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亜人にされた少女  作者: 尾崎世奈
11/13

01-08 強さと愚かさと

「はぁ、はぁ、はっ……」

「っ、ぐっ、るじ……」

「二人共大丈夫ですか?」


 長い長いマラソンをどうにか日没までに終えて、訓練場の地べたに寝転がるレオンハートとリックを覗き見ながら、アリサは二人にそれぞれ水筒に入った飲み水を手渡した。


「何だ何だ。だらしねえな」


 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべるヘギールは、へたばるレオンハートたちを見ながらとても楽しそうだ。苛めたい訳ではなさそうだが、新人をからかうのが楽しくて仕方ないと言った感じだ。


――――この人、なかなか良い性格してる。


 ぐったりと地面に伏せる二人を何とか助け起こしながら水を手渡しつつ、アリサは加虐的な上司を後目に覗く。


「だっ、せっ、ヘギっ。さん。いきな、……こ、れは」

「きっ、いで。す」


 アリサの助けでどうにか座る体勢になれたレオンハートとリックは、何とか水筒を受け取りつつも息をゆっくり整える。

そこから少し離れたところにいる、同じく体力を使い果たしてしゃがみ込むクディダラン三人組を見て、ヘギールは露骨なため息を吐いた。


「あのな、少しぐらいキツくても慣れなきゃ、いつまでも実戦に連れていけないだろ。逃げる体力がなくちゃ、魔物に襲われた時どうする? 場合によっては救助者を背負うこともあるんだぞ」


 尤もな意見に、疲労困憊状態の五人が視線を僅かに彷徨わせた。

 人を襲う魔物が人の制止も言葉も理解出来るはずがない。逃げなければ食われる。戦う術を身につける以上に、それは確かに大切なことなのかもしれない。


「基礎体力はアリサが一番だな。次がレオンハートとユディ。ルアム、リック、ルーディアか……」


 各個人のデータを取っているのか、ヘギールは到着順にアリサ達の名を呼ぶ。

 二度目に聞いたクディダラン三人組の名前を、アリサは今度こそ覚えようと座り込む三人をチラリと覗き見る。

 ルーディアはリックと同じ部屋の少年。三人の中で一番体つきが細く小さく、おまけに顔立ちも幼い。

 その左にいるのがルアム。背丈はレオンハートと同じぐらいで、ルーディアと顔がよく似ているが、つり目の彼は三人の中で一番に口を開くことが多く当たりも一番キツイ。三人の中ではリーダー格っぽい印象をアリサは持っている。

 更にその左がレオンハートと並んで到着したユディ。彼は他の二人、と言うよりも新人の中では一番背が高い、多く口を開いている印象はないが少し飄々としている雰囲気と、レオンハートが一番話をしているのが彼と言う印象だ。

 たった三人だけなのだから頑張って早く覚えようとしていると、不意にルアムと目が合い鋭い目付きで睨まれたので、アリサはパッと視線を逸らした。


「後五分経ったら、次に移るぞ。まだ元気そうだしな」


 ヘギールの言葉に、アリサ以外の五人の視線が彼女へと突き刺さる。

 おそらくは、アリサが他のみんなと比べて、元気そうにしているのが問題なのだろう。ヘギールの思考は分からないが、少なからず同期メンバーは全員そう思っているようだ。

 突き刺さる視線が痛い。

 表面上、さも自分のせいではありませんと、無関心を貫きながら少し泣きそうになっている何名かの表情を見て、アリサは心の中で少しだけ反省した。


――――次からはもう少し加減しよう。


 約五名が嘆くのも構わずにヘギールが休憩の終わりを告げると、アリサ達はフルプレートアーマーを脱ぐことを許可され、ホッと息を吐いた。

 数時間、体に負荷がかかっていたせいか、外した瞬間の解放感が気持ちいい。おまけに体が軽くなったような錯覚さえ覚える。


「よし、とりあえず。体力面は分かった。後は剣と魔法の類もどれだけ出来るか知りたい。これから一緒に戦うことが増えるからな。使いもんになるか見せてくれ」


 宣言通りまだ訓練を続けるのか、アリサたちを整列させたヘギールは、挑発的な物言いをしながら六人を見つめる。


「まあ多少は、試験見てたから分かるけどな。その他はルアムとユディは、剣と魔法の技術に関して、クディダラン家の家庭教師から報告を受けてる。レオンハートも報告は受けているから大体は問題ないが……」


