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9.僕も心を鬼にするよ

反応くださった方ありがとうございます。

読んでいただいているだけでも嬉しいのに、とても励みになっています。

 わたくしは二階の自室に戻ると、紙とペンを用意して、武者修行に必要と思われるものを書き出していきました。


 動きやすい服、着替え、一人用テント、結界石、聖水、薬草などの医療品、保存食、飲料水、鍋、毛布……毛布と結界石があればテントは必要ないかしらね。

 買い物では馬車を使えるけれど、修行の時は徒歩ですし、わたくしが持てる範囲にしなければ。


「だいたい、いくらぐらい必要になるかしら……」


 わたくしは紙に書き出した品物を眺めて、はたと気づきました。前世の記憶があったとしても、わたくしはこの世界の相場というものを知りません。

 学院で経済は学びましたが、領地経営についてだとか税金、国家予算など大きな仕組みのことばかりで、こういう細々した品の価格を知らないのです。


 そもそも、買い物に必要なお金をどうやって捻出すればいいのでしょう。

 わたくしがお買い物をするときは、商人が家に来るのが普通です。その時も値段などは告げられず、ただ気に入ったものを手に取れば、それがわたくしの物になります。


 支払いは公爵家へと回されますので、わたくしはお金に触れたことすらまれです。当然、すぐに使える手持ちなどありません。


「わたくしのお小遣いから、すこし現金をいただくことはできるのかしら」


 我が家にはわたくし個人の予算があるはずなのです。文房具や本のほか、お父様にお願いするまでもない雑貨などは、そこから出ているのですから。


「ヴィタリー兄様に聞いてみなくてはいけませんね」


 まだサロンにお兄様はいるでしょうか。

 わたくしが急ぎ一階のサロンへと戻ろうと階段を踊り場まで降りたとき、階下から誰かの声が聞こえてきました。


「ヴィタリー様、お嬢さまをひとりで買い物に行かせるなど……それも武者修行の装備品をなんて。何を考えておいでですか」


 声の主は、さきほどサロンでわたくしたちにお茶を入れてくれていた侍女のスサンナです。

 手すりの陰からそろそろと首を伸ばすと、サロンの扉の近くでお兄様と向き合うスサンナの姿が見えました。


 そういえば、サロンから一緒に部屋に戻るはずの彼女の姿を見かけませんでした。何か用事でもあるのかと気にしてなかったのですが、どうやらお兄様にお話があったようです。


「隠れて護衛は付けさせるから大丈夫。もっとも、あの子はちょっとぐらい怖い思いをした方がいいかもしれないけど」

「なんてことを」

「冗談だよ。アレクサンドラは街にたどり着くことすらできないさ。僕は『公爵家の力を使ってはいけない』と条件を付けている。つまり彼女はうちの馬車を使うことはできないし、馬で行くこともできない。明日になって出かけようと思っても、途方に暮れるだけさ」


「……っ」

 わたくしはあやうく叫びそうになるのを堪えました。


「お嬢さまのことですから、歩いて行かれるやもしれません」

「一時間もかかるのに!? ……いや、まあ、あの子ならやるかもしれないか」


 スサンナが大きく頷くのが見えました。幼い頃から侍女として仕えているスサンナは、わたくしのおてんばぶりをよく知っているのです。


「だが、そもそもあの子は金を持っていないだろう? 今までアレクサンドラは自分で何かを買ったことがない。もしかしたら庶民は物を買うときにその場で金を払うという常識さえ知らないかも知れない。まともに買い物ができるとは思えないんだよ」

「ですから、お嬢さまには無理だと……!」

「うん、だからその無理を思い知ってもらおうと思ってね」


 ヴィタリー兄様が笑います。それはそれは憎たらしい得意顔です。


「誰にも相談してはいけないとも言っているからね。君たちに頼ることもできない。必ず失敗するさ。自分ひとりでは武者修行の装備品すら入手できないとなったら、さすがのあの子も身に沁みるだろう」

