第70話:湿原の覇者と、甘美な乾燥空間への敗北
サラサラに浄化された乾燥砂の道を進んだ先――大湿原の最深部。
そこには、大魔王が誇る最高幹部の一角、『湿魔王ジメル』が君臨していた。
ジメルの背後を覆い尽くすのは、大湿原の地平をどこまでも黒く塗りつぶす、無数の不浄なる湿魔大軍勢。かつて激闘を繰り広げたガルシス同様、一国を一夜にして底なしの泥沼へと沈め尽くすほどの圧巻の軍団を従える、まさに世界を脅かす絶対的な脅威だった。
「グルルル……! 誰だ我が超湿気領域を乾かしたのは!? ガルシスの奴を破ったと聞いて警戒していたが……この『ドライ・ルビー』と、我が直属の大軍団の魔力を束ね、世界全土を永遠に沈むカビの死界に変えてくれる――!」
ジメルが手にした赤く輝く宝珠『ドライ・ルビー』を高く掲げ、全軍の禍々しい魔力とともに不快な濃霧を解き放とうとした、その時だった。
彼らはすでに、私が拡張し続けていた『外付けテラス(小部屋領域)』の内部へと、自ら足を踏み入れていたのだ。
【自動清掃(極限除湿&不快因子・カビ完全除去):実行】
『シュウゥゥゥゥ……ッ!!』
すさまじい高周波の駆動音が大湿原全域に轟く。
直後、大地を埋め尽くしていた大軍勢を構成する湿気・カビ・悪意の魔力そのものが、スキルの絶対的な判定によって「部屋を散らかす不快なゴミクズ」として処置された。
「「「ギャアァァァァァァーーーッ!?」」」
地鳴りのような悲鳴とともに、地平を埋め尽くしていた大軍勢が一瞬にして綺麗な空気の粒子へと分解され、痕跡すら残さず完全消滅した。
さらに、その大陣形の中央にいたジメル本人も例外ではなかった。
大魔王の最高幹部たる絶大な魔力と頑強な生身の肉体ゆえに命までは消滅しなかったものの、彼が長年身に纏い、激しい肌荒れと痒みの元凶となっていた全身の不快な汚れとカビのオーラが、身包み剥がすように綺麗サッパリ『洗浄・除菌』されてしまったのだ。
『フワァァァ……』
「……え?」
たった数秒で大軍勢を失い、自らも完璧に洗浄されたジメルの思考が唐突に停止した。
彼を優しく包み込んだのは、サラサラとした心地よい気流、常に保たれた最適な室温と完璧に制御された極上の空気。
足元にはガルムさんが敷き詰めたふかふかの絨毯、私の背中を優しく支えるクッションのルル。そして、音響担当として外の不快な騒音を完全に遮断し、心地よい環境音を整えながらテラスのサポートに徹するルードさん。さらには、アリスさんが専用の魔法保温マグカップに注いでくれた、湯気の立つ甘く温かい紅茶の芳醇な香りが漂っている。
「な……なんだこのサラサラ感は……!? 俺は生まれた時からカビと湿気の中で生きてきた……肌の……皮膚の不快な痒みが消えていく……!? 心地いい……こんなさわやかな風、知らんぞ……!?」
全身を苛んでいた不快ノイズが消え去り、配下を失ったことすら忘れるほど、その快適さは最高幹部の精神をも一瞬で屈服させた。
「……アリスさん、その『ドライ・ルビー』を回収しておいてください。湿気の元を置いておかれるのも困りますし、サンルームの魔導炉にちょうどいいので」
私がルルの背中に身を預け、温かい魔法紅茶のカップを傾けながら淡々と指示を出すと、アリスさんが「かしこまりました」と静かに一歩前に出た。
すると、ジメルは圧倒的な恐怖と快適さのあまり震えながら、「あ、はい……どうぞ……!」と、自ら進んで『ドライ・ルビー』をアリスさんに差し出した。
「うう……お日様のようなあたたかい匂いがする……俺はもう、じめじめした泥の中に隠れて生きるのは嫌だ……! このテラスの『空気循環・清掃係』として雇ってくれぇぇぇ!!」
大粒の涙を流し、ふかふかの絨毯の上にひれ伏す元・最高幹部の湿魔王ジメル。
その信じがたい光景を目の当たりにし、音環境を整えながら控えていたルードさんは冷や汗を流しながら目を見開いた。
「な、あのガルシス様と同格である最高幹部のジメル様が……! 一瞬で骨抜きにされて平伏しているだと……!?」
かつてガルシス魔王軍の四天王を務めていた彼は、アレクのスキルの理不尽な恐ろしさに改めて慄き、絶句するしかなかった。
こうして、私は無事に目標であった『超乾燥の赤水晶』を手に入れ、要塞に「全自動超除湿サンルーム」を増築することに成功。
さらに、改心した元最高幹部を新たな「空気循環担当」として配下に組み入れたのだった。
「ふぅ……これでこのエリアの湿気対策も万全です。快適なマイホームのためなら、どんな遠方だろうと妥協するつもりはありません。……次は要塞の娯楽室用『超高画質・魔導投影結晶』を求めて、天空の浮遊都市へ向かいましょう」
極上の引きこもり生活を追求する私の邁進は、どこまでも終わらない。




