忘れかけていたもの 中編
「──今回のこと。僕が馬鹿なことを考えて、その結果皆を振り回すような真似をしてしまって……本当にすみませんでした」
改めて、病室にて。
やんややんやと騒いでいた熱もようやく落ち着くと、真面目な態度に改まった護君が私たちに向かって頭を下げた。
「本当だよ! あたし、今回ばかりは怒ってるからね!」
そんな謝罪にまず最初に声を返したのは、『同級生の友達』という、私たちの中でも柊和とは違った形で、護君と一番近い距離にいるであろう雲ちゃんだった。
「風見のやつも、護君が急に学校に来なくなったから心配してたしさ……たった数日眠ってただけでもこれだけ皆に心配かけたんだよ。それなのに、消えていなくなろうとか……ひどいよ」
「っ……うん。本当にごめん」
病室に入る前は怒ると言っていたのに、寂しそうに、辛そうに呟く雲ちゃん。
そこに敢えて護君を苦しめようという意図は皆無で、純粋に心の底から自分の感情だけを口にしたものだったけど……だからこそ、それがわかる護君は一際辛そうに唇を結んでいた。
「あの日、美咲先輩が私の言いたいこと全部言ってくれたはずだから、それ以上しつこく言うつもりもないよ! けど、もう自分のこと軽く扱っちゃダメなんだからね! 護君がいなくなったからって、柊和先輩に代わりの誰かなんているわけないんだからねっ‼︎」
「うん……しっかりと胸に刻むよ。ありがとう、霧華」
護君と同じく柊和を慕うものとして、そして護君と一切上下のない対等な存在として伝えた雲ちゃんの言葉。だからこそこの場にいる誰よりも説得力を孕んだその言葉は、護君の胸を強く打った。
「ひとまずはこれで終わり! まだまだ言いたいことがないわけじゃないけど……またお見舞いにも来るし、学校に戻ってきてからでも時間はたくさんあるから、今はもう十分」
「……霧華ちゃんの番が終わったなら、次は私かな?」
雲ちゃんが言いたいことを言い終えると、ならばと詩葉先輩が口を開いた。私は先んじて護君が倒れる前に言葉を交わしていたのもあって、後に回されるらしい。
「しかし困ったな。私はどうも怒るのは性に合わないみたいでね。いつもはペラペラと回る口も、こんな時ばかりは上手く叱る言葉が出てこないんだ」
特に怒ったふうでも、悲しんだふうでもなくそう語る詩葉先輩。けれど、その表情はいつもと比べたらどこか真面目なように映って……そんな先輩の笑っていない瞳が、真っ直ぐ護君の方を見つめた。
「でも、もし君が本当にいなくなっていたら……心を痛めて泣いただろうし、一生許せない程怒っただろう。だから……次はないよ」
「っ……!」
「君はこれから、自分が周囲の人にとってどれだけの存在なのか理解する努力をしなさい」
飄々としていながら、あまりにも正直に自分の胸の内を話した詩葉先輩の言葉は鋭かった。鋭くて……けれど胸の内に入ってくるその言葉はどこか温かくて。
護君をちゃんと年長者として思いやっているのが伝わる言葉だった。
「護君は利口だから、これだけ言えば十分だろう?」
「今こうして叱られてる時点で利口とは思えませんけど……でも、十二分なくらい貰えたとは思います」
「そうか。努力するのはゆっくりでいいから……といっても、退院するまでに嫌でも自分がどれだけ大切に想われているか、理解できるとは思うけどね」
今この場にいるのが私たち三人だけなのは、ルール無用のフライングを決めたからだ。
これからまた護君のために親しい人たちが続々とやってきて、護君を叱ったり、安堵の言葉を掛けたりしてくれることだろう。
それを経てもまだ自分のことを軽んじられるほど、護君は愚かじゃないと私たちは知っていた。
「さ、私ももうこれで十分かな……最後は美咲ちゃんがどうぞ」
「あ……えっと、わかりました」
最後だなんて言われると、何故か他の二人よりも多少立派にやり切らねばなんて思ってしまいそうで全身が少し強張る。けど、別に真面目な回でもなんでもないのだから、いつも通りで大丈夫……そう自分に唱えて落ち着くと、護君に向き直って口を開く。
「私は……この前、言いたいことは全部伝えちゃったもんね。だから今は……ちゃんと目を覚ましてくれて嬉しいよ。あの時は目の前でいきなり倒れて、そのまま昏睡しちゃってさ……今日までに私が感じた辛さも怖さも、柊和のことを待ち続けてた護君にはわかるよね?」
「……はい」
「『それでも柊和と比べれば』とか、思ってないよね?」
「……!」
意識的にそう考えていたわけではないんだと思う。
けど、私に指摘された護君は少しだけ驚いたような表情を見せて……まるで潜在的に思っていたことを、言い当てられてしまったかのように。
「護君が倒れたのだって、柊和の時と同じくらい辛くて怖かったよ。すぐに目を覚ますって聞いたから少しは安心できたけど……目の前で血を流し過ぎて倒れる姿は今思い出しても震えそうになる」
「美咲さん……」
「柊和は確かに親友で、私にとって大切な存在だけど……護君だって、特別なんだよ……! 柊和と同じで私が困ったときに救ってくれて、苦しんでるときは優しくしてくれて……そんな護君が自分のことを嫌って、身も心も傷付いてるのに何もできない自分が恨めしくなるくらい、大切で──」
その瞬間、ハッと、自分が何を言っているのかわからなくなっていることに気付いた。
話の途中、護君が血まみれで倒れる姿を思い出して、頭の中の熱が全て取り払われるように冷たくなって……それを誤魔化すみたいに勢い任せに話していたら少し……こう、あと少しで余計なことまで口走るところまで来てしまっていた。
「も、もう……大丈夫だよね? 私があの時に口にした言葉は、ちゃんと護君に届いた?」
急ぎ話を変えて、護君に問いかける。
顔が熱くなってる気がする……それと同時に背筋に寒気も。
私は何を口走ろうとした……勢いと雰囲気さえあれば何でも言っていいわけじゃないんだぞ!
「……もしちゃんと届いてくれたなら、私はそれで十分、だから。だから、その……私ももう、終わりで……いい、です」
「……くくっ」
私が段々としどろもどろになっていく姿を見て、隣の詩葉先輩から笑い声が漏れ出した。
反対側に座っている雲ちゃんもなんだか可愛い動物でも見るようなキラキラした目で私のほうを見てくる……残る柊和は唇を尖らせて面白くなさそうな顔してるし。
唯一真面目な表情で話を真剣に聞いてくれているのは護君だけだ。
まぁ、護君が聞いてくれてるなら問題ないんだけどさぁ……!