「それは……」

「まあ、ちょっと可哀想だけどね。武者修行を諦めさせるためだ。僕も心を鬼にするよ」

「……お嬢さまが武者修行に出たいとおっしゃったときは、心臓が止まるかと思いました」

「僕も驚いた。それも勇者になるためなんてね。最初は子供時代の夢の延長かとも思ったけど、意外にちゃんと考えてたな。……だとすると、アレクサンドラの気持ちもわからないでもないんだ。本気で勇者になりたいと願っても、公爵令嬢である彼女にはあまり自由はない。焦ってるんだろうね」

「勇者なんて夢物語ではございませんか。まして女の身では」

「そうでもないんだよ。確かに女性でってのは少ないが、目指している人は騎士団にもたくさんいる。もっとも前段階の極伝までたどり着くのが大変でね。幸いなのか不幸なのか、我が妹は魔力はたっぷりあるみたいだから、もしかすると……」


 そこまで聞いて、わたくしは二人に悟られないよう、静かに階上へと戻りました。

 そのまま忍び足で自室に滑り込み、扉を閉めてようやく詰めていた息を吐きます。


 なるほど、ヴィタリー兄様はあのようなことを考えていたから、余裕の態度だったのですね。

 なんて意地悪なんでしょう。

 でも……腹は立ちますが、それもわたくしを心配してのことではあるのです。


 わたくしは確かに物を知りません。それに、まだまだ甘いのだと痛感いたしました。

 公爵家の力を使わずにひとりで、と条件をつけられているにも関わらず、無意識に公爵家の馬車を使うつもりでいたのですから。

 こんなことでは、お父様やお兄様を説得するどころではありません。もっと抜け目なく、周到にならなければ。


 わたくしは改めて気を引き締め、明日の計画を練ることにいたしました。

 先ほどの必要品リストから、毛布や鍋といった携帯品を削除いたします。今回すべてを揃える必要はないでしょう。お兄様は装備品、とおっしゃっていたのです。身につける物だけに限定いたしましょう。お金は節約しなければなりません。


 それにしても、代金はどうやって捻出しましょうか。

 わたくしのお小遣いは『公爵家の力』の範囲に入ってしまいそうですよね。もう使わなくなった装飾品を売ることも考えましたが、それもまた公爵家で買ったものなので、咎められてしまうかも知れません。


 わたくしへ贈り物ならいいかしら。でも、せっかくいただいた物を売ってしまうのも申し訳ない気がいたします。

 前世であればアルバイトをして小金を稼ぐことができましたが、今世ではちょっと難しそうです。そもそも賭けは明日なので間に合いません。


 と、なると……。

 悩むわたくしの目の端に、さらりと流れる髪が映りました。侍女たちに手入れをされた、腰まである艶やかな髪。

 同時に、前世で読んだ少女小説が頭に浮かびます。


 ――この手がありましたわね。


 これなら、公爵家の力を使うわけではありませんから大丈夫でしょう。

 でも、この世界でもそういう店はあるのかしら?

 いえ、店はあるでしょうけど、わたくしが求めるサービスをしてくださるかしら。


 しばし考えましたが、こればかりは実際に行ってみないとわかりません。

 念のため、わたくしは大叔母様からいただいた少し時代遅れのネックレスをレティキュールに忍ばせせました。


 ……明日は買ったものをしまうための大きめのバッグを真っ先に買わなくては。レティキュールは前世のパーティーバッグのようなもので、たいしてものは入りません。でも、わたくしはこれ以上大きなバッグは持っていないのです。入らないような荷物は、今まで侍女が持ってくれましたから。


 本当にわたくしは箱入りでお嬢さまです。お兄様が心配するのも当然かも知れません。

 でも、それは今日でおしまい。明日はわたくしの『はじめてのお買い物』です。ふふふ、なんだかワクワクいたしますね。

 前世の知識のおかげで、いろんな気づきを得ているのですもの、きっと上手くいきますわ!


 わたくしは自分の明日の朝食の時間を早めて欲しいことを侍女に伝えると、ベッドに入るまで日課の体力作りと魔術の鍛錬を続けたのでした。

心を鬼にした結果どうなるかというと……?


読んでいただいてありがとうございます。

連続投稿も本日が最後になりました。

本日夜にまた投稿する予定です。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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