 ヘギールの視線が名を上げなかった三人にチラリと向く。言わずとも、アリサ、リック、ルーディアのことだ。


「ルーディアは、家庭教師からの報告には入っていなかったが、クディダラン家で指導を受けていないのか?」

「それは……」

「ルーディアは俺とユディが指導していました」


 ヘギールの問いに、ルーディアが答える前にルアムが口を挟む。


「あぁ、そう言うことか……なら、魔法は? 炎以外使えるか?」


 ヘギールはクディダラン家について詳しいのか、サクサクと話を進める。


「いえ、炎ではなく。風が使えます」

「風か、珍しいな……」

「はい」


 今度はルーディア本人が返事を返し、ヘギールは僅かに首を傾げ、ルーディアが念を押すように言ったので、ヘギールはふーんと間延びした返事をしただけだった。

 以上のやり取りで何が分かったのか、アリサにはサッパリ理解出来なかったが、説明されることはなくヘギールは次の質問を投げかけた。


「リックは……」

「は、はい!」

「まだ何も言っていないぞ」


 ビクンと跳ね上がるように返事をしたリックに、ヘギールは落ち着けと手を振る。

 他の四人は殆ど質問を受けなかったのは貴族として情報が国に伝わっているからだが、平民のリックは同然そのような報告が言っている筈がない。

 一体何を聞かれるのか、想像も出来ないリックは緊張しているようだ。


「剣より弓や飛び道具の方が得意か? 試験の時にナイフぶん投げて命中させた時は、なかなか驚いたぞ」

「は、はい。じっ、実家では、狩りをしていましたので!」

「平民も狩りをするのか?」

「フンっ、食料調達だろ」


 どもりながら質問に答えたリックに対して、それを聞いたユディが眉を顰めて首を傾げ、ルアムが小馬鹿にしたように鼻先で笑った。

 貴族の狩りと言えば、どちらかと言えば遊戯に近い。

 決まった範囲内を仕切り、その範囲に獲物を放ち、その捕縛の数を競う言わば遊び。

 アリサの世界で言う釣り堀での釣りのようなものだが、日々の生活がかかっているリックのような平民の行う狩りは、そんなお遊びではない。

 野生の動物を捕らえるのは、大人でもその道のプロでなければなかなか難しい。まして、罠を仕掛ける訳ではない弓での狩りであれば尚更。

 同じ狩りでも大きく意味が異なっているのだが、その実態を知識だけでしか知らない二人は、リックが遊戯の腕を褒められて喜んでいる子供のように思えて、笑っているのだろう。

 笑われたリックは心外だと思いながらも、悔しそうに唇を噛み締め俯いてしまう。


「ユディ。ルアム」


 ヘギールが咎めるように名を呼べば、二人はプイッと視線を逸らした。何とも十代の子供らしい態度だとアリサは思う。


「なるほどな。遠距離攻撃が出来るのは良いことだ。魔法は? そっちも遠距離攻撃は得意か?」

「えっ、あっ。えっ……」


 顔を俯かせたリックは、すっかり萎縮してしまったのか、自分を見つめるヘギールの視線にさえ戸惑っているようだった。


「どうした?」

「あっ、あの。その、まほ、魔法は……」

「使えないなら使えないって、ハッキリ言えば?」


 今度はルーディアから厳しい言葉を浴びせられ、リックは益々縮こまる。


「そんな言い方ないだろ!」

「さっさと質問に答えないのが悪いんじゃん!」


 リックを庇うようにレオンハートが吠えれば、ルーディアも負けじと言い返す。実に子供っぽいやり取りだ。実際アリサ以外はまだまだ幼い十代の子供なのだが、これではいつまでも話が進まない。


