7.勇者には、わたくしがなります。
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「武者修行にいきたいとか聞いたような気がするけど、まさか本気じゃないよね?」
「……本気です。魔術の先生から奥伝もいただいております」
「絶対ダメ」
ヴィタリー兄様は固い口調で、わたくしの願いを切り捨てます。
「何故でしょうか? わたくしが女だからですか? それとも淑女としてふさわしくないから?」
そうなると、わたくしの口調も自然ときついものになってしまいます。ああ、いけない。ケンカをするのではなく、お兄様に納得していただかなくてはならないのに。
「君は武者修行がどんなものか知っているの?」
「もちろんです。魔物を倒し、生死のやり取りをすることで自分の技を磨くのです」
ふっとお兄様が笑いました。それは、いつものような温かな笑みではなく、冷笑と呼ばれる類いのものでした。
「マニュアルを読んでいるような答えだね。武者修行には他にも危険がいっぱいあるんだよ」
「ごろつきやならず者のことなら存じております」
「ごろつきだとわかりやすく顔に書いてあればいいけどね。親切な旅の商人のふりをして、君を騙そうとするかもしれない。あるいは集団で襲いかかってくるかもしれない」
「救難信号をあげて、警邏隊が駆けつけてくるまで時間を稼いでみせます。それも修行のうちです」
「武者修行に侍女やメイドは連れていけない。君の周りには、いままで必ず誰かがいた。着替えも入浴も食事の準備も、すべて誰かにやってもらっていた。それを全部一人でやるんだ。食べ物は固いパンや乾燥肉とか、保存食はくっそマズいものばかり。公爵家の食事に慣れた君に耐えられる?」
「覚悟しております」
奥許しをいただいたときに、魔術の先生に武者修行の簡単なレクチャーを受けておりますし、前世の記憶を取りもどした今では、着替えなどは複雑な構造のドレスでなければ問題なくできます。
「柔らかいベッドも枕もない、着替えも最低限。もちろん風呂なんかは入れないから体を拭くだけ。ないないづくしの生活だ。いつ襲われるかわからないから、気の休まるときもない。結界を張ってもテントに魔物が何度も襲いかかり、ろくに眠れないこともある。男だって音を上げて逃げ帰る奴もいるんだ」
近衛騎士である兄は、武者修行に何度も出かけたことがございます。だからこそ、身に沁みて修行の怖さや辛さがわかっているのでしょう。
けれど、わたくしとて簡単に諦めるわけにはいかないのです。
「わかっています――いえ、武者修行の辛さは経験しなければ実感できないのだとは思います。けれど、経験がないからといって反対されては、誰一人として修行に出ることが出来ないではありませんか。わたくしはいろいろ調べて、経験がないなりに知識を蓄えました。どうか、その知識を活かす場をお与えください」
横に座るお兄様に体を向けて、わたくしは深々と頭を下げました。まとめていない己の髪がさらりと落ちたのが視界に入ります。少し青みがかった銀の髪は、お母様譲りのストレート。毎朝毎晩、侍女が丁寧に手入れしてくれるので艶があり、サロンの灯りを弾いて美しく輝いています。
武者修行に出たら、この髪も痛んでしまうのでしょうね。そのことは少し悲しく思いますが、仕方のないことです。
「そもそも、なんで武者修行に出ようなんて考えたんだい? 魔術を習い始めたときも唐突だなとは思ったんだけど、今回はさらにそれに輪をかけて驚いたよ」
「――勇者になるためです」
「…………え?」
兄の口から間抜けた声が漏れました。うさぎを後ろに追いやって、まじまじとわたくしの顔を見つめます。
「……マジ?」
「本気です」
本気と書いてマジと読む。
前世の庶民知識を引っ張り出し、わたくしはきっぱりと頷きました。
平民出身の騎士の方とも親しく話すせいか、ヴィタリー兄様はたまに崩した言葉を使われるのです。
「本気?? 本当の本当に?」
「はい」
「いやそりゃ、勇者は子供の頃の君の夢だったけど、え、まさか、それを叶えようと?」
余程想定外だったのか、狼狽えるお兄様の様子がおかしくて、わたくしは思わず笑ってしまいました。
「まさか、そんなはずありませんわ。小さい頃に夢見ていたのは事実ですが、それは幼い憧れ。ですが、今は違います。わたくしは学院で魔術を学び、自分に才能があることを知りました。才があるなら伸ばしてみたい。わたくしの力がどこまで通用するか、試してみたいのです」
「君の才能は勇者になれるほどのものだと? ずいぶんと自惚れたねえ」
「たった二ヶ月まで奥伝まで取れたのですもの。ちょっとぐらい自惚れてもよろしいでしょう? それに」
わたくしは一度言葉を切り、真顔になって居住まいを正しました。
「わたくしは後悔したくないのです。わたくしが神の御心に叶い、勇者になれるかどうかはわかりません。ですが、このまま何もしないでいたら、もしも――将来、この国に危機が訪れたとき、挑戦すらしなかった自分をわたくしは許せないでしょう」
前世のゲームで語られた未来が真実ならば、その危機はあと三年後に確実にやってくるのです。
「その時は、我ら騎士団や魔術士団がいる、と言いたいところだが……」
ヴィタリー兄様の顔が渋いものになりました。
我が国は騎士団や魔術士団では力及ばず、国難を勇者に救っていただいたことが何度もあります。勇者に頼り切っているわけではありませんが、武官だけでは回避できない災禍もあることを兄は知っているのです。
お兄様はソファの背に身を投げ出すように寄りかかると、大きく息を吐き出しました。
「あーあ、今度は僕が溜息をつく羽目になったかあ……。まあ、君はもともと魔力量は多かったし、才能はあるのかもしれないね」
「では……」
ヴィタリー兄様が許してくださるつもりになったのかと、わたくしは期待に目を輝かせます。けれど、それはすぐに打ち消されました。
「でも、やっぱりダメ」
「どうしてですの!?」
「武者修行に行かなくても、勇者を目指すことはできるだろう? うちなら最高の先生を付けてあげられる。ゆっくり頑張ればいいんだ。焦って武者修行に出る必要はない」
それでは間に合わないのです――と、喉元まで出かかって言葉をわたくしは飲み込みました。
ゲームで語られたこの世界の未来。それが本当に起こるかどうか、わたくしですら半信半疑なのです。他の人に信じてもらえるかどうかわかりません。
それに、万が一信じていただけたとしても。
難易度高めですがゲームで勇者となることもでき、現実でもわたくしよりずっと才能のあるミラベル様を勇者にすべきだと考える方もいるかもしれません。
国のためと言われたら、きっと真面目で優しいミラベル様は断ることはできないでしょう。ご自分のお心を殺して戦おうとなさるに違いありません。
ですから、わたくしは決して前世のことを語るまいと、そう決めていました。
ミラベル様を勇者にしようと計画していたわたくしが言うのもなんですが、いくら国のためとはいえ、あれほど戦いを嫌っておいでの方に無理強いするのは、やはり正しいことではないように思うのです。
それにミラベル様は男爵令嬢で、わたくしは公爵家の娘です。
国に対して尽くす義務は、王家に近い公爵家の権力に守られて何不自由なく育ったわたくしの方がより大きいと言えるでしょう。
勇者には、わたくしがなります。
読んでいただいてありがとうございます。
日曜日までは連日二回投稿で、その後は週2回になる予定です。
本日夜、また投稿できたらと思っています。
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