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8.賭けをいたしましょう、お兄様

評価やいいね、ブックマークなどありがとうございます。

とても励みになっています。

「国難がいつ来るかなど誰にもわかりませんわ。十年後かも知れないし、一年後かも知れません。悠長にお勉強をしていて間に合わなかったなんて事態になったら、悔やんでも悔やみきれません」


 わたくしは、腿の上で重ねていた手をぎゅっと握りしめました。


「それに、わたくしが自由に動ける期間はそう長くはございませんでしょう?」


 この国の成人は十八歳ですが、貴族令嬢は十七歳ぐらいで社交界デビューいたします。デビュタントを迎えると一人前として扱われ、積極的に社交をして婚約者を見つけ、一~二年の婚約期間を経て、嫁いでいくのが普通です。もちろんミラベル様のように、それ以前に結婚のお約束を交わされるお家もあります。


 例外もあるにしろ、貴族の結婚は基本的に政治の道具です。わたくしも国のため家のため、そのうちどなたかに縁づくことになるのでしょう。

 公爵家に生まれた身であれば政略で嫁ぐのは仕方のないことではありますが……時間がないのはわたくし自身にも言えることなのです。


「十七歳――いえ、十八歳までのせめて三年間。勇者になるためにがむしゃらに頑張ってみたいのです。わたくしとて、自分が貴族の娘として常識から外れた願いを持っていることは理解しております。だから十八歳まで。その後はすっぱり諦めますし、お父様の決められた方に嫁ぎますから」


 もっとも三年後に勇者となっていなければ、王都が半壊しているかもしれないので、結婚できるかどうかもわかりませんが。


「いや、君はまあ……たぶん、結婚はそんなに急かされないんじゃないかな?」


 ソファに体を預けたまま、ヴィタリー兄様はニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべます。


「どういうことですの?」

「君は我が家のお姫様だからね。君がいなくなったら寂しいと思っているのは僕だけじゃないってことさ」


 お兄様の言ってることがよくわからず、わたくしは首を傾げます。けれど、兄はそれ以上語る気はないようで、「とにかく、僕は反対」と話を戻します。


「父上も反対されるだろうね。君は箱入り娘で、世間知らずだ。ひとりで買い物にすら行ったことがないのに、武者修行なんて行かせられると思う?」

「買い物ぐらい行けます!」

「ふうん?」


 兄は片眉をあげて、上から下までわたくしを眺めました。その目ははっきりと『できるはずがない』と言っています。


 これは……もしかしてチャンスなのでは?


「では、賭けをいたしましょう、お兄様」

「賭け?」

「わたくしは明日、ひとりで街に行って買い物をして参ります。品物はお兄様が指定してくださいませ。ご希望の物を見事手に入れることができましたら、わたくしが武者修行に行くことを認めてください」


 ヴィタリー兄様のもう一方の眉も上がりました。口元は思案げに結ばれていますが、瞳は楽しげに輝いています。

 どうやら遊戯(ゲーム)好きのお兄様のお心をくすぐれたようです。


「もしも君が買ってこられなかったら?」

「武者修行は諦めて大人しくいたします」


 わたくしがしおらしく俯くと、ヴィタリー兄様はしばらく考えた後に頷きました。


「いいだろう」


 ――やった!

 うまくお兄様を乗せられて、わたくしは表情を変えないまま、心の中でガッツポーズをいたしました。


「品物はなんでもいいのかな?」

「はい。でも、街で買えるものにしてくださいませね」


 安息日の明日は、街には大きな市が立つと聞いています。たいていのものはそこに並んでいるはず。


「もちろんわかっているとも。……そうだね、君が武者修行に行くと仮定して、そのための装備品を一式、揃えておいで」

「え?」


 わたくしは一瞬、お兄様の言っている意味がよくわかりませんでした。

 だって、お兄様は武者修行に反対しているはずです。なのに装備を揃えてこい、なんて……。


「君は武者修行について調べたと言ったね。だったら、必要な装備ぐらいわかるだろう? 公爵家の力を使ってはいけないよ。誰にも相談せず、ひとりで買い揃えることができたら認めてあげる」

「わかりましたわ」

「武者修行に相応しいものを選ぶんだよ」

「ええ!」


 もしかしたら、ヴィタリー兄様は半分ぐらいわたくしが武者修行に行くことを認めてくださっているのかも知れません。でも、素直に認めるのは癪だから、こんな条件を付けているのかも。

 わたくしは弾むようにソファから立ち上がりました。さっそく必要品のリストを作らなければ。


「ありがとう、お兄様! わたくし必ずよき装備を調えてみせますわ」

「期待しているよ」


 にっこりと笑う兄のその表情から、期待があまり感じられないのが少し気になりますね……。


 まあ、よろしいですわ。もしも、わたくしに買い物ができないと本気で侮っていて、ヴィタリー兄様がこの条件を出したのだとしても、こちらには勝算があります。

 単なる公爵令嬢であれば難しいかも知れませんが、わたくしには前世の記憶がございます。


 街で買い物するぐらい容易いものです。

読んでいただいてありがとうございます。

12月4日までは連日二回投稿で、その後は週2回になります。

明日昼頃、また投稿する予定です。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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