「はいはい、静かにしろ。リック、魔法は?」


 険悪な空気を振り払うように、ヘギールは手をパタパタ動かす。


「ま、魔法は、使えます。その、てん、を……」

「悪い。聞こえなかった。何だって?」

「て、てん、い。ま、ほう。です」

「転移魔法?」


 確認するように復唱するヘギールに、リックは何度も頷いた。


「珍しいな。こりゃあ、今年は豊作だな。ガイガンの奴運が良いや」


 独り言なのか、サラッと隊長を呼び捨てにし、ヘギールはニヤリと口先に笑みを浮かべる。


「あっ、でも。あの、転移出来るのは、短くて」

「どれぐらい?」

「い、家の。さ、三階まで、ぐらい。です」


 今にも消えてしまいそうな声の次に、上がったのは大きな三つの笑い声だった。


「家の三階って、転移する意味あるのか?」

「きっと王宮並にデカい家なんだろう」

「平民の家が王宮並にデカいなら、僕も一度は転移してもらいたいね」


 ゲラゲラと笑い出す三人組に、アリサは零れそうになる溜息をグッと飲み込む。

 誰がどう考えても、平民のリックの家が王宮と同じ高さで造られているわけではないのは分かっている。分かっている上での発言なのだから、嫌みったらしいことこの上ない。

 あまり干渉はしたくないが、三人のあんまりな物言いに、アリサは噤んだ口を緩やかに開いた。


「いい加減にしませんか? さっきから伯爵子息がみっともない」

「何だって?」


 淡々と、だがハッキリと聞こえるようにアリサが初めて口を挟むと、ルアムが眉をしかめてアリサを睨み付ける。


「品がないと言っているんです。まるで幼い子供のように、些細な言葉に反応して」


 生まれが違うのだから、感性が違うのはアリサも理解している。貴族故の傲慢さは貴族の中では常識であり、平民の中では非常識だ。勿論、その逆もしかり。

 どちらが良いとか、正しいとか、その場その場で変わる。しかし、リックのような平民も、クディダランのような貴族も、軍の人間になれば、兵士の常識に合わせるべきだ。

 例外はあれど、貴族だから傲ることも、平民だから卑屈になることも、本来の軍の兵士としては必要ない。


「品がない? 男爵家の息女如きが、伯爵家の僕等を馬鹿にするのか?」

「おい!」


 ルアムが口にした息女と言う言葉に、レオンハートが思わずそれを否定しようと口を挟みそうになったが、当事者であるアリサから余計な口を出すなと視線でそれを征され口を噤む。


「男爵家より伯爵家が位は上なのは知っています。しかし、私達は同じ新人兵として軍に配属されました。新人なら新人として、上の人間に従い、同僚間で誰が特別で、誰かを罵る権利はない筈です」

「はあ? あのな。俺やルアムはお前達より年上で、家柄も良いのは事実だ。実際、お前のことを言えばランディム家なんて簡単に潰せるんだぜ?」


 脅しをかけるようにせせら笑うユディに、アリサは露骨な溜息を吐く。そう言う部分が子供だと言うのが何故分からないのだろうか。


「知っていますか。賢い人間は馬鹿を演じることが出来ることを」

「はあ?」

「優れた人間ほど、自分の力を上手く隠すことが出来ると言うことです。自分を捨て、馬鹿を演じる。強さを隠すことが出来る人間が、より優秀であると言う。しかし、君たちは、馬鹿は馬鹿でも大馬鹿ですね。年上だから何だと言うんですか? 家を潰せるってそれは貴方たちの力で? 違いますよね? 結局は自分の親に甘えて縋るだけで、自分では何も出来ないのではないですか? 年上なら年上らしくもっと知恵を絞ってください。家柄が上ならばそれ相応の品位を見せて下さい。誇りを見せて下さい。でなければ、ただ無駄に年を重ねているだけ、年も、地位も何の意味もないじゃないですか」

