ込んで自分の周りにあるすべてから目を逸らそうとして……美咲さんがそんな僕を見つけ出して怒ってくれたから、あと少しのところでどうにか取り返しがついたんです」
段々とぐだぐだになりかけてきた私の話を多少無理にでも終わらせてやろうかと考え始めた頃。
私に返答する形で護君がそう語ってくれた。
そっか……私も護君のこと、救ってあげられたのかな。
なら……あの時の恩返しは、叶ったといってもいいのかもしれない。
「さっき霧華にも、詩葉先輩にも自分自身についてもっと自覚するよう言ってもらえたけど……まだ一人じゃ、それは難しくて……でも一つだけ、心当たりがないわけではなくて」
「心当たり?」
「美咲さんはさっき、僕も姉さんも変わらないって、同じだけ大切に思ってるって言ってくれました」
「確かに、そんなふうなことは言ったけど……」
「なら僕が今、姉さんに向けるのと同じくらい美咲さんに感じている感謝も尊敬も……美咲さんが僕に向けてくれるものと同じだって、自惚れてもいいんでしょうか」
「あ……」
自惚れるだなんて、以前までの護君なら絶対にできなかったこと。
こんなにも謙虚な自惚れは、やっぱりどこか護君らしく感じられて、けれど護君が前向きに変わろうとしているのが伝わってきて嬉しくなる。
「ふふっ……護君……それはね?」
……ただ。
「「「「絶対違う」」」」
護君以外の、この場にいる四人全員。
示し合わせてもいないのに同時に、それも護君にとってまさかの否定を返されて。
ぽかんと口を開けて固まってしまった護君の姿が、少しだけ面白くて凄く可愛らしかった。
──…………。
護君の謝罪と、私たちが言いたいことを言うだけの時間はもう過ぎて。
最後の最後に、成長の兆しを見せた護君の第一歩が盛大に踏み外されてしまい、護君はこれに大いに恥じ入り、自分のベッドで毛布に包まって落ち込んでしまっていた。
「…………」
「そ、そんな落ち込まないでよ護君! 見当外れだったとか、自惚れすぎとかそういうわけでは決してないんだから!」
「……でも、四人揃って『絶対違う』って言われました。これで見当外れでも自惚れでもなかった一体何だって言うんですか」
「いや、本当に自惚れや見当外れではなくて……ただ、決定的に外してるポイントがあるから同じとは言えないよっていうか……」
「外してるポイント?」
聞かれてしまうけど、答えられるわけがない。
何?
『私が向けているのは純粋な感謝や尊敬だけでなく、恋愛感情の入り乱れた複雑なものだから』と一から十まで説明しろと?
その説明にどれだけ私の秘密が混じっていると思ってるんだ?
手の込んだ告白なんて私はするつもりはないんだよ。
「だ、だからね? 私のそれと護君のそれを比較したら、私の方がもうちょっと雑味が混じってるというか、想いが強いというか……」
「……でも想いの強さというなら、僕だって負けてないと思うんですけど」
「それでも私の方が強いよ! 一年以上前からずっとだもん!」
「時間が経っていたとしても、僕は命を救ってもらったも同然なんですよ? 僕の方が強いです!」
「いいや! それを言うなら私だって護君に助けてもらってなかったら何されてたかわかんないじゃん! 絶対私の方が上だってば!」
「僕の方が!」
「私の──」
「──君たちは何を恋人じみたやりとりをしてるんだい」
ちっ、今いいとこだったのに……!
内心で舌打ちしていると、やり取りを中断した詩葉先輩が呆れたように口を開く。
「まったく……よくもまぁそんなテンプレート通りのやりとりができるものだ」
「恋人じみた……? そうですか? あ、でもそう言えば前に姉さんともこんな感じの……」
護君は一切自覚がなかったらしい。知ってた。
それより後半の情報は聞きたくなかった。
「それだね」
「え?」
「護君、君は──本物の恋人が隣で睨んでるのに気付いた方がいい」
「「!!!」」
意識の外──護君の隣のベッドで壮絶な表情をしてぎらつく瞳でこちらを睨みつけている柊和の存在を完全に失念していた……!
「ね、姉さん……? どうしたの、そんな怖い顔して?」
「『どうしたの』? へぇ……わかんないんだ、何がマズいのか……相変わらずそういうとこは成長しないよね護はさぁ……むしろ頭殴られて前より酷くなってるんじゃない?」
「えぇ……⁉」
棘のある言葉を吐き出し、湿気と粘度の高い雰囲気を纏った柊和。
完全に拗ねている。
そして、この状態に陥った柊和の面倒臭さを、私たちは知っている。
「美咲も楽しそうだったね」
「ひ、柊和……? これは違うんだよ? 私全然一線引いてたよ? ちゃんとライン守ってたよ?」
「ラインねえ……いいじゃん、なんか仲睦まじそうで……ラインさえ守ってれば、私が護との時間を過ごそうとしたら覗いて邪魔するのに、自分はイチャイチャできていいじゃん……」
「ぐっ」
面倒臭い……けど言ってることは全然変じゃない……!
柊和の逆恨みではなく、今回に関しては私たちに非があるのが凄く厄介だ……‼
「いいもん……二人でイチャイチャしてるなら私は霧華とイチャイチャするもん……」
「「えっ」」「えぇぇぇぇえええぇ~~~~~~~⁉」
拗ねに拗ねた結果、とんでもないことを言い出した柊和。
なんてことを言い出すんだこの女!
自分がどれだけ大変なことを言ってしまったのか自覚がないからそんなこと言えちゃうんだよ!
雲ちゃんはわりと本格的に百合属性なんだけど、柊和の認識では『自分を先輩として慕ってくれる可愛い後輩』程度なのだ。護君のこと鈍感だなんだというけれど、柊和も柊和で同性からの好意に限っては護君並みに鈍いんだよ……!
柊和の唐突な宣言に当然、私と護君も驚いて声が漏れたけれど……誰よりも大きな反応を見せたのはやっぱり雲ちゃん本人で……。
「いいんですか柊和先輩⁉ 私とイチャイチャしちゃっていいんですか⁉」
「いいよ~! 護が浮気するなら私も霧華としちゃうもんねっ」
「はい‼ 浮気万歳です‼ もうそのまま乗り換えるとこまでいっちゃってくださいっ!」
柊和からの唐突な浮気相手任命に尻尾を振りまくって喜ぶ雲ちゃん。
うわぁ‼ さっきの柊和以上に欲が顔に‼
さっきの柊和をスケベ親父だとしたら、今の雲ちゃんは性欲に支配された男子高校生だ!
「霧華は素直でかわいいなぁ……」
「えへへへへへぇぇ……」
本当に子犬みたいに顔をペロペロ舐め始めそうな勢いで柊和にくっついた雲ちゃん。
大変なことになってしまった……拗ねた柊和も面倒だけど、火のついた雲ちゃんなんてどう対処すれば良いのかさえわかんないぞ……!
「……それなら、私も混ぜてくれてもいいのに。私だけひとりぼっちじゃないか」
取り残されて一人さみしそうにしている詩葉先輩を尻目に、私と護君は思いも寄らないハプニングに頭を悩ませるのだった。