「なっ!」

「おまっ!」


 珍しく饒舌に、しかしいつもと相変わらず淡々と紡がれたアリサの言葉に、ルアムとユディは顔を真っ赤に赤らめて、怒りに震えた。


「ア、アリサ?」

「ちょっと、言い過ぎじゃ……」


 流石に今の発言は不味いのではと、レオンハートとリックが口元を引きつらせながらアリサに声をかけるも彼女は何でもないと言った様子で、ジッとルアム達を見つめている。


「ならお前は、僕等よりも優秀なのか?」


 言われたい放題の二人を助けるように、今度はルーディアが口を挟み、アリサは小さく鼻で笑う。


「少なくとも、私は家に頼らなくても。貴方方を倒せますね。むしろ、ランディム家に何かされる前に、貴方方を始末すれば何の問題もありません」

「おいおいアリサ。ちょっとそれは言い過ぎだぞ」


 挑発するように冷笑を称えるアリサを見て、流石にその冗談は止せとヘギールは言うが、この場でアリサの冗談に気付けたのは、おそらく彼だけだ。


「そ、そうだよ。アリサ、ちょっとそれは……」

「お前が煽ってどうするだ」


 何が彼女の琴線に触れたのか、冷ややかに変わりつつあるアリサの態度が分からないながらも、リックとレオンハートが今度はハッキリと止めに入れば、アリサはクルリと二人の方を向き、何故か口先に笑みを浮かべてリックの肩に手を置いた。


「何なら、試してみますか? 貴方方三人と、貴方が馬鹿にしたリックと私の三対二で」

「えっううええええ!」

「アリサ、お前。ちょっと、待てどうした?」


 突然何を言い出すんだと、その場にいた全員が目を見開く。

 ヘギールでさえ、アリサがまさかそんなことを言い出すとは予想だにしなかったのだ。そもそもアリサは性格的にそんな事を言うタイプでもない。


「三対二だと?」

「俺たちとハンデつけて戦うってか!」


 全員が驚きに包まれる中、元々怒りのボルテージが上がりつつあったルアムとユディは、アリサの言葉を聞き、ジワリジワリと怒りを更に膨れ上がらせた。

 ボワリと二人の体に熱が生じ、うっすらと白の煙が肩口に生まれる。肌にビリビリと伝わるのは、空気を熱する二人の魔法の粒子だろう。


「ヒっ!」

「待て待て、お前ら落ち着けよ」


 魔法の粒子を見たのが初めてなのか、小さく悲鳴を上げるリックと、困り顔でどうにか六人を宥めようとするヘギール。

溢れ出る感情とそれに比例する魔法の力。それらを発する目つきの悪い人間の怒る姿はなかなか確かに迫力があるが、アリサはまるで猫が毛を逆立てているようにしか見えなかった。


――――本当に、あの子と同じで単純で扱いやすい。


 知人の似たような年頃の少年とルアム達を重ねて、アリサはクスリと腹の内で笑う。

 ヘギールには悪いが、昨日、今日のような掃除や訓練ばかりの生活を悠長に送れるほど、アリサは時間の余裕がない。

 どうにもならない思いで過ごした数年間を挽回するチャンス。数少ないそれを自分で生み出さなければ先には進めない。今がその一つなのだと、アリサは己に必死に言い聞かせる。

 強引だと分かってはいるが、手っ取り早く実力を見てもらい雑用以外の仕事を任せられるようにするためにはこの子達は使える。


――――大人は汚くて、ずる賢いものなんだよ。


 そのことをこの子達が理解するのはまだ数年先のことだろう。


「ヘギールさん良いですか? どうせ私やリックの実力はまだ情報が足りないみたいですし、何かあってもここには先輩方がいらっしゃいますから、大事には至らないと思います」


 いい子ぶりながら、わざとらしく煽るように言葉を選ぶアリサに、ヘギールは一体何を企んでいるのだと怪しむが、いくら考えても表面的な正義感での発言か活躍の場を増やして上官にアピールしたい、ある意味新人兵らしい見栄のようなものしか検討がつかなかった。


「アリサ。お前、何を考えてる」

「ヘギールさんの予想通りのことを」


 しれっと悪びれもなくはぐらかして答えるアリサ。

 結局その底が分からないヘギールは、溜息を吐いて諦めたように頭を掻いた。

 止めるべきか、やらせるべきか、彼の中で少しばかり迷いはあったが、不敵に笑う少女は己が考えている以上の何かを企んでおり、またその何かはけして悪いものではないと訴える直感から、ヘギールは場の流れに逆らわない事にした。


「許可する」

「ありがとうございます」

「ええっ!」

「ちょっ、ヘギールさん!」


 短い了承の言葉にアリサは頭を下げて礼を言い、リックは悲鳴を上げ、レオンハートは慌てた声を上げる。

 クディダラン側は満足そうに笑みを浮かべているので、異論はないのだろう。

 アリサの言う通り、ここにはヘギールの他にも人もいる。アリサとリックの実力ももう少し見てみたい。どうせ今日はこれ以上訓練も出来ないのだ。不安がるレオンハートとリックには申し訳ないが、少し様子を見てみたいとヘギールは思った。


「一つ確認するが、アリサ。お前魔法はどれだけ使える?」


 まだアリサへの質問をしていなかったと思いヘギールが問えば、アリサはいつもと変わらぬ淡々とした口調で返事をした。


「使えません」

「はっ?」

「へっ?」


 ヘギールとレオンハートの声が並ぶ。


「使えない?」

「全く、これっぽっちも使えません。昔、ランディム領地で専門家に見て頂いたので、間違いありません」

「魔法が、全く。使えない?」

「そんな人。いるの?」

「そりゃあ、いないことはないだろが。ただ、軍に入る奴で魔法が使えない奴なんて聞いたことないぞ」


 この世界の人間は、多かれ少なかれ魔力を持ち、魔法を使うことが出来る。

 ただ、生まれ持って力に差は有り、国に仕えている人間は比較的力が強いものが多く集っている。特に国軍は前線で戦うことが多い。魔法の強さは剣の強さと同じぐらい必要とされる力だ。

 そんな中で、堂々と魔法が使えないと述べる人間はいるだろうか。余程何か他のものが秀でていない限り、自ら弱みを晒す人間は軍にはいない。

 信じられないと見事な間抜け面を晒すヘギール、レオンハート、リックを見て、アリサはこの場にそぐわず笑い出しそうになるのを何とか堪えた。


「こりゃあ良い。魔法も使えない奴が、三対二で俺たちに挑むなんて、よっぽど剣に自信があるんだな!」


 ルアムが笑いながら挑発するように口を開くと、アリサはあくまでもいつも通り淡々とそれを否定する。


「いえ、私が剣を習ったのは、約五年です。正直、才能もあまりなかったので基本的な形しか出来ないぐらいですが」

「はあ?」

「はっ?」

「何、それ……」


 どういう意味だと言わんばかりに、揃いも揃って同じような顔つきで、クディダラン三人組は眉をしかめた。


「いや、待て待て待て。アリサ、ちょっと冷静になれ」

「今のヘギールさんよりは冷静ですが……」

「んな訳あるか! お前の身体能力が高いのは分かるが、魔法は使えない。剣も出来ない奴が、模擬戦とは言え複数人と戦わせられる訳ないだろ!」

「でも、先ほど。許可を頂きました」

「いや、まあ……」

「頂きました。間違いなく」


 アリサが引かぬ姿勢を貫けば、ヘギールは困り顔で目を反らす。

 しかしながら、誰が先程のヘギールの判断を責められるだろうか。まさか試験を受けて正式なルートで入団した新人が、魔法も剣も使えずに、上位の家柄の人間に喧嘩を売るなんて。

 情報が少なかったとは言え完全なる判断ミスだとヘギールは、痛み出した頭を抱えそうになるのをどうにか堪えたが、僅かな先輩の動揺をアリサは見逃さなかった。


「男に二言はありませんね?」

「くっ……」


 僅かに口角を上げてアリサが微笑む。

 ここでゴチャゴチャ言えば、それこそ大人げないと言わんばかりの太々しさだ。

 判断に迷うヘギールは既にアリサの口車に乗せられている。この場に自分よりも弁の立つ人間はいないと確信を持って、アリサは更に言葉を重ねた。


「それに、私は魔法や剣の才能がなくても、あの三人程度なら勝てます。リックの力を使えば」

「えぇぇええ! ちょっと、アリサぁああ!」


 きっぱりと断言するアリサに対し、名を上げられたリックは止めてくれと言わんばかりに泣き声を上げる。最初は庇ってもらえたことを嬉しく感じた彼だが、ここまで話がズレ込むとその気持ちも薄れてしまう。

 必死でアリサを止めようとリックとレオンハートは彼女に詰め寄るが、止まる気のないアリサはまさに猪突猛進、暖簾に腕押し状態だ。


――――アリサってこんなこと言うやつだったか?


 短い付き合いではあるが、アリサの言動に違和感を感じるレオンハート。

 勿論、今のアリサは普段のアリサとは全く思いも寄らない行動を起こしているのだが、付き合いの短い面々がその違和感に気付くことはない。

 彼女がリックやクディダランを出汁しているのを知るはずもなく、レオンハートは真剣にアリサとリックの身を案じた。


「アリサ、あんまり無茶言うな。無謀だぞ」

「大丈夫です。怪我はさせません」

「そうじゃなくて、お前な……」


 しません。ではなく、させませんと言い切るアリサに、レオンハートは呆れ返り、ヘギールは今度こそ痛む頭を抱えて深い溜息を吐くと、くるりと顔の向きを変えて訓練場の奥にいる他の兵士に声をかけた。


「悪い! ちょっと、手貸してくれ」


 ヘギールの呼びかけに直ぐにその場にいた五人の先輩兵が駆け寄る。年のくらいから言って、アリサ達新人の一つか二つぐらい上の人たちだろう。


「お呼びでしょうか?」

「今からこいつら模擬試合するから、何人か手伝ってくれ」

「模擬試合。新人のですか?」


 先輩方の目は明らかに、なんで新人がそんなことをと口にせずとも訴えていた。


「まあ、ちょっと実力が見たくてな。一応、水魔法使える奴いるだろ? ちょっと、周りに被害出ないようにサポートしてくれ。こいつらクディダランの奴らなんだ」

「クディダラン?」

「あぁ、分かりました」


 クディダランの名を聞き、数人が首を傾げ、数人は納得したように頷く。

 アリサが知らないだけで、彼らの家は伯爵家の中でも何かしら名の通るものがあるようだ。


「安全性はとりあえず大丈夫だが、レオンハートお前も入るか?」

「えっ、俺もですか?」

「いえ、いりません」


 せめて人数だけでも均等にと思いヘギールが提案するも、レオンハートが考える前にアリサがバッサリとそれを切り捨てる。


「ア、アリサぁぁあ」

「アリサ、いらないって……」


 折角の助け舟をバッサリ切り捨てるアリサに、リックはまたしても嘆き、無残にも切り捨てられたレオンハートはショックを受けた。


「あぁ、ごめんなさい。でも出ても多分。レオンハートは何もすることないと思いますし」


 せっかくの提案を棒に振るアリサに、レオンハートは諦めて溜息を吐いた。


「お前、本当に、もう。無理するなよ……」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 満足そうに頷いたアリサにレオンハートはこれ以上何も言わなかった。その傍らでヘギールも諦めた様子で投げやり気味にレオンハートを除く五人をフィールドの中に誘う。

 サポートに来た先輩方は事態をよく分かっていながらも、水の魔法が使えるらしい二人を除き他の面々は訓練に戻り、残り二人は配置に付いた。

 フィールドの真ん中に三人組と対峙させられて、いよいよ持って逃れられない状況に、リックの不安はアリサへと向かう。


「あぁああ、アリサぁあ!」

「ごめんなさいリック。巻き込んでしまって、でも、絶対かすり傷一つ付けさせませんし、リックはその場から動かなくて良いですから」


 流石に気が動転しているリックを宥めつつ。絶対に安全であることをアリサは何とか分かってもらおうとした。


「でも、無理だよ。三人相手に二人だけ何て」

「心配しなくても、彼等ぐらいなら私でも素手で十分戦えますから」

「いやでも……」


 身勝手な行動に巻き込んでしまったリックを宥め、アリサは彼の耳元に口を寄せて小さな声で囁く。


「始まったら、直ぐに……」


 耳打ちされた内容を聞き、リックは目を見開く。


「そ、それだけで良いの? 本当に? もっと、色々……」

「大丈夫です。私の我儘に巻き込んでしまったので、リックは後は見ているだけで良いですから、本当なら立ってるだけでも良いのですが、それではリックの力を彼等に見せつけられませんから」


 ニッコリと笑い自信満々に告げるアリサに、リックはそれ以上反論出来ずにただ頷いた。


――――これ、やっぱりわざと煽ったんだよね。


 初めて見たアリサの笑みに驚き、少し冷静さを取り戻したリック。

 レオンハートと同様に、アリサの行動に不審感を抱いた彼は、先のアリサの発言で彼女に何かしらの狙いがあることを察した。

 しかしながら、当然その内容を知る術はなく。どちらにしろ、人数的にも、実力的にも分が悪いリックはアリサの作戦に頼るしかない。

 大事になる前に先輩方が止めてくれるよう今は祈ろうと、リックは目の前に立つクディダラン三人組と対峙した。



 一目で親戚筋と分かるほどよく似た顔が三つ。揃いも揃って始まる前からやる気満々に剣を抜き出し、構えている。

 何れも模擬専用に剣先を潰している筈なのに、やたらと獰猛に見えるのは、緊張故か、幻覚なのか。

 リックも模擬専用に手渡された剣を抜くべきか考えて、腰に携えた柄に手を伸ばす。が、それを見ていたアリサがリックの手を止め、彼の腰に携えた剣を鞘ごと奪い、更には自分の剣もベルトから抜き出す。


「えっ、ちょ、アリサ?」

「レオンハート!」


 戸惑うリックを完全にスルーし、アリサはフィールドの外にいるレオンハートへ呼びかけた。


「えっ!」


 軽々しく投げ出された二つの剣。空を舞うそれを、名を呼ばれたレオンハートは慌ててキャッチする。


「持っててください」

「ちょっ、お前っ! またそれか!」


 試験の時と全く同じ行動をするアリサにレオンハートは思わず突っ込むも、アリサはそれを無視して三人と向かい合う。

 アリサの行動をポカンと見つめていた三人は(実際には三人だけではないが)、数秒後に我に返り訳の分からぬ行動をするアリサを思い切り睨み付けた。


「アリサ。あまり、悪ふざけするなよ」


 しかし、そんなアリサに異を唱えたのは、三人組ではなく、審判の位置に立つヘギールだった。


「そんなことしてません。剣がないからと、本気でないと思わない方が良いと思います」


 どこかで聞いたような台詞に、そう言えば彼女は試験の時も一度も剣を使っていなかったらしいと、ヘギールはガイガンから聞いた情報を思い出す。

 実際に彼女の戦いを見た訳ではないが、その実力を見た数人の試験官たちが自分の隊に彼女をと言っていたらしいと聞く。

 結局は上の判断でガイガンの隊に入ったのだが。


――――食えない餓鬼だ。


 見た目に惑わされてはいけないと、ヘギールはアリサを改めて認識し直す。魔法も剣も使えない人間が、まして女が、そう易々と国軍に入れる筈がない。

 実力は何かしらある筈なのだ。上官としてそこはキチンと見定めるべきだと、ヘギールは表情を変えて、真剣にこの試合を見守ることにした。


「まあ、良いや。とりあえず、死なせるな。怪我は多少許す。以上、始め!」


 緩い注意事項の続けざまに、始まりの号令が言い渡された。



昨日追加更新出来なかった分です。今日こそもう一話更新出来ればと思いますが、間に合わなければ明日になります。

感想もありがとうございます。後ほど返信も致しますので、よろしけれ感想お待ちしております。